Now Let Us Return To Tibet
A Prayer Song for the March to Tibet
私たちをチベットに戻せ(「チベットへの帰還マーチ」への祈りの歌)
ラクラ・ツプテン・チュダル・リンポチェ キ・キ・ソ・ソ・ラ・ギャロ! チベットの神々に勝利を! ああ、チベットの兄弟姉妹よ、長い間会えないまま時間が経ってしまった 私たちは帰るよ 遠く放浪していた国々から ああ、Sipaの神よ、私たちを護ってください たくさんの峠を越え、谷を渡るのに、私たちは頼れる道案内が必要なのです ああ、Sipaの女神たちよ、私たちを惑わせないでください 偉大な雪の山々に道を切り拓いてください 13番目のGurの歌の女神たちよ、私たちに歌ってください そうすれば、たくさんの峠を越え、谷を渡る旅がより短くなるでしょう 12番目のTerma(宝物)の女神たちよ、一緒に合わせて歌ってください 私たちの魂を呼び覚まし、荒野を行く行進が楽しくなるように 引き返すような考えは、私たちの後ろに捨てて行こう 私たちの足がチベットへの行進に駆り立てる ラサ 神々の住まい 私たちの仲間が集まる場所 人生より尊い、チベット人みんなの首都 友よ、歓迎のChangはまだ供さないでください 再会を祝い、飲み、喜ぶ時間はきっとたっぷりあるでしょう まずはジョカン寺の仏尊Jowoを参拝しよう
同じくジャムヤン・ノルブのBlogより 「チベット帰還への祈り」。ラクラ・ツプテン・チュダル・リンポチェが「チベットへの帰還マーチ」の仲間に送ったのを、ジャムヤン・ノルブが英訳したものを日本語にしてみた。
「チベットへの帰還マーチ」は3月10日にダラムサラを出発し、ラサを目指す行進のことだ。インド国内で警察に阻止され、中断の後に再開したが、ちべログ@うらるんたによると、インド・中国国境まであと200キロの地点まで来ているという。
現在の政情では合法的に国境を越えてチベットに「戻る」ことができるとは思えないから、国境越えを強行すれば迫害を受けることは免れないだろう。それを覚悟してまでラサを目指す心情は、どうやって理解したらよいのか。
行進に参加しているテンジン・ツォンドゥの "Betrayal" という詩を若松さんが訳してくれた。
裏切り
テンジン・ツォンドゥ 父は、家族を守るために死んだ。 自分たちの村、 自分たちの国。 自分だって戦いたい。 が、私たちは仏教徒で、 人々は私たちが平和で、非暴力を貫くべきだという。 だから、自分は敵を許そうと思う。 でも、時折、 父を裏切っている気がする。
この詩が、亡命チベット人たちの心情の複雑さを象徴しているように思う。
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A Letter from Lhasa
ジャムヤン・ノルブのBlogに、ラサからのリポートが掲載された。Tibetan Uprisingにも転載されている。TSNJを精力的な翻訳で支援されている小川さんがさっそく全訳された。署名の代わりに、「4月27日ラサより」と添えられており、2週間ほど前のラサの緊張感が伝わってくる。
昨日は割と暖かく、ガソリンスタンドを警備する兵士たちは日よけの傘をさしていた。 今日はその反対で寒く、曇っており、暴風雨が山々や、時には谷間をさまよい、 雪もちらついている。天気と同じように、ラサの規則も変わりやすい。 ほとんどどこへでも行ける日の翌日に、軍の検問所が通行を禁じたりする。 先週の始めのうちは、日常がほとんど戻ってきたように見えた。 検問所の警備はリラックスしており、もう深刻そうには見えなかったし、 さらに通りの軍隊も少なくなっていた。しかし、軍の厳しい規制は突然戻ってきた。 数日前の夕方、私は北京路を歩いていた。たくさんの軍用トラックが通り過ぎ、 町中をパトロールしていた。一般車両はごく僅かで、通りにはほとんど一般市民がいなかった。 緊張感が漂い、普段は童顔の兵士たちが、突然恐ろしく見えた。 最近のラサの状況を述べるのは、包括的なことが分からないので難しい。 町を見回してみると、ポタラ宮殿の東のチベット旧市街以外は普通に見えるかもしれない。 旧市街では、軍が各交差点を押さえており、各通りの両側に立ち、身分証を厳しく チェックしている。小さな路地にさえ、少なくとも4人の兵士がおり、その内の 少なくとも一人は銃剣を持ち、全員が盾と警棒、ヘルメットを装備している。 大きな交差点には警備の兵士も多く、通行人はチェックのために並ばなければならない。 漢民族はチベット人よりも簡単に通過できる。Tromsikhang地区*とBarkhor地区*に住む チベット人は、自宅周囲への外出の許可を得るのに、警察の発行した特別許可証が必要となる。 ジョカン寺前の広場は、普段は五体投地をしたり、(宗教的な儀式として) 歩き回ったり、憩いにくる人たちで溢れているのだが、今は全く誰もいない。 広場の前では2人の青い制服の兵士が誰も広場に入らないよう見張っている。 どちらかが休む場合は緑の制服の兵士が突然現れ、普段は憩いの場であるこの広場に 人が入らないよう監視に当たる。ジョカン寺の周りの通りも空っぽだ。 通行できるのは近辺の住民のみだが、ジョカン寺を回るコラス(宗教的なもの)* は全面的に禁止されている。いつもなら活気のある商店やコラスは影を潜め、 軍隊の警備のそばでサッカーなどをして遊んでいる小さな子供たちがいるぐらいだ。 政府は北京路とセラ路の工事を始めた。所々掘り返され、3月14日の抗議で 車が焼かれた際に残った跡を消している。抗議者が商店の窓を割るのに使った 北京路の敷石も、元通りに敷き直されている。ラサを歩いていると、まだ 焼かれたり壊されたりした商店が目につく。北京路だけでも焼かれたものが 約16軒あり、それには中国銀行と宝石店が含まれる。 道路や商店のみならず、いくつかの伝統的な古いチベットの家も再建されている。 ぱっと見には、厳格な軍の存在が見えないかもしれないが、ホテルや中庭、 塀の中にトラックやテント、訓練中の兵士などがいる。外から見えない全て のスペースに、軍が存在している。空きビルや、建物の影、時にはラザ市立人民 病院の中庭に隠れている。 ラサの通りを歩くと、大きな茶店はたいがい閑散として、商店も閉まっており、 人々がどれほど恐れているかを感じることが出来る。 集まりには疑いがもたれるため、通りで友達に話しかける人もほとんどいない。 それほど恐れていない人に会って話ができることもある。決まっていつも同じ、 劇的で腹の立つ恐ろしい、悪夢のような話を聞く。しかしながら、それらを 裏付ける証拠もないため、メディアに情報を提供するのは難しい。3月14日以降、 ラサ市は戒厳下にあるが、軍のカメラに監視されているため、人々はジョカン寺 の前の戦車などの写真を撮ることを恐れている。通りの死体は軍によってすぐ に運ばれ、実家などに安置してあった遺体も夜間の軍の捜索中、軍が引き取って いった。兄弟や親戚、友達の死を証明する手だてが無い。彼らが行方不明に なったことを確認することしかできない。犠牲者数や逮捕者数に関する噂 だけが飛び交っている。人々に不安が伝染している。 きのう、私はあるチベット人の男性と話をした。彼は自分と友人たちについて話し、 ラサで何が起こっているのかを世界中に知ってほしがっている。彼の持つ情報が 海外メディアに伝われば、ここの人々を助けてくれ、みんなもう怖がらなくても 良くなるので、私に情報を広めて欲しいと頼んできた。私と話すことによって彼は 逮捕や拷問を受けるリスクを冒しているのだが、そんなことも気にならないほど 必死な様子だった。彼や彼の家族、友人、そして私自身を守るため、彼と会った 場所や彼の年齢や職業の詳細には触れない。以下が彼が私に語った内容である。 「3月14日の午後に、私たちはラモチェ寺の前でデモが起きていることを聞いた。 その後、私たちはジョカン寺の前で射殺死体を運んでいる4人組を見て、非常に 恐ろしくなった。普通は政府は抗議者にはガスや水を使用するべきなのに、 ここでは抗議者は射殺される。そこで私たちは急いで帰宅した。 夕方6時頃、妻が子供を学校まで迎えにいった。その時には、軍は既に学校 のある通りに来ていた。軍は子供を迎えにきた人々に発砲していた。 足を撃たれた女性と、頭か首を撃たれて死んだ男性がいる。後で彼の兄弟が病院 に遺体を引き取りにきたが、病院は拒絶した。最終的に彼は病院に、遺体を 渡さないのなら自分自身と病院を燃やすと脅迫した。 そこで病院は遺体引き取りを許可したが、数時間後に軍が来て遺体を持っていった。 3月14日以降、遺体を鳥葬場に運ぶために3枚の書類が必要になった。 もしこの3枚を揃えていない場合には、軍によって強制的に遺体とともに自宅に 戻される。これは、チベット文化では不吉なことである。3枚の書類とは、 地方警察によるもの、病院によるもの、弁護士によるものである。 これを実行することで、政府は異常な状況のもとで亡くなった人たちを発見し、 家族から遺体を取り上げることが出来る。そのため、遺体の写真を撮ってチベット の外の記者に見せることが出来ない。問題は、事務所がここ何日も閉鎖しているため、 家族の遺体をチベットの占星術に従った日に鳥葬場に運ぶことが出来ないことである。 5月14日から16日の間*、軍が私たちの地区に深夜の家宅捜索にやってきて、 ダライラマの写真を持っていないかチェックし、身分証を持たない者を連行 していった。軍は抗議に参加した者の写真も持っており、その写真に写った 人々を捜していた。約50人の銃を持った兵士が私たちの家にやってきて、 徹底的に家宅捜索をした。3日間トイレに行く以外家から出られず、サンパ*以外 に食べる物もなく、ガスの切れた家では湯を沸かすことも出来なかった。 私の住む長屋の門は閉ざされ、その前に兵士が立っていた。外に出ると彼らに 殴られた。3日後、政府のために働いている者たちに電話があり、彼らはみな 仕事に戻った。そうじゃない者たちはみな引き続き外出を禁じられた。 この就労許可を持たずに外出した少なくとも7人の人々が逮捕され、一人が射殺された。 3月27日から29日だったと思うが、外国人記者がラサに来たとき、 軍が急に通りから消えた。制服ではなく交通警官や門衛、私服などを着て、 彼らは外国人記者から見えないところに隠れていた。私たちにも急に外出許可が出た。 この3日間は検問所もなかった。外国人記者が自由に歩き回ることを許可された際には、 平服又は民族衣装を身に着けた職員が記者に同行し、彼らの質問に答え、メディアと 話した人々の写真を撮った。私はメディアに、やらせの影で何がここで本当に 起こっているのか伝えたかった。しかしながら、それを実行していれば後日 罰を受けることになるのでできなかった。ジョカンの僧たちがそれを伝えたことを 聞いたとき、私たちはとてもうれしかった。 ジョカン寺の中にいた巡礼者たちは、その3日間サクラを命じられていた 政府関係者たちだった。普段は彼らは宗教活動に携わることを許可されていないが、 その3日間はそうせねばならなかった。その他の政府関係者たちも、 ラサに自由があるように見せるために、家族を連れてバルコー*やポタラに 行くよう休暇が出されていた。 外国人記者が去ったと同時に、軍は再び取り締まりを強化した。 外国人記者に訴えたジョカンの僧たちは、2日後に逮捕されたらしい。 4月17日から20日の間、セラ寺のほとんどの僧侶がどこかへ連れて行かれた。 セラ寺には普段300人の僧侶がいるが、今残っているのは礼拝堂の世話をする ほんの数人である。15日から20日の深夜、軍のトラックが来て、 僧侶を拘束した。私たちはこの情報を寺の内部と寺の近所の人々から聞いた。 ラサ近郊の大僧院であるドレプンとガルデン*で何が起こっているのか知らないが、 僧侶たちは逮捕され、ラサからどこかへ連行されたと聞いている。 ラサ近郊の僧院から多くの僧侶と尼僧が連行され、残った者も軟禁されている。 オリンピックの聖火がラサを通過する際、再び抗議の起こることを政府は恐れて いるのだろう。だから彼らを拘束するのだ。政府は抗議に参加したか否かを問わず、 僧侶を全て連行していった。僧院に残るのを許されたのは、礼拝堂の管理人、 運転手とわずかの僧院の労働者たちである。 最近、通りでほとんど僧侶を見かけない。チベットのテレビ局では、 怪しい者を見かけて通報した者には礼金が払われると宣伝しているので、 僧侶が通りを歩くのは危険である。礼金はわずかだが、それでも僧侶や尼僧を 見かけると通報する者もいる。先週以来、政府の学校の学生と教師以外でラサ出身 ではないチベット人は、故郷に帰るように命じられている。現在、警察が戸別訪問し、 ラサ出身ではない者は立ち退きを命じられる。聖火リレーの際には、地元民と 漢民族だけが許可される。 数年前のチベット解放50年記念の際に同じようなことがあった。 刑務所は今大きな問題を抱えている。食糧、水、毛布が不足している。 囚人は地べたに寝ねばならず、一杯の水しか与えられない日もある。 そのため健康を害し、体が弱くなり、刑務所内あるいは釈放後に死ぬ場合もある。 囚人たちは強く殴られる。特に腎臓、肝臓、胆のうなどを強打され、内部損傷により死に至る。 これは釈放された3人の友人たちから聞いた話だ。 私たちは獄中にいる家族や友人の身を案じている。助けなければならないのに、 どうすればよいのか分からない。だから外国人にこれを知り、助けて欲しい。 ラサには厳しいコントロールが敷かれている。身分証なしで外出できず、 地区によっては特別な書類も必要となる。集まったり議論していたりすると、逮捕される。 学校や職場では、人々は3月14日の出来事についての報告を書くよう強制され、 ダライラマ法王の悪口を言わねばならない。「ダライラマ」ではなく「ダライ」 と書かなくてはならない。そうしないと書き直しさせられる。 私の子供はこのような報告をもう3回も書かされている。 囚人の身を案じ、心配している。デモの後、イラク戦争のニュースで見たような 軍の乗り物を私たちの町の中で見かけた。こういった乗り物は、二国間の戦争のみに 使用されるものだと思っていた。チベットのTV局は、「戦争の疑似体験ができたの は軍にとって訓練の良い機会であり、軍は人を撃って殺す訓練ができ良かった。 彼らはよくやった」と言っていた。 聖火リレーを迎える準備が始まった。彼らはポタラとジョカン広場を飾り付け している。五輪の巨大ロゴがジョカンの前に掲げられたが、昨日の晩また取り外された。」 この男性の語ったストーリーは、私もまた別の人たちから聞いていた。 中国政府は、これから数ヶ月は外国人旅行者のチベット入りを許可しないだろう。 チベット人たちは、外国人にこの話のできるチャンスを望んでいる。 何が起こったのか知らせたがっている。 彼らは外国の助けが必要だと考えており、それゆえに、中国政府は外国人観光客 を禁じることで、ここの状況を統制し、検閲し、抑圧する考えなのだ。ラサで起 こったこと、現在も起こっていることは、非常に恐ろしくて悲しいことだ。 僧侶が中国の拷問手段や今回の弾圧に使用した銃のタイプについて話すのを 今まで聞いたことがなかった。そして、チベット人たちが怒りと絶望に つき動かされ、殺されたり、長期投獄されるかも知れないようなことをするのを 今まで見たこともなかった。 勤労感謝の日(?)*と5月の聖火リレーを控え、ラサには不安が高まり、 自宅軟禁によって食糧の蓄えが底をつく恐れがある。 検問所で兵士と議論する人々を毎日見かける。検問所を通ろうとする父娘に対し、 兵士は父親の方には通過を許可していたが、身分証を持つ年齢に達していない娘は 許可されなかった。 しかしながら、このような困難な時期にも、勇敢で善良な行動を見かける ことが出来る。きのう、私は1、2歳の男の子を見た。この子は 「チベット人の精神」の良い見本を示していた。歩き始めたばかりのような子で、 おばあちゃんと犬の散歩をしていた。彼らは、青服の警官の監視するジョカン広場の 前に立っていた。おばあちゃんが体が弱って五体投地ができないため祈りを捧げて いる間に、男の子は3歩広場に踏み入り、ジョカンに向かって五体投地をした。 その後で、男の子は兵士とおばあちゃんを見上げ、寺に向かって近づいていった。 警備の兵士は男の子を見ていたが、どうすればよいのか戸惑っていた。 10メートルほど先で男の子は立ち止まり、再び五体投地をした。 そして振り返り、警備の方へ歩いていき、彼の手を取り「さようなら」と言った。 これをみて、私は全てのチベット人の望むのは信教の自由と、文化を守る権利であるのだと思った。 人々はダライラマを非難する文章を書くことや、愛国再教育、生活を難儀にする規則 や決まりにうんざりしている。 2008年4月28日、ラサにて。
HさんとFさんによる訳注。
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Situation Extremely Tense
12日に発生した地震の震源地、阿覇(アバ)チベット族チャン族自治州のことをカム東部と書いたが、チベットの人たちは汶川一帯を「ギャロン」(中国の谷)と呼ぶようだ。地震発生から2日以上経って、人民解放軍の先遣隊がきのうようやく汶川に入り、音信不通だった人口3万人の町が予想以上の被害を受けていることがわかった。
汶川ですらそんな様子なので、それよりもっと西のチベット人が多く住む馬尓康、紅原、阿覇など自治州の各地がどうなっているのかはまったくニュースが入ってこない。新華網は被災地の悲惨な状況と、中国各地からの支援、勇ましい救援ボランティアの記事を交互に流している。まるでチベットでは何も起きていないかのように。そう、チベットでは何も起きていないことを私は期待している。
現実はたぶんそうではない。阿覇のキルティゴンパ(同じ州だが震源から300キロ以上離れている)ではラサでのデモ鎮圧の直後から抗議行動が始まって僧侶が治安部隊に撃たれて殺され、また多数の逮捕者と抗議の焼死者が出ている。地震の被害もあったと伝えられる甘粛省南部の夏河にある名刹ラプラン寺では、数千人の治安部隊が寺を完全包囲して緊張が高まっているようだ。
チベット自治区東部のマルカムでは地震発生の12日にも僧侶が逮捕されている。こうした場所の最新の情報がどうしても気になる。以下、TCHRDから。
サンチュ(夏河)郡のラブラン寺の状況は緊迫している。数千人の武警と公安当局がラプラン寺を完全に包囲し、数百人の僧侶が逮捕されたことがTCHRDによって確認された。
5月7日、武警と公安当局(5000人と推定される)がラブラン寺を包囲、突然の一斉検挙を始めた。約140人の僧侶が逮捕され、収容所に連行された模様。その翌日、多数の僧侶による逮捕に対する抗議が起きた。当局はこの抗議行動がエスカレートすることを避けるために、連行された僧侶のうち一部を釈放。その後も抗議行動が続いた結果、11人が釈放された。
武警はその後追加部隊を投入して警戒に当たっているが、残る7人の僧侶の解放を求めて、まだ多数の僧侶が抗議行動を続けている。当局は7人の解放を完全に拒否し、抗議行動に対して警告を発している。
勇気ある僧の蒸発
4月7日、サンチュ(夏河)郡を訪れた外国人記者団に対して勇気ある告発を行った僧侶2人、ThabkheyとTsundueの行方が判らなくなっている。彼らの挑戦的な行動が政府をおとしめることになったため、秘密裏に連行されたのではないかと、地元のチベット人たちは不安を隠し切れない。家族らが地元公安局に届け出たが、当局では2人を関知していないと伝え、依然として消息がわかっていない。(5月9日)
4月以来、中国当局による「愛国再教育」運動がチベット自治区マルカム(芒康)県Garthog郷のWoeser寺院とKhenpa Lungpa寺院で実施されていた。
情報筋によると、4月10日、中国の工作単位が寺院に入り込み、激しく厳しい「愛国再教育」運動を開始し、僧侶たちと中国当局とが神経をすり減らして対立することになった。当局の圧力にも関わらず、僧侶たちは書類に署名をしなかったし、ダライ・ラマを批判する論文も書かなかった。
僧の断固とした拒絶に対し、中国政府は逮捕を始めた。5月12日に、Khenpa Lungpa Monasteryの10人の僧侶たちが逮捕された。 また、同様に、2008年5月13日に、Woeser Monasteryの6人の僧が逮捕された。 ほかチベット人2人も5月14日逮捕された。
TCHRDはチベット人に対する不当逮捕を深刻に憂慮する。中国当局はすぐに「愛国再教育」運動をやめ、チベットに住むチベットの人々の文化と宗教的感情を尊重するように求める。
18人の逮捕者の氏名は以下のとおり。(5月15日)
- Ngawang Tenzin, age 40, Woeser Monastery
- Tenphel, age 19, Woeser Monastery
- Rigyang , age 21, Woeser Monastery
- Choegyal , age 23, Woeser Monastery
- Lobsang Gyatso, age 19, Woeser Monastery
- Tsangpa , age 17, Woeser Monastery
- Lodoe , age 15, Khenpa Lungpa Monastery
- Namgyal , age 18, Khenpa Lungpa Monastery
- Butuk , age 13, Khenpa Lungpa Monastery
- Jamyang Lodoe , age 15, Khenpa Lungpa Monastery
- Tsepak Namgyal, age 15, Khenpa Lungpa Monastery
- Kalsang Tashi, age 17, Khenpa Lungpa Monastery
- Jandup , age 21, Khenpa Lungpa Monastery
- Wangchuk , age 22, Khenpa Lungpa Monastery
- Tenpa Gyaltsen, age 26, Khenpa Lungpa Monastery
- Passang Tashi , age 3o, Khenpa Lungpa Monastery
- Dhargye Garwatsang, age 19(一般人)
- Kunchok Tenzin, age 21(一般人)
逮捕された僧侶たちの年齢を見てほしい。
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14 Tibetan Nuns Jailed, Detained
News from RFA
四川省での地震の発生直前、その四川省で続くデモ取り締まりを伝える記事がRFAから配信されている。
【カトマンズ】チベット情報筋によると、四川省当局は、公安の抑圧に抗議した14人の尼僧を逮捕し、3月のデモに参加した7人に刑期を言い渡した。
14人はカンゼ(甘孜)にある尼僧院の出身で、3月11日から12日にかけてカンゼの中心部、地元テレビ局の近くでデモを行ったという。
彼女たちはDrakar尼僧院のBumo Lhaga (32) とSonam Dekyi (30) がダライ・ラマのチベット回帰を求めてデモを行い、4月23日に逮捕されたのに抗議していた。
14人の名前は、Sey Lhamo (36)、Thubten Drolma (40)、Ani Taga (36)、Lhawang Chokyi (41)、Yangkyi (28)、Gyayul Seyan、Gyayul Thinley、Gyayul Shachotso Bodze、Tamdin Tseky、 Seshuktin Tamdin Tsekyi、Seshuktin Dekyi (29)、Bendetsang Yangchen、そして氏名不詳の2名。
「彼女らは、4月23日に抗議を行い、逮捕された2人の尼僧のサポートを呼びかけました。彼女たちは、チベットの独立と、ダライ・ラマ万歳、ダライ・ラマ回帰を叫んでいました」とある情報筋は伝える。
「中国側の武警が彼女たちを取り囲み、殴り始めました。尼僧のひとり、Tagaは頭を歩道に打ち付けられ、暴力的な扱いを受けました。出血が激しく、現場の舗道には血痕が残りました」。
14人は全員、カンゼ刑務所に収容されていると見られる。
新華網を見ていると、中国各地からの被災地への応援が猛々しく伝えられる一方、震源の汶川や周辺の阿覇州の状況はまださっぱりつかめない。気になるのは武警が増派されているという見出しで、これが決死の覚悟で自由を求めるチベット人の弾圧強化につながらなければよいがと案じている。
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Banboo Crisis with Giant Panda
ビルマのサイクロン、四川(カム)を震源とする地震で大変なときに、新華網でこんなワイドショー的記事が混じっているのを見つけた。パンダはチベットに住んでいるのだが、昨年中国政府が完成させた最大のパンダ研究施設、臥竜ジャイアントパンダ保護研究センターが今回の震災で音信不通になっており、被災状況もまだわからないようだ。
一方、成都郊外にある成都大熊猫繁育研究基地は特に被害もなく、60頭余りのパンダも無事で、きょうも通常通り観光客が訪れていたようだが、新華網によると別の問題が生じているらしい。
「現在最も恐れるのは、地震の影響でパンダの食糧となる竹の葉が十分に調達できないことだ」と大熊猫基地の責任者は取材に答えた。
基地には46頭の成体のパンダがいて、1頭あたりパンダは25キロ以上の竹の葉を主食とするため、基地全体では1トン以上の竹の葉が必要になる計算になる。竹の葉の産地は主に汶川、崇州、彭州などで、これらはいずれも地震の被災地である。
「新鮮な竹の葉がちゃんと調達できれば、パンダがひもじい思いをすることもないのですが」と責任者は語った。
Earthquake Hits Wenchuan
本日14時28分頃、四川省汶川県で、M7.8の地震が起きた。成都での水道管破裂や、北京での避難の様子ばかりが報じられていて、現地の被害は入ってこない。汶川は阿壩(アバ)チベット族チャン族自治州にあり、チベットで言うとカムの最も東に位置する。州名のとおり、人口の大半はチベット人が占める。パンダ保護区もある。
新華社の続報(20時現在)では、重慶で小学校が崩壊し児童5人が死亡した他、成都市内で45人、カンゼ自治州で4人、中江県で5人が死亡したという。汶川への交通は遮断されており、被害状況はわかっていない。
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Life Slowly Returns to Lhasa
5/8付けのRFAより。久々にラサの模様が伝えられた。
当局の努力にも関わらずラサ市街の商店はまだ少ししか開いていないが、中国各地からの観光客が少しずつ戻り始めている。電話網が復旧し、そしてチベット人学生は当局主催の「研修」に連れ出されている。
3月中旬に起きた反中国蜂起とデモの軍事的鎮圧の後、ラサは世界と隔絶していたが、次第に息吹を取り戻しているようだ。
ある市民によると、中国人やムスリムに混じって、外国人旅行者の姿が見られるようになったという。が、反中国感情から蜂起し、数千人の治安部隊によって鎮圧されたチベット人の移動は抗議活動の懸念からまだ厳しく制限されている。
「カムやアムドからのチベット人は、ラサ行きの乗車券を購入できません。ほとんどの人たちは居住許可証を持っているのに、ラサの居住許可証がないと購入できないのです。北京の中央政府からの指示だと言っていました。漢族や回族はチベットへ行けるのに」とその女性は語る。
学生たちの「研修」
チベット人をターゲットとした「再教育」がまだ進行中だという。「ラサのチベット人学生は、博物館へ連れて行かれ、伝統的なチベット社会の『負』の面を教えられます」。
この見かけ上の融和は、ダライ・ラマの代理者と中国当局との対話再開に続くものだ。
情報筋によると、通信サービスも改善され、電話がつながらないことが少なくなったという。「電話は何日もつながりませんでした。かけることも受けることもできませんでした。きのうになって、急につながるようになりました」とあるラサの女性は語る。
ラサ市街ではお年寄りが自由に散歩をし始めたものの、バルコルやジョカン周辺の店舗や露天にはまだ営業許可が降りていないようだ。ラモチェ修道院の近くでは一部が営業を再開している。
寺院が再開
デプンとセラを含む主要なラサの寺院は先週から再開した。あるラサの市民によると、数人の僧侶が戻ったが、市民はまだ面会していない。
ラサが戒厳令のような状態にある中、宗教の自由、チベットの独立、ダライ・ラマ支持を求めるチベット人の抗議行動は中国西部の各地で表面化している。
チベット亡命政府の発表によると、四川省Dakgo県Simo村近くのWadha寺の300人以上の尼僧は「宗教の自由を、チベットの独立を」と書かれた横断幕を掲げた。
Dakgo宗教担当部は、この寺が省公安によって捜査を受けていると答えている。「この件についてはあまり話せない。私たちは国家分裂と破壊活動を煽動する活動家を調べているところだ」と電話で語った。
チベット亡命政府によると、木曜日、チベットのほとんどの主要な寺院で法要が行われたという。法要は世界平和と北京オリンピックを目的とし、中国政府の情報ではデプン寺で400人、セラ寺で350人の僧侶が参加した。両寺院にはそれぞれ1万人、7000人の僧侶がかつて在籍していた。
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Global Vigil
残念なことに、中国の聖火リレーチームはエベレスト登頂を本当にやってのけたようだ。CCTVが中継した映像について、ネパール側でも天候の確認が取れたらしい。
STUDENTS FOR A FREE TIBET国際本部の中心的メンバー、ラドンとテンドルは、聖火のエベレスト登頂に合わせて、世界中でキャンドルライティングを行うことを呼びかけている(日本語訳)。テンドルは昨年エベレストBCで「チベットの聖火」を点火したことでも知られる。
呼びかけでは、登頂の動きが見えたらすぐに準備してほしい、とのことだったが、残念ながら既にエベレストは「征服」されてしまった。それでも、いまから3月10日の蜂起以来、チベットで亡くなった人たちを悼み、これ以上チベットに災厄がふりかからないようヒマラヤの神々に祈るのは無駄なことではない。
東京では西麻布の笄公園、新宿中央公園、護国寺の3ヵ所で毎晩キャンドルライティングが行われている。明日は神谷町の光明寺でも「キャンドルナイト@TERRA」が開催される。
「キャンドルマッピング」によると、この他にもさまざまな場所(公園や自宅)で火が点されているようだ。小さなキャンドルと、落ち着いた暗闇さえ確保できれば、ひとりで炎を見つめるのも悪くはない。
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