2008/09/26
China Has Only One Nationality
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2008-09-26 09:14
last modified
2008-09-26 09:14
「新世紀新聞網」に掲載された「アムド出身の中国人学生の日記」。
最後は五輪開会式をテレビで観た感想で締められている。この時期なので、20時すぎからの開会式はチベットではまだ少し明るい時間だったかもしれない。繰り返すけれど、この日記が本当にアムド(アバあたり?)で書かれたのか、それとも米国で書かれたのかはわからない。しかし、この五輪開会式が、日記に書かれたとおりのものだったことは、チベット人誰しもが疑うことがないだろう。
日記はここで終わっている。本当にアムドからの発信ならば、五輪での中国選手の活躍や、閉会式後の感想、SFTによる北京での抗議活動の伝わり方も気になるところだが。
2008年8月9日(土)開会式で世界中に宣言されたこと「中国はひとつ、漢族でひとつ」
ひとつ。
オリンピックが始まった。長いこと呼吸を止めていた中国人たちがようやくリラックスしたように思える。
ふたつめ。
テレビで観る開会式は、これ見よがしに力を誇示するものだった。中国人は大掛かりなものを作るのに長けている。壮大なものを作るのが好みなのだ。政権は、開会式のような大規模な式典に協力を惜しまない。共産党は組織委員会にお金、人、設備、各単位の無償の協力をするだけでなく、独裁的なコントロールをも与えようとしている。そうした党の動きが人々をいらいらさせ、金を無駄遣いさせ、時間の無駄を生んだとしても、共産党の目的に沿うためにはこれらのようなことはたいした問題ではないと政府は考えているようだ。
三つめ。
開会式に出てきた山車は、どれも中華文化を象徴するものだった。太鼓、筆・墨・硯・紙という画家に不可欠なもので描かれた絵画、漢字、孔子、万里の長城、伝統的な歌劇、シルクロード、この上もなく素晴らしい照明と音楽の数々。数時間の開会式のあいだ、「56輪の花」の中の「55輪の華」つまりは他の民族に照明が当たったのは2回だけ、しかもそれぞれ数秒だけだった。
主催者は、開会式は中国の伝統文化の厚みを表現すると言っていた。
もちろん中国には長い歴史と深い文化があるが、中国は漢族だけでなく、56の民族から成り立っていることを理解する必要がある。世界に誇るべき歴史と文化を、漢族だけが持っているわけではないのだ。だけれどオリンピックを通して、中国政府は世界中にこう伝えている。中国イコール漢族であり、中国の歴史は漢族の歴史だと。
世界中の人々が観るイベントなのだから、開会式には自分も少しは期待していた。が、観終わると深い失望しか残らなかった。
2008人の人たちが古代の中国人の民族衣装を着て孔子のことわざを繰り返すのを観るにつけ、「中国の象徴」と呼ばれるものの、実際には自分たち少数民族からの攻撃を防ぐために使われた万里の長城を見るにつけ、中国文化(とは言うものの、漢族だけの文化だ)に満ちあふれた場面の数々を眺めるにつけ、自分は違和感を感じた。
孔子とは誰のことか? 万里の長城とは何か? 少数民族のひとりとして、また漢族とはまったく異なる文化や歴史、心情を持つ人々のひとりとして、自分の考えでは、孔子はただのインテリ外人に過ぎない。孔子は人類の思想に貢献したかもしれないが、自分たちの祖先として敬ったことはないし、これからも尊敬することはないだろう。万里の長城は人類の歴史の中での知恵と苦労とを象徴する建造物であったとしても、実際には彼らが「野蛮人」と呼ぶ私たちの祖先を防御するために造られたもので、それを自分たちがどうして自慢に感じることができるというのだろうか。
「中華国家」とか、「私たちは楊貴妃と始皇帝の子孫、みな中国の子供たち」とかそういった偽善的な言葉を繰り返されるのはもううんざりだ。漢族は力を持っているから、1億人の少数民族や世界中の人々に対して、自分たちが中国であり、中国の歴史は漢族の歴史だと言っているのだ。
四つめ。
悲しいのは、北京のお祭り騒ぎの一方、チベット全域が脅威の中に置かれているということだ。政府は神経質になっていて、空気は張りつめている。幸いなことにまだ町は封鎖されていない。が、そもそもそれを幸いと感じるのもどうかと思う。
国全体がお祝いムードの最中、自分たちはそれから隔離されていることが逆に幸せだと感じさえしている。これでいいのか?
もし自分たちが中国の一員というならば、これはあるべき姿だろうか? これは行き過ぎではないだろうか?
中国政府は一方で、スポーツの名の元に民主主義と自由の主張を封じ込め、恥ずかしげもなく「オリンピックを政治に利用してはならない」と繰り返し、もう一方では独裁政治を永遠に続けることを世界中から認めさせるために「世界のスポーツの祭典」を利用している。
それが彼らのやり口だ。
Olympics Diary of a Tibetan
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The Olympic Syndrome
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The Olympics Are Very Odd
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The Torch in Tibet
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- チベットに自由を
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