Island of Amawari
沖縄で「南島詩人」平田大一さんに会った。
沖縄とは言え、今回訪ねたのは足を踏み入れたことのない勝連半島から海中道路を4.7キロ走って、さらに橋を渡った先の浜比嘉島。内地と沖縄との違い以上に、那覇のような大都会との違いを思い知らされる時間の停まった島だ。それが人々を惹き付けてもいるのだが。
浜と比嘉の2つの集落からなる浜比嘉島の比嘉地区にある公民館、正式には農村環境改善センターで行われたイベントに、平田さんは来てくれたのだ。
演出家として知られる平田さんについては、本も出ているし、テレビドラマも作られているので、あまり書くこともないだろう。ただあまりにも強烈だったので書いておきたいのは、学生時代を過ごした東京から、故郷の小浜島に戻ってから始めた「きび苅り援農隊」のことだ。「1日で手の皮をむき、3日で肩の皮をむき、7日で心の皮をむこう」この合い言葉がふるっている。子どものころから嫌でたまらなかった家族総出での仕事、きび苅りを、島外から人を集めるほどの観光資源に仕立てたのは、「南島詩人」の人の魅力だと思った。
冬から春にかけての魚沼では「雪下ろし隊」が活躍していたり、冬の旭山動物園が全国ナンバーワンの集客を達成したり、地理的なデメリットを逆手に取った体験型ツーリズムが脚光を浴びているが、「きび苅り援農隊」はその先駆けではなかっただろうか。
平田さんは浜比嘉に10人の高校生を引き連れて来ていた。勝連町教育委員会に招かれた平田さんを演出監督として作った子どもたちによるミュージカル、「肝高の阿麻和利」に出演する「あまわり浪漫の会」の高校生たちだった。
早い時間から楽屋で衣装を合わせ、メイクを施し、作戦会議をしていると思いきや、平田さんの話の合間に演舞を披露してくれた。この高校生たちの目の輝き! それが、平田さんの、いや沖縄のいちばんの宝ではないかと思う。
翌朝、阿麻和利の居城であり、ミュージカルが初演された勝連城跡に行ってみた。半島にそびえ立つこの城は、イノー(礁域)と呼ばれ、島々に囲まれて潮の満ち干によって信じられないほど広い干潟が出現する豊かな海を手中にする「海の城」だったのではないだろうか。
琉球王朝に歯向かって勇敢に闘った肝高の阿麻和利の志は、海の子どもたちに確実に受け継がれている。
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