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A Climber with Humanity and Ethics

by Days posted at 2008-10-01 23:20 last modified 2008-10-02 22:28
Pavle Kozjek

みんなその時は極限状態だった。
この二日間何も食べておらず、高地の登りは胸を裂き何も考えられなかった。
ただそのまま一歩一歩前に進んだ。
多くのもの者たちはその時逃げるために身軽になろうと背負っていたリュックや上着を脱ぎ棄てた。自分のそうした。

そのうちグループの誰かが
「撃つなら打て!もう何時死んでもいいんだ!もう何も怖くない。撃つなら打て!」と言った。
グループの先頭には尼僧たちが数人いた。
自分たちは数人でその後ろ5,60mのところを歩いていた。

突然バンバンという銃声が聞こえたと同時に頭の上をヒューヒューと銃弾が走る音が聞こえた。
前を歩いていた尼僧のグループのうちの一人に弾が当ったらしく、「キャー!」という叫び声が聞こえた。
私は全身鳥肌が立ち、怖くて身体が震えた。

他の尼僧が倒れた尼僧を抱えたが、しばらくして死んだと思ったのか、皆そのまま歩きはじめた。

中国兵は下に降りて来ているようだった。
また後ろから来ていた男の子が足を撃たれ、倒れた。

中原一博さんのダラムサラリポート、チベットNOW@ルンタに6月に掲載されたチャムド出身の18歳、ガンツォの証言を原文のまま引用した。
ナンパ・ラは、8201メートルの高峰、チョー・オユーの肩にある峠で、それでも標高は5710メートルもあるという。昔からキャラバンの通商路としてよく使われるルートで、チョー・オユー登攀のABCからもそのキャラバンがたびたび目撃されていた。

ちょうど2年前、2006年9月30日早朝、そのABCにいたクライマーたちは、一列になって峠を目指すチベット人の一団を見つけた。約70人のチベット人がネパール側へ向かっていた。ガンツォはその中にいたらしい。
突然銃声がして、それが何度も続いた。標高5000メートルあたりで、一団はさらに峠へ駆け上がっていった。峠には越境を阻止しようとする中国兵が銃を構えていた。双眼鏡越しに、2人が倒れるのが見えた。

亡くなったのは17歳の尼僧だった。その他に20歳の男性が足に銃創を負った。73人のうち、41人が国境を越えてカトマンズに着いたが、10人の子供を含む32人が中国兵に連れ戻され、逮捕、投獄された。SFTなど支援団体のキャンペーンの結果、翌年2月に32人は解放され、ダラムサラへ亡命した。
このときは多数の登山者が銃撃を目撃し、スロヴェニア人のクライマー、パヴレ・コジェクが帰国後にその写真を公開したことで世界中にそれが伝わった。たまたま彼は手元に望遠レンズと手ぶれ防止機能付きのカメラを持っていた。
「銃声がしたとき、ほとんどのクライマーはまだテントの中にいた。ベースキャンプの中でも下のほうにいた人たちしか、何が起きているのかわからなかったと思う」。
「彼らはまるでネズミやウサギが狩られるように撃たれた」。その下のほうにいたルーマニア人のセルジュ・マテイはそう語っている。彼はビデオを撮影し、さらにチベット人のひとりを匿ったという。

中国政府は、一団を密輸団だとし、兵士たちは密輸団の攻撃から身を守るために銃を使ったと反論した。
各地で上映されている映画「ヒマラヤを越える子供たち」のように、チベットを離れてインドで学ぶ子供たちは多いし、それを阻止しようとする銃撃事件も後を絶たないようだ。いまやチベット全土が監獄になってしまい、国境の兵士たちはまるで彼らが脱獄するのを阻止しようとしているようだ。

パヴレ・コジェクはこの2006年のチョー・オユー登攀で新たなソロルートを拓き、世界で優れたクライミング成果に贈られるPiolet d’Orの「年間最優秀クライマー」を受賞した。彼は1989年にシシャ・パンマ南面を新ルートで登ったほか、97年にはスロベニア人として初めてエベレストに登頂している。しかも無酸素で。それが二度とチベットに行けなくなるかもしれない危険を冒して、中国当局を「告発」した。
「もう中国には入れないだろうね。入れたとしても、いつ追放されるかビクビクすると思う。自分が思うにはヒューマニティと倫理を欠いた登山は、登山とは言えない。ただ登頂するだけじゃだめなんだ」。
類い稀な素質を持ったクライマーというだけでない。本当に勇敢な男だったのだ。
そのパヴレ・コジェクの悲報が届いたのは先月のこと。同じスロベニア人クライマーと共にムスターグタワー北東壁の2200メートルにも及ぶ新ルートに挑んでいた彼は、8月25日、強風のために登頂を断念して撤退する途中で2000メートルもの高さを滑落して亡くなった。

さきほど紹介した2007年のインタビューでは、彼が写したナンパ・ラの写真を元に、SFTをはじめ様々なチベット支援団体がキャンペーンを行ったことについて彼はこう語っている。中国政府はこれで変わるだろうか?
「そう信じたい。こんな事件が二度と起こらないと思うほど自分は楽天的ではないけれど、中国当局は少なくとも今後の行動について考えるようになると思うよ。国境を越える人たちを殺すなんて、とても許されないから」。
どうしたらヒマラヤに挑むクライマーやチベットを訪ねる旅人たちに、彼の精神を受け継いでもらうことができるだろうか。

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