2008/07/01
Burning Chinese Products
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Days
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2008-07-01 02:40
last modified
2008-07-30 10:52
3月14日にラサで何が起きていたのか、ジャミヤン・ノルブは自身のBlogの中で、唯一の外国人ジャーナリストとして暴動を目撃した The Economist の記者、ジェイムズ・マイルズへのCNNのインタビューに着目する。
新華社は、この暴動でチベット人暴徒が商店を略奪し、火を点け、従業員が焼死したと非難している。マイルズによればこうだ。「(チベット人経営ではない)ほとんどの商店は燃やされているか、略奪されたか、破壊されている。商店に陳列されていた商品は通りに投げ出され、積み上げられ、火が点けられ‥‥」。
そこで起きていたことで興味深いのは、全体的に言って、窃盗や泥棒がなかったことだ。抗議に参加したチベット人たちは、中国人の店から何も盗まなかった。彼らはただ商品を通りに積み上げ、火を放った。もちろん例外はあるだろう。玩具店が襲撃された後、おもちゃを両手一杯に抱えた子供たちが逃げて行ったのが見られたというし。
ジャミヤン・ノルブは1987年、89年のラサでの暴動と今回の暴動、それから1965年に米国で起きたワッツ暴動、1992年のロス暴動とを比較して、広範囲な火事場泥棒が横行した米国での暴動に比べ、チベットでの暴動では商品の略奪が異なる意味を持つと指摘する。
ラサの抗議参加者がそれぞれの行動の中に明らかに政治的なメッセージを持っていることは疑いようがない。中国製品を盗むのではなく、燃やすことで彼らは訴えているのだ。「中国製品はいらない。チベットに中国人もいらない」と。それはスワデシ運動の中で、インド人ナショナリストが英国の衣類や製品を燃やしたことから端を発しているのかもしれない。
間違いようのないメッセージをラサの人々が発信したにもかかわらず、西側メディアは暴動の背景に経済格差があると誤解した。鉄道の延伸により、たくさんの中国人移民がチベットに押し寄せた結果、チベット人が経済的活動に参加する機会が失われてしまったのだ、と。(中略)
果たして経済格差が動機だったのか? それに私は異議を唱えない。ワシントンポスト紙のエイブラハム・ルストガルテンや他の記者が書いたことに異議を唱えない。が、ただそれだけではない。人権侵害、宗教的自由の否定、チベット語への圧力、文化的破壊、などなど動機はいくらでもある。
ルストガルテンが経済的事情を言うのならば、なぜ抗議参加者はそれを口に出さなかったのだろうか? なぜ彼らは「経済的活動に参加させよ」と叫んだり、単純にどさくさに紛れて中国人の店から商品を盗んだりしなかったのだろうか。(中略)
チベットについて書いたり、論じたりするときに、いまのチベットの経済的事情が、食べるのが精一杯だった70年代や80年代初頭のそれからは進歩的な発展を遂げていることを念頭におくべきだ。一方で政治的な独立なくして、そうした経済的発展がチベット人の生活に意味をなさないことは明白だ。
たかが盗ったか盗られたかという問題ではない。中国人商店からの略奪は、Made in Chinaに対する形を変えたボイコット運動だったのだ。
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- チベットに自由を
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とても貴重な情報ありがとうございます。
このような情報は,チベット支援を行っていく上で,とても重要だと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
siwakuさん
コメント、ありがとうございます。
ジャミヤン・ノルブは自身が3/14にラサにいたわけではないので、James Milesの目を借りて、考察しています。暴動をめぐって、別の視点もあるということを紹介させていただきました。
お役に立てれば幸いです。