Agglutinative Language Corridor
青森の旅から帰ってきてもう1週間以上経つのに、まだぼうっとしている。やらなきゃならない仕事は多いのに。
あさってからモンゴルに行く中村吉弘さんからお誘いがあり、夕方から新宿に会いに行って、深夜まで話し込んでしまった。彼の青海省チャプチャでの活躍(チベット語文法と日本語との類似点の発見、日本語に変換することで発見されたチベット語文法の新解釈など)は山と渓谷社『チベット語になった「坊ちゃん」』、略して「チベ坊」に詳しいが、大学で哲学を学び、その後イスラエルから米国、イランなどを放浪して、帰国後にカリスマ塾講師として活躍した経緯もまた面白い。「チベ坊」はチベットという言語、地域にとらわれず、教育論として読まれるべきだと思うのだが、その原点には1979〜1981年の放浪と、その後の講師経験があるのだ。それだけに非常に話が尽きず、こんな時間になってしまった。
一緒にいた丸山さん、長野さん、三輪さんと一緒に、トルコ語、韓国語、カラーシャ語となどと比較するに、言語が生まれ、拡散しながら形を変えて行った背景は面白い。ハンガリーから東、いまは北京政府の範図となっている新彊ウイグル自治区までは「チュルク」、いわゆるトルコ語圏として有名(ウイグル族はイスタンブールへ行くと、3時間でトルコ語を解するようになるらしい)だが、トルコ語は日本語と同様、主語、述語、目的語を、助詞を使ってぺたぺたと貼り付けていく文法なので、同じような文法言語と言える。これを膠着語という。ヨーロッパ諸語、ギリシア語、アラビア語、ヒンドゥー語、ロシア語、中国語はそれとは異なるのだが、それらに挟まれたトルコ語圏、チベット語、モンゴル語、ハングル、日本語は、どれも膠着語なのだ。
中村さんはこのハンガリーから日本に至るシルクロード沿いの帯を、「膠着語回廊」と呼ぼう、と提唱している。これらの言葉は、ものの名前や動詞や助詞の呼び方が異なったり、格変化がやや違うなどの差はあるものの、語順が同じなので、どれが主語でどれが助詞なのかが分かれば、ほとんど自動的に翻訳できてしまうことになる。
どれも決してポピュラーな言語ではないけれど、それらの言葉の「6ヵ国会話帳」のようなものを作るだけで、互いの交流がはかれるのではないか。資源の少ない日本にとって、こんなちょっとしたことで隠れた資源国とコミュニケーションができるようになるのは、ヒモ付き資金援助での公共事業なんかよりよっぽどよいと思うのだが、どうだろうか。
- Category(s)
- ごはんとともだち