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Three More Tibetans Die Following Kardze Shooting

by Days posted at 2014-08-21 23:40 last modified 2014-08-22 00:38
セルシュでの抗議

12日にカンゼのセルシュで起きた抗議者への発砲事件は、合わせて5人の死者を出す事態に発展している。英国のチベット支援団体、Free Tibetは20日、さらに3人のチベット人が死亡したことに抗議するプレスリリースを発表した。

8月12日、四川省カンゼ(甘孜)チベット自治州のロチュンで起きた非武装のチベット人抗議者への発砲事件の後、事件での負傷者のうち3人が死亡したことが判明した。3人は怪我の手当が受けられず、拘束中に死亡した。17日に確認された2人に加え、事件での死者は合計5人になった。
事件は村のリーダー格だったチベット人、ワンダの拘束がきっかけだったが、死んだ3人の抗議者は彼の近しい親族だった。3人の身元は、ツェワン・ゴンポ(60)、イエシェ(42)、ジンパ・タルチン(18)と判明している。ツェワン・ゴンポはワンダの叔父、イエシェは従兄弟、ジンパ・タルチンは義弟だった。死亡した日時はわかっていないが、3人の遺体は18日に家族に引き渡された。

発砲事件は11日にワンダが拘束された後に発生した。地元のチベット人女性への当局者による嫌がらせをめぐってワンダは当局とトラブルを起こしており、当局は地元の祭りを違法行為だとしていた。翌12日には100人以上のチベット人が集結し、ワンダの拘束に抗議したが、これに武警が発砲し、少なくとも10人が負傷した。
事件後、地元当局による村人たちへの説明会が開かれ、ワンダの逮捕は公金の不正利用によるものだと説明されたという。19日に開催された最初の説明会には参加者が少なかったため、当局はその後の説明会に地元のチベット人たちを強制参加させている。
現地からの情報によれば、250人以上の武装部隊と武警が駐屯し、シュクパ村を包囲しているという。

China Reacts to Environmental Protest in Tibet

by Days posted at 2013-10-19 22:08 last modified 2013-10-19 22:12
ゲロン・ザトでの抗議者たち

英国のチベット支援団体、Free Tibetは19日、チベット東部カムで鉱山採掘に反対する住民に対して、武警のため催涙弾を発砲、暴行を加えたことを告発するプレスリリースを発表した。写真はこちら
8月13日、ゲロン・ザト県(青海省玉樹チベット自治州雑多県)に数百人の中国人労働者が押し寄せ、3ヵ所で採掘を始めたことから抗議が起きた。地元の人々が現場に集まり、採掘が違法であることを訴えた。彼らはその後、鉱山の入口に習近平主席の写真と「将来の世代のために環境を保護しよう」という彼の言葉が入った垂れ幕を掲げた。Free Tibetに寄せられた写真には、武警の車両が現地に駐車していることがわかる。抗議する住民と武警が対峙を始めた3日後の8月16日、武警はついに催涙弾を発砲、電気警棒などで住民を殴打した。未確認情報だが40人以上のチベット人が負傷したという。拘束された住民は数知れず、住民のまとめ役だったカツァ・サルドルは連行されたまま行方不明になった。抗議の中で27歳のソンポ・チュドゥップは自殺を図ったが武警によって病院に収容された。
チベットでの抗議活動は鉱山採掘がきっかけになることが多い。今年5月にはチベット中央部で数千人の住民が中国企業による「聖山」の採掘に抗議した。2010年にはチベット東部のペーユルでの抗議で住民が武警に銃撃される事件が起きている。採掘はいつも中国企業ないし多国籍企業によってチベット以外の人々を潤すために行われ、現地のチベット人に何のメリットがないばかりか、環境が破壊されていることが住民による抗議につながっている。今年4月にチベット自治区ギャマの採掘現場で地滑りによって80人以上の労働者が死亡した事故が起きたときにも、チベット人の犠牲者はたった2人であり、他はすべて中国本土からの出稼ぎ者だった。

Diru Under Lockdown

by Days posted at 2013-10-10 01:29 last modified 2013-10-10 01:29

チベット自治区ナチュ県のディルで、中国政府の掲げる「群衆路線」政策に抗議したチベット人たちへの鎮圧が泥沼化している。9月28日、ディルのモワ郷で「九有」つまり党指導者の肖像写真、五星紅旗、道路、水、電気、人民日報など「9つの不可欠な物」を整備すべきという指導にチベット人たちが抗議して、各家庭で五星紅旗を掲げることを拒否したために、約40人のチベット人が拘束されたのがきっかけ。
ディルの各郷で抗議と弾圧が繰り返され、抗議の中心人物と目されたチベット人たちが次々と連行され、暴行を受けている様子をTCHRD(チベット人権民主センター)が伝えている。6日には武警が群衆に発砲する事件も起きた。
ディルは現在外部との通信が遮断され、行き来も制限されているという。TCHRDは「少なくとも48時間以上、モワ郷の3万人の住民が食糧と水の供給がない状態に置かれている」と伝えている。

中国当局は68歳のチベット人男性、ダヤンに有期徒刑2年5ヵ月の判決を言い渡した。彼はディル郡ツァチュ郷で9月3日に行われた催しの最中、ダライ・ラマ法王の帰還とチベットの自由を求めるスローガンを叫んだという。催しはツァチュ郷の中国当局が主催したもので、チベット人たちは五星紅旗を振るよう求められた。ダヤンはこの押し付けに抗議したものと見られる。
その日の午前2時過ぎ、当局がダヤンを彼の自宅から連行した。彼の行方はその後しばらくわからなかったが、拘禁中に負った怪我の治療のためディル県病院に入院していることが判明した。10月7日、連行されてから1ヵ月以上経ってから、彼はラサ人民病院に移送された。情報によれば、ダヤンは厳しい監視下にあり、面会が一切許可されないという。いまのところ怪我の状況はわかっていない。

10月3日には当局はナチュでドルジェ・ダツェルというチベット人男性を連行し、以後彼は行方不明になっている。彼は以前ディルで行われた抗議に参加しており、とりわけ共産党幹部による政治教育などのキャンペーンを批判していたという。
彼が連行されたことをきっかけにダタン郷では地元のチベット人たちが6日、抗議を行った。彼らは当局の通達を無視し、ドルジェ・ダツェルの即時釈放を要求した。これに対して約300人の武警が出動。銃と警棒で鎮圧しようとした。目撃者によれば少なくとも4人のチベット人が銃で撃たれて負傷した。タギャは大腿骨を、ツェワンは上下の顎の骨を負傷した。武警は催涙ガスを使ったことも混乱を大きくした。この騒ぎで約60人のチベット人が重傷を負ったという。

Environmental Activist Suffers Broken Ribs In Tawu

by Days posted at 2013-07-11 01:44 last modified 2013-07-11 01:44
タウ

タウで起きた群衆への発砲事件では、環境活動家として知られるキャソ・ギャツォも負傷して病院に搬送された。きのうに続き、TCHRDの発表。

TCHRDに寄せられた情報によれば、マチェン・ポンラ山近くの橋で激しい暴行を受けたチベット人の中に、環境活動家のキャソ・ギャツォがいたという。ギャツォは肋骨2本を折る重傷で、他の負傷者とともに病院に搬送された。事件の後、武警は彼を含む14人のチベット人を一時拘束したが、7日夜までに釈放した。
「なぜ神聖な儀式の邪魔をするのか」とギャツォらが問いただした後に、武警は突然暴行を始め、見境なく殴ったたという。
キャソ・ギャツォは2011年に地域の自然保護のために設立された「タウ環境保護協会」のメンバー。協会は僧院とタウの地元民とで構成され、タウ各地の村々や氏族の代表50人がメンバーになっている。昨年2月中旬には協会のメンバー4人が公安に拘束される事件が起きている。

Armed Police Shoot Into Crowd Celebrating Dalai Lama’S Birthday

by Days posted at 2013-07-10 01:36 last modified 2013-07-10 01:49

チベット人権民主化センター(TCHRD) は9日、タウで行われたダライ・ラマ法王の誕生祝賀会に集まった群衆に武警が発砲する事件が起きたと伝えた。

ダライ・ラマ法王14世の78歳の誕生日を祝って集まったチベット人の群衆に対して中国武警が発砲、多くの負傷者が出る事件が6日、タウ(四川省甘孜チベット自治州道孚県)で起きた。
TCHRDに入った情報によれば、少なくとも9人のチベット人が重傷を負い、重体に陥っているものと思われる。人数がわからないものの、他にも多くの民間人、僧侶たちが武警が使用した催涙弾や殴打によって負傷したと伝えられている。
ニャツォ僧院の教導僧、ゲン・タシ・ソナム師は頭部を撃たれ、他の負傷者たちとともにダルツェド(康定県)の病院に搬送された。
民間人のウゲン・タシは重体で、生死の境をさまよっていると言われている。最新情報によればウゲン・タシは銃弾8発を被弾したという。彼は当初県病院に搬送されたが、成都の省病院に転送されて手当を受けている。
ニャツォ僧院の戒律僧(ゲキョ)、ギャムツォ師も、他の僧侶、ジャンチュプ・ドルジェやロサンらとともに負傷した。ジャンチュプ・ドルジェは2011年11月にタウで焼身抗議して死んだダカ・チューリン尼僧院のパルデン・チュツォの兄弟だという。他にもコロ放牧地出身のタシ、ドゥキャ放牧地のニェンダック、キャソ放牧地のサンポら民間人やドゥンキェ放牧地出身だという尼僧のドルマが負傷した。
僧侶たちを含むタウのチベット人はダライ・ラマ法王の78歳の誕生日を祝って、7月6日朝、カムの山神のひとり、マチェン・ポンラを祀る丘に集まった。線香を炊き、祈りの旗を掲げ、ダライ・ラマ法王の肖像写真の前で法要を行おうとしていると、武警を乗せたトラックが駆けつけて催しを中止させたという。武警は丘を包囲した。
憤慨したチベット人たちは抗議し、彼らが合法的に行動していることを訴えた。しかし武警は耳を貸さず、暴行と銃撃を始めたという。催しには数百人のチベット人たちが参加したと言われるが、負傷者を含め正確な人数はわかっていない。
多数のチベット人たちがその場で拘束されたものの、ニャツォ僧院の中庭で彼らの即時釈放を求める集会が行われてから解放された。武警はニャツォ僧院に集まったチベット人の前で謝罪し、もし死者や重傷者が出た場合にはその責任を負うと約束したという。しかし地元のチベット人たちは、武警は甘孜チベット自治州上層部の指示を忠実に実行しているだけで、謝罪も上層部の指示だと信じているという。
6日にニャツォ僧院を包囲していた武警がその後に包囲を解いたことから、状況は最悪を脱したが、現地のチベット人たちには移動規制が残り、緊張はまだ続いているという。昨年7月6日には同じ場所で同様にダライ・ラマ法王の誕生日を祝う催しを武警が中止させる事件があったという。

事件はワシントンに本拠地を置くICT - International Campaign for Tibetもいち早く報じ、チベット支援組織の連合体、ITN - International Tibet Networkが緊急声明をまとめて、各国の政府に対処を求める事態に発展している。

Natural Or Man-Made? Landslide In Gyama Mine

by Days posted at 2013-04-03 02:25 last modified 2013-04-03 02:25
新華社記者によるイメージ

「中国・チベット自治区で山崩れが起き、83人が生き埋め」とのニュースが新華社電として世界中に発信された。新華社が報じるのは勝手だが、現場はメトコンカのギャマ、チベットの歴史的英雄、ソンツェン・ガンポ誕生の地。まぎれもなく「チベット人のチベット」である。そこで採れる銅、モリブデン、鉛、亜鉛、金、銀などを求めて、中国中から山師が集まって来ている様子は、2009年にツェリン・ウーセル女史が書いている
天災か人災か、中国国内の報道を元に現在までの状況をまとめておく。

新華社の一報は29日夜。「朝6時頃、チベット自治区メトコンカ(墨竹工卡)県にある中国黄金集団所有のギャマ(甲玛)鉱山で大規模な山崩れが発生し、数十人が巻き込まれた。区、市、県首脳が現場に駆けつけ、救援隊を組織している」というもの。
続報では、土石流が2キロ下の作業員宿舎を直撃し、83人の作業員が生き埋めになったと伝えられた。1日の新華社の現地取材によれば、正確な人数はわからないものの、83人のうちチベット人は2人のみ。他は雲南、貴州、四川などからの集まった漢人だったという。所属別では「甘粛地鉱局四院」「貴州冶金建設西蔵公司」「拉薩金銛公司」「天楚6冶公司」など。
発生直後から、チベット軍区と武警チベット大隊、水電武警、交通部隊などが3000人規模の救援隊を組織し、200台以上の車両を投入。V字型の峡谷を埋めた土砂の中か救援犬も使って昼夜を徹して捜索が行われ、30日17時すぎには最初の遭難者が遺体となって発見された。
30日未明からは雪が降り始め、気温の低下で救援活動に困難をきたしているという。
西蔵新聞網によれば、1日午前10時には100万立方メートル以上の土砂を掘り出し、23名の遺体を発見したが、10時50分に再度の土砂崩れが発生して捜索は一時中断された。夕方には中国工程院院士でチベット人地質専門家ドルジェ氏の観測で長さ600メートル以上の亀裂が4ヶ所見つかり、二次災害の危険が指摘されているという。現場ではなお断続的に降雪が続いているという。
西蔵新聞網はチベット人地質専門家ドルジェ氏の意見として土砂崩れの原因を紹介している。原因は氷河源流の小さな砕石が少しずつ崩れることによる「バタフライ効果」だという。

「自然災害」と繰り返す中央電視台の報道を疑う中国ネット民の書き込みをBBC(中文版)は紹介している。「乱採乱掘、癲狂略奪、自掘墳墓! だが埋められたのは普通の労働者たちだ!」

China Releases Jigme Gyatso After 17 Years

by Days posted at 2013-04-02 23:55 last modified 2013-04-03 00:46

1996年から17年間の有期徒刑に服していたジグメ・ギャツォが健康悪化と引き換えに、ついに釈放されたという。
チベット中央政府の発表によれば、30日、52歳のジグメ・ギャツォが曲水監獄から釈放され、出身地のラプランに戻されたという。長年にわたる獄内での虐待により、彼は衰弱していたと伝えられている。

同姓同名の「ジグメ・ギャツォ」が何人もいるのでややこしいのだが、今回釈放されたのはアムド、ケースル出身のジグメ・ギャツォ
1996年3月30日、ラサのツクラカン僧院の前で逮捕されたものの、98年、EU代表団の視察に際しての獄中抗議に参加して国際社会の注目を浴び、2005年には国連拷問禁止委員会のマンフレッド・ノワク博士が彼に面会して、彼の釈放を求めていた。

Minato Elementary School Shelter

by Days posted at 2012-09-03 00:02 last modified 2012-09-03 00:04
石巻市立湊小学校避難所

ブラスバンドの音楽にのって、獅子舞が踊る。カメラが教室に入って行く。2011年4月。藤本カントク何度目かの湊小学校でのボランティア。もうすっかり打ち解けている。避難している人たちとボランティアとの独特の間合い、雰囲気は、ボランティアに通った私たちにはおなじみのものだが、スクリーンで観るとその距離感にハラハラする。
休業を余儀なくされたモスバーガーの店員、造船所の社長、古くから続く床屋の主人。被災して湊小学校に集まって来たのは、遠い世界の人たちではない。私たちのすぐ横に暮らす人たちだ。カントクのカメラはその人たちの心に入り込む。
「きらめき教室」に同居する、もうすぐ70歳になる愛ちゃんと、小学生のゆきなちゃんの微笑ましい友情を軸に、避難所の生活が描かれる。福島第一原発のある双葉町から避難ついでに郷里の石巻でボランティアをする西原さんの複雑な状況。
長かったように思えるが、避難所の人たちが徐々に仮設住宅に当選して移るまでは4〜5ヶ月しかかからなかった。7月にはあちこちで避難所の再編が行われて徐々に縮小し、湊小学校避難所も10月11日に閉鎖された。
仮設に当たって、初めて部屋を訪ねた愛ちゃんが、大粒の涙をこぼす。「津波で凍っていた心が溶けたから、涙ばっかりいっぱい出る。自転車に乗ってここからスタート」。この愛ちゃんのキャラクターがなかったら、ストーリーはまったく違う受け取られ方になっただろう。一方のゆきなちゃんに「地震が起きたとき、どうだった?」とおずおずと訪ねる藤川カントク。このおずおずとした感じが、傷ついた人たちを包み込む彼の暖かいまなざしに通じていると思う。

映画「石巻市立湊小学校避難所」 映画「石巻市立湊小学校避難所」
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by administrator last modified 2017-02-07 19:43