A Sit-In in Ngaba
ダライ・ラマ14世ワシントン訪問直前の2月19日のRFAの記事をいまさら日本語訳。
ちなみにこの記事、共同通信がいち早く転電している。但し「チベット族が春節(旧正月)を祝う『ロサル』の最中で」というのは恥ずかしい間違いで、「チベット人が旧正月を祝う『ロサル』の最中で」が正しい。チベットでは春節を祝っているわけではないのだから。
ロサル期間中、四川省の数百人のチベット人たちが公の場で抗議を行ったと地元からの情報は伝えている。アバでは、ゲデ僧院とセ僧院、マニ尼僧院の僧侶数百人が座り込みを行った。
「(座り込みはあったか?)はい。いまは誰も残っていません。帰りました」とアバ在住のひとりは言った。武警が出動したかを聞かれた別の目撃者は「そう、そうです。大勢いました」と答えた。
アバ出身で現在ダラムサラに住む尼僧のデキ・ドルマによれば、僧院、尼僧院合わせて8、9ヵ所の僧侶、尼僧が抗議に参加したという。
「2008年3月の騒乱の際に拘束された多くのチベット人の行方について、当局から何も説明がないことに抗議して座り込みが行われたのです。その後、3人が拘束されました。尼僧も子供も老人も座り込みに参加していました。彼らは銃で武装した公安に包囲されていました。拘束されたのも平和的に座り込みを行っていた人たちです」。
2008年にチベットの首都、ラサで僧侶たちが行った平和的なデモに対する武力弾圧は、中国当局の発表で死者22人を出す騒乱に発展し、隣接する3つの省にも広がった。北京政府は部隊を増派し、チベット全域が厳戒下におかれている。
インドのチベット亡命政府によれば、220人のチベット人が命を落とし、7000人近くが騒乱に関連して拘束されたという。チベット人情報筋によれば、座り込みを行った人たちはその日のうちに解散したという。また、地元当局は役人を各僧院に派遣して仲裁を要請し、僧侶や尼僧は戻るように説得されたという。
公安は町を封鎖し、近隣の道路を封鎖した。
ダラムサラに亡命したツェリンという僧侶によれば、公安と抗議者たちは数百人に及び、公安のほうが多かったという。
「14日、1日だけのことでした」と地元目撃者の証言を彼は伝えている。
木曜日(18日)の電話取材に対しアバ宗教管理所はコメントしなかった。「何も知りません。番号間違えではないですか? そんな事件は起きていません。聞いていません」。ダラムサラ在住のセータ・ツルティムによれば、彼の出身地であるセルタのKhekorでは、電柱に掲げられたチベット旗を下ろす公安職員と口論したためにチベット人の若者2人が拘束されかけたが逃げたという。彼によれば、2人はリンチェン・ドルジェ(23)とダルチュン(24)。他の情報によってもこの事件が確認されている。
今週、ダライ・ラマ法王とオバマ米大統領との18日の会談に先だって、チベット本土のチベット人たちは香を焚き、祈り、仏旗を掲げた。
ダライ・ラマを国家分裂主義者と見なす中国当局の厳戒にも関わらず、2008年の動乱の発火点となったラサのバルコルにチベット人たちは集まっている。目撃者によれば、2月17日以降警備が強化され、武装兵が市内に配置されているという。
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Living in the Free World
3月に入り、ラサでは昨年同様の厳戒態勢が続いている。公安による「厳打嵐暴」キャンペーンでは、2日夜から翌朝まで、「全員、全装備、全時間」を合い言葉に全公安職員による一斉訓練が行われ、繁華街、旧市街とホテルなどで「不安定要素をなくす」捜索が実施されたという。
TCHRDによれば、公安は警戒度の高い市内60ヵ所のアパート4115室を捜索し、市内に戸籍のない7347人の身分証をチェックしたほか、70ヵ所の民宿(ゲストハウス)、インターネットカフェ、ゲームセンター、バーを捜索して合計435人を検挙したそうだ。うち14人は窃盗やバイク乗り逃げなどと発表されたが、残りの人々がなぜ検挙されたのかは不明のままだという。
「厳打嵐暴」キャンペーンで公安の標的にされているのは、身分証明書の「工作証」、戸籍を証明する「戸口」、一時滞在許可の「暫住証」のどれも持たない「三無」と言われる人々だそうだ。これは、2008年3月の騒乱がラサからチベット全域に拡がったのが、チベット各地からラサへの巡礼や行商の人々の影響だと、政府が分析しているからではないかと思われる。
中国メディアで新華網にも記事を配信している環球時報はきのう、ネパールのカトマンズでダライ・ラマ法王事務所代表のティンレー・ギャツォが逮捕されたと伝えている。「1959年3月10日はダライ・ラマ一派が反乱を起こした日で、亡命チベット人たちはこの日を記念日としている。ここ数年、この日に欧米にある中国大使館に対して抗議する亡命チベット人が増え、チベットに近いネパールがまた抗議の中心的な場所になりつつある」というこの記事は、ラサでも読めるだろう。
また同じ環球時報は、オレゴン州のポートランド市が「中国からの猛烈な反対にもかかわらず」3月10日を "Tibet Awareness Day" に制定したことを報じている。「チベットが中国から独立すべきだという国際的な声はますます高まるばかりだ」とサム・アダムズ市長は言い、提案者である議員のランディ・レオナードは「中国に対しては、言論と宗教の自由の原則を放棄することができない」と話したという。もちろんこの記事もラサで読めるに違いない。
ロンドンでは先週末、中国大使館からダウニングストリートを経て、外務省までのデモが行われた。
デリーではTYCによる抗議が中国大使館前で行われ、32人が参加したが、逮捕されたという。
ダライ・ラマ14世はきょう、チベット蜂起51周年に関する声明を出した。「チベット自治区の様々な場所で働くチベット人の公務員のみなさんには、公務でもよいし私的な休暇でもよいので、ぜひ自由な世界にあるチベット人コミュニティを訪ねてほしい。皆さんが置かれている状況をわかってほしいと思う」。
東京では13日(土)、大阪では14日(日)に、チベット解放のための行進が行われる。
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Lhasa Under Clampdown
Articles from Radio Free Asia
先週のプレスツアーでラサ取材を行ったThe Timesはきのう、「チベットでの取り締まりで数百人が拘束される」との記事を掲載している。
The Timesがラサ市民から取材したことによれば、ラサでは最近の取り締まりで400〜500人が拘束されたという。「武警のパトロールは日常的な光景になっている。中国式のSWATチームが存在感を誇示し、2008年3月10日に僧侶が平和行進を行ったデプン寺をにらみつけている。バルコルではチベット人は公安に呼び止められ、身分証明書の提示を求められているのに対し、中国人には何もおとがめがない」。
おととい書いたように、身分証明書のチェックはラサ以外から入り込んだ「違法滞在」チベット人をつまみ出し、騒乱の芽を摘む目的で行われていると見られる。
「何人かのチベット人は、今週は町が中国人とチベット人それぞれの地区に二分されてしまったと冗談めかして言っている。ラサの古いチベット人地区は『バグダッド』、中国人が住む地区はかつて上海や天津に英国、フランス、ドイツが作った居留地になぞらえて『租界』と呼ばれているという」。
11日のRFAはそんなラサで息をひそめるチベット人たちから漏れてくる情報を伝えている。
ヒマラヤ地域での仏教が滅亡の危機にあるとのダライ・ラマ14世の訴えとともに、政治的に緊張の高まる記念日を迎えたラサでは、観光ポイントや寺院が封鎖された。
ラサ在住の市民によれば、今週水曜日にチベット蜂起から51年、そして血の暴動から2年の記念日を迎えるに先立ち、「ポタラ宮とジョカン寺(大昭寺)は完全に閉鎖された」という。「一帯は立ち入りが禁止され、近くのホテルやゲストハウスに宿泊していた旅行者も追い出された」と彼は言う。
2008年3月14日、ラサで起きた血なまぐさい騒乱から2年になるのを前に、公安はじわじわと警備体制を作り上げ、郊外も監視下に置いているという。
ラサの市民によれば、茶館や食堂、ナイトクラブなどで数百人の私服警官がチベット人を監視している。市外から来たチベット人が停められ、身分証明を確認され、尋問を受けているという。
「ラサ市内の公務員は、交替で職務に専念せよとの命令が出ました」と別のラサ市民は話す。「多くの公務員が市内から遠く離れた場所で線路の見張りに駆り出されています。青蔵鉄路を標的とした破壊活動を警戒しているのかもしれません」。市内には私服警官と制服の公安、武警が配置されている。「彼らは突然チベット人の家を訪ねて、誰か客が来なかったか聞いて回っています」。
3人目の証言者によれば、多くのチベット人が1959年の蜂起から51周年を迎えるのを記念して何かを行いたかったが、おおっぴらにはできなかったそうだ。
「3月10日の前夜、ラサでの制限は最も厳しくなりました。したがって私たちはそれぞれバラバラに祝わなければなりませんでした」と彼は言う。「そうした制限の中でも私たちの感情は昂りますが、実際にはダライ・ラマ法王に祈る以外に何もできないのです」。
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Underpass Floods Near the Potala Palace
Article from Radio Free Asia
昨年夏、亡命チベット人たちが口々に怒りを表したのが、ラサのシンボルであり、ダライ・ラマ法王の戻るべき住まい、ポタラ宮でトンネル工事が始められたという噂だった。
ポタラ宮はマルポリの丘の上に建てられた巨大な城で、その麓にはシャルという町が広がっていたが、中国政府はその町をつぶして大通りと広場とを作ってしまった。トンネルというのは歩行者が大通りを安全に渡るための地下道を造ろうとしたらしい。
12日のRFAは、その建設中の地下道が浸水したというニュース。
2009年12月に開始された地下道の建設は、「掘削現場に大量の水があふれる」事態を引き起こした。ラサ在住の目撃者が8日、匿名を条件に話した。
「地面は波打ち、路面は沈んでいます。一帯の地下水位が下がったため、植栽が干上がってしまいました。建設現場からそれほど遠くないルカン公園の巨木でさえ乾いて枯れてしまいました。地元のチベット人たちは影響がポタラ宮に及ぶのではないかと真剣に心配しています」。
建設は4月30日の完工を目指して、ラサ市開発局から天路西蔵公司が請け負っている。天路西蔵公司代表のDai Kaiwen氏は「しかるべき筋の許可がなければ、質問には回答できない」と取材に答えた。
コロンビア大学のチベット専門家、ロビー・バーネットは、チベットの歴史的な首都を開発するにあたって中国は「世界に誇るべき建築と遺跡への関心をほとんど持っていない」とコメントしている。「多少は残ったものの、この20年間でラサには巨大だったり醜かったりする建物が増えました。それらが街の光景や雰囲気を根本的に変えてしまいました」。
象徴的な場所だけにトンネル建設はチベット人の心の琴線に触れる事件だと思っていたが、それどころか本当に世界遺産を壊しかねないのか心配になってきた。私にとっては地下道を造らねばならないほど、この20年間で自動車の交通量が増えたということもショックだけれど。
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Students in Machu Stage Protest
Article from Radio Free Asia
蜂起記念日の10日から、2年前に騒乱が広がった14日まで数日間はひとまずチベットでは何事もなかったようだ。何度も書いているとおり、政府の取り締まりの成果であり、事実上の戒厳令下ではどうしようもない。
きのうのRFAによれば、チベットのはずれとも言えるアムドのマチュで14日に抗議があったという。きっかけは中学校の生徒だった。
チベット全土に広がった騒乱から2年。甘粛省の中学校で数十人の生徒たちが、政府の厳しい統制に反発して抗議を行ったという。一方、ラサではその日、商店は通常通りに開店することを命令され、静かな蜂起記念日だったと住民は伝えている。
「3月14日、午前11時か12時頃、マチュ(瑪曲)県蔵族中学の30人ほどの生徒が、町の中心部近くの通りで抗議をしたのです」と地元に住む人は伝える。
「彼らに、500〜600人のチベット人が加わりました。彼らは自由がないことに抗議して叫び、チベットの独立を呼びかけました」。
彼によれば、彼らは武警に包囲され、少なくとも40人が日曜日午後に拘束されたという。この拘束が一帯の人口の50%を占めるチベット人たちの怒りに火を点けた。
「400〜500人が県政府の前に集まり、拘束者の解放を要求しました」。
マチュ在住の人の情報では、約3000人の武警が一帯に配置されており、緊張が高まっているという。
マチュ出身で現在はダラムサラに住むドルカ・キャブによれば、「一部の人々はダライ・ラマ法王の長寿を叫び、中国とチベットとの対話による解決を求めていた」という。「武警に包囲されるまで、30〜40分にわたって彼らは抗議を行ったそうです」。
瑪曲県公安局は電話取材に対しコメントを断り、「その事件については何もわかりません」とだけ答えた。チベット人だという瑪曲県政府職員の女性は電話口で「そんな話は知りません」と話した。
瑪曲県蔵族中学には1500人の生徒が在籍しているという。専門家によれば、一帯のチベット人はほとんどが遊牧民だが、生活は比較的豊かだという。
RFAの記事は厳戒態勢のラサの様子も伝えているが、ひとまず日本語はここまで。
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Powder Riding in Seki Onsen
3月の連休。渋滞をかきわけて、妙高高原へ行く。
土曜日は春スキーの陽気。妙高エリアでは最も高低差の大きい杉ノ原スキー場へ行ったが、シャリシャリの激重雪にエッジを取られ、とにかく疲れる。
日曜日は早朝から怪しい空模様。朝、関川駅まで買い物に行ったら、雨。500メートル上がった関温泉ではそれがみぞれになった。あまり滑る気がせず、宿の前の短い斜面でカナトにスノボを教える。バランスがいいのか、あっというまに滑れるようになって、ちょっと悔しい。
いつのまにか雪は本降りになって、クルマが雪に埋もれている。これはひょっとしてすごいことになっていないかと、歩いて関温泉スキー場まで行ってみる。
もう15時を過ぎていたが、リフト1本上がると、それはすごいことになっていた。谷沿いにはあまりの深雪に埋もれてもがいているスキーヤー多数。パウダー満喫。気分は空中遊泳。
リフトが停まるまでたった1時間ちょっとだったが、シーズンの締めくくりに十分すぎるほどのご褒美だった。
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A Former Official and a Policeman Detained in Chamdo
Article from Radio Free Asia
26日のRFAは、チベットで2人が拘束されたことを伝えている。いずれもチベット人で、ひとりは元公務員、もうひとりは元警官だったという。
3月18日、チベット自治区チャムド(昌都)地区マルカム(芒康)県で、40代の男性、ティンレーの自宅に正体不明の男たちが訪れ、ティンレーを連行していった。連行先は不明で、親族によれば私服公安ではないかと言われている。地元の情報では、拘束のきっかけは彼がかけたチベット域外へ長距離電話だったという。
ティンレーは以前、西チベットのガリ(阿里)地区ガル(噶尔)県(ガルトク)に公務員として赴任していたが、中国政府のチベット政策を批判して解任された。その後商売を始め、ガリ出身の妻とのあいだに男児がいるという。
ちなみに同じチベット自治区内とは言え、その東端のマルカムと西端に近いガルとでは約1600キロ離れている。日本で言えば北海道の北端、宗谷岬から九州南端の佐田岬までの距離に匹敵する。
また、チャムドのマルカム出身で、チャムド公安局捜査部の部長、ニマ・ツェリンも当局に拘束された。連行先や拘束理由はわかっていないという。
RFAは「たとえ共産党員だったとしてもチベット人の公安職員は中国当局から信用されておらず、地方に配属される場合は常に中国人職員が同行する」と補足している。
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Firings Over School Protests
Article from Radio Free Asia
3月16日にRFAが伝えた甘粛省マチュ(瑪曲)県蔵族中学での抗議の続報。中学校の校長は解任されたという。また、記事ではまだ触れられていないが、政治思想教育を担当するチュジャンチャイダン副校長が「職務上の過失」を理由に拘束されたという情報が昨日入ってきた。
生徒たちの抗議が起きたことで、甘粛省の中学校の校長と教員、それに県公安局のトップはいずれも解任されたという。生徒たちは依然として校庭にとどめられていると情報筋は伝えている。
「学校は武警に包囲されており、全生徒が校内から出ることができません。マチュ一帯 で緊張が高まっています」と現地在住のチベット人は匿名で伝えている。マチュでは、中国の支配に反対してチベット全域に広がった騒乱から2周年の3月14日に、蔵族中学(チベット人中学校)の数十人の生徒たちが抗議を行った。 地元の住民によれば、キャブチェン・デドル校長と教員2人が解任された。「当局はマチュ県公安局のトップだったソナム・ツェも追放しました。他にも中学校の教員7〜8人がクビになるのではないかと恐れています」。
中学校の運営に責任があるマチュ教育部のトップは解任されなかったが、「彼が漢族だったからではないかと噂されています」。
マチュ出身で現在はダラムサラ在住のドルカ・キャブは、現地からの情報として、マチュ県蔵族中学の生徒への授業は1ヵ月中断され、「政治的再教育」が行われると伝えている。他には3月16日、カルホ(甘南チベット族自治州)の第三蔵族中学でも抗議が行われたが、学校の警備員と教師によって校外には出られなかったという。 甘粛省サンチュ(夏河)県の住民によれば、別のカルホ県中学校では生徒が校庭から通りに出て集まったという。
「公安と人民武警が生徒たちを包囲し、校内に戻らせました。生徒のうち約20人が拘束され、聴取の後で釈放されました」。
学校の生徒たちと教師は校内で事情聴取を受けているといい、「武装兵の増加が一帯の緊張を高めている」と情報筋は付け加えている。青海省ツォシャル(海東)地区化隆県のディツァ僧院では、亡命したチベットの精神的指導者、ダライ・ラマ法王の長寿と、チベットの自由を呼びかける貼紙が3月14日に現れた。
「貼紙が貼られた直後、地元公安と武警がやってきて警戒を強化し、ジャムヤン(19)とイェシェ(20)の2人の僧侶を拘引した」と地元住民は言い、別の情報筋もそれを確認している。2人の指導僧のトゥルク・ウーセルと3人の従者も同様に拘束されたという。
「トゥルク・ウーセルは3日間の留置と尋問の後、解放されました。彼が解放されたのが健康が悪化したからでした」と情報筋は付け加えている。
この他、ロイターは、地元のホテル従業員の話として、17日にはカルホのツォエ(合作)市で、少なくとも20人の高校生が当局に拘束されたと伝えている。高校生らは抗議を行おうとしていたという。
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