Prof.Onoda Speaks in Gakushukai
在日チベット人コミュニティー主催の法要と重なってしまった今週末の「チベットの歴史と文化学習会」のお知らせ。I Love Tibetでは埋もれ気味なので、勝手に再掲します。前回は時間が足りず、大慌てになってしまったディスカッションの続きも楽しみ。
ぜひお誘いの上、お申し込みください。
第7回「チベットの歴史と文化学習会」 2009年12月6日(日)13:40〜16:30(開場13:30) 文京区民センター 3-A会議室(東京都文京区本郷4-15-14)
第7回「チベットの歴史と文化学習会」 ■日時:2009年12月6日(日)13:40〜16:30(開場13:30) ■場所:文京区民センター 3-A会議室 交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分 都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分 JR総武線水道橋駅 徒歩13分 http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754 ■参加費:¥600 ■参加のお申込み 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。 申込みページ(↓)からお申込み下さい。 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku7/) ※定員になり次第締め切らせていただきます。 ■プログラム(予定) (1)特別講義「チベット美術の流派」 講師:小野田俊蔵(佛教大学文学部教授) チベット仏教美術へのゲートウェイ。 メンリ流、キェンリ流、カルマガルディ流など仏教美術諸流派の流れと芸術の 特徴について学びます。 (2)パネルディスカッション「チベット問題を問う(2)」 日本人として、いかに「チベット問題」に向き合うか? 第6回に続き、チベットの事情通それぞれの立場から語り合っていただきます。 発言者:福島香織(ジャーナリスト) テンジン・タシ(在日チベット人) 渡辺一枝(作家) 長田幸康(I love Tibet!HP 主宰) 司会:藤田祐子 *発言者は都合により変更となる場合もあります。 ●主催:チベットの歴史と文化学習会 ●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai★gmail.com (★を半角の@に換えて下さい↑)
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Love Your Neighbor
きのう仕事場に着く直前に、ママチャリとして使っているLGS-5のリアシフターのワイヤがぶつんと音を立てて切れた。
仕事している間はそんなことは頭になくて、真夜中の帰り道になって、幸いにしてトップで固定されたリアディレイラーのまま、チェーンをいたわるようにペダルを漕いで帰った。
リヒトの保育園の送迎にも使っているので、トップのままだと困る。で、けさはリヒトを送って行って、また急発進なしでゆっくりと仕事場へ(力を入れすぎると腰を痛めかねない)。昼休みになって、ようやく仕事場の近所の自転車修理店に持って行った。
このお店、看板は「スズキ」。軽自動車とスクーター、50ccバイクを専門にしているのだが、オフィス街で周辺に自転車修理の店がないので、この店を頼りにしている人は多いと見える。油染みだらけのつなぎを着たオヤジさんが、ほとんどひとりでやっている。
きょうも先客がいて、会社の自転車を修理しているところだった。「ちょっと待って」と言われて、寒風の中、マイペースの作業を30分待って、ようやく順番。と思いきや、先客が頼んだ領収書を書くのに、手を洗って、奥の事務机に腰掛けて、宛名を何度も大声で確認して‥‥。
ママチャリとして使っているとは言え、海外産MTBの端くれ、LGS-5の微妙なシフターが直せるだろうか、とちょっと不安になり、「あの、これ、直せますかね」と弱気に頼んでみる。
いかにも新聞配達の質実剛健自転車しか直せそうにない修理工場だ。オヤジさん、黙ったまま、見たこともないと言った表情でシマノのトリガーシフターを眺めている。手近にあったドライバーで分解しようとして、大き過ぎたのかそれを投げ捨て、小さいドライバーに持ち変える。まるでインドか中国の自転車屋。海外でワイヤが切れてしまったと思えば仕方がない、と自分に言い聞かせる。
中途半端に差し込まれていたワイヤを乱暴に抜いたかと思うと、独り言のように「あったかな」と呟きながら、壁にかかった薄汚いウォールポケットのどこかから、シマノのパッケージに入ったワイヤを取り出してきた。数十年前の軽トラックのパンフレットが無造作に入っているようなポケットから、そんなものが出てきたことに驚く。
「空気入れちょっと貸して」「サンドペーパーあるかな?」と次から次へ顔見知りらしき人たちが寄って行く。そのたびに「いいよ」とか「粗いのしかないよ」とか、言葉短かにしかおやじさん、答えないのだけれど、みんなしばらく作業を見ていると帰って行く。
ワイヤを抜いたものの、もともとのワイヤの取り回しがどうだったか思い出せないふうで、ちょっと苦労する。思わず口を挟むと「カゴと当たってるから、切れるんだよ」ともともとの取り回しが悪かったのを怒られた。これはとんでもないことになりそうだ。カゴを着けるのが間違いなら、取り外してもいい、と言うと、「でもカゴはいるんでしょ」と、ああでもないこうでもないというふうにワイヤーを試行錯誤して取り回していく。
ワイヤを張り替えると、リアディレイラーの下でワイヤを引っ張りながら、調整。ローに入りにくい。「元からローに入らなかったんじゃないの?」そうかもしれない。いちばん下のギアなど滅多に使わないから。ぶつくさ言いながらも、なんだか口数が多くなってきて、機嫌が良くなってきたみたいだった。
無事、トップからローまでスムーズに入るようになると、オヤジさん、なんだか誇らしげな表情で「はい、できたよ」と、チェーンに注油し、ついでにコンプレッサで空気を足してくれた。
LGS-5のペダルは、見違えるほど軽くなっていた。そうだ、こういうオヤジさんのチャレンジ精神が町を支えてきたのだ、といまさらながら思い至った。もっと自分の足元を信じてみよう。
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Tibetan Protest Over Tenzin Delek Rinpoche
Articles from Radio Free Asia
7日のRFAによれば、カム一帯で、テンジン・デレク・リンポチェの拘束に抗議するデモが散発しているという。
亡命チベット人が現地から得た情報では、12月5日に正確ではないが、少なくとも150人以上が拘束されたと見られる。
「オトクの若者たち約60人がニャクチュカ(雅江)の郷中心部へ行き、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求めるアピールを行ったといいます。町の中心に着くやいなや公安が鎮圧を始め、全員が拘束されたようです。彼らが乗ってきたバイクは壊され、トラックで撤去されました。この事件が広まると同時に、ゴロクやオトクなど一帯から他にもチベット人が集まってきました」と複数の目撃証言を元に、亡命チベット人は伝えている。
「中国武警は道路を封鎖しましたが、多くのチベット人が山を越えて町に向かいました。男女合わせて500人近くいたそうです。このうち約160人が捕まったといいます」。リタン(理塘)周辺の情報によれば、ニャクチュカ郷公署から4マイル(6.5キロ)離れたところに新たに作られた留置施設に、60〜70人の抗議者が収容されたという。
ニャクチュカもリタンも、いまや武警で埋め尽くされているという。
毎年の競馬祭りで有名なリタンでは、2008年の騒乱を予期するかのように2007年に反中国デモが起きている。International Campaign for Tibet によれば、このときの抗議も、テンジン・デレク・リンポチェの解放を呼びかけるものだったという。2008年初めに中国に対する騒乱がチベット各地に広がって以来、海外からチベットの状況を窺うのは難しくなる一方だ。チベット人が直接海外メディアと接触すれば訴えられる恐れがあるため、チベットに関する情報は亡命チベット人を通した間接的な情報が増えている。
別の亡命チベット人情報筋が目撃者の情報として伝えたところでは、四川省の遊牧地帯、ゴロクとオトクのチベット人らがテンジン・デレク・リンポチェ釈放の請願をしに北京へ行ったが、逆に拘束されて殴打されたという。
「一行が帰ってきたとき、彼らがひどく殴られた痕を見て、地元のチベット人たちは彼らを助けようと集まりました。当局は武警を投入し、チベット人たちを鎮圧しました。町の中心に近いところとしか言えませんが、そこには血溜まりができていたそうです」。
「オトクの若者たちはバイクに乗って来ましたが、彼らも武警に襲われ、武警はそのバイクをトラック2台に載せて持ち去りました。一行のうち数人が逮捕され、車輛で連行されました」。
「運良く捕まらなかったものの、町の中心部からそう遠くないところで武警に包囲されている多くのチベット人が、私に情報を伝えてくれています」。
ウーセルの「看不見的西蔵」でも、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求めるニャクチュカのチベット人の決死の声を伝えている。
テンジン・デレク・リンポチェについては死刑が無期に減刑されてからもSFTが署名アクションを続けているほか、最近はITSNが "FREE TIBETAN HEROES" というサイトで特集を組んで力を入れている。内外で強まるアピールは、2008年春を思わせる。
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Nyakchukha Protest Numbers Grow
Articles from Radio Free Asia
RFA、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求めるニャクチュカでの抗議の続報。なぜこの時期にこんな騒ぎになったのかについては、もうひとひねり考えてみる必要があるかもしれない。ひとまず伝えられている状況のみ日本語訳。
抗議が行われている四川省の地域に向かおうとするチベット人たちは、中国武警に阻止され、解散しないなら「暴力的な弾圧を受ける」と脅かされていると、地元情報筋は伝えている。
「中国当局はニャクチュカ(雅江)の郷中心部を目指すチベット人たちを阻止するため、大量の武警部隊を配備しています」とリタン(理塘)近くのチベット人は匿名を条件に話した。
リタンはチベット遊牧民が多く住み、過去何度も中国支配に対する抗議の発火点となった場所でもある。 リタンと一帯のチベット人地域から来たというチベット人たちは、爆破事件に関与したとして終身刑の判決を受けた指導者、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求める抗議に参加しようとしている。
「さまざまな町からニャクチュカに集まろうとしていたチベット人たちは、12月9日15時までにそれぞれ戻るよう拡声器で警告を受けました。戻らない場合は武力弾圧を行うと脅されました。現時点では、誰もニャクチュカに行けないでしょう」。ゴロクとニャクチュカのオトクのチベット人500〜600人が12月5日に始まった抗議のために武警に拘束され、「イシンという場所」に捕らえられているという。
テンジン・デレク・リンポチェの解放を請願するために成都へ行った別の一団は、ニャクチュカに連れ戻された上で同様に拘束されたという。同地に縁のあるインド在住の亡命チベット人によれば、ニャクチュカの郷中心部はすべての商店とオフィスが休業状態の「戒厳令下のようだ」という。
「招待所に泊まっていた旅行者は追い出され、他の町へ移動させられました。当初テンジン・デレク・リンポチェの解放を訴えた人々は、食糧と水不足に陥っており、他の人々がそれを助けようとしています。チベット人抗議者への暴行の後に残された血や毛髪、衣服を清掃するため、中国当局は消防車を呼んだとも聞きました」。ニャクチュカへ向かう路上で足止めを食い、武警に包囲されているチベット人のほとんどは「50〜60代の老人で、テンジン・デレク・リンポチェを一目見たいと願っている人たち」だと言われる。
「彼らはそこに留まり、テンジン・デレク・リンポチェの解放に尽くすことで、自分たちの決意を表そうとしているのです」と、地元のチベット人は伝える。
「彼らが言うには、リンポチェがいないがために、遊牧などにまつわるトラブルを解決することができず、どんどん増えているそうです。彼らは中国政府に対して抗議しているのではなく、また法律に違反しているわけでもなく、ましては分裂活動に関わっているわけでもないので、中国当局から発砲されるいわれはない、と言います」。
既に拘束されているチベット人たちはハンガーストライキを始めている。そして路上には「数千人」がまだ座り込みを行っているという。
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Uyghurs Deported from Phnom Penh
Articles from Radio Free Asia
カンボジアで起きたウイグル人亡命希望者の中国への強制送還事件は、アジア経済の中で存在感を増す中国の成長を背景に、中国政府の人権侵害の深刻化を如実に示している。20世紀後半に浸透した人権の概念は紛れもなく西洋発信の価値観だが、それとは相容れない未知の社会が中国に現れつつあるのではないかと恐れを抱くほどだ。
ウイグル人22人が亡命を希望してカンボジアの首都、プノンペンで保護されていることをRFAが報じたのは12月3日のこと。最初はむしろ7月に起きたウルムチでの民族衝突に関して、関与を疑われたウイグル人の逃亡が相次いでおり、それに対する中国国境での警戒が厳しくなっていることを報じたものだった。
中国は雲南省と広西チワン族自治区の2ヵ所でベトナムへの国境を開いており、近年の貿易需要の高まりで国境近くまで高速道路が開通、バスも頻繁に出ているという。
ウイグル人が死傷者を出した7月の民族衝突に関わった疑いで拘束を逃れるため、ベトナム経由でカンボジアへ亡命しようとするのを防ごうと、中国政府はベトナム国境での警戒を強めているという。
情報筋によれば、9月15日以降、亡命を企てたり、手助けした31人のウイグル人が南部の深圳や広州、中部の昆明などの町で拘束された。
カンボジアの首都、プノンペンの国連難民高等弁務官(UNHCR)事務所には、新疆ウイグル自治区から逃れて来たウイグル人22人が保護されているという。一行には2人の子どもも含まれ、ベトナム-カンボジア国境を越えるためにお金を払って来たという。
この22人のほか、ベトナム-カンボジア国境を越えようとした2人のウイグル人がベトナム側で拘束された。その他にも5人が中国からベトナムに出国して以来、行方不明になっていると情報筋は伝える。
ベトナムにはUNHCR事務所がないため、難民はカンボジアを目指すしかない。22人の亡命希望者がこのままカンボジアに留まれるかどうかは不透明だ。UNHCR本部とプノンペン事務所は個別の案件に関するコメントを控えた。プノンペンのUNHCR事務所はRFAウイグル語放送の問い合わせに対し、亡命希望者のうち2人は7月のウイグル人と漢人との民族衝突について証言しているという。
当時について「ウイグル人抗議参加者は、‥‥みんな武装警察に取り囲まれて‥‥手錠をかけられ‥‥警棒や銃把で殴られた。参加者が生き残っているとは思えなかった」とそのうちのひとり、Mutellip Mamutは証言しているという。「まるで袋詰めされた米のように、拘束されたウイグル人たちはトラックに投げ入れられた。何人かは撃たれて死んだ」。
「もし自分が中国に戻されれば、写真やビデオ、海外のニュースで放送された映像などから、ウルムチ暴動に関与したとして終身刑か死刑になるだろう」。
保護されている別のウイグル人によれば、暴動はウイグル人男性の集団拘束が引き金になったという。
「7月10日、隣人からその夫、Abdurahmanが彼の友人2人と一緒に捕まったと聞いたのです」とIslam Urayimは証言している。「友人のひとりMahmutは、デモが起きた場所の近くに、Kurbanはうちから300メートルのところに住んでいました。彼女が言うには、16歳以上の男性全員が拘束されたというのです」。Mahmutは証言する。「7月5日以後、私には2つの選択肢しかありませんでした。拘束に怯えるか、他の国へ逃げるかです。とても計りかねました。もし拘束されれば、私は死刑になるか死ぬまで獄中にいることになるでしょう。もし逃げれば、逮捕されて中国に送還されるかもしれません。私の罪状はより重くなり、間違いなく死刑になるでしょう。それでも後者のほうが安全だと思いました。それで逃亡の危険を冒したのです。私にはこれからどうなるのかわかりません」。
Urayimは、国外に行くのは怖かったが、7月の暴動の真相を世界中の人に知ってほしかったと言った。 「中国政府は7月の事件が、単なる襲撃、破壊、窃盗、放火だったと言いたいようだが、事件の引き金はデモで、しかもデモ参加者が中国国旗を掲げていたということを隠している」と彼は言う。
なぜ隣国のベトナムではなく、カンボジアを目指したのか、決死の逃亡劇の事情がようやくわかったところでその翌日の続報。
カンボジア当局者によれば、中国が極刑を科すのであればカンボジア政府は亡命希望者の一行を送還しない可能性が高い、という。情報相で政府スポークスマンのKhieu Kanharithが22日、インタビューに答えた。
「考慮すべき点がいくつかあります。犯罪者としては送還すべきでしょう。ただ政治的背景があるのなら判断は異なります。重要な点は、カンボジアには死刑制度がないため、犯罪者だとしても死刑の可能性があるかぎり送還できないということです」と情報相は話した。
カンボジア政府に対して中国大使館からまだ連絡がないため、政府としては何も決定していないと彼は付け加えた。22人のウイグル人は国際カトリック団体のイエズス難民会の保護を受けているが、同団体はコメントを断っている。
この後2週間のあいだ、22人のウイグル人については情報が途絶えたが、そのあいだ12月10日には、ベトナム側で拘束された2人のウイグル人についての詳報が掲載されている。ベトナムからカンボジアへ入る際、密輸業者に払う金が足りなくなり、2人が取り残されたのだという。拘束された2人は脱走しようとしたが、一人は800メートルを走ったところで再度捕まり、もう一人は森の中に消えたまま消息不明だと記事は伝えている。
22人のウイグル人の運命が急変したのは12月18日のこと。カンボジア政府は一転して中国へ送還すると発表した。少し長いが抄訳。
カンボジア外務省のスポークスマン、Koy Kuongは記者会見で、不法入国したウイグル人たちを中国に送還するとのプノンペン政府の判断を発表した。
「20人(のウイグル人たち)は、書類もビザも持たず、違法にカンボジアに入国した。これは1994年の入管法に違反している。不法滞在状態にあるので、彼らは送還されるべきである」。中国の習近平副首相が12月20日から22日までカンボジアを訪問する予定だ。カンボジアは副首相の来訪を機会に、インフラ整備、支援、借款など14件の協定を中国と結ぼうとしているとロイターは伝えている。カンボジアは既にダム建設、インフラ整備、灌漑のための8億5300万ドルの借款を始めとして、合計10億ドル以上の直接投資を中国から受けている。
ウイグル人たちが当初助けを求めたと思われるUNHCR事務所はコメントを拒否し、バンコクの事務所に問い合せるよう答えたが、金曜日には電話はつながらなかった。
ウイグル情報筋によれば、亡命を求めているウイグル人たちは、7月に起きたウルムチでの暴動に関して拘束や拷問、死刑になることを恐れているという。プノンペンの支援スタッフによれば、当初22人と言われていた一行のうち20人が内務省の保護下にあり、近々上海へ向けてカンボジアを離れると言われているという。残り2人の先行きはわかっていない。中国外交部は北京での記者会見で、ウイグル人たちには犯罪に関与した容疑があり、「関連部局」が捜査を行っていると発表した。「中国のスタンスは明確だ。亡命者保護制度は、犯罪者を処罰から匿うためのものではない」とスポークスマンは話した。
アムネスティ・インターナショナルは今週、カンボジアのSar Kheng内相・副総理に対し、拷問や不当な扱いが危惧される難民を強制送還しないことを求めた協定をカンボジアも1951年に締結していることを指摘する手紙を送った。
「アムネスティ・インターナショナルの調査では、2001年9月以来、亡命を希望したウイグル人が強制送還されたケースで、送還後に拘束され、拷問を受けたり、死刑判決を受けて執行されたりしていることがある」とアムネスティ・インターナショナルのアジア太平洋地域ディレクターのSam Zarifiは公開書簡で書いている。世界ウイグル会議総裁のラビア・カディールは、会議メンバーが中国で死刑執行に直面しているとして、強制送還をやめさせるよう各国へ介入することを求めた。
「自分の耳が信じられません」と自身も中国で政治犯だったカディールはインタビューに答えた。「7月5日にウルムチで行われた平和的なデモをきっかけに中国が既に死刑執行を行っていることをカンボジア政府は知っているはずです。それなのに22人に亡命希望者をカンボジアから送還しようとしているとは。私は、世界のあらゆる民主主義国がこの進行中の悲劇を止めるよう緊急に強く要求します」。アムネスティ・インターナショナル ワシントン事務所のT. Kumarは、オバマ政権がカンボジアに圧力をかけるよう国際人権団体が求めているという。ワシントン当局はこれについて反応していない。 「彼らが逮捕され、拷問され、処刑されるかもしれないということについて私たちは高い関心を持っています。そうした前例が実際にあるからです」とKumarは言う。
「カンボジアは中国に近すぎます。カンボジアやラオスなどの国々は中国への送還を行う可能性がありますが、それは国際的な慣例に反しています」。
そして習近平副首相のカンボジア訪問を前にして、その翌日には強制送還が行われた。
カンボジア当局は亡命を希望していたウイグル人一行を中国に送還した。 カンボジア内務省スポークスマンのKhieu Sopheak中尉は、20人のウイグル人たちが土曜日夜、プノンペン国際空港から特別機で出発したと発表した。
中国政府は亡命希望者を、特に容疑を明確にすることなく「犯罪者」と呼んでいる。送還は、習近平副首相が東南アジア4ヵ国訪問の一環としてカンボジアに到着する前日に行われた。米国や国連、人権団体は、カンボジアに対して強制送還をやめるよう促していた。
「カンボジア政府が難民審査の手続きに入ることなく強制送還するかもしれないという報告に、私たちは深く失望していた」とプノンペンの米国大使館スポークスマン、ジョン・ジョンソンは話していた。
米国を始め、欧米各国やアムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど人権擁護団体はこれについて厳しい抗議を行ったが、後の祭りである。ラビア・カディール女史の声明にも、苦渋がにじみ出ている。その翌日12月21日のRFAから。
流血の事態となった民族衝突に関してカンボジアへ逃亡した20人のウイグル人の送還について、米国が「深い憂慮」を示す一方、中国はカンボジアの対応を擁護している。
「カンボジアは入管法に沿って不法入国した20人の中国人を送還したに過ぎない」と中国外交部のスポークスマン、姜喩は声明を発表している。「中国政府は慣例に従って対応する」。
姜喩は、ウイグル人たちの所在や彼らが起訴されたのかどうかについては明らかにしなかった。米国国務省のスポークスマン、Gordon Duguidは「米国政府はこれらの人々の扱いについて深く憂慮している」との声明を出した。
「難民認定を審査せずに亡命希望者を無慈悲に送還したことについて、米国はカンボジアに強く抗議する。この事件はカンボジアと米国との関係を損ない、カンボジアの国際的な立場を危うくしかねない」。 声明の中で中国に対しては「国内で起訴する場合においても、適切な手続きを取り、国際的な標準に則って透明性をもって扱うように」求めている。世界ウイグル会議と米国ウイグル協会総裁のラビア・カディールは月曜日、送還が「人権侵害に関する国際的圧力に中国が反発を強めていることを示している」と語った。
「中国に隣接する諸国にとって、ウイグル人を逃亡させるといった中国当局が不快に思うような行動を取るのは難しいでしょう」とカディールはウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿している。
「私が刑務所に収監されていたあいだ、誰もあなたのことやウイグル人の自由など気にかけていない、と看守は口にしていましたが、実際には米国を初めとする他の民主主義諸国の人々が働きかけてくれたおかげで私への待遇はよくなったのです。亡命希望者に少しでも安全や待遇に関する希望があるのであれば、彼らの待遇について中国に圧力をかけることはできるでしょう」。
彼らがもし日本に亡命を希望して来ていたら‥‥。同様に中国の隣人である日本政府は、日本人ひとりひとりは、この事件をどのように考えるだろうか。
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Deported Uyghur Had Cambodian Visa
プノンペンからのウイグル人20人の強制送還は、自国民の保護ないし犯罪者の引き渡し、というより、国際的な支配力による拉致に近いのではないだろうか。
同様に中国の支配力が強まっているネパールに住むチベット人をはじめ、迫害を逃れて各国に滞在している人々にも、この事件は深刻な影を落としているに違いない。22日の定例記者会見では、中国外交部のスポークスマン(正確にはスポークスウーマン)姜喩女史にこの点を衝く質問が出た。
12月23日のRFAは、国連拷問に対する特別委員会の非難を伝えている。国連拷問等禁止条約の第3条は、拷問の可能性がある被疑者の強制送還を禁じており、カンボジア政府はこれに明らかに違反している。記者:カンボジアから追放されたウイグル人の容疑と状況、所在について伺いたい。また、ネパールの首相が中国を訪問するが、以前の共産党政権と現政権とで中国側の対応に変化はあるか?
姜喩:私が把握している限りでは、このうち数人に刑事犯の嫌疑があり、法律に基づいて彼らの司法的な権利を保障した上で、中国の司法当局が他の法律違反についても並行して取り調べを進めている。所在についてはいま提供できる情報はない。公安部の了解を取る必要がある。
ネパールは友好的な隣国であり、ネパール政府と国民がその国情に合わせて自主的に発展することを我々は一貫して支持している。ネパール国内政治の有力者たちが対話を通じて諸問題を適切に処理し、和平を進め、早く政治的安定と経済発展を実現させることを我々は支持している。
一方で、20人のうちひとりは、カンボジア政府の言う「不法入国」ではなかったのではないかという疑念が出ており、これについても中国に脅されたカンボジアが国際的信用を失う結果になりそうだ。
カンボジアが「不法入国」として中国に強制送還した20人のウイグル人のうち1人は、国連難民職員の勧めで合法的にカンボジアに滞在していたことがわかった。
Aikebaerjiang Tuniyaz(27)は、「国外に秘密を漏らした」罪でウルムチのLiudawan刑務所に1年の刑期で収監された後、2009年3月に中国を発った。Tuniyazはアクス生まれで、上海交通大学を卒業、2007年にRFAのウイグル語放送で、武警に撃たれたウイグル人について証言した。
Tuniyazは2009年初頭にタイに着き、難民申請を行おうとしたが、UNHCRバンコク事務所はプノンペンの事務所のほうが手続きがスムーズだとアドバイスしたという。彼はバンコクのカンボジア大使館でビザを取得し、合法的にカンボジアに入ったと話している。Tuniyazは、流血の事態となった7月5日のウルムチでの暴動の時にはカンボジアに滞在していた。ウイグル人20人は土曜日に送還されたが、もし中国に送還されたらもっと長い刑期や死刑が待っているとUNHCRに訴えていたとAP通信は伝えている。
一行が拘束されたとき、Tuniyazは彼らの通訳として同行していた(うち2人は解放された)。EUは月曜日、ウイグル人を中国に強制送還したカンボジア政府の決定について「深い憂慮」を表明し、中国に対しては送還者の権利を尊重するよう求めている。
国連拷問に対する特別委員会のManfred Nowakは強制送還を厳しく非難している。彼は新疆で「残虐な拷問」が行われているという報告を受けており、また最近の死刑執行についても「公平な裁判を保障するという最も基本的な権利」に違反しているという。
「20人を国際的な基準に照らして人道的に扱い、もし起訴されて裁判になる場合でも我々がそれをいつでも把握できるように中国に求めていく」。
アムネスティ・インターナショナルのアジア太平洋部長、サム・ザリフィは、22日、中国外交部への公開書簡の中で、20人の氏名を明らかにした。
Uighur asylum-seekers forcibly deported to China from Cambodia on 19 December 2009 Abdugheni Abdulkadir and family Abulkadir Shahida Abulkadir Bilal Abulkadir Maymuna Abdugheni Halil Abdullah Kasim Ali Ahmat Ali Nur Amat Eli Ebrayim Mamut Hazirtieli Umar Islam Urayim Kuban Kanwul Mahmut Bilal Mamat Ali Mohammed Musa Mutallip Mamut Omar Mohammed Tuniyazi Aikaebaier Jiang Turik Muhamed
書簡ではこの中に幼児が2人含まれていることを特に憂慮し、20人の所在を明らかにし、全員が家族やそれぞれが選んだ弁護士と接見できるようにすることを求めている。
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Phurbu Tsering Rinpoche Sentenced 8 years
Voice of Tibetは、現地からの情報として、ダルツェド中級人民法院が12月24日、プルブ・ツェリン・リンポチェに8年の有期徒刑の判決を出したと伝えた。
プルブ・ツェリン・リンポチェはテホル・カンゼ僧院の活仏で、ほかに2つの尼僧院長も務めていた。尼僧院の尼僧たちが中国政府の「愛国教育キャンペーン」に抗議するデモを行ったことから、それを煽動したとの疑いから、当局に罪を着せられた可能性が高いと言われる。
プルブ・リンポチェはカンゼで昨年3月18日に「寝室から拳銃と銃弾が発見された」として逮捕、起訴されており、今年4月に15年の有期徒刑判決が延期となっていた。
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Tibet's Water Pollution and China's "Global Warming"
12月最大のがっかりニュースは、COP15が効果的な成果を上げなかったことだ。これだけ気候変動に関して神経質な意見が世界中にあふれているというのに、国際政治はそれを科学から政治経済の問題に置き換えてしまい、利害を対立させることになってしまった。
12月が終わる前に、そのCOP15期間中にウーセルがRFA向けに書いた原稿をBlogに載せた「チベットの水質汚染と中国の『地球温暖化』事情」を訳しておく。なかなか日本語訳に手がつかなかったあいだに、High Peaks Pure Earthが先に英訳を掲載しているので、頼りない日本語での不明点はそちらも見てください。
地球温暖化の話題があちこちで聞かれ、主要国の首脳や環境保護団体は気候変動を抑制しなければならないと口を揃えて言う。
権威ある国際科学報告によれば、温暖化は「すべての人類の生活に影響するが、とりわけ貧しい社会において深刻である」という。温暖化の原因である環境汚染、地形の浸食と砂漠化、森林資源の現象、水汚染、有毒物質による汚染などは「地球上で最後の天国」と称されるチベット高原でも見られ、しかもこれらは人為的なことと無縁ではない。とりわけチベット高原では水質汚染が深刻化している。経典の中でアティーシャは「雪域の水、口当たりはさわやかで、新鮮清浄、澄み切っていて香りもよく、お腹を壊すこともなく、心を潤す。チベットの水にはこの8つが優れている」と書いているが、今はどうか。
ジョカン寺の僧侶、ニマ・ツェリンは、出家して以来、ずっとラサ河の水を飲んで暮らしているが、病気になったことはないと筆者の質問に対して答えたが、今後もそうであるという保証はない。清らかな流れがどのようにして濁ってしまうのか。
ラサ河の上流には長い歴史を物語る文化的歴史的価値のあったり、豊かな天然資源が眠る場所が多い。例えばメトコンカ(墨竹工卡)県のギャマ(甲玛)郷はチベットの歴史的英雄、ソンツェン・ガンポ誕生の地である。そこには美しい風景だけでなく、銅、モリブデン、鉛、亜鉛、金、銀など様々な金属も眠っており、その量は1200億元相当にもなるという。当然のことながら、欲望に飢えた山師が中国中から集まってくる。
中でもギャマ銅鉱山は日量1万2000トンとチベット高原でも最大規模の鉱山だ。この採掘権は国務院傘下の中国黄金グループが保持している。「チベットの石匠」と名乗る漢族鉱山関係者はBlogで吐露している。
「この美しい風景の地下は傷だらけになってしまっている。ギャマ鉱山ではもともと4、5社が採鉱していた。さらにこれらの会社はたくさんの下請け会社に採掘権を分割していた。これらたくさんの会社がそれぞれ複数の坑口を山の斜面に空けていき、ボタ山が次々にできていく‥‥」。数年前、ギャマを訪ねてわかったことは、鉱山の汚水処理システムが機能しなかったり、処理そのものを行っていないために有害な化学物質を含んだ水が流出していることだ。付近の村落では飲用水として使うことができなくなり、遥か遠くの汚染されていない山奥から原始的な水道を引くことを強いられている。ハダカムギの田畑からの収穫量は激減し、牧草からも有害物質が検出されている。
事態が深刻になるに従い、家畜の死亡が頻繁になり、前例のない難病にかかる農牧民が増え、生活が困難になってきている。地元の農民は汚染問題の解決について、いままで複数回にわたり環境部門に求めてきた、
「採鉱の開始以来、4000ムー(約267ヘクタール)の田畑が蝕まれ、ましてや草地や樹木、家畜、野生動物への被害は計り知れない‥‥。我々は上級庁にも訴えたが、なぜ施設が稼働開始する前に言わないのかと、かえって非難を受けた。我々はただの農民で、鉱山施設の立地がこのような悪い結果をもたらすとはとても予想できなかった。今年、会社はさらに大規模な施設を建設しようとしており、我々住民の反対に対して、郷政府は我々に同意を強制しようとしている‥‥」。昨年彼らはこのように言っていた。今年6月20日、チベットでいままでに起きたことのないほどの旱魃によって、ギャマ郷の鉱区はチベット人の飲用水を鉱石の洗浄に転用したため、生活水源が汚染された。チベット人たちは激しく抗議したが、漢族労働者の暴力に遭い、数人の重傷者を出す結果になった。
チベット人は郷政府にも抗議のため集まったが、当局は数千人の軍警により鎮圧し、「分裂」煽動の名目でチベット人たちを拘束した。
そもそも資源開発による水質汚染等の問題なのに、チベット人を統治するのに口実を欲しがっている当局によって政治問題として扱われてしまったというこの事例は、本当に人々を失望させる。つまり彼らは社会、経済に関するすべての問題を政治化し、遠慮なくチベットの人々から略奪し、天然資源を我がものにできるようにしているのである。
さらに嫌になるのは、チベット人を脅かす乱開発が、チベット特有のもうひとつの危機を促そうとしていることだ。これはまさしく地球温暖化論議の一部とは言えないだろうか。
このほか、ウーセルの元記事には、ギャマのチベット人が撮影したという採掘による環境破壊、住民の健康被害、死んだ家畜などの写真が9枚と、「チベットの石匠」さん撮影の写真が掲載されている。
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