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Margaret Line

by Days posted at 2010-04-04 00:05 last modified 2010-04-09 00:29

2007年秋に中断した伊豆半島一周の続き。前回風が強くて途中で逃げ帰った子浦から。
バスの乗車券を売ってくれた牛乳屋のおじさんは、いま体調を崩して入院してしまい、出発地点のバス停留所は少し寂しい風景になっていた。人工地盤の上にグラウンドが造られた三浜小学校の下をくぐり、マーガレットラインに向かって急坂を押して行く。そこかしこで桜並木が出迎えてくれた。
続きはまた書きます。

2010-04-04落居口

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ときどき旅
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Lovers Point

by Days posted at 2010-04-05 00:30 last modified 2010-04-09 00:30

伊豆半島2日目は西伊豆海岸を北上する予定だったが、あいにく雨。
やんだ合間に走り出してみたものの、すぐにまた降り始めて、峠を上り切ったところで中止することにした。視界の悪い国道を、ブレーキの効かない自転車で走るほど危険なことはない。
ただ「恋人岬」という地名が、親子連れにとっては少し恥ずかしい。

2010-04-05恋人岬

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ときどき旅
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A Monk Detained in Machu

Article from Radio Free Asia

by Days posted at 2010-04-13 01:08 last modified 2010-04-13 01:13

先月、チベット人学校で抗議が起きたアムドのマチュからのニュースを、9日のRFAが速報している。
ネットにアクセスし、海外のニュースをテレビで観て、ときどき海外の友人と電話で話す。そんなあたりまえのことが、チベットでは十分逮捕の理由になる。信じがたいことに。
写真は拘束されたタシ・ギャツォさんだという。

タシ・ギャツォ

発砲騒ぎに発展した学生たちの抗議から1ヵ月。中国西部、甘粛省の当局は、禁止されているWebサイトにアクセスし、亡命チベット人と連絡を取ったとして、僧侶を拘束した。
地元に住む2人のチベット人によれば、4月8日朝4時すぎ、マチュ(瑪曲)県のサルマ僧院での夜明けの法要の前に、私服の県職員と治安職員がタシ・ギャツォ(36)を拘引したという、
「彼はマチュの公安留置所へ連行されました」とタシの兄、ジャンパは話している。
ジャンパと、ダラムサラ在住のドルカ・キャブによれば、当局の職員が7日に僧院を訪ね、朝の集会で僧侶たちに「問題を起こすこと」を避けるように訓示した翌日にタシ・ギャツォが連行されたという。
「サルマの僧侶何人かが安定と公共安全を覆そうとしており、分裂主義活動に手を染めている、全員に連帯責任があり、全員が十分注意せねばならない、さもなければ重大な結果になる、と彼らは演説したのです」とジャンパは話す。
「翌朝、公安と治安当局から来た2台の自動車が外に停まっているのを僧侶たちは目撃しました。多くの僧侶がまだ眠っているあいだに、彼らは彼(タシ・ギャツォ)の部屋に踏み込み、彼を拘束していきました」。

当局は拘束について何もコメントしていないが、地元筋によればタシ・ギャツォは、現地では禁止されているネット上のチベット語コンテンツにアクセスしたほか、国際電話で通話し、彼の部屋にあるテレビで海外の放送を視聴していたという。
サルマ僧院のあるマチュでは、3月中旬に学生たちによる抗議が起き、校長と教職員、公安局長(いずれもチベット人)の引責辞任に発展した。
2008年3月の平和的な抗議が弾圧を引き起こし、チベット一帯に及ぶ騒乱に発展して以来、チベットでは警備が強化されたままだ。

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Quake Hits Jyekundo, Tibet

by Days posted at 2010-04-14 23:05 last modified 2010-04-15 00:44
倒壊した建物

チベットで地震。新華社通信は、けさ7時49分頃、青海省玉樹チベット族自治州玉樹県でM7.1の地震が起き、少なくとも67人が死亡したと伝えた。その後、死者の数は増え、現時点で400人以上の死亡が確認され、8000人以上が負傷したという。
震源は玉樹県政府のあるジェク(結古鎮)近く。日本の報道では「中国青海省地震」だが、場所は紛れもなくチベット。アムドに近いが、ジェクンドと言えばカムだ。
当初ロイターはUSGSの発表を元に、「チベット高原では頻繁に地震が発生するが、人口が少ないことから負傷者は通常、わずか」と書いたが、ジェクンドの人口は2万3000人。チベットの中では決して人口の少ない場所ではない。

玉樹には空港があるが、被災した市街地のジェクまで27キロの道路が寸断されているという。それでも北京からの「中国国際地震救援隊」を始め、中国各地からの救援隊や輸送機がきょう空港に向かい、一部は到着している。救援物資は西寧空港に集められ、被災地への輸送を待っているという。
現地では医薬品が不足している。今夜の天気は雪。最低気温はマイナス8度の見込み。家を失った人達の行方も心配だ。
9割が倒壊したという建物は、「崩れやすい石積みのチベット建築」と報じているメディアもあるが、写真を見るかぎりはほとんどコンクリートブロック製のようだ。これは四川地震で被災した汶川と共通している。
報道によれば、中国国内各銀行で募金を開始したほか、支援物資の受付も行われているという。チベット亡命政府はきょう午後、被災者の哀悼と救援への期待を表明した。

まだ次々とニュースが入ってくる。新京報によれば、玉樹の学校のうち半数が倒壊し、学生56人の死亡が確認された。中でも最も被害のひどかった玉樹職業学校では女子学生20人を含む22人の学生が亡くなったという。

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We Dug Ourselves Out

Article from Radio Free Asia

by Days posted at 2010-04-15 23:27 last modified 2010-04-15 23:30
震源地の玉樹(ユシュ)=ジェクンド

RFAは早くも被災地の人々からの情報を伝えている。浮かび上がるのは、報道各紙が伝える深刻な被害、新華社が報じる勇ましい救援活動の成果の影に、耐震設計の不足や気象警報の不備、災害時にアテにならない軍の体質があることだ。
日本語訳には入れなかったが、中国国内のメディアでさえ、被災地から引き返すように当局から警告されるなど、報道も制限されているという。新華社を頼りにしている日本の報道がどこまで正しいかは推して知るべし。

「私たちは自分たちで掘り出しました」と震源地、青海省玉樹チベット自治州の孤児院担当者、張さんは話した。「私たちには避難所はなく、空き地の草の上にいるしかありません。食糧や水がまったくありません」。彼によれば、地元の学校の女子寮が倒壊し、入寮者が瓦礫に埋もれ、ほとんど生存の可能性がないという。「崩れた寮には多くの女子学生がいました。みんな亡くなってしまいました」。

地元の救助隊によれば、建物への被害は激しく、広範囲にわたっているという。
「救助はまだ続いています。多くの建物が倒壊しました。私にははっきりとした死傷者数はわかりません」と現地の消防士はインタビューに対し、携帯電話で答えた。「どの建物からも遺体が見つかります。建物という建物が被災しているのです」。
国営メディアも頭部から出血する負傷者や助けを求める人々の姿を伝えている。
四川省で2008年5月12日に起きた地震と同様、学校校舎の倒壊で生徒たちが生き埋めになったと彼は言う。
「崩れた職業学校のがれきの下に多くの生徒たちが埋もれています」と玉樹チベット族自治州職員は話した。「玉樹賓館の壁には大きな亀裂ができました。官庁の建物の一部も崩れました」。

現地からの情報によると、最初の揺れは現地時間14日の早朝にあったという。
「5時20分頃、揺れを感じましたが、小さな地震でした。そして8時に強烈な揺れが襲い、すべての建物が壊れました。5時の地震で屋外に避難した人たちもいましたが、それに気づかなかった人たちはまだ倒壊した建物の中にいました」。

被災者のひとり、周さんも早朝の揺れを感じた。
「私はわかりましたが、地元の地震観測所がキャッチしていたかどうかはわかりません。観測していたとしても、地震警報は出されませんでした」。

仲達郷の住民によれば、当地では多くの死傷者が出ている。
「ほとんどの建物が倒壊し、多くが亡くなりました。仲達の生産兵団にいますが、その中でも数十人の負傷者が出ています。避難所としてテントをいくつか立てようとしているところです」。

一方、近くの称多県(チベット語でティドゥ)ではそれほどの被害がなかったという。
当地の学校教師によれば、生徒たちは無事だった。
「幸運にも校舎は被災せず、生徒たちは無事でした。生徒たちを連れ帰るよう保護者には連絡がありましたが、いくつかの家屋は倒壊しています‥‥。数十の建物が崩れ落ち、残った建物の壁にも亀裂が入っているのを私は見ました。私たちはいまテントで暮らしています」。

県庁所在地のジェグの住民によれば、最初に揺れがあったとき、まだ就寝中だったが、過去に何度も地震があったので気にしなかったという。住民の中には寝直した人たちもいた。
「続いて激しい横揺れが起き、ほとんどの人たちが靴も履かずに逃げ出しました。服を着ていない人もいました。そこで目にしたのは、壊れた家々でした。全員、空き地や山の上に走って逃げました」。
「たくさんの人々が亡くなり、負傷しました。ここでは子供たちも死に、けがをしている人たちもいます。最悪なのは、テング(禅古)水力発電所のダムが被災したことです。決壊すれば町中が流されてしまうと噂になっています」。

中国国営の新華社通信は、多くの人たちが倒壊した建物のがれきの下にいるという地元当局者の話を伝えている。それによれば、14日には約400人の死亡が確認され、約1万人が負傷したという。
家屋や寺院は倒壊し、ガソリンスタンドや電柱も被害を受けている。道路も崩れたり、地滑りで寸断されたりしているという。
チベット人が多く住む、町から離れた地域では、最初の揺れで送電が停止し、電話も通じなくなったため、作業員が復旧に向かうところだったと地元当局者は話している。

玉樹県政府のZhuo Huaxiaは新華社に、「いまの最大の問題はテントの不足、医療機器、医薬品、医療従事者の不足です」と話した。彼によれば土と材木で造られたジェグの家屋の85%が倒壊したという。
現地に駐屯している数百人の人民解放軍が、家屋や学校、その他の建物のがれきを掘り起こし、生存者の発見に尽力していると新華社は伝えている。
だが、玉樹の住民への電話インタビューでは、救助はすぐには来なかったという。
「地震直後からがれきを掘り起こすことはできませんでした。私たちは駐屯地の隣に住んでいて、助けを求めましたが、彼らはすぐには来ませんでした。上層部の命令がないかぎり、救援活動を始めることができないと私たちは言われました。がれきの下から発見されたときにはもう手遅れでした」。

別のジェグからの情報によれば、当局から救援を待たされたという。
「政府は救援隊を送ったというが、緊急部隊がすぐに来なかったことに人々は怒っている。周辺にある僧院の300人ほどの僧侶はすぐに出てきてくれたのに」。

現地の気象予報では、この数日は強風とみぞれになり、懸命な救出作業に影響が出そうだ。

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Gyegu Covered with Monks

by Days posted at 2010-04-19 23:55 last modified 2010-04-20 01:54

地震から一夜明けた15日、16日のRFAから、引き続き新華社が伝えない被災地の真実。

僧侶救援隊の活躍

http://www.rfa.org/english/news/china/tibet-china-quake-04162010141842.html

現地のチベット人によれば、周辺の僧院の僧侶たちが救援活動を助け、大地震で圧死した犠牲者の発見に貢献しているという。
「中国部隊の姿も見たが、彼らはがれきの下から行方不明者を探すというより、生存者を助けるだけのようだった」と玉樹在住者は話す。「中国の救援隊は主に倒壊した官公庁の救出にあたっていた。チベット人住民の救出は後回しにされた」。
ダムが決壊すれば押し流される危険があるとの当局の警告をよそに、代わりに活躍したのは周辺の僧院から助けにきた僧侶たちだったという。
「救援部隊は被災者の救出よりも自分たちの身の安全を優先していました。報道は信用できません。彼らは情報をねじまげています」。
サマン僧院の僧侶も救援隊不足から救助に加わった。
「2008年の四川大地震に比べ、被害は甚大です。死者は数千に及ぶかもしれません。まだ大勢ががれきの下に埋もれています。なかなか掘り起こすことができません」と彼は話す。
「中国の救援隊がきょう到着し、医療関係者と部隊を見ました。しかし救援活動はほとんどが僧侶を始めとした民間人が行っています。僧侶たちはセマン僧院とセシュル僧院、セカ僧院など近隣の地域から着ています。いまのところ200人ほどですが、これからまだ加わります」。
ジェク在住の別のチベット人によれば、町は「がれきの下から生存者を捜索し、遺体を掘り起こす僧侶たちばかりだ」という。
「ジェク僧院の広場と舞踊間にたくさんの遺体が安置されています。生存者は食糧や衣服、避難場所を待ち望んでいます。インスタントヌードルの価格は5元から30元に値上がりしました」。

青海省民生部は15日、死者数は予想を下回り、1000人より少ないとの見通しを発表した。「現地のチベット人たちは、信仰心のために落ち着いてきている。彼らは助けを待っているだけだ」。
しかし、ジェクのチベット人によれば、司令部の欠如と救援隊の不足により、救出が遅れているという。
「きょう(15日)やっと救援隊が来ましたが、きのうは誰もいませんでした。医者も医療設備もないのです。天気は寒く、支援を妨げています。医療設備がなく医師もいないのが最大の問題です」。

現地当局者は電話取材に対し、多くの家屋が倒壊したと話した。「倒壊したのはほとんどがレンガと泥で造られた住宅でした。この構造ではとても地震に耐えられません。チベット人はもともとテントに住んでいて、家に住んでいたのではないのです」。
救援に加わった青海人民病院のチベット人ボランティアによれば、被災地への交通が非常に制限されているという。
「負傷者はほとんどが大人でしたが、子供もいました。被災者は心の傷を負うと思います。被災地へ通じる道路は部隊によって封鎖されています。ボランティアでさえ被災地に行けないのです。ごく限られた人々、おそらく赤十字とか、特別な許可を得た報道陣とかしか行けません」。
海外からの取材スタッフによれば、被災地に行く手段はほとんどないようだ。
「空港は軍が押さえており、民間機は着陸できない。もし行こうと思えば、クルマを雇って玉樹まで13時間かけて行くしかない」。
青海省当局者は多くの報道陣が被災地に入っているというが、「空港は救援資材や物資、救援隊を最優先している。報道についてはCCTV(中国中央電視台)と新華社に許可を出している。他の報道陣は許可していない」という。

チベット語ボランティア急募

青海大地震の被災者救援活動は、高度障害と言語の壁のためになかなかはかどっていない。新華社によれば、16日午後には死者が791人だったのが、夜までに1144人に上り、負傷者は11477人、うち重傷者が1174人だという。

「ジェク僧院の本堂には1000体を超す遺体が運び込まれました。他の僧院から来た僧侶たちが集まり、遺体の周囲で犠牲者の冥福を祈って読経しています」とジェク在住のチベット人はRFAのインタビューに答えた。
「知る限り、ジェク僧院では僧侶6人が亡くなり、テング僧院では数えきれないほど僧侶が亡くなりました。テング僧院のある村では村人100人のうち20人しか生き残らなかったそうです」。
匿名を条件にインタビューに応じた彼は、十分な救援を受けられないことを不満に思っていると話した。また地震の原因は中国が聖なる山を採掘したためだと多くのチベット人が思っているとも話した。

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Gyegu Quake Toll Rises

Article from Radio Free Asia

by Days posted at 2010-04-20 20:27 last modified 2010-04-20 20:43

台湾の報道によれば、青海大地震の救助活動は大雪の中で断続的に行われ、19日22時までに2039人の死者を確認したという。今週に入って被災地はたびたび強い風雪に見舞われ、気温は急に下がり、周辺の交通に支障が出ている。幸いにしていまのところ伝染病などは確認されていないが、救援の遅れが深刻になっている。
この状況にも関わらず、当局は各地から駆けつけた救援隊の入域を制限し、現地のNGOだけに活動を限っているという。ニューヨークタイムズによれば、がれきの下から負傷者を救出しようとした僧侶たちを、中国部隊が追い払い、カメラの前で自分たちが救出したように装ったそうだ。記事からはチベット人に広がる救援隊への不信感が伝わってくる。
ウーセルのblogには、中国の救援隊が被災地からチベタン・マスチフの仔犬を連れ去る写真が掲載されている。チベタン・マスチフは熱狂的な愛犬家の間で高値で取引されているという。
被災地の学校は7割が地震で倒壊し、少なくとも百数十人の教師と生徒が亡くなっているが、教育部は先週金曜日、被災地の各学校に10日以内に授業を再開するように指示したという(この教育部担当者は早速「人肉捜索」で特定され、中国のネット上で非難のやり玉に挙げられている)。中国政府が早々と地震救援を幕引きしようとしているのは、開幕が迫る上海万博のためではないかと疑う向きもある。

支援の動きも本格化している。SSG(江源発展促進会)など現地を拠点に活動しているNGO5団体は、地震救援のためのサイト、Yushu Earthquake Responseを開設し、寄付金の募集を始めた。また青海省を拠点にするNGO、Plateau Perspectivesが立ち上げた "Yushu Earthquake Relief" の医療支援のために西寧入りしている日本人が日本語での発信を始めている。
少し前になるが、18日のRFA、カトマンズ発の記事を日本語訳。

http://www.rfa.org/english/news/tibet/tibet-china-qinghai-04172010213555.html

地震による犠牲者は1400人に及び、僧侶と救援隊の活動は遺体の火葬に移ってきた。僧侶たちは周辺の僧院から続々とやってきて、「支援の手は僧院から差し伸べられている」と住民は例えている。
ジェクンド一帯の建物がことごとく倒壊するなど被害は甚大で、ディチュに架かる橋にも亀裂が発見された。現地の情報によれば、救援隊の被災地入りを管理するために橋で当局が検問を行っているという。

親類を探すためにバイクでジェクンドにやってきた若者は、援助物資の配分が不公平だとこぼした。
「ある家族は凍えるような寒さの中、テントがないので野外で夜を明かしました。テントのない人たちの中には、寒さを防ぐために遺体の間で眠る人もいます。私の親類もまだ援助物資を受け取っていません。物資が町に届いているそうですが、配給に問題があります。要領のいい人たちがテントをたくさん持っていき、女性や子供など弱者は何ももらえないのに、公務員も独占しています。混乱状態です。物資は高値で転売されています。テントの多くは軍部隊と救援隊が使っていて、本当にテントや食糧が必要な被災者には届いていないのです」。
中国国営放送は全国のお茶の間に「救援物資が被災地に運ばれ、勇敢な救援隊と軍部隊が物資を被災者に手渡す映像」を繰り返し流している。

現地の僧侶によれば、負傷者約300人が隣接する四川省の省都、成都で治療を受けているという。救護と翻訳を手伝っている成都出身のチベット人大学生によれば、負傷者は成都の3つの病院に搬送された。
「頭から血を流す人、手足の骨折、背中の傷など、子どもを含め様々な負傷者がいました。中国政府が彼らの治療費を負担しているように思いました」。
成都ではチベット人の大学生と教師たちが負傷者を助けているという。

救助にあたっている僧侶によれば、カンゼ僧院からの救援隊が被災地に向けて出発したという。
「高僧は2万元を、カンゼ僧院は8万元を寄付し、他の僧院からは3万元が集まりました。地震発生以来、私たちの僧院では大勢が祈りを捧げています」。
匿名の別のチベット人によれば、チベット人たちは中国の救援活動への不信から、自分たちで(僧院からも)救援隊を組織したのだという。

当局は別のことを心配し始めている。清潔な飲料水が確保できるか、廃棄物や危険物質は適正に処理されるかといったことだ。
「火葬されなかった遺体が、ディチュ川に流されている」とジェク在住者は話した。 「被災地入りした地震専門家やレスキュー犬は高度障害にかかっていて、それが救援活動の足かせになっている」。
北京での記者会見でも交通運輸部の高宏峰副部長は、救援部隊が高度障害や悪天候、劣悪な居住環境に悩まされていると話している。

チベットの精神的指導者、ダライ・ラマが被災地への訪問を希望しているとチベット亡命政府は発表した。ダライ・ラマは1959年に中国支配に抵抗して起きた蜂起により、インドへ亡命した。チベットの地位に関する彼の代表団と中国当局との話し合いはあまり進展していない。
中国国営メディアによれば、チベットの第二の宗教的指導者で、北京公認のパンチェン・ラマは10万元を救援活動に寄付したという。北京政府は1995年、ダライ・ラマがパンチェン・ラマの生まれ変わりと認定した少年を拒否して、別の少年を仕立てていた。

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Clashing Views of Relief Work

Article from Radio Free Asia

by Days posted at 2010-04-21 23:25 last modified 2010-04-22 01:24

ジェクンドの大地震から1週間。RFAはきのうのアップデートで僧侶たちに救援活動を中止するよう指示がでたことを伝えているが、19日の記事もそれを予感させるようなものだった。日本の報道でも北京政府の少数民族への配慮ぶりを伝えるものが多いが、むしろ実際にはその政治的意図がチベット人の怒りを煽っているのではないだろうか。

http://www.rfa.org/english/news/tibet/relief-04192010161828.html

地震による死者数が2000人を超える中で、僧侶たちがほとんどの救出活動を担っているのに対して、中国の官製報道が中国人救援隊の美談しか取り上げないことにチベット人住民は憤っている。
RFAのチベット語放送に寄せられた電話によれば、報道では救援隊は万全の装備を持ち、こうした現場に慣れているように映っているが、実際には「彼らはうかつで、撮影されているときだけきびきびと動こうとしている」のだという。「僧侶たちは非常に勇敢で、経験も装備もないが、命を救う決意に満ちている」。
テンジンと名乗る男性は「両者が協力し合えばもっといいのに、それができない」と話した。チベット人住民は僧院に絶対の信頼を置いており、救援物資の配布は信用できる僧侶にしかできないと思っているという。
電力や通信手段の回復、支援物資の到着により、救援活動と再建の動きは加速している。

ジェクから20キロ離れた村で倒壊した住宅の中から発見されたウージャン・ジュオマオ(68)とジャイレン・バジ(4)の救出活動は、奇跡として国営放送で伝えられ、テレビニュースで繰り返し流された。
映像ではオレンジの作業着を着てヘルメットをかぶった救援隊員が白髪の女性を担架に乗せ、救急車に運んだ。また疲れきった男児を毛布でくるみ、抱きかかえて持ち上げた。
ジェクでは、数千人の僧侶たちがシャベルでがれきを掘り出し、葬儀を行い、トラックの後部から被災者に食糧を配布していた。
支援の波は、被災地を日曜日に訪ねた胡錦涛主席とともにやってきた。

一方、現地のチベット人たちは、救援隊員がチベット人の被災者救出に熱心でないと不満を口にしている。彼らよりも未熟で装備不足のはずのチベット人僧侶と現地住民が救出活動の多くを担っているという。
「老人と子供ががれきに埋まり、助けを求めているのを見ました。私は公安や中国人救援隊員に助けてもらうよう言ったのですが、彼らは『時間がない』と断りました。それでチベット人ボランティアが集まって、彼らをがれきから引き出したのです。子供は腕を負傷しただけでしたが、老人はその後病院で亡くなりました」。
またジェク僧院の近くから来た2人の僧侶は、倒壊した商店のがれきの下から地震発生から4日ぶりに3人を助け出した。中国人救助隊員はそれ以前に救助を断ったという。
「中国人はチベット人のことをあまりよく思っていません。特にこんなに僧侶が多いのでは」。

情報筋によれば、救援活動が続く地域に外国人報道陣が入るのを当局は制限している。「状況をつぶさに取材した結果、様々な種類のニュースが世界中に広まるのを彼らは恐れているのです」。
ある若者は青海省の省都、西寧から被災地の玉樹の自宅に戻るのに20時間もかかったと話した。「たくさんの検問があり、身分証を毎回チェックされました。関係者の身分証でなければ、通行が許可されませんでした。国道を走っているときも、自家用車はほとんど見ませんでした」。
「倒壊している建物のほとんどは民家です。特に学校の被害が大きいように見えました」と彼は言う。
「胡錦涛主席が来たときには、すべてがうまく行っているように見えました。主席は僧侶が救援活動で活躍しているのを見ませんでした。いま緊急に必要なのはテントです。もっとテントが必要です」。
別のチベット人住民は、中国の国営メディアが「救援活動を行う兵士だけしか映さず、僧侶や住民の活躍を無視している」と憤っている。
地震で倒壊した建物の大部分は貧困層のアパートで、地震で亡くなったチベット人も多くが貧しい人々だったことを知ってほしいと、テンジンと名乗るチベット人は電話で話した。

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