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ごはんとともだち

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太陽のせい

by Days posted at 2006-05-12 01:29 last modified 2006-05-12 01:29

きのう、「北京」で一緒になった加藤千晶さん編集の「野宿野郎」のWebより。

「自己責任という言葉は嫌いです。そんなときは太陽のせいにしましょう。」
「人生を低迷させる旅コミ誌」というキャッチフレーズもなかなか脱力モノなのだが。
なんとなく学生時代に作らされていた「雑誌」という名の同人誌を思い出してしまった。

加藤さんは、その姿からはあのシュラフの汗のこもった匂いなどみじんも感じさせないシャイな女性でした。
「野宿野郎」、応援します。がんばってください。  

漂流王

by Days posted at 2006-05-12 01:30 last modified 2006-05-12 01:30
われらが自転車漂流王、のぐちやすおさんが、blog開設。
コンテンツはぼちぼちなのですが、距離だけでみれば月まであとちょっとというのがすごい。生まれてこのかた、日本の公道では排気ガスを出していない(=自分でクルマを運転したことがない)というのもすごい。
バイクの賀曽利さんに自転車で勝つのはのぐちさんしかいないと思うわけです。

Trees Cafe

by Days posted at 2006-05-14 01:55 last modified 2006-05-14 01:55
練馬のTrees Cafeへ行ってきました。

カフェ営業は17時まで。着いたのがそれよりちょっと遅かったので、無理を言って写真を撮らせていただきました。カフェだけでなく、仲間内のちょっとした打ち合わせに使えそう。

ストロウベイルのカウンターはなかなかです。

Trees Cafeご案内
Trees Cafe店内
Trees Cafeストローベイルのカウンター

6/11坪井伸吾さんイベント

by Days posted at 2006-06-01 11:49 last modified 2006-06-01 11:51
昨年夏、Los AngelsからNew York Cityまで、雪のロッキー山脈越え、酷暑のDeath Valleyをはいつくばって、アメリカ大陸をマラソンで横断した坪井伸吾さんが6/11のイベントで講演をする。

川崎で講演会します。よかったら
あそびにきてください。

川崎で北米ランの話します。
主催は知り合いの旅芸人イチロー君
御代はおひねり制だそうです。
一郎君のHP http://www5a.biglobe.ne.jp/~o-ichiro/
場所は東名川崎インターの北側徒歩3分
パームハウスB棟225号集会室で、6月11日(日)午後3時からです。
最寄駅は田園都市線の宮前平です。
坪井伸吾

Re:6/11坪井伸吾さんイベント

Posted by days at 2006-06-13 01:29

行ってきました。
小学生が一列に陣取って、坪井さんの話にいちいち間の手を入れ始めたときにはどうなることやらと苦笑してしまったのですが、彼らすぐに飽きたらしく、2時間は大人の空間のまま過ぎました。
苦しい時の「バカボンのパパ状態」、すなわち「これでいいのだ!」という開き直りの精神には、ホント感銘を受けました。この先1年はこれで救われそう。
あ、「野宿野郎」編集長のかねごんさんも来てました。見捨てて帰ってしまって、ごめんね。

Copa do Mundo

by Days posted at 2006-06-13 01:09 last modified 2006-06-13 01:09
お元気ですか。

今日は、窓の外の景色がおかしかったです。日曜なのに、本当に車も人も見えなくて、
通行止めにでもなってるんだろうか??サンパウロ並みにテロ??などと考えました。
日曜は1週間分の食材をまとめ買いする日なので、たいてい近所の巨大スーパーに行きます。
でも、ためらわれました。町が閑散としすぎていて、かなり怖かったのです。

ま、食料がなくなるのもイヤなので、急ぎ足でスーパーに行き、
人々が群がっているテレビを見て、理由が分かりました。

ブラジルに赴任しているのちださんからメイルをもらった。
Yahoo! BRASIL を見たら、ほんとにCopa do Mundo一色!
これは盛り上がり方が全然違う。

で、今夜はみんながテレビを観ている時間帯を狙って、地下鉄で仕事場から帰った。途中、デザインを頼んでいる事務所に寄って、ファイルサイズが大きくて送れなかったDTPデータを手渡したら、サッカー観て行きますか?と声をかけられ、あわててその誘惑を振りほどいた。
カフェやレストランは、どこも大画面スクリーンを売り物にして、いつもだったら入れさせないような品のない客に大騒ぎをさせている。地下鉄も山手線も、ガラガラ。ふだんの夜の数分の一しか乗客が乗っていない。でもこの時間に地下鉄を動かしている人がいる時点で、おそらくブラジルには負けていると思う。

コパが始まったら、ブラジルのゲームがある日は、会社も学校も全部休みです。
しかし本大会前からこの気合の入りよう。
洋服屋には、かならずブラジルTシャツが前面においてあります。
そしてみんなそれを喜んで着る。
テレビのニュースの半分以上はコパの話です。

「日本は強いですよ。たぶん、ブラジル対日本の後、私は町を歩くことが出来ません。」
と生徒に言ってみたところ、冷笑とも失笑ともあわれみとも取れる笑顔を浮かべてました。
さあさあ、どうなりますか。

火焔山からの景色

by Days posted at 2006-06-20 02:30 last modified 2006-06-20 02:30
キャラバン

1990年のシルクロードキャラバン隊には、なんでこんな人がいるんだろう、という人が混じっていた。16年経って、その訳がなんとなくわかった気がする。
今夜は名古屋から仕事ついでに仲間のひとりがやってきて、最終の新幹線まで品川駅港南口の居酒屋で飲んでいたわけだが、仲間のひとり、志賀公江先生が「山に登るのは簡単だが、下りるのは難しい」ということわざを持ち出した。これは火焔山に行ったときに、北京のエスペランチスト、南由礼先生から教わったのだそうだ。
一度地位に就いた者は、時が経ち、役立たずになっても地位に恋々とするものらしい。引き際を心得えない人は、海のこちらと向こう、いつの時代でもなくならないものだ。地位に就かずとも、さっぱりとした引き際を実践できる人になりたいと思う。

A Pioneer

by Days posted at 2006-06-24 01:38 last modified 2006-06-24 01:49

"The Man Who Skied Down Mt.Everest". --三浦雄一郎さんの「秘密基地」、その名も MIURA BASE CAMP に行く。少人数の集まりで、夜遅くまでケータリングの中華料理を楽しみながら、73歳の三浦さんを囲んで話が尽きることがなかった。本当に贅沢な話だ。
日本の近代冒険・探検史上、植村直己さんと並ぶ巨人だが、私が関心があるのは昨年102歳で亡くなった父・敬三さんから三浦さんの娘、息子(恵美里さん、豪太さん)3代に渡る「冒険一家」ができた謎だった。既にいろんな書物で語られていることかもしれないけど、コップを片手に話を聞くうちに、なんとなくわかってきた。
三浦さんはスキーの仕事のために各地を転々としながら、子供たちを育ててきた。彼らにとっては日常が「旅」だっただろうし、またたびたび海外へ(本当の)旅に連れ出すこともあったという。そして、中学生になると、スキー教育のために米国の三浦さんの親友のところに預けられる。親子は以後ずっと離れて暮らし、それぞれの道で活躍し、数年前に MIURA BASE CAMPができた時にようやく一緒に仕事をするようになったのだという。
家族全員が「冒険」を指向しているようで、実はそうではなかったのかもしれない。「旅」の生活をするうちに、ウルトラシニアの敬三さんを含め、互いにライフスタイルを磨き合ううちに、結局同じ方向になってしまった、ということなのではないだろうか、と思う。
先達の話には、まだまだ学ぶことが多い。時間がいくらあっても足りない。

Melancholic Mountaineer

by Days posted at 2006-07-04 00:19 last modified 2006-07-04 00:19

田中幹也さんを前にした、服部文祥さんの溜め息。「ある雑誌の企画で、山野井泰史さんと平山ユージさんの対談をセットして、二人の話を聞きながら、ふと考えてしまった。何で自分は山野井さんになれなかったんだろう、なんで自分はユージの代わりにここにいないのだろうって」。

その文祥さんの新著「サバイバル登山家」をいま読んでいる。
私の知っている文祥さんは、いつも朗らかで、鋭い目つきと同じぐらい鈍く光る言葉を発する人だ。

Puujee

by Days posted at 2006-07-09 23:59 last modified 2006-07-10 12:05

山田和也監督「プージェー」は映画としても変わっている。そもそも映画を撮るべきして撮られたわけではない(もともとテレビ向けだった)ドキュメンタリーだからだ。
一言で言ってしまえば、グレートジャーニーの旅人、関野吉晴さんがモンゴルで遊牧民の少女に出会い、その少女の成長に影響を与えていく、というストーリーなのだが、なぜモンゴルだったのか、なぜ遊牧民だったのか、なぜプージェーという女の子だったのかを考え詰めると、このストーリーが映画として成立した要素が見えてくる。関野さんがプージェーに目を留めなければ、その時にカメラが同行していなければ、プージェーの家族があんなに複雑な(しかもそれはポスト共産主義時代の遊牧民の生活を象徴した)背景を持っていなければ、おそらくこの映画は存在しなかったのだ。

東中野のポレポレ座での上映は、7/7が最終日だったのだが、その週、関野さんは毎日最終回の後にゲストと対談を行っていて(おつかれさま!)、その最後のゲストは元モンゴル大使の花田麿公さんだった。「なぜモンゴルだったのか」ということに関して、花田さんの役割は実は非常に大きいと思われるのだが、ここでは割愛。
モンゴルはソ連時代にはCOMECON各国へ食肉を輸出していのだが、ソ連崩壊以後、当然輸出が減ってしまった。家畜は牧民の私有となったものの、それは良いことばかりではない。大国流の「自由」と一緒に自己責任を押し付けられた牧民が、畜産の出荷先に困って、たちまち窮乏に陥ったことは映画にしっかりと描かれている。
これまた一言で言えば、モンゴルは牧民の国でありながら、政治はウランバートルの資本主義エリートが牛耳ってしまい、いまや遊牧が立ち行かなくなっているのだ。
花田さんは言う。牧民がインターネットを使い、情報を得たり、コミュニケーションができるかということをまず頭に思い描いてほしい。GPSや高度な医療、教育、市場システム、必要な資金を融資する銀行といった(日本ではあたりまえの)ものが彼らにあれば、モンゴルの牧民はこれからもやっていけるはずだ。
PHSや802.11bを使って、必要な情報が得られるようにならないだろうか。アプリケーションとしては、オーストラリアのAlicespringsへ行った時に目にした "School of the Air" が参考にならないだろうか。せめて井戸掘りぐらいでも協力できる機会があれば、ぜひしたいと思った。

Agglutinative Language Corridor

by Days posted at 2006-09-08 00:28 last modified 2006-09-08 00:28

青森の旅から帰ってきてもう1週間以上経つのに、まだぼうっとしている。やらなきゃならない仕事は多いのに。

あさってからモンゴルに行く中村吉弘さんからお誘いがあり、夕方から新宿に会いに行って、深夜まで話し込んでしまった。彼の青海省チャプチャでの活躍(チベット語文法と日本語との類似点の発見、日本語に変換することで発見されたチベット語文法の新解釈など)は山と渓谷社『チベット語になった「坊ちゃん」』、略して「チベ坊」に詳しいが、大学で哲学を学び、その後イスラエルから米国、イランなどを放浪して、帰国後にカリスマ塾講師として活躍した経緯もまた面白い。「チベ坊」はチベットという言語、地域にとらわれず、教育論として読まれるべきだと思うのだが、その原点には1979〜1981年の放浪と、その後の講師経験があるのだ。それだけに非常に話が尽きず、こんな時間になってしまった。
一緒にいた丸山さん、長野さん、三輪さんと一緒に、トルコ語、韓国語、カラーシャ語となどと比較するに、言語が生まれ、拡散しながら形を変えて行った背景は面白い。ハンガリーから東、いまは北京政府の範図となっている新彊ウイグル自治区までは「チュルク」、いわゆるトルコ語圏として有名(ウイグル族はイスタンブールへ行くと、3時間でトルコ語を解するようになるらしい)だが、トルコ語は日本語と同様、主語、述語、目的語を、助詞を使ってぺたぺたと貼り付けていく文法なので、同じような文法言語と言える。これを膠着語という。ヨーロッパ諸語、ギリシア語、アラビア語、ヒンドゥー語、ロシア語、中国語はそれとは異なるのだが、それらに挟まれたトルコ語圏、チベット語、モンゴル語、ハングル、日本語は、どれも膠着語なのだ。
中村さんはこのハンガリーから日本に至るシルクロード沿いの帯を、「膠着語回廊」と呼ぼう、と提唱している。これらの言葉は、ものの名前や動詞や助詞の呼び方が異なったり、格変化がやや違うなどの差はあるものの、語順が同じなので、どれが主語でどれが助詞なのかが分かれば、ほとんど自動的に翻訳できてしまうことになる。
どれも決してポピュラーな言語ではないけれど、それらの言葉の「6ヵ国会話帳」のようなものを作るだけで、互いの交流がはかれるのではないか。資源の少ない日本にとって、こんなちょっとしたことで隠れた資源国とコミュニケーションができるようになるのは、ヒモ付き資金援助での公共事業なんかよりよっぽどよいと思うのだが、どうだろうか。

Jane, Hiroko Suzuki

by Days posted at 2006-09-27 23:55 last modified 2006-09-29 02:25
Jane 2006

きょう発売のTarzan増刊「女性のためのフィットネス全集 Jane 2006」に、鈴木博子さんが走った "Western state 100 mile" の記事が出ています。
何せ彼女は、2004年の奥多摩山岳耐久レースに彗星のように現れて女子2位をかっさらい、以後富士山でトレーニングを積んでいるかと思えば、米国のアドベンチャーレースで大活躍するという「体力系」のヒトなのだが、会って話すと非常にほんわかした雰囲気でそのギャップが面白いのだ。
"WS100"のことは、7月のイベントでこちらが多忙を極めているときに、「26時間33分完走。詳細は後に発売される雑誌を見てください」というメイルを送ってくれて知ったのだけれど、そのときにはホント「よくがんばりました」の一言しか出なかった。で、そのイベントに来てくれたのにも驚いた。確か帰国直後だったんじゃないかな。
彼女をして「心の底から感謝をしています」と言わしめている北村ポーリンさんが描く、100マイルの物語、ぜひ読んでください。

Dewachen

by Days posted at 2007-01-22 01:25 last modified 2007-01-22 01:25
始まりの宴

神戸を中心にライブでじわじわと「民族楽器ロック」を浸透させてきたデワチェンが、とうとう最初のアルバムをリリースした。1st「始まりの宴」は、デワチェンのWebサイトに購入の方法が書かれている。
Voのソナムは、「謎のTibetan」という雰囲気できわめてアヤシイ男なのだが、彼は私の「ラクダの友」であり、「ラクダの友」と言えばここ16年も、付いたり離れたりしながら、心の中のある深い部分を共有してきた間柄なのだ。
彼のベースは神戸であり、古い民家を自分好みに改造して作った秘密基地のある淡路島だ。だから、彼がそこを離れることは滅多にないのだが、一昨年はヤマザキヤマトの「民族楽器大作戦」に参加して、11月に川越の鶴川座でライブをやったし、昨年末はふらりと東京に現れて、某アパレルメーカーのプライベートライブをやって行った。
チベット語で唄い、ホーミーを奏でる日本にあって異質のボーカルだが、ソナムの魅力はそれが「そうでなければならない」と見せてしまうことができるキャラクターにあると思う。
「始まりの宴」でおすすめしたいのは、タイトルトラックの3.「始まりの宴」。ジャンベのリズムが、思わず腰を踊らせる。そして、6.「楽陀」は、読んでそのとおり、私たち「ラクダの友」のルーツだ。
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Yukon Quest Girl

by Days posted at 2007-02-20 02:30 last modified 2007-02-20 02:30
ユーコン・クエストに参戦していた本多有香さんが、ルート半ばのドーソンでリタイアしたという。昨年は荒天で道を見失って危うく遭難しかけて主催者にリタイア扱いされ、今年は再挑戦だったのだが、「ランナー」であるJewelという1頭を失い、かなりペースを落としていたようだ。無念。
本多有香さんに東京で初めて会ったとき、思わず腕の太さを見比べてしまった。Good Lookinな顔立ちに似合わず、タフな女の子。次のチャレンジに向けて、パートナーたちの食事代を稼ぐ彼女に声援を送りたい。
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Norbular

by Days posted at 2007-02-24 02:12 last modified 2007-02-27 01:25

2/26(月)の地平線報告会は、矢島保治郎とノブラーにまつわる話です。
矢島保治郎は大正から昭和初期にかけ、「世界無銭旅行者」を称して世界一周を企て、途中のチベットで「沈没」してしまったバックパッカーの元祖のような存在。彼は2度ラサに滞在し、2度目はチベットの軍事教官として6年も住んだのですが、そのあいだに娶ったラサの豪商の娘がノブラーです。
しかし日本に帰国した後の夫妻は不遇に見舞われ、ノブラーは再びチベットに帰ることなく、29歳で亡くなってしまいました。
矢島保治郎がチベットの何に魅了されたのか、そしていま雪の国にどんな変化が起きているのか、チベットをよく知る人たちの話が聞けると思います。

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Xihongshi Jidan

by Days posted at 2007-02-26 23:55 last modified 2007-02-27 01:10

長く西域を旅していて、麺やうどんに飽きたときに、頼んだのが「西紅柿鶏蛋」。最初は新彊のトルファン駅で(ここは海抜下のオアシス都市として有名な町から、数十キロ離れている)、汽車の乗り換えのために丸一日待たされたときに、駅前の食堂で。
つまりはトマトを炒め、スクランブルエッグと和えたものである。青菜が入っていることもある。これがごはんによく合う。それ以来、食堂に入るたびに「西紅柿鶏蛋」を探すようになった。

東京に帰ってからも、中華料理店に入るたびに「西紅柿鶏蛋」を探すが、なかなか出合わない。横浜の中華街でも、池袋の平和通りにもない。そもそも「西紅柿」を炒めるという発想がないらしい。よくよく考えてみると、平和通りに店を出しているのは福建や広州など、沿海部の人たちで、「西紅柿」は内陸部の食べ物のようなのだ。しかも、それはごく普通の家庭料理で、料理店で供されるようなものではないのかもしれない。
自分で作ればたいしたことはないのだけれど、あのトルファンの「西紅柿鶏蛋」が恋しい。

そんなことがあって、今夜の二次会の中華料理屋で同席した横内さんから「ときには餃子ではなく、西紅柿鶏蛋が頼みたい」と聞いて、耳を疑った。世の中にはおかしなものに恋い焦がれる人が二人といるものなのだ。

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Canoe Taxi

by Days posted at 2007-09-11 01:57 last modified 2007-09-11 01:58

友人Hは、ロードバイクで仕事場に通っている。直線距離でも18キロ。大小合わせて5つの橋を渡るのだが、どの橋を通るのか、速さと危険度のバランスが時間によって異なるのが難しくも面白いらしい。が、先週末、夜中に帰宅途中、その橋のひとつで後輪がパンクした。ちょうど仕事場から自宅への中間地点。
2時間半格闘したものの、High Pressureチューブには手も足も出ない。タクシーを停めて、分解するからロードバイクごと載せて、と頼み込んだものの、2台に断られて諦めた。残りの10キロ以上を押して歩き、後輪のリムはがたがた、スポークも何本か曲がってしまった‥‥。

日本の交通機関は、ことごとく自転車に冷たい。JRでの輪行にしても、手荷物切符を買わずに持ち込めるようになったのは1999年。まだ8年しか経ってない。多くの乗り合いバスでは運転手に任されていて、よほど空いている時間を狙わねば難しいし、タクシーでは論外!なのである。
バスの屋根上キャリアに苦労して積んだり、砂漠を越える鉄道貨車に積ませてもらったりしたネパールやパキスタンの旅が懐かしい。

そんなことを考えていたら、8月に訪れた土佐の仁淀川で、道の駅ならぬ「川の駅」に貼ってあったチラシを思い出した。
「カヌー搬送タクシー登場!」−また、運転代行や赤帽の副業でカヌーも運ぶのかと思ったら、写真を見ればなんと本当にCREWを使ったタクシーなのだ。雪山にはスキーキャリアを着けたタクシーが走っているが、同じようにカヌー&カヤックアタッチメントを着けていて、カヤックなら4艘ぐらいが積めそうだ。
ダムのない川の、上流部までこのタクシーで送ってもらって漕ぎ出し、自分のクルマを停めた駐車場近くの河原まで下りてくればよいのだ。仁淀川のゆったりした流れなら、このタクシーに数キロお世話になるだけで、ほとんど1日遊べそう。

カヤックもよいが、まずは自転車だ。自分がタクシーの免許を持っていたら、すぐにでも「ロードバイク搬送タクシー」を開業するのだが‥‥。でなければ、友人Hはいつまでも救われない。


カヌー搬送タクシー 大はらハイヤー

Cogway

by Days posted at 2007-12-17 01:13 last modified 2007-12-17 01:18
12/1は、山崎美緒さんがずーっと前から準備してたイベント「コグウェイ」の日だった。赤い自転車じゃなければ、赤いTシャツでも、何でもいい、ということだったんだけど、結局行けなかった。朝からリヒトの餅つき大会、モトの学芸会と、子供イベントのはしご、かつ、午後は家族争議:)で‥‥。

コグウェイ

「コグウェイ」は、自転車でアフリカ縦断した美緒さんが、アフリカのために何ができるか考えて、思いついたイベントだ。World Aids Dayに合わせてみんなで築地本願寺に集まり、みんなで自転車で走り出して、周りのみんなにも共感してもらう。みんなでエイズに立ち向かおうという意思を示すために、何か赤い色を身につけて。
来年は何かできることで手伝うから、ご勘弁を。

話は変わるけど、かつて美緒さんのblogを見たときに、「にほんブログ村」のカテゴリーアイコンが貼ってあって、気になっていた。いま見たら、見つからない。何でかな。
いつもテンポが遅れる私。遅ればせながら「ツーリング」「子連れ旅」のアイコンを貼ってみた。
貼ってから気付いたけど、「子連れ旅」はちょっとカテゴリー違いだったかも。こんなにコドモ鍛えながら旅している人、他にいない‥‥。
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Re:Cogway

Posted by Anonymous User at 2007-12-17 04:59

突然ですが、コミュニケーションサイトを運営しております、
p-netbanking と申します。当サイトは、
「人気ブログをランキング」を重要なテーマとし、
ブロガーの方々の、コミュニケーションの場を提供すると同時に、
どなたでも無料で参加でき、よりエンターテイメントに、
気軽に立ち寄れるサイトを目指し、日々、努力をしています。
貴ブログ様のご登録の御願いにコメント欄を
お借りしてご案内をいたしました。
是非、貴ブログのご登録、及び、
ランキングの参加を御願いできれば幸いです。
こちらのサイトです。
http://www.p-netbanking.jp
検索バー横にブログ登録フォームがあります。
また、検索サイト・ランキングサイト等より訪問しております。
重複してご案内になりましたらお詫び申し上げます。
なお、全く興味のない方は、削除してください。
失礼いたします。

Re:Cogway

Posted by days at 2007-12-17 12:22

コメントいただきましたが‥‥。
ごめんなさい。パチンコには興味ないので、登録は遠慮させていただきます。

Kazumi Nishikawa Died

by Days posted at 2008-02-15 01:45 last modified 2008-02-22 01:44

西川一三さんが亡くなった。
またの名を蒙古僧ロブサン・サンボー。太平洋戦争末期、内蒙古を発ち、国共が対峙する中国を縦断してチベットに入った人だ。もちろん日本軍の密命を帯びた調査の旅だったが、西川さんは8年ものあいだ、ラサのデプン寺で僧侶として、またヒマラヤを越えてシッキム、ネパール、インドにまで身分を隠して旅を続けた。そのあいだに戦争は終わり、任務としては果たし得なかったものの、帰国後の西川さんはその記録を「秘境西域八年の潜行」という膨大な書物にまとめている。人民解放軍に占拠される前のラサを訪れた外国人の貴重な証言である。
2001年12月に東京・青山で開催された「日本人チベット行百年フォーラム」に西川さんは招かれ、私が初めてお会いしたのはその時だったと思う。既に書物に書かれていることでも、当人が感慨を交えて語り、また当時くちずさんだ歌を唄う機会に恵まれたのは、本当に幸運だった。盗賊に脅え、厳しい気候の山を歩いて越えた西川さんに比べれば、その10年前の私の「チベット潜行」は全然楽なものだが、苦労してチベットを目指した先駆者として、私には西川さんが本当に大きく見えた。
2月9日に西川さんが住み暮らした盛岡で通夜が営まれたという。残念ながら、もうあの歌を聴くことはできなくなってしまった。

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Eritrea Night, this weekend

by Days posted at 2008-03-04 23:41 last modified 2008-05-19 13:00
「コグウェイ」の山崎美緒さんからお知らせ。
東北部アフリカ、紅海に面する国エリトリア。
実はアフリカの自転車大国なんです!!
毎週末、市内ではレースが開催され、みんな自転車大好き!海
抜2,200mの好立地で、選手はみな健脚、驚異の心肺機能
を持つ!しかも美男美女。

そんなエリトリアで18~85歳の日本人が親善サイクリングをし
ました。

ヨーロッパの古い街並みが残る美しい景観に、蛇より見事なく
ねくね道、ご自慢の蒸気機関車。
エリトリアナイトではなんとエリトリアのローカル食、『イン
ジェラ』をご用意!!!!!演歌のような歌を聴きながら、ビ
ール片手にエリトリアの魅力をたっぷり味わえるエリトリアナ
イトにようこそ!

『エリトリアナイト&写真展』

【日時】
写真展:3月4日~8日(写真家 山形豪)
エリトリアナイト:3月8日18時~
【料金】
ワンドリンク事前申し込み¥1,000
当日¥1,500
【会場】
4s+(クワトロエスプラス)
世界各国のビール、特にアジア、アフリカ、ラテンアメリカな ど開発途上国のものが豊富に揃う!!!珍しい!!こだわりの お店。
【住所】
〒160-0022 東京都 新宿区 新宿1-2-6 花忠ビルB1F
【TEL/FAX】
03-3358-5609
【アクセス】
○丸の内線・新宿御苑前駅2番出口から徒歩1分
○都営新宿線・新宿三丁目駅から徒歩7分
○JR新宿駅東南口または新南口から徒歩12分
私もたぶん行くと思う。
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インジェラ

Posted by days at 2008-03-09 18:51

エリトリアの場所を確認しようとATLASを見たら、あるはずのところに載っていない!エリトリアは1993年にエチオピアから独立した国。だから古い地図には載っていないのだ。
首都Asmaraから紅海沿岸のMassawaまで約300キロのサイクリングツアー。国を挙げての大歓迎の様子から、砂漠の中の峠道、険しい谷を走る古いSL列車、海辺のラクダまで、余すことなくスライドショウを堪能した。
もともとイタリアの植民地だったので、イタ飯がうまい、とか。

Re:インジェラ

Posted by days at 2008-03-10 02:10

肝心の「インジェラ」についてコメントするの忘れてた。
美緒さん曰く、「乾いた雑巾のような味がする」パンのようなもの。発酵しているのはパンと同じだが、もっと酸っぱい感じ。しかもピザあるいはラザニアのようでもあり、色は雑巾そのもの‥‥。
チベットを旅してバター茶をおいしいと感じるようになったように、エリトリアを旅しないとこの奥深さはわからないのかもしれない。

Protest March in Tokyo

by Days posted at 2008-03-23 01:45 last modified 2008-05-13 19:18
2008-03-22三河台公園

22日午後、六本木でのデモは予想を上回る参加者数になった。まだラサの僧侶たちがデモを始める前--3月8日の新宿でのピースマーチの数倍の規模だ。
都合によりリヒトと一緒だったので、最初は彼が遊ぶのを見守りながら高見から群衆を眺めていたのだが、そこから見て何人ぐらいかと大車輪の幹事役に聞かれ、400人ぐらいかなと答えたのが甘かった。事務局はサバを読んで「500人」と報道関係者に伝えたのだが、警察発表はなんと900人だった。
在日チベット人たちを先頭に、三河台公園からの行進が始まると、あんな小さな公園にこんなにいたのかと思うぐらいの長蛇の列が六本木通りを横切り、渋滞を巻き起こし、遠くからクラクションが。あー、ごめんなさい。
そんな多くの参加者になったにも関わらず、極端に騒いだり、暴力沙汰になったりということがなかったのは幸いだった。在日チベット人たちの真剣さゆえかもしれない。
さらに言えば、ふだんはこうした表立った行動に出ない著名な研究者や登山家の姿があったのにも驚いた。とにかくひとりでも多く参加し、隣国の首都からも厳しく見張っているぞと示すことに意義があったのだ。少なくとも1800の眼で、本当に心配しているその数倍もの目と耳で。

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Candle March in Shibuya

by Days posted at 2008-04-13 01:05 last modified 2008-05-13 19:08

明日の渋谷でのイベント。3/22の六本木デモの後から各地でキャンドルナイトが行われているが、そこから派生して「シュプレヒコールを上げない」デモをローソク持ってやるらしい。詳しくはTSNJのWebへ。

【日時】4/13(日) 

【集合時間】17:30 

【全終了時間】20:30ごろを予定 

【集合場所】渋谷宮下公園

【内容】 
(1)キャンドルマーチ 18:00〜18:30 
渋谷駅方面へ歩きます。解散場所は、集合場所と同じ宮下公園です。 
‘We shall overcome’という歌を歌いながらマーチしたいと思います。 

(2)キャンドル・ライティング 19:00〜20:30 
代々木公園の噴水前(水景施設)にて行います。

【持ち物】 
◎キャンドル 
(空き瓶、紙コップ、ペットボトルの下半分などの風よけが必要になります) 
◎その他、平和を求めるメッセージ、絵、花 など 
(このキャンドルマーチとキャンドルライティングは、 
 一人ひとりの気持ちが集まるものになればと思います。 
 ですので、それぞれの想いを形にしたものがあればご持参ください) 

【注意点】 
◎火は危険性のないように、注意を払ってください。 
(特に歩くときは火が広がらないようにペットボトルやビンに入れるなど
 工夫をしてください。 
 または、懐中電灯に布や薄紙を丸めて貼ったものや、
 電気キャンドルなどでも代用できます。) 

また、名古屋でも来週土曜日4/19にデモが予定されている。全国から関係者が集まる東京でのデモと違い、ネット掲示板から発生した経験のない有志が必死になって準備しているようだ。できたら、私も飛んでいきたいぐらい。
そしてその翌週4/26にはいよいよ北京五輪の聖火が日本にやってくる。長野での聖火リレー、スタート地点と予定されている善光寺の対応に注目。ネット掲示板では「同じ仏教徒として恥ずかしくないのか」とか、怒号が飛び交っているのだが。

2008-04-13渋谷駅前
2008-04-13代々木公園

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Re:Candle March in Shibuya

Posted by days at 2008-04-14 00:19

渋谷から帰った。雨が心配だったが、マーチの最中から代々木公園に移ってのキャンドルイベントまで、ぴたりと止んでくれた。
参加したチベット人はさすがに叫んでいたが、あとは予定通りギターの響きに合わせて唄うだけの素朴な行進。でも渋谷を行く人たちの視線を集めるには十分だった。この暖かい雰囲気、幹事の高橋さん、本丸さん、他のみなさんに感謝。

ニュースレター

Posted by days at 2008-04-20 02:10

このキャンドルナイトの写真をニュースレターに使いたいと、大先輩からリクエスト。
この写真は、チベット国旗をここに置いた演出が素晴らしいのです。
それにしても、先輩、「ニュースレター」って何ですか? そんなの作ってたっけ?

Snow Lion Means

by Days posted at 2008-04-19 23:50 last modified 2008-05-13 19:13
携帯ストラップ

13日の渋谷のキャンドルマーチで、MiKKOさんからチベット国旗柄の携帯ストラップをいただいた。ありがとう。

国旗デザインの意味
  • 中央の白い三角は雪山(チベット)
  • 6つの赤い光線は民族起源の6氏族
  • 赤と濃い青の光線はネチュン守護神とシュリ・デビ守護神の加護
  • 太陽はチベットの民の平等・自由の享受と繁栄
  • スノーライオンは方策の勝利
  • ライオンの支える宝石は精神的なよりどころの三宝に対する尊敬の念
  • ライオンが持つ物は十善業法と十六浄人法による自律
  • 黄色の縁は仏教の繁栄
「スノーライオンは方策の勝利」の説明だけ、妙に頭に残る。「方策」というのはつまり手段とか対策とかのことだが、何事もいきあたりばったりではなく、ちゃんと手段を考えてから行え、ということなのだろうか。
方策は常に頭の中にある。

ちなみにこのストラップはカワチェンで買えます。

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Spring hasn't come yet

by Days posted at 2008-04-22 01:10 last modified 2008-04-22 01:13

夜、銀座をうろついていたら、岩手のオヤジから数年ぶりに携帯に電話。オヤジとは言うものの、もちろん私の父親ではない。雫石の葛根田(かっこんだ)川上流にある秘湯、滝の上温泉の山小屋管理をしていて、道の通じている夏のあいだに岩手に行けば、必ず訪ねるオヤジのことだ。

今年は雪解けが早かったので、例年より早く小屋を開ける準備をしていて、きょうが道路開通の予定日だったのだそうだ。滝の上温泉の奥には、東北で2ヵ所しかない地熱発電所のひとつ、東北電力葛根田地熱発電所があるのだが、そこできのう土砂崩れが起きたらしい。その影響で自慢のかけ流しの温泉がほとんど出なくなってしまった。また発電も送電もストップしていて、小屋に電気が届かない。県からは、開通延期の連絡が来た。無理に温泉なしの小屋を開けて、ロウソクの火で燃えたりするリスクを考えると、当面宿泊の予約を断らざるを得ないという。
が、オヤジはもっと最悪のケースを心配している。地熱発電は採算が合わず、東北電力のお荷物になっている。クリーンエネルギーとして国からの補助金を受けているので、かろうじて継続していただけで、土砂崩れによる被害を復旧するほどの予算がかけられないかもしれない。発電所が復旧せずに、そのまま閉鎖ということになれば、山小屋を廃業せざるを得ないかもしれない、というのだ。

都会の人にはわからない、暗い闇が地方にはあるんだよ、とオヤジは悲しげにつぶやいた。
中央通りで客待ちをするタクシーの行列を見ながら、私はただ慰めるしかなかった。

滝ノ上温泉 滝峡荘

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Nagano

by Days posted at 2008-04-26 22:00 last modified 2008-05-13 19:16
聖火はどこ?

共同通信などによると、中国政府はダライ・ラマ14世関係者との会談を準備しているようだ。対話再開はダライ・ラマも歓迎しており、実現すれば欧米諸国の北京五輪開催に対する見方も変わってくるだろう。
一方、同じく共同電によると、26日の人民日報は「民族問題ではなく、中国の分裂にかかわる問題だ」とする評論を掲載し、チベット自治区が成立した1965年以降のチベットに対する投資政策を強調、チベット問題で中国政府が従来の原則的立場を崩す考えはないことを示している。
外には譲歩姿勢を示し、中には強攻策をアピールして支持を求める。13億の国民をなだめ、世界に窓を開くのは、よほどの政治力がなければ無理だろう。中国政府は綱渡りの対応を迫られている。ちなみにチベット人の人口は約600万人だから、チベットが独立したとしても13億に変わりはない。
一方で、チベットにも同じような状況が起きているのではないだろうか。ダライ・ラマは一貫して五輪開催には反対しないこと、独立を目指してはいないこと、暴力を否定することを世界に対して訴えている。チベット人はもちろんダライ・ラマに帰依し、それを頭で納得しているのだが、それでも中国人に理不尽な扱いを受けると、つい体が動いてしまう。青年会議は亡命政府のあるインド・ダラムサラからチベットへの「帰郷行進」を始めとして逮捕も辞さないアピールを展開し、SFTは世界各国を巡る五輪聖火リレーへの抗議を呼びかけている。
ダライ・ラマは二枚舌だ、言っていることとやっていることが違う、「嘘つき」だと新華社はさんざん批判しているが、その非はダライ・ラマにではなく、チベット人の義侠心の厚さに起因しているのではないだろうか。そして、その義侠心を呼び起こしているのはチベット人を差別し、貶めている中国人そのものなのだ。

1998年の冬季五輪開催地、長野にも北京五輪の聖火リレーがやってきた。当初出発式を予定していた善光寺は、抗議を受けて開催地を返上。代わりに出発式と同じ時間に、チベットでの一連の抗議行動で亡くなったチベット人と中国人あわせて36人の追悼法要が行われた。
聖火リレーは90人の警官に護られて、バスで長野入りした中国人留学生が五星紅旗を振り、声援を送る中、ほぼ順調に予定のコースを回り、予定より若干遅れてゴール地点の若里公園に到着した。
その間、市内各所でチベット旗を持った支援者と、中国人との間で睨み合いや小競り合いが続き、旗の奪い合いや暴行事件などが起きてしまった。まるで長野が北京になってしまったかのようだった。市民を守るはずの警察官は、聖火や中国大使ら関係者の警備に無我夢中で、聖火が通り過ぎた後のコースで起きたそれらの事件にはまったく手が回わっていなかった。
この異様な雰囲気の中で行われた聖火リレーが、長野市民の目にはどのように映ったのだろうか。また彼らは北京五輪をどのような目で観るだろうか。
作り笑顔の「嘘つき」はどちらなのか、長野市民に聞いてみたらいい、と思う。

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The Olympic torch is at Chinese Base camp

by Days posted at 2008-04-28 23:45 last modified 2008-05-13 19:17

EverestNews.comより、エベレスト登頂を目指す聖火の行方。4/28は、天気さえ順調なら第一次隊が8300メートルの最終キャンプから頂上を目指す予定だった。

聖火は中国側ベースキャンプに到着。が、28日の頂上アタックは行われないだろう。ネパール側に好天が伝えられる一方、中国側は天気の悪さを気にし続けている。引き続き見守ろう。

(前報)予定されていた8300メートルからの頂上アタックは、4月28日には行われない見込みだ。中国当局がそれをどの程度延期するかは、国家機密になっているようだ。5月に入るまでは無理だろう。
登頂が遅れれば遅れるほど、南側の商業登山隊はやきもきすることになる。

聖火登山隊は3次まで予定されているという。中国政府はチベット側(中国側)BCへの立ち入りを5月10日まで規制しており、ネパール側からの登頂規制もそれに合わせているようだ。報道陣がBCに入れるのは1日1回かぎり、携帯電話の通話も制限されているらしい。
読売新聞によると、ネパール側ではC2に25人の特別治安部隊が配置され、必要に応じて発砲まで許可されているらしい(これはあくまで中国へのポーズで、絶対に発砲なんかはしないだろう、とシェルパ族に詳しい知人は語る)。

既に昨年5月には聖火のためのテスト登頂が行われている。万が一今回登頂できなくても、昨年の映像で誤摩化すのではないかという意地悪な声も聞かれる。
そんなに天気の悪化を心配するのなら、さっさと撤退したらいいのに。むしろ今年無理して登るよりはそっちのほうが断然マシだ。時間を気にした無理なアタックが遭難につながれば、聖火リレーどころじゃなくなるだろう。

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Hu Jintao Comes to Tokyo

by Days posted at 2008-05-06 23:55 last modified 2008-05-13 19:11
5/6青山デモ

Tibet.netによると、29日、カンゼ(甘孜)州、タウ(道孚)では、1989年の抗議行動で最初に蜂起して逮捕、投獄されたナツォ・ゴンパの元僧侶のNyima Drakpa(41)が、警告や令状もなしに公安にまた逮捕されたという。

広東省深センでは、国際世論に促されて、北京政府とチベット代表とが対話を再開。ロディ・ギャリ、ケルサング・ギャルツェンの2人の特使が共産党統一戦線工作部代表と4日に会談を行った。ダラムサラへの帰路、ロディ・ギャリ氏は「よい一歩を踏み出した」と語り、対話継続への希望を示したが、次回会談は未定。4日の会談の詳細は7日に明らかになる見込み

米国の駐ネパール大使、ナンシー・パウエルは1日、ネパールのコイララ暫定首相と会談し、カトマンズで行われているチベット人の抗議活動への過度な取り締まりを抑制するように申し入れた。コイララ首相は、ネパールは「ひとつの中国」という中国政府に異議を唱えることができず、いかなる反中国的活動もネパール国内では容認できないという従来からの方針を繰り返すだけだったという。

そして東京には、1989年に戒厳令下でチベット人に徹底的な弾圧を指示した当時の西蔵自治区共産党書記、胡錦濤中国共産党総書記が来日した。
昨年から予定されていたこととは言え、4月26日に大混乱の中長野市で聖火リレーが行われ、6月に洞爺湖サミット、8月にオリンピックを控えたこの時期というのは、非常に因縁めいた組み合わせだ。折しも上野動物園ではパンダのリンリンが亡くなった直後。代わりのパンダを手みやげに市民外交を仕掛けてくるあたり、なかなか日本の世論を研究していると思われる。が、そもそもパンダが住んでいるのはチベットで、中国ではないのだ。
胡錦濤来日に合わせて、東京・外苑では「チベットを救え!大集会&デモ行進」が行われ、パンダの着ぐるみも「チベットのパンダを盗んで、日本の子供をだますな」と訴えた。日本青年館には開会の1時間前から500人以上が列を作って並び、会場は満席に。隣接する明治公園に集合した参加者と合わせ、主催者発表で4200人が青山、表参道を経てシュプレヒコールを上げながら約1時間にわたってデモ行進した。
到着地点となった代々木公園では、チベット旗以外にも青い東トルキスタン旗、緑の台湾旗も掲げられ、チベット人の蜂起に連帯した内モンゴル、ウイグル、台湾、ミャンマー、ベトナム、北朝鮮、そして中国の民主活動家がそれぞれに思いを語り、胡錦濤政権への抗議を示した。
一部の参加者は、福田首相の招きで夕食会が行われる日比谷公園へ、さらに抗議活動を激化させていった。

エベレスト登頂を目指す聖火登山隊は、降雪により停滞を余儀なくされている。予定されていた3回のアタックの日程は使い果たしてしまい、登頂はさらに延期されるようだ。

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Re:Hu Jintao Comes to Tokyo

Posted by にだて at 2008-05-08 12:35

パンダはチベットの動物、って言われてみるまで気づかなかった。確かにその通りだわ。

Banboo Crisis with Giant Panda

by Days posted at 2008-05-14 01:20 last modified 2008-05-14 02:55

ビルマのサイクロン、四川(カム)を震源とする地震で大変なときに、新華網でこんなワイドショー的記事が混じっているのを見つけた。パンダはチベットに住んでいるのだが、昨年中国政府が完成させた最大のパンダ研究施設、臥竜ジャイアントパンダ保護研究センターが今回の震災で音信不通になっており、被災状況もまだわからないようだ。

一方、成都郊外にある成都大熊猫繁育研究基地は特に被害もなく、60頭余りのパンダも無事で、きょうも通常通り観光客が訪れていたようだが、新華網によると別の問題が生じているらしい。

「現在最も恐れるのは、地震の影響でパンダの食糧となる竹の葉が十分に調達できないことだ」と大熊猫基地の責任者は取材に答えた。
基地には46頭の成体のパンダがいて、1頭あたりパンダは25キロ以上の竹の葉を主食とするため、基地全体では1トン以上の竹の葉が必要になる計算になる。竹の葉の産地は主に汶川、崇州、彭州などで、これらはいずれも地震の被災地である。
「新鮮な竹の葉がちゃんと調達できれば、パンダがひもじい思いをすることもないのですが」と責任者は語った。
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臥竜のパンダ、86頭は無事

Posted by days at 2008-05-14 03:35

13日21:50の新華網によると、四川省林業庁が衛星電話で臥竜と連絡をつけ、86頭の無事を
確認したとのこと。子パンダは危険のない場所に避難させている。
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-05/13/content_8163568.htm

Traveling Soul

by Days posted at 2008-07-15 01:30 last modified 2008-08-12 16:13
シール・エミコさん

どんなに仕事が忙しいときでも、どんなに気持ちが落ち込んでいるときでも、どんなに足取りが重いときでも、この人に会うと励まされた。勇気をもらった。走り出したくなった。
初めて会ったのは、数ヶ月かけて準備した大きなイベントの会場で、わざわざ奈良から東京に来てもらったのだ。みんながすごい人だと言うから、興味津々だったのだけれど、見た目は小柄でぴょんぴょん跳ねそうな女の人だった。そのとき既に、がんという悪い病をどうにか乗り越えようとしているところで、治療のために短く切った髪が、逆に活発な感じに見せていた。何よりもキラキラと輝く目。この人が、人生をかけて自転車で世界一周をしようとしているのだ。

シール・エミコさんは、オーストラリアをバイクで旅行中、自転車で世界一周を企んでいたスティーブ・シールさんと出会い、一緒に自転車旅を始めた。11年目の2000年、タリム盆地からクンジュラプ峠を越えてパキスタンに入ったときにがんを患っていることがわかり、イスラマバードで旅を中断して急遽帰国した。半年間の入院とその後の療養生活。自然たっぷりの奈良の農家に住むようになって、めきめきと健康を回復。イベントに現れたのはその頃だったけれど、その後、奇跡のように再び自転車旅を再開できるまでになった。
2004年にイスラマバードからスティーブと二人で旅を再開。まずはパキスタンからインド、ネパール。いったん帰国して体調を整え、続いてネパールからチベット、中国、ラオス、タイと、少しずつ旅を続けた。今年2月には一歩も歩けないほど猛烈な砂塵の中、チベット高原を走り抜けた話を聞かせてくれた。つらかった高原からメコン川に沿って熱帯の国へ走り下ったことを話す笑顔から、もうがんが完治したのではないかと私は見てとった。

「残念なお知らせをしなくてはなりません。がんが再発しました。今後のことは主治医とよく話し合っていきます」‥‥。こんなメイルが転送されてきたときには、私もぶん殴られたように思った。またすぐ入院するという。
その後、奈良の家を訪ねたやまべくんによると、旅の続きに向けて間もなく農家を引き払うことにしていたから、当分入院するとなると引っ越し先も考えなくてはならず、亭主のスティーブはてんてこ舞いだそうだ。
そんなに簡単に治る病気ではないと、誰もが知っている。だからこそ、旅を続けることに意欲を燃やすエミコさんには誰もが励まされた。今度は自分が彼女を励ます番だと思う。

彼女の旅をずっと支援してきたモンベルが、「シール・エミコ支援基金」を立ち上げ、支援金と応援メッセージの受付を始めた。やまべくんは千羽鶴を折るのだという。直接はカンパを送ったり、千羽鶴で励ましたりすることしかできないけれど、もらった勇気を生かして、日々をきちんと生きることが、何よりも彼女を元気づけることになるのだと思う。
エミちゃん、がんばって!

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China Leans on Nepal

by Days posted at 2008-07-27 00:29 last modified 2008-07-27 00:29

ニューヨークに本部を置く人権団体「ヒューマンライツ・ウォッチ」は24日、ネパールにおけるチベット人への人権侵害と中国政府の圧力に関するリポートを発表した。
リポートによれば、ネパール政府は、中国政府の圧力により、2008年3月以来デモへの取り締まりを強め、チベット人数百人を逮捕して彼らの権利を制限しているとしており、とりわけカトマンズでのデモ参加者に対する警察の過度な武力行使、独断的な逮捕、逮捕した女性に対する性的嫌がらせ、予防拘禁、拘束中の殴打などを伝えている。
ネパール政府は3月10日から7月18日までの間、延べ8,350人を逮捕した。デモは現在も散発的に続いており、多くの逮捕者は複数回逮捕されているという。
「ヒューマンライツ・ウォッチ」のプレスリリースは、抗議参加者のインタビューを載せている。

警官に頭を殴られ、地面に倒れるまで、私は平和的にデモを行っていました。3人の警官が警棒で足を殴り、逃げていきました。その後私は通行人に助けられました。私の両足とも骨折していました。左足は二度と元通りにはならないと、医師に言われました。(25歳のチベット人、カトマンズにて3月19日)

私たちの祖国について本当のことを知ってほしい、国連と人権委員会に正義を求めて、私たちは抗議を行っているのです。私たちはチベットの現状について他の国々の人たちに知ってほしい。それが狙いです。(スワヤンプの尼僧、カトマンズにて3月29日)

警察が私の友人を連行しようとしたので、それを停めようとしました。警官が私を警棒で殴ろうとして、私は腕でそれを防ぎました。それで腕を怪我しました。地面に倒れたところを、さらに殴られました。背中に大きなあざが残りました。歩けなかったので、私の友人が起こしてくれました。それで友人も私もバンに乗せられて連行されました。(25歳のデモ参加者)

総選挙後の主導権争いを経て、来週からは組閣が始まるだろう。ネパール国籍を取り、その選挙に「ネパール国土開発党」を率いて名乗りを上げた宮原巍(たかし)さんによれば、ネパールの政治は政党間の足の引っ張り合いが続いており、1990年の最初の選挙以来、悪くなる一方だという。
インド国境の平原地帯ではマデシが高度な自治権を要求しており、これにはインドの圧力が働いていると言われる。このままでは国自体がバラバラになりかねない、と宮原さんは強い危機感を持っている。その内政の混乱を、北と南の2つの大国が虎視眈々と狙っているようだ。

政治的解決にはまだ時間がかかりそうだ。日本に住むチベット人にも、ネパールのチベットコミュニティ出身者が多い。いまはとにかく、直接的な暴力を止めるよう、在日ネパール大使に手紙を書こう

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"Missing 17 Friends" on TV

by Days posted at 2008-07-31 14:28 last modified 2008-07-31 14:28

小林尚礼さんからお知らせ。私も全国放送を待ち望んでいました。

東チベットの聖山カワカブ(梅里雪山)の番組が、衛星放送で放映されることになりました。
前回は関東のみでしたが、今回は全国で受信可能です。
この機会に、ぜひご覧ください。

ドキュメンタリー番組『梅里雪山 17人の友を探して』が再放送されます
8月2日(土)15:00〜16:30  BS日テレ(衛星放送)  *全国で視聴可
http://www.k2.dion.ne.jp/~bako/news-NTV2008.html

【内容】
 中国雲南省の梅里雪山(6740m)で起こった、史上最悪の山岳遭難。
 そこで亡くなった17人の友を、探し続ける男がいる。
 美しい雪山を背景にして、厳しい遺体捜索活動、遺族との旅、チベット族の村人との交流を見つめる。
 原作は、『梅里雪山 十七人の友を探して』(山と溪谷社)。
 俳優・小栗旬が、ドキュメンタリー初ナレーション。
『梅里雪山 十七人の友を探して』

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Raft Down on Amazon

by Days posted at 2008-08-31 20:57 last modified 2008-08-31 20:57

2005年に北米大陸横断マラソンをひとりで成功させた坪井伸吾さんより、東京海外旅行研究会での講演のお知らせ。今回は15年前にアマゾン川5000キロをいかだで下った話が中心。彼のアマゾンの旅を綴った『アマゾン漂流日記』は、いまやブラジルへ向かう冒険者のバイブルとなっている。バイク、いかだ、マラソンと、進化するツボイ流冒険術の話が聞けそうだ。

■日時:9月20日(土)13:30〜
■場所:目黒区民センター 社会教育館7階 第3研修室
■参加費:会員300円/一般500円

■スケジュール:
○旅行報告・旅行情報発表 13:30〜14:50

○講演会 15:00〜16:30
タイトル:「アマゾン川イカダ下り5000キロ」のおはなし
内容:自作のイカダで、アマゾン川 5000kmを143日かけて下ったその体験を語って
いただきます。
なお、その体験は『アマゾン漂流日記』(窓社)という本としてまとめられ、椎名誠
氏も絶賛されています。

講師:坪井伸吾(つぼい しんご)
(プロフィール)21歳で北米をバイクで横断。これを皮切りに、オーストラリア、
ヨーロッパを一周、南北アメリカ大陸縦断。アフリ力・中東を走り、93年にはアマ
ゾン川5000キロをイカダで下る。旅の最中に世界の大物釣りにも挑戦。2005年5月〜
11月、北米大陸5400キロをマラソン単独横断。現在はフリーライター。著書に『アマ
ゾン漂流日記』『僕流その日暮らし』

○旅行報告・旅行情報発表 16:30〜17:15

○事務局連絡 17:15〜17:30

○会報発送作業 17:30〜17:45
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Dewachen Live in Campsite

by Days posted at 2008-09-11 01:16 last modified 2008-09-11 14:36
根っこプログラム
根っこフライヤー

ときにはチベット語を唱え、ときにはホーミーを奏でるソナムを中心とした「極楽民族楽器集団」デワチェンのライブが、今週末14日に岐阜県恵那市の保古の湖キャンプ場で行われるとの情報をキャッチ。
13日〜15日に行われる「根っこまつり」というイベントのステージのトリで、プログラムによれば出演は14日夜、21時かららしい。
その後には22時から「チベットに関する映画上映」の文字が(「ヒマラヤを越える子どもたち」と「チベット・チベット」だそう)。静かな高原で、寝られない夜になりそう。
連休だし、衝動的に中央道を走って行ってしまうかも。

Dewachen Dewachen
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by administrator last modified 2008-05-10 02:27
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re: Dewachen Live in Campsite

by Days posted at 2008-09-18 23:40 last modified 2008-09-19 01:33

結局、恵那までクルマを飛ばして、行ってきてしまった。
会場のキャンプ場へ行く前に、町中で月見だんごを買い、日が暮れてからすすきと一緒に、月のうさぎにお供え。旧友の子どもたちと一緒に満月を愛でる。こんなに明るい月は、何年ぶりだろう。
その月光浴の中で、この日最後のステージがデワチェン。始まりの宴、ターラ、風音となかなかチベット色濃い、不思議な音楽に酔いしれた。

Dewachen@根っこまつり
Dewachenの聴衆

Dewachen Live in Campsite Dewachen Live in Campsite
Size 787 - File type text/plain
by administrator last modified 2008-05-10 02:27
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Death of Kulakangri

by Days posted at 2008-10-06 01:53 last modified 2008-10-06 01:53
1988年5月5日の興奮を、私はまだ忘れていない。快晴のエベレスト山頂。雲をはるか足下に見ながら、カメラはぐるりと360度の光景をテレビに映し出す。日本テレビのチョモランマ登山調査隊が、史上初めて世界最高所からのテレビ中継を実現させた瞬間だった。
EverrestNews.comによれば、この日登頂した日中ネパール友好中継隊は中国人4人、日本人5人、ネパール人(シェルパ)3人で、これで1953年のヒラリー卿とテンジン・シェルパ以来223人がエベレストに登頂した。余談だが、エベレストへの登頂者はその後加速度的に増え、集計されている2003年までで累計2249人、北京五輪の影響のあった今年だけでさえ290人以上が登頂しているという。

5人の日本人のうち、山田昇と三枝照雄はその翌年、マッキンリーで消息を絶った。残る隊員のひとり、中村進さんはその後、94年にクロスカントリースキーで南極点に到達し、78年の日本人初北極点到達と合わせ、日本人初の「三極点到達者」となった。
登山に留まらないユニークな活動を続ける中村さんは、冒頭に書いたように私にとっては地球の素晴らしさを映像で伝える日本には数少ない冒険的映像ディレクターであり、一時は本気で中村さんの後を追ってカメラを回せるようになろうと目指していたこともあったぐらいだ。
退職してからも郷里の群馬で活動を続けていると聞いたのが、まさかクーラカンリで雪崩にやられるとは。先週水曜日に悲報が伝えられたときには、本当に落ち込んだ。

クーラカンリ(庫拉崗日)登山の計画を調べれば調べるほど、それが無謀な登山だったとはとても思えない。縦走の計画だったが、そこまで至らない主峰ルート工作中の悲劇。それでもヒマラヤはやはり未知の世界なのだ。
同じチベットのチョー・オユーでも、10月4日に登頂したヨーロッパの登山隊が、7600メートル付近でここ数日の間に遭難したと思われる遺体を発見したと報告している。

一方、チベット地元メディアの「西蔵信息中心」は、羊八井登山センターからニエンチェン・タングラ山脈の西にある6206メートルの山まで「西蔵登山大会」が行われ、72人が参加して60人が登頂したという記事を掲載している。
チベット自治区体育局長の談話では、この大会の成功が中国登山界とチベット体育事業にとって重要な指標になるのだという。いままだクーラカンリで遭難者の収容作業に当たっている登山隊員がこれを読んだら、どう感じるだろうか。
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Cog-way

by Days posted at 2008-10-20 18:40 last modified 2008-10-21 02:33

山崎美緒さんから。

今年の『コグウェイfor STOP AIDS』ですが、今年は11月30日の開催が決
定しました〜!!!

12時〜:神宮外苑前サイクリングコース集合
15時〜:増上寺にてエイズ撲滅祈祷

お寺で世界のエイズがなくなるように皆でお祈りをします!!
寺と自転車がエイズをとめる!

そして今年もベストレッドドレッサー賞、やります。

みなさま11月30日空けておいてください。
どうせ走るなら誰かのために、エイズ予防サイクリング、ご協
力よろしくお願いします!!!!!
Cogway Cogway
Size 1599 - File type text/html
by administrator last modified 2008-05-10 02:27
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Island of Amawari

by Days posted at 2008-10-29 22:55 last modified 2008-10-30 00:44
濃密な公民館でのパフォーマンス

沖縄で「南島詩人」平田大一さんに会った。
沖縄とは言え、今回訪ねたのは足を踏み入れたことのない勝連半島から海中道路を4.7キロ走って、さらに橋を渡った先の浜比嘉島。内地と沖縄との違い以上に、那覇のような大都会との違いを思い知らされる時間の停まった島だ。それが人々を惹き付けてもいるのだが。
浜と比嘉の2つの集落からなる浜比嘉島の比嘉地区にある公民館、正式には農村環境改善センターで行われたイベントに、平田さんは来てくれたのだ。

演出家として知られる平田さんについては、本も出ているし、テレビドラマも作られているので、あまり書くこともないだろう。ただあまりにも強烈だったので書いておきたいのは、学生時代を過ごした東京から、故郷の小浜島に戻ってから始めた「きび苅り援農隊」のことだ。「1日で手の皮をむき、3日で肩の皮をむき、7日で心の皮をむこう」この合い言葉がふるっている。子どものころから嫌でたまらなかった家族総出での仕事、きび苅りを、島外から人を集めるほどの観光資源に仕立てたのは、「南島詩人」の人の魅力だと思った。
冬から春にかけての魚沼では「雪下ろし隊」が活躍していたり、冬の旭山動物園が全国ナンバーワンの集客を達成したり、地理的なデメリットを逆手に取った体験型ツーリズムが脚光を浴びているが、「きび苅り援農隊」はその先駆けではなかっただろうか。

平田さんは浜比嘉に10人の高校生を引き連れて来ていた。勝連町教育委員会に招かれた平田さんを演出監督として作った子どもたちによるミュージカル、「肝高の阿麻和利」に出演する「あまわり浪漫の会」の高校生たちだった。
早い時間から楽屋で衣装を合わせ、メイクを施し、作戦会議をしていると思いきや、平田さんの話の合間に演舞を披露してくれた。この高校生たちの目の輝き! それが、平田さんの、いや沖縄のいちばんの宝ではないかと思う。

翌朝、阿麻和利の居城であり、ミュージカルが初演された勝連城跡に行ってみた。半島にそびえ立つこの城は、イノー(礁域)と呼ばれ、島々に囲まれて潮の満ち干によって信じられないほど広い干潟が出現する豊かな海を手中にする「海の城」だったのではないだろうか。
琉球王朝に歯向かって勇敢に闘った肝高の阿麻和利の志は、海の子どもたちに確実に受け継がれている。

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Traveler in the Sky

by Days posted at 2008-11-20 23:55 last modified 2008-11-21 00:08

「天空の旅人」多胡光純さんの番組が、今週日曜日にNHKで放送される。
毎年恒例となった日本列島の紅葉を北海道から九州へモーターパラグライダーの空撮で追う企画。もう3年目だそうだ。

NHK総合/NHKデジタル総合
放送日:2008年11月24日(祝日)
放送時間:午前8:35(75分)
秋を彩る日本の「紅葉」。昔から人々はそのあでやかな光景に心奪われ、はかなく散り行く姿に時の移ろいを感じてきた。日本人の心をも染める錦秋の世界を、カメラマンの多胡光純がモーターパラグライダーを自在に操り、まるで鳥のように自由なまなざしで見つめてきた。北海道の大雪山からスタートして3年目。今回は白川郷、吉野山、大山、などを飛んだ。じゅうたんのような極彩色の山々をこれまでにない迫力の映像で描く。

結婚して引っ越してしまってから、かなりごぶさたなのだけれど、こうやって活躍しているのを聞くと、元気そうで良かったと思う。彼の妻あるみさんは、地上からフライトをサポートしながら、自分でも木工芸の工房を営む才媛なのだ。ちょっとうらやましい。

もうひとつはカトマンズから、温かそうな手芸品のお知らせ。渡辺香織さんのcooluでは、フェルトルームシューズの販売を始めた。
渡辺さんは冬だけでなく、夏場も手放せなかったという自信作だそうだ。
京都も冬場はかなり冷えるので、クリスマス準備で急がしそうな多胡夫妻の工房に送ってはどうかと思案している。

フェルトルームシューズ

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Ishiuchi

by Days posted at 2009-01-15 02:22 last modified 2009-01-15 02:22
2009-01-12石打丸山

10日から12日まで3日間、子どもたちを引き連れて、石打丸山に行って来た。リヒトの保育園友達に、祖母が石打出身の女の子がいて、その縁で5歳児7人、その兄弟姉妹3人、親ども11人という大所帯で、スキー場の真ん中のヒュッテに泊まらせてもらった。
いったん山の上に上がってしまえば、大雪でも吹雪でも、滑るしかない(おかげで今年一番の上越と思えないほどパフパフの雪を堪能することができた)。お昼ご飯は他のスキー客と同じようにラーメンやカレーライスを作ってもらっていただき、夕ご飯は17時半からコシヒカリと越後特産もちぶたのトンカツ。夜も下に降りないとどこへも行けないから、また滑るしかない(幸いにしてそれほど寒くなく、楽しめた)。で、朝は朝食前に8時から一滑りというわけだ。
また今度お世話になります!

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Wi la mola

『ウィ・ラ・モラ オオカミ犬ウルフィーとの旅路』

by Days posted at 2009-01-23 01:54 last modified 2009-01-23 02:06
カナダの森で出会ったオオカミ犬。
美しい、小さな森の命に、私は完全に恋に落ちてしまった−

12月に嬉しい知らせが届いた。ウルフィーの本が出るというのだ。
千恵さんから年賀状代わりのメイルで発売日を教えてもらい、その日に都心の書店に行ったのにまだ配本されていなくて、ネットで注文して今週ようやく手に入れた。懐かしいエピソードの数々、そして初めて知る体験談。2004年の千恵さんの旅は、こんなにも深いものだったのだと、改めて実感した。

千恵さんとカツさんは獨協大学探検部出身で、在学中から何度もカナダのマッケンジー河流域を旅しながら、フィールドワークをしていた。
当時千恵さんは、カツさんと彼がマッケンジー河流域から連れ帰って来たオオカミの血の入ったラフカイと一緒に東京の山奥で暮らしていて、マッケンジーの話が面白いのでぜひ翌月のイベントで話してほしいと私から依頼のメイルを送っていたところが、なかなか返事が来ずにやきもきしていた。
1週間経って、「今、ユーコン準州のホワイトホースにいます」と返事が来た。必ずそのイベントに間に合うように帰国します、と。
人づてに、千恵さんはカナダで、人生を方向付けるような運命的な出会いをしたようだ、と聞いた。
そしてそのイベントに彼らが連れて来たのが、白い毛並みの精悍な少年犬、ウルフィーだった。

どうして彼女がオオカミ犬を連れて旅をすることになったのか、その「運命的な出会い」、そしてウルフィーが導いた太平洋沿岸の動物たちとの不思議なつながりについては、その本『ウィ・ラ・モラ オオカミ犬ウルフィーとの旅路』をぜひ手にとってほしい。
副題からつい興味はウルフィーのほうに行ってしまうけれど、読み応えがあるのはむしろ千恵さんの旅の方法であり、考え方であり、行く先々で出会う人との接し方である。どうしてここまでナチュラルに生きることができるのか、思わずうらやましくなる。包容力のあるカナダの土地と、明るい彼女の性格と、偶然降って来たウルフィーとが生んだ奇跡の旅の物語と言っていいかもしれない。
「ウィ・ラ・モラ」とは、アラートベイの先住民の言葉で "We are all traveling together" の意味。そう、人生は旅なのだ。そのことを千恵さんはこの本で噛んで含むように教えてくれる。

ウィ・ラ・モラ

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不覚にも。

Posted by akken at 2009-01-23 01:54

美しいカバー。
ほぼ毎週行ってる出版社の編集部なのに
不覚にも気付きませんでした。
次回、要チェックします。

akkenありがとう。

Posted by days at 2009-01-23 01:54

実はカバーは真っ白で、写真の部分は帯なのです:)

Yukon Quest 2009

by Days posted at 2009-02-14 23:40 last modified 2009-02-15 00:38
travelyukon.com

今年もユーコン・クエストの季節がやってきた。いよいよきょう14日11時、カナダ・ユーコン準州のホワイトホースからスタート。あと4時間ちょっとだ。

2006年、2007年とチャレンジした本多有香さんが今年は2年ぶりに1600キロのレースに挑んでいる。前回は相棒の一頭を失ってドーソンでリタイアし、ユーコンに戻って来れるかどうか心配していたのだけれど、そのチャンスをつかんだのはやはり彼女の力だと思う。
本多さんの出走順位は24位。スタートから3分おきに出走するそうなので、彼女が実際に走り出すのは12:12頃になりそうだ。
アラスカ州のフェアバンクスまで1000マイルちょうど。14頭の相棒たちとともに、2週間の長丁場。せめて無事に完走できるように、あわよくばトップ集団に入っているように、彼女の幸運を祈りたい。

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Run to Dawson City

by Days posted at 2009-02-19 09:40 last modified 2009-02-19 14:42
Yukon Quest musher Yuka Honda, left, follows Yukon Quest 300 musher Bill Cotter into the McCabe Creek dog drop. Photo by Scott Chesney.

ユーコン・クエスト続報。Rece Updatesによれば、トップ集団が17日22時すぎ(日本ではきのう午後)に中間点少し手前のチェックポイント、ドーソンシティに到着。ホワイトホースから451マイルを約3日強で駆け抜けたことになる。犬ぞりの速さとはとても思えない。

本多有香さんはそれより99マイル手前のScroggie Creekで短い休息を取り、18日昼すぎ(日本ではけさ)からドーソンシティへ向かって先頭集団を追いかけ始めている。目下20位。7時間の短い休息は、主に仲間の犬のため。健康をチェックしたり、脚の手当をしたりしていると、自分の睡眠時間はほぼなくなってしまうそうだ。
写真は16日McCabe Creekで、"Yukon Quest 300" にエントリーしているビル・コッターを追う本多有香さん。yukonquest.comより。

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Mushers arrived in Dawson City

by Days posted at 2009-02-20 18:55 last modified 2009-02-20 15:55

ユーコン・クエストの本多有香さん、19日18:27(日本ではけさ10時すぎ)、日没直後のぎりぎり明るいうちにドーソンシティに到着。Scloggie Creekから28時間以上速いチームは13時間弱)。1時間遅くScloggie Creekを出たIris Wood Suttonとほぼ同じ時間のドーソンシティ到着なので、何かトラブルがあって一緒に走って来たのではないかと思う。犬も3頭減って10頭になっている。
でも写真を見るかぎりは元気そうでよかった。

ドーソンシティでは犬の休息のため、各チーム36時間待機することになっている。ドーソンシティは2007年の挑戦で本多さんがリアイアを余儀なくされた因縁の地。トップ集団はその36時間をもう終えて次のチェックポイントへ走り始めているが、犬も本多さんもしっかり休んでほしい。

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Eagle Checkpoint

by Days posted at 2009-02-23 10:05 last modified 2009-02-23 12:38

ユーコン・クエストのRace Updatesから。本多有香さんはAmerican Summitを越えてカナダからアラスカに入り、22日16:46(日本ではけさ10時前)にEagleチェックポイントに到着。ここで4時間以上の休息が義務づけられているようで、現在休憩中。
現在24チームが大きく4つの集団に分かれてレースを展開している中、21位。最下位集団4チームの先頭を、ほぼ単独で走っているようだ。

先頭はWilliam KleedehnとHugh NeffがCentralチェックポイントの先、最後の難関のRosebut Summitあたりで熾烈なトップ争いをしている。彼らのEagle通過と本多さんと56時間の差がついており、トップは既に233マイル先を走っていることになる

このEagleでは速いチームは規定の4時間ですぐに出発しているが、中には12時間以上の休憩を取るチームもあるようだ。幸いにしてまだ3チームが本多さんを追っている。順位はともかく、犬たちを無事に走らせて今回は楽しみながらレースを完走してほしいと願う。フェアバンクスではきっと喜びが待っている。

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Turtle Wins

by Days posted at 2009-02-26 03:13 last modified 2009-02-26 12:17

ユーコン・クエストは、24日10:44(日本では25日未明)、Sebastian Schnuelle が Hugh Neff と大接戦の末、なんとか逃げ切ってフェアバンクスにゴールした。
Schnuelleは途中のCentralチェックポイントまで5位、第2集団につけていたのがじりじりと順位を上げて、最後のTwo RiversチェックポイントでNeffを追い抜いた。ウサギとカメほどではないけれど、それを地で行くレース展開となった。それでもフェアバンクス到着はわずか4分差。もしゴールがあと10キロ先だったら、Neffに抜かれていた計算になる。

一方、本多由香さんは現在22チーム中20位で、Circle Cityチェックポイントを24日23:02(日本では25日16時すぎ)に出発。順調に行けば、あと数時間で次のCentralチェックポイントに姿を現すはずだ。

12:00追記

本多由香さんは25日15:25(日本ではけさ8時すぎ)にCentralチェックポイントに無事到着した。
この先には最後の難関、約800メートル以上の急登、Eagle Summitが控えている。この峠では15位だったKyla Boivinが敗退している。これでリタイアは8チームになった。
既に9チームがフェアバンクスにゴールしており、残るは12チーム。本多さんの9頭の犬たちも、ぜひ完走してほしい。Centralチェックポイントからフェアバンクスまで、残り160マイル。

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Yuka Scratched

by Days posted at 2009-02-28 12:53 last modified 2009-02-28 12:53

ユーコン・クエストがまもなく終わる。次々とフェアバンクスにゴールするチームがある一方、疲労からリタイアするチームも続出している。
Eagle Summit越えで残り3チームになっていたのが、27日朝9時(日本では28日の未明)ついに本多由香さんと9頭の犬たちもリタイアした。現在、最後の2チームが最終チェックポイントのTwo Riversを出発してフェアバンクスに向かっている。彼らのゴールで今年のユーコン・クエストが終わってしまう。
CentralチェックポイントからのEagle Summit越え(距離33マイル)を他のチームが4〜6時間で通過する中、本多由香さんは19時間40分かけて、26日夜、かろうじてMile 101 Dog Dropに到着。おそらく犬の疲労が極限に達していたのだろう。翌朝7:39、フェアバンクスを目指して一度はDog Dropを出発したものの、まもなく引き返してリタイア宣言したという。
ホワイトホースから964マイル。ゴールは叶わなかったけれど、12日間のあいだ犬たちと一緒にたったひとりでレースに挑んだ本多さんに賞賛を送りたい。

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The Rainy Table

by Days posted at 2009-03-20 00:40 last modified 2009-03-20 00:40
伊藤ガビン謹製のチラシ

三軒茶屋のシアタートラムへ "The Rainy Table" を観に行く。
かつての玉電、東急世田谷線のターミナル駅に併設された小さな劇場だが、野心的な活動で知られていて、以前は子ども向けのワークショップにうちの子を通わせていたこともある。
で、この公演、知る人ぞ知るダンスカンパニー「珍しいキノコ舞踊団」と新世代のメディアアーティスト「plaplax」のコラボレーションで行われた。この2組を引き合わせたのは、5年前にできたYCAM山口情報芸術センター。大垣のIAMAS、金沢の21世紀美術館と並んで、日本のメディアアートを引っ張っている拠点のひとつが、このYCAM。せわしない東京ではなく、一見地味な地方にこうした拠点ができ、運営が続けられているのは嬉しいことだ。

学生時代、スキー合宿に参加すれば体育の単位代わりになると言うので長野の野沢温泉で合宿をしたことがあったのだが、ここで同室になったのが「珍しいキノコ舞踊団」のプロデュースを手がけるOさんだった。互いに1,2年で体育の単位を取りはぐれ、3年になってから合宿で一気に単位を取ろうと悪だくみしていたのだった。
「珍しいキノコ舞踊団」はその頃まだ、少し毛色の変わった演劇サークルといった見られ方をしていたが、やっている当人たちはかなり本気だった。ステージの背景にプロジェクターで映像を投影するというのは新しい試みだったし、ジョグシャトルで編集されてありえないような速さで踊る映像の中のダンサーと、ステージ上の現実の肉体とが融合して見えるのも、なかなかキノコらしい演出だった。

そして、大学の教授の紹介で関わったメディアアートの高校生向けワークショップで、一緒にアシスタントをやらせてもらった仲間が、plaplaxの近森基くん。このときの5人は他にも建築家や、農業ITコンサルタントなどてんでばらばらに少しずつ変わった方角に転身しているのだが、近森くんは筑波大学大学院時代に文化庁メディア芸術祭のグランプリを取って、一気にメディアアーティストとして開花した。
もう学生の頃から何年も経つのに、別々の知り合いだった人たちが、知らないうちにコラボレーションをしているのが、なんだか可笑しく思える。確かにベクトルは一緒だけれど、近森くんだって今夜まで私が「珍しいキノコ舞踊団」のファンだとは知らなかったのだ。

さてそのステージ。既に山口では2回公演しているが、今夜が東京での初演。客席は完全に埋まって、立ち見もちらほら。
雨音、雷鳴から、テーブルを前にして女の子が椅子に腰掛けているところから、冒険が始まっていく。音楽はBufallo Dauguterの大野由美子、まあるいキュロットが特徴の衣装はAOMI、プロモーション関連のデザインは伊藤ガビン。1970年代生まれにとっては驚くほど豪華なスタッフ。
中盤にはキノコらしい映像とダンスとの融合がこれでもかというほど展開され、それがplaplaxの魔術によってパワーアップしていく。
シアタートラムでのパワフルな公演は、22日まで続く。既にチケットは完売かもしれないが、当日の立ち見でも、体験する価値はある。

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Hanamatsuri in Tokurinji

by Days posted at 2009-04-05 22:45 last modified 2009-04-06 00:43
花まつりの徳林寺

徳林寺本堂

名古屋に行ったついでに、けさ天白区の相生山にある徳林寺に行ってきた。地下鉄野並駅から歩いて20分ほどだそうだ。駅前はバスから地下鉄に乗り換える人々で賑わっているが、地下鉄の延伸工事をしている幹線道路から、住宅街への角を曲がると、お寺の参道に出る。
坂を上がって行くと、静かな境内。ストゥーパが立ち、タルチョがはためいているのが少し変わっているが、本堂に参拝して、僧堂横から裏手に回ると、こんなところにと思うような広い原っぱが広がっていて、驚いた。

この時期、徳林寺では毎年恒例の「花まつり」が行われている。その名のとおり、境内には桜をはじめ、本当にこの時期に合わせたかのように色とりどりの花が咲き、極楽浄土のようになっていた。花まつりというのは灌仏会(釈迦の誕生祝い)のことで、お釈迦様がルンピニーの花園で生まれたことから、そのように呼ぶようになったらしい。
法要、座禅、茶会のほか、ネパール、インド、ヒマラヤ地域の文化、芸術、音楽を取り上げたさまざまな催しが行われ、今年は4日5日の週末に「ヒマラヤを越える子供たち」「Leaving Fear Behind
」「Undercover in Tibet」の上映も行われたそうだ。
ネパール、中国など各地から来日している僧侶、スタッフが一緒になって泊まり込み、食事を作りながらイベントを作り上げるというスタイルを、毎年続けているというのには恐れ入るばかり。
旧知の友人が小学生の息子2人を連れて手伝っているのを訪ねて行ったのだけれど、なんだかそれ以上の収穫で嬉しくなった。
「花まつり」は灌仏会当日の8日まで。

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A Hundred Faces

by Days posted at 2009-05-18 23:35 last modified 2009-05-23 19:19

先週から東中野のポレポレ坐で、長野亮之介画伯の個展が開かれている。ある時は山仕事師、ある時はハーリー大会の選手、ある時はマラソンランナー、そしてある時はモンゴル探検隊の料理人、果たしてその正体は‥‥。

百顔繚乱展--長野亮之介の顔仕事!!

日時:2009年5月12日(火)~5月24日(日)
    火~土:11:30am~11:00pm
    日:11:30am~6:00pm
    月曜日定休

会場:Space & Cafeポレポレ坐
    東京都中野区東中野4-4-1
    03-3227-1405
    JR東中野駅西口・徒歩1分
    都営大江戸線東中野駅A1出口・徒歩1分
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We have Nothing to Lose

by Days posted at 2009-06-04 21:45 last modified 2009-06-05 02:35
2001年、あれから12年後の北京

「学生がただ騒ぐだけでこの大きな国が変わるとも思えない。けれど、事件のために指導者のイメージには明らかに傷がついた。それが良かったのか、悪かったのかは数十年もすれば自然に明らかになるでしょう」。

1989年6月4日の天安門事件の翌年、親しくなった若い中国人記者がのどの奥から絞り出すようにゆっくりと話してくれた言葉をまだ覚えている。ふだんはあれだけ軽口を叩いていたのに、さすがにこの「天安門事件をどう思うか」という質問にはまだ答えにくかったようだ。いま考えるとストレートすぎた。
西域へ向かう車中3泊の長距離列車の中。「花房姑娘」「假行僧」といったコミカルな曲に混じって、「一无所有」(俺たちには何もない)という昨年の事件を連想させるメッセージソングが入った崔健の「新长征路上的摇滚」のカセットが私たちのBGMだった。

あれから20年。記者だった友人はいま中国を離れて暮らすという。北京の火は消えてしまった。

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Mosh Mosh Mosh...

by Days posted at 2009-07-05 22:45 last modified 2009-07-06 16:48

Earch Garden<夏>が無事終わりました。
4日は、“Songs for Tibet from Japan”ディ。ハイスタ、Ultra Brainの難波章浩さんがステージをオーガナイズし、ステージ上からFree Tibetを呼びかけてくれました。
最後は名曲、Under the Rainbowで締め。イントロが流れたとたん、ステージ目がけて走っていく人の波、そしてステージ上からのダイブ‥‥。混じれなかったのが、ちょっと残念。

往年のTibetan Freedom Concertのように、音楽やイベントを入口にして、チベット問題に関心を持ってくれる人が増えると嬉しいです。

Candle Juneさんのステージ

July 4, Earth Garden July 4, Earth Garden
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by administrator last modified 2008-05-10 02:27
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The Dark Harbour

by Days posted at 2009-07-26 22:20 last modified 2009-07-27 01:19
不灯港

「万造、38歳。職業、漁師。嫁、募集中。」というキャッチコピーで、いかにもイケてない主人公が主役の映画『不灯港』。
「漁師万造(俺デス)の恋愛模様を描くハードボイルドな喜劇、という若干変な映画ですが、海外の映画祭でも好評とのことで、老若男女楽しめる内容になっています!」と主演した役者から案内が回って来ていたので、見に行ってきた。
のっけから万造がひとり船のエンジンをかけて漁に出るシーンから始まるが、黙々と網をたぐるばかりで、台詞が出て来ない。港に帰っても、漁師同士の会話に万造は加わらず、全体を通してとにかく台詞が少ない。それゆえ、万造の強烈なキャラクターを形作る「クサイ台詞」が光るのだ。

登場するキャストは両手で数えられるほど。しかし万造のキャラクタ−がストーリーをぐいぐい引っ張る。もうスクリーンから目が離せない。そしてときおりぼそりと呟く台詞に、やられちまうのだ。
ストーリーからは意図的とも思えるぐらい地域性が排除され、台詞にも方言が入らず、舞台がどこかはわからないが、ロケが行われた港は、千倉市の忽戸港だそうだ。「くじらのたれ」で有名な千倉港のすぐ南にある小さな漁港。本当に嫁不足が深刻な場所かと思っていたので、ちょっと意外だったが、まあそういう場所でロケをするのは逆にしんどいかもしれない。

この映画、実はコメディでも、ラブストーリーでもない。強いて言えば、上記の案内にあるとおり「ハードボイルドな」男のロマンを描いたもの。題材は普遍的だし、台詞よりも演技が雄弁なキャストだし、むしろ国内よりも海外で今後どう評価が広がって行くのかが気になる。
ところで万造の「クサイ台詞」がさほどクサイと思えない私は、もうヤバいのだろうか‥‥。

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21st Century Arctic Expedition

by Days posted at 2009-10-03 23:55 last modified 2009-10-04 00:49

まだ機会がないのだけれど、いま私が話を聞きたい人のひとりが、今年のモンベル・チャレンジ・アワードを受賞した山崎哲秀さん。1989年からグリーンランドに通い続け、グリーンランド最北の村、シオラパルクで犬ぞりを習い、北極圏の観測調査を民間で行っている人だ。
北極に吹く強い北風の名前を取り、「アバンナット北極圏環境調査プロジェクト」を2006年から始めている。この計画、名前は環境調査プロジェクトだが、行程はシオラパルクからスミス海峡、レゾリュート、ベーリング海峡に及ぶ21世紀的な探検に他ならない。
その山崎哲秀さんが明日午後、都内で受賞記念講演。10日には大阪で、11月3日にはスルガ銀行がサポートするシリーズセミナー d-log でも講演が予定されている。

モンベル・チャレンジアワード受賞記念講演会
「犬ぞり冒険家が目にした北極の自然、地球環境の変化とは…。」

【東京】 日時:2009年10月4日(日)13:00〜16:00
場所:モンベルクラブ 渋谷店・5Fサロン
   (東京都渋谷区宇田川町11-5 モンベル渋谷ビル5F)
予約:03-5784-4005(モンベルクラブ渋谷店)
参加費:無料

【大阪】 日時:2009年10月10日(土)13:00〜16:00
場所:モンベル本社ビル 3F
   (大阪市西区新町1-33-20、本社ショールームのあるビル)
予約:06-6531-5524(モンベル本社 広報部)(受付時間:平日9:00〜18:00)
参加費:無料

○d-log.047 山崎 哲秀 氏「北極圏をテツが行く」
日時:2009年11月3日(火)14:00〜16:00
場所:東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー7F スルガ銀行 d-labo
参加費:無料
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What Time Do You Dance ?

by Days posted at 2010-01-22 22:40 last modified 2010-01-23 01:30
私が踊るとき

鼻唄を歌いながら、思わず踊っていることはありませんか? つけっぱなしのテレビから、聞き覚えのある古いソウルミュージックがCMのBGMとして流れてきて、その続きをふんふん言いながら、誰もいないリビングでステップを踏んでいる、みたいな。
珍しいキノコ舞踊団の新作『私が踊るとき』は今夜が初日。いったいどんなタイトルなんだ?と訝しみながら足を運ぶと、まあそんなわけで、思わず客席で踊り出したくなるような舞台だった。踊らなかったけど。
75分間、とにかく次から次へと意表を突く演出はさすがキノコ。いたるところで拍手が沸き、思わず「成駒屋!」とかけ声を入れたくなった。入れなかったけど。
最後は喝采。拍手鳴り止まず。

昨年の "The Rainy Table" に続く三軒茶屋での舞台。今回は大きめの世田谷パブリックシアターでの公演なので、当日でもたぶん大丈夫。
25日(月)まで。

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Proses Kesampaian Menjadi Pelahu Kami

by Days posted at 2010-04-29 18:45 last modified 2010-04-30 02:30
『僕らのカヌーができるまで』

探検家の関野吉晴さんが美大に職を得たときには新鮮な感じがしたが、その学生たちに呼びかけて「グレートジャーニー」の続きを一緒にやろうとしていると聞いたときには驚いた。
「グレートジャーニー」は南米からアフリカ、タンザニアまでの人類の足跡を逆にたどる旅で、関野さんは1993年にその旅を始めたときに、エンジンなど動力には頼らず、自分の人力だけで行くことを自らに課した。アラスカからシベリアへアリューシャン列島を渡るときも、カヌーを使って海を渡った。
日本列島にわたってきた日本人の祖先たちの道程をたどる旅のうち、海のルートではインドネシアからフィリピン、台湾、沖縄と、島伝いにカヌーを操ることになる。日本人の祖先はどんなカヌーを使ってやってきたのか、そのカヌーはどうやって作ったのか、船上では何を食べていたのか、こうしたことを学生たちの協力を得て、解き明かしていこうというのだ。

2008年5月、そうしてまず九十九里海岸で砂鉄を集めるところから始まる。カヌーを作るには木がいる。木を伐るには斧がいる。斧を作るには鍛冶の技術と鉄が要って、鉄を作るにはたたらで砂鉄を溶かさなくてはならないのだ。
もちろん科学的実験ではないので、歴史的考察がしっかりしているとは言いがたいが、目的を達成するためのこの連鎖を見いだし、ものを作ることによって実現していく過程は、大学院生が作った映画『僕らのカヌーができるまで』にきちんと描かれている。"proses kesampaian menjadi pelahu kami" とは、そのタイトルのインドネシア語表記。

たたらで製鉄されたケラを、奈良県東吉野村の刀匠、河内國平さんに習って、関野さんとカヌーメンバーの前田次郎さん、佐藤洋平さんが斧に仕立てようと苦戦する。
河内さんはカメラのインタビューに答えて言う。向い鎚をやっている鍛冶はおそらくここだけだろう。向い鎚ではなく、ベルトハンマーでも足りる。むしろベルトハンマーのほうがいいぐらいかもしれない。しかし機械ではなく、人がやるから意味がある。「人間育てるとか、物つくるとか、そんなんちゃうやん」。
単なる教育論として見るにはあまりにももったいない。自分を育てるための孤独な旅の経験が、人と人とをつなげ、他人をも大きく動かしていく奇跡があることを、このフィルムは饒舌に伝えてくれる。

ポレポレ東中野でのレイトショーは明日30日まで。でもきっと今後もどこかで上映が行われるので、要注意だ。

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Why They Stand Up for Puujee

by Days posted at 2010-05-15 15:41 last modified 2010-05-15 15:41
プージェー

関野吉晴さんがモンゴルの草原でプージェーに出会ったのが1999年。短くも濃いプージェーの一家との交流を通して、遊牧民のライフスタイルを描いた映画が完成したのが2006年(私もそのときに感想を書いた)。
以後、国内各地だけでなく、世界中の映画祭に招待され、モンゴルでもテレビ放映されたのだが、5年経って初めてスタッフによる自主上映が先週行われた。いまさらの自主上映は、プージェーの祖母、スレンさんへの応援カンパを募ることだという。
社会主義諸国の経済システムに組み込まれていた時代が終わり、遊牧民は経済システムから完全に外れてしまった。市場経済の中では牧畜が成り立たなくなってしまい、スレンさんの一家も羊を失い、生計を立てることができなくなってしまった。
いまの需給バランスでは、ある程度の規模があれば牧畜を続けることができる。『プージェー』のスタッフは、それを羊、ヤギあわせて200頭と試算した。今後の繁殖や売却で、3年後から現金収入が得られる見込みだ。軌道に乗るまでの生活費はいまの家畜(牛と60頭の羊、ヤギ)の乳製品出荷とスレンさんの年金で賄い、羊、ヤギ200頭を寄付すれば、彼女が牧畜を再開できるとの目論みである。
なんとか今回の上映会で羊、ヤギ200頭分の資金を集めたいというのが、スタッフの願いだ。上映会は明日も行われる。

5月16日(日) 午後6時半開場 午後7時上映
トーク 山田和也監督 + 春風亭昇太さん
料金:1,000円 (当日券あります)
なかのZERO小ホール TEL:03-5340-5000 (JR中野駅南口徒歩8分)
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Climbers on the Edge

The Expedition Day

by Days posted at 2010-09-14 22:25 last modified 2010-11-22 23:40
Courtesy of Kazuya Hiraide

マナスル初登頂、植村直己のエベレスト登頂に連なる日本の山岳界はどのように広がって行くのか、そのフロントラインを明らかにしようという野心的なディスカッション、「ザ・エクスペディション・デー」(主催:日本山岳会・日本山岳協会・毎日新聞社)が9月11日、東京・代々木で行われた。
ステージに登壇した6人は、いわゆる大学山岳部出身の「アルピニスト」の姿とはかなり異なる「エッジな」クライマーたち。短い持ち時間の中でそれぞれの挑戦についてスピーチを行った後、柏澄子さんのコーディネートでディスカッション。

平出和也さん(31)と谷口けいさん(38)は、それぞれヒマラヤの山々に挑んだ結果、登山隊の一員として登るのではなく、2人のパートナー同士としてインド、パキスタン、チベットなどでユニークな登山を楽しむようになった。自身の登攀を映像に残すことを得意とする平出さん。2008年に日本人初のピオレドールを受賞するきっかけとなったカメット南東壁「サムライダイレクト」に挑んだ7日間がまず映像で紹介された。
清涼飲料水のCMに出てくるような絶壁に挑むのだが、「ファイトー!」「いっぱーつ!」というような気合いで登れるような山ではない。4日の予定が結果的に7日になったが、日が暮れて暗くなってからも冗談を言い合いながら着実に高さを稼ぎ、ほんのわずかなスペースに天場を築いて仮眠する彼らの登山の「楽しみ方」にはちょっとしたカルチャーショックを覚える。
「最初は楽しくてしょうがなくて、少しでもこの壁の中にいたいと思った」と平出さん。「よくきたね。やったね、すごいよ。本当にありがとう」。互いの健闘を称え合う登頂直後の谷口さんの言葉が印象的。
とはいえ、そのカメットの翌年に挑んだガウリシャンカールでは頂上の手前、150メートルで敗退した。「失敗から学ぶこと、山に教えられることは多い。おまえたちはここから登らせないぞという威圧感があった。それでも悔しくはない。山をまるごと楽しんでいるから」(平出さん)。
「未知の中に手探りで行くことによって感動もあるし、自分の可能性や限界がわかる。やべえ間違えちゃったかな、帰ろうかなとも思うことはあるけれど、それは山と自分の距離が遠いから。山の麓で何日か暮らすことで次第にその距離が縮まってくる」(谷口さん)。

ビッグマウンテン・スキーヤーとして知られる佐々木大輔さん(33)は、集大成とも言える "END OF THE LINE" を発表後、山岳ガイドとしての活動に軸足を移した。昨年は11月から5ヵ月間、南極観測隊にフィールドアシスタントとして参加。昭和基地から600キロ離れた奥地に滞在するセールロンダーネ地学調査隊の安全管理を担当した。「極限を目指すスキーには自分の経験が生かされているし、そこで培われた判断力は山岳ガイドでも生かされる。それを磨いて行きたい」。
佐々木さんはもともと中学2年のときに山岳ガイドを志し、宮下岳夫さんの紹介で三浦雄一郎スキースクールに通うようになったのが、日本屈指のスキーヤーになるきっかけだった。それゆえ、ただのプロスキーヤーではない。「2003年にデナリ。仲間と努力して登るということが気に入った。その次がパラムシル島。その後、グリーンランドのフィヨルドをシーカヤックにスキーを積んで、2週間旅をしたりした」。そんなユニークな経験が "END OF THE LINE"、そして山岳ガイドの活動につながっている。

佐藤佳幸さん(35)がのめりこんだのはアドベンチャーレース。世界最高峰のレイド・ゴロワーズというレースでは、ボード、MTB、インラインスケート、ラフティング、乗馬‥‥など数々の種目をこなさねばならず、しかも登山だけでも4000〜5000メートルまで登る。基本はチーム参加。ひとりでも脱落したらし失格なので、とにかく仲間と息を合わせるのが重要。
「わからない種目ばかりに取り組んで来たので、やっている人のところに泊まり込んだりしてトレーニング方法を習得してきた」と佐藤さん。「初めてアドベンチャーレースに挑戦したときには何もできなかった。できないから、未知のものにチャレンジできる理由があった。チャレンジするときに応援してくれる人たち、一緒にやってくれる仲間がいたからやれた」。
そんな佐藤さんだが、2007年からはアウトドアスポーツの魅力を伝える映像カメラマンに転身。トレイルランナーでもある「普通の主婦」間瀬ちがやさん(43)を被写体として追っている。
「アドベンチャーレースやトレイルランニングは自然の中で仲間とともに景色を楽しみながらできるのが魅力。映像はアプローチしやすい場所で撮られているので余裕がありそうだが、実際にはもっと極限状況のところが多い。そういうところを映像で紹介したい」と話す。
一方の間瀬さん。「買い物にいくついでに走る。山も好きだから山も走る」。控えめに話すが、2006年のトランスジャパンアルプスレースでは優勝をかっさらった恐るべき「主婦」だ。
そして「冬も走りたい」2人が熱中しているのは、まだ日本ではなじみのない「山岳スキー競技」。山スキーでおなじみのシールをつけたり外したり、標高差約1500メートルのコースを2時間程度で一周するレース。シールの着脱には工夫があり、着けるのは40〜60秒程度、はがすのはべりべりと一瞬。ヨーロッパではメジャーだが、7年目に佐藤さんたちが世界選手権に出たときには、彼らは雑誌で写真を見ただけでレース未体験だったとか。

驚くべきは高校2年生の中嶋徹さん(17)。ソウルフルなクライマーの中嶋岳志さんを父に持ち、瑞牆山、小川山、湯川、鳳来の数々の難グレードルートを完登した挙げ句、2009年夏には英国のピークディストリクト国立公園へ。岩壁を傷つけない、人工物を残さずに登る「トラッドクライミング」で成果を上げて注目され、今年もインターナショナル・クライマーズ・ミーティングに参加するため再び英国で難易度の高いクライミングに挑んだという。
支点がほとんどない岩壁に、するすると登って行く中嶋さんの映像。ロープはあるが「まったく意味がない。落ちたら一巻の終わりというのは精神的に厳しい」。見ていても心臓に悪い。
最初はトップロープで何度もトライして、それで落ちないと確信できてから挑むのだという。「行けると確信してから1時間後ぐらいにそのルートに挑む。緊張でおなかが痛くなったりすることもある。自分の中で葛藤もある。それが集中力の妨げになるので、できるだけそのルートを離れて、散歩したり食事したりしてルートのことをできるだけ考えずにして、戻って来て手早く準備して集中に持って行くようにしている」。こんなことを考えながら登るクライマーが本当に高校生なのだろうか。

「主婦」の間瀬さんがどんなトレーニングをしているのか。「ときには朝、家族を送り出してから富士山に登り、午後帰ってきて家事をしている」という間瀬さんの返答に、「自分の中ではトレーニングは一切していないが、山岳ガイドの仕事でバランスが磨かれている」と続ける佐々木さん。そこから谷口さんと中嶋さんが異口同音に「バランスは非常に重要」と揃えると、「体力的なバランスもあるけど、社会的なバランスも」と唯一会社員の平出さんが反応する。
「エッジなクライマーたちのディカッション」からはもっとピリピリしたやりとりを期待していたが、本当に最前線に立つ人たちというのはむしろ言葉に出さない共感を周りに伝える人たちなのかもしれない。

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Tibetan Music Night in Toyohashi

by Days posted at 2011-02-14 23:41 last modified 2011-02-15 01:52

「チベット版三河漫才」と評される話芸「テカル」で有名なテンジン・ドゥンドゥップさんが、TIPA出身のテンジン・クンサンさんと共に豊橋市で今週末の20日にコンサートを行います。

チベット伝統音楽ライブショー
〜ヒマラヤ山脈からの贈り物〜
2月20日(日)18:00開演

1500円(1ドリンク付き)

*当日は二部構成となります。様々なチベットの伝統音楽をお聞き頂けます。
*お食事はオーダーにてご注文いただけます。

会場:イタリアン&バー カボーロ
(豊橋市松葉町2-66-28 松葉24p正面)

近くの方はぜひ。

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Utazu

by Days posted at 2011-04-30 00:55 last modified 2011-05-05 00:56
2011-04-29伊里前小学校

連休を利用して清掃活動に参加しにやってきたボランティアを案内して、歌津に寄った。伊里前小学校では卒業式が行われていた。その様子を見に行っていたボランティアのひとりが帰ってくるやいなや、感極まったように教えてくれた。
卒業式の記念撮影後、担任の先生が卒業生を津波に流された町内を見下ろす高台の校庭に集め、「最後の話」をしたのだという。
「きみたちの育った町がこんなになってしまった。いまはつらいだろうが、この町をどう立て直すのか、きみたちならどうするか、考えてほしい。これは期限のない宿題。きみたちの手でぜひ立て直してもらいたい」。
今年も変わらず満開になった桜のように、決してくじけずに日々を歩んでほしいと私も思った。

この伊里前小学校と隣接する歌津中学校の児童・生徒を、MTB乗りのマミケンが仲間を集めて支援している。中学校の阿部校長と、小学校の阿部先生のスピーチもぜひWebで観てほしい。

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Motoyoshi, again

by Days posted at 2011-05-09 23:55 last modified 2011-05-11 23:54
2011-05-08陸前小泉

2011-05-08陸前港

土曜日昼の東京での打ち合わせで急遽登米に行くことにして、夕方には新幹線に飛び乗り、21時には現地本部で会議。先月29日に東北新幹線が全線運転再開したので、行くのがだいぶ楽になったが、それにしても無茶だったかもしれない。結局現地スタッフのみなさんを午前2時まで付き合わせてしまった。
日曜日は6時から行動開始。9時に河北、12時に歌津、15時に唐桑と、45号線をひた走り、各地のボランティアセンターの人たちと打ち合わせさせてもらった。
途中、国道45号線の小泉大橋が落橋したために大きく迂回しなければならない小泉では、川を溯ってきた津波に襲われた田畑の脇に、たんぽぽや水仙が咲いていた。野花はたくましく生きている。植物が根を張ってしまう前に、なんとか漂着物を片付けたい。
大型連休の喧噪が嘘のように、ボランティアセンターはどこも静まり返っている。まだまだ人手が必要だ。

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Removing Tiles from Tsunamied Roof

by Days posted at 2011-07-03 23:00 last modified 2011-07-10 02:22
2011-07-03尾浦
女川町尾浦

女川町尾浦にある保福寺の住職、八巻英成さんに誘われて、津波に被災した家屋の屋根から瓦を下ろす作業を手伝った。保福寺は高台にあったためになんとか津波を免れたが、震災当日から71日間に渡って地域の避難所として活用された。その避難所運営をボランティアとして手伝った宮川竜一さんの紹介で、八巻さんと知り合うことになったのだ。

尾浦は沖合にある出島の影になる。ここでは津波は破壊力を持った波というより、前代未聞の高潮というような感じだったらしい。みるみるうちに水位が上昇し、海岸沿いの集落に建つ二階建ての木造家屋を呑み込んでいった。引き波にさらわれた家屋もあれば、まるで被害がなかったように建つ民家もある。そう見えてもすべてが潮に浸った家にはもう住めない。被害がなかったように見えて、土台ごと数メートル流された家もあった。
海岸沿いの集落では高台の数軒を除いて、すべて町の費用で解体することになった。尾浦周辺の4つの集落のうち、指ヶ浜では解体が完了した。竹浦でも解体作業が始まっており、次は御前浜だと言われている。津波に耐えて残った家屋の痕跡を何とかして残したい。解体されてしまえば、単なるがれきになってしまう。八巻さんは建築部材の中でもいちばん長持ちのする瓦に着目し、解体前に屋根から瓦を下ろし、それを寺の本堂裏に保管しておくことにした。瓦を下ろすと言っても、ひとりではできないので、こうして週末に彼の知り合いになった有志が集まったわけだ。私も7歳のリヒトと一緒に参戦した。

2日間の作業で、御前浜と尾浦の7軒の家屋から、4000枚以上の瓦が保福寺に集められた。
復興資金の寄付集めのために利用できないかとか、1枚1枚子供たちに絵を描いてもらったら喜ばれるのではないかとか、災害の記憶を後世に残すためにモニュメントを作れないかとか、八巻さんの頭の中ではまだ次から次へとアイデアが出て来ている段階で、用途が具体的に決まっているわけではなさそうだ。彼の夢の手伝いを、多くの人ができるようになるといいと思う。

海を生業にする人たちの前途は厳しい。港に船はあるが、静かな湾内に点在する牡蠣カゴが壊れ、仕事にならない。地盤沈下した岸壁は満潮時に浸水し、作業ができなくなる。牡蠣剥きの作業所も津波に遭い、建て直さなければならない。女川町は海岸沿いの集落を高台に集団移転する計画を説明しており、これも気がかりだ。
お寺には地域を束ねる力がある。住職の八巻さんがこうした人たちの不安を払拭できるように、私たちもできることで住職を支えていきたい。

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My First Norn

by Days posted at 2012-02-21 02:05 last modified 2012-02-22 02:46
Rookie Park

カナトを朝5時に起こし、二人して眠い目をこすりながら家を出る。まだ早朝は凍てつく寒さ。関越道を北上して、赤城を過ぎたあたりで気温はマイナス7度。
インターからノルン水上まで3キロ。とは言え、油断は大敵。路面がところどころ凍結している。都内仕様でスタッドレスなんか履いていないので、そろりそろりと走る。あとでデコポンに無謀だと笑われた。この冬だけでも既に十数件スリップ事故が起きているのだそうだ。
デコポンは朝7時半までの仕事を終えて、それでも元気に私たちを出迎えてくれた。最初はデコポンに案内されるままに数本滑る。彼とカナトはショートスキーで、私はボードで、きれいにピステンされた斜面は恐ろしいほどよく滑る。ベースからトップまで、約11分のリフト1本で行けてしまうのだが、そのトップからは富士山から八ヶ岳までが一望できる。こんなに晴れたのは運がいい、とデコポンは言う。

デコポンと出会ったのは災害救援基地として使われていた登米市の旧小学校体育館だった。彼は当初、1ヵ月は災害救援ボランティアに集中するつもりでやってきていて、既に物資配送のリーダーを1週間以上続けていた。被災した沿岸部で高台で難を逃れた民家や避難所を1軒1軒回って足りないものはないか、困っていることはないか聞き、次には倉庫代わりの体育館から必要とされる物資をワゴンに積んで届けに行く。
やればやるほど救援する側と支援される側のギャップに悩む。自分だけではどうしようもない。救援活動そのもののありかたを自問自答して、結局彼は予定を繰り上げ、2週間して地元に帰って行った。
が、今度は地元徳島で支援活動の輪を広げていると聞く。

いまはスキー場でバイトをしているくせに、こんなに滑ったのは今年初めてだ、と笑う。スキーシーズンは長いようで短い。12月上旬から働いているこの職場も、2月一杯で辞めて、地元に戻るのだという。あれから1年。災害は意外な人たちを結びつけ、それぞれを成長させる。

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Growin' Up

by Days posted at 2012-04-07 22:00 last modified 2012-04-20 02:07
突き抜ける力

家の中を片付けていたら、外からときおり聞こえる歓声が気になって、公園まで行ってみた。
満開の桜の下では近所の人たちが宴の最中。
ふと見上げると、古木の幹から樹皮を突き破って小さなつぼみが。

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Minato Elementary School Shelter

by Days posted at 2012-09-03 00:02 last modified 2012-09-03 00:04
石巻市立湊小学校避難所

ブラスバンドの音楽にのって、獅子舞が踊る。カメラが教室に入って行く。2011年4月。藤本カントク何度目かの湊小学校でのボランティア。もうすっかり打ち解けている。避難している人たちとボランティアとの独特の間合い、雰囲気は、ボランティアに通った私たちにはおなじみのものだが、スクリーンで観るとその距離感にハラハラする。
休業を余儀なくされたモスバーガーの店員、造船所の社長、古くから続く床屋の主人。被災して湊小学校に集まって来たのは、遠い世界の人たちではない。私たちのすぐ横に暮らす人たちだ。カントクのカメラはその人たちの心に入り込む。
「きらめき教室」に同居する、もうすぐ70歳になる愛ちゃんと、小学生のゆきなちゃんの微笑ましい友情を軸に、避難所の生活が描かれる。福島第一原発のある双葉町から避難ついでに郷里の石巻でボランティアをする西原さんの複雑な状況。
長かったように思えるが、避難所の人たちが徐々に仮設住宅に当選して移るまでは4〜5ヶ月しかかからなかった。7月にはあちこちで避難所の再編が行われて徐々に縮小し、湊小学校避難所も10月11日に閉鎖された。
仮設に当たって、初めて部屋を訪ねた愛ちゃんが、大粒の涙をこぼす。「津波で凍っていた心が溶けたから、涙ばっかりいっぱい出る。自転車に乗ってここからスタート」。この愛ちゃんのキャラクターがなかったら、ストーリーはまったく違う受け取られ方になっただろう。一方のゆきなちゃんに「地震が起きたとき、どうだった?」とおずおずと訪ねる藤川カントク。このおずおずとした感じが、傷ついた人たちを包み込む彼の暖かいまなざしに通じていると思う。

映画「石巻市立湊小学校避難所」 映画「石巻市立湊小学校避難所」
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by administrator last modified 2008-05-10 02:27
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