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What's happen in Lhasa yesterday

by Days posted at 2008-03-15 16:00 last modified 2008-05-13 18:58

正直、ここまでチベット人が本気だとは思わなかった。各都市での支援の動きに呼応するかのように、デプン寺やセラ寺を始めとする僧院の僧侶たちがデモを始め、それに対する中国政府の制止(または弾圧)を引き金として、怒った市民が抗議行動を展開している。多くは公安や軍に鎮圧されているようだが、まだ散発的に衝突が続いているようだ。
きょう中国政府は外国メディアに対して、この騒動が「ダライ・ラマ一派の陰謀によるもの」と発表したが、いかに法王とは言え、崇高な僧院の僧侶たちがその煽動に無思慮に乗って動くとはとても思えない。ましてや法王がこんな勝ち目のない騒動を煽るようなことをするだろうか?
僧侶たちは間違いなく、北京オリンピックに照準を合わせて、捨て身の覚悟で訴えているのだ。中国政府がこの揺さぶりをどのように受け止めるかによって、オリンピックの成否が変わって来るかも知れない。だから、私たちはこの動きを注視すべきだ。1980年代後半の戒厳令の頃から比べると、ラサにはデパートが建ち、ファーストフード店が開業し、携帯電話が普及している。空港への高速道路や鉄道も開通し、中国の他の都市と変わらなくなってきている。事態はそこで起きているのだ。
日本での報道は、死者10人とか、80人という目撃者もいるだとか、AFP電の写真を使って伝えるばかりだが、事態とその背景は数字で語れるようなものではない(どうせ中国政府が発表する人数には、チベット人の数は含まれていないのだ)。BBC NEWSは14日に起きたラサでのデモ隊と治安部隊との衝突について、目撃者の談話を拾っている。

The Economist誌特派員James Milesによると−−

こちらはまだ夕方です。チベット人が多く住むラサの旧市街は、日中から続いた騒動がほぼ収集されているようです。とは言え、まだ中国人経営の店舗やレストランなどへの襲撃が散発的に続いています。店の中の物が通りに投げ出され、ごみと一緒に燃やされています。
最大の疑問は、この後どうなるのか?ということです。治安部隊は変わらず市街に展開したままで、いつ撤収が始まるかはわかりません。
政治的な問題ではありますが、オリンピックを控えて流血の事態を避けたいがために、北京政府は優柔不断に陥っているのではないでしょうか。

目撃者によると−−

市街は炎に包まれていた。かなりの数の軍隊が町に展開しているのを見た。
まったく突然こんなことになってしまった。中国人経営の店はみんなチベット人に焼き討ちされている。
通りには戦車が走っている。催涙弾。担架に乗せられて運ばれて行く人たち。普通のチベット人たちがおかしくなっている。

水曜日の暴動を目撃した人の証言−−

警官がいました。制服の警官を寺院の中で見たことはいままでなかったのですが、少なくとも2つの寺の中で、無線交信しているのを見ました。
僧侶が人々に突然駆け寄ろうとしたところへ警官が現れ、そこから追い払うように殴ったり蹴ったりしました。それで僧侶たちは寺に逃げ帰りました。

旅行者のジョンは−−

きのうまでラサにいました。6日間ラサにいたのですが、そのあいだに有名な問答を見るためにセラ寺を訪れました。
着いたのが問答を行う寺の広場から僧侶たちが逃げていくところでした。僧堂は公安によって封鎖されていましたが、私たちは僧侶が公安要員に殴られたり蹴られたりしているところを目撃しました。僧侶たちは、回廊に座らされ、公安要員がその両側を囲んでいました。
私たちの一行はセラ寺から閉め出され、ラサ市街に戻りましたが、その車窓からも迷彩服姿の人民解放軍を載せたトラックを間近に見ることができました。道路はすべて封鎖されていました。

カナダから訪れた人によると−−

先週チベットにいたときに、セラ寺で暴行を受ける僧侶を目撃した。私たちの一行は僧坊へ行くことができず、そこへは観光客が行けなくなっていると言われた。
中国人ガイドからは一切撮影禁止と言われ、バスの車窓から僧坊を見ているあいだにも、公安が私たちを厳しく監視しているようだった。
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Voices from Tibet

by Days posted at 2008-03-17 23:50 last modified 2008-05-13 18:59
Radio Free Asia - Tibetan

中国政府に抗議する声は、ラサから青海省や四川省に広がっている。青海も四川も、歴史的にはチベットのアムドやカムと呼ばれてきた地域だ。
何がチベットで起きているのか。米国の宣伝放送Radio Free Asia "What witnesses are saying"から、少しずつ日本語訳。

8人の遺体がキルティ・ゴンパから運ばれてきた。(四川省阿覇にて)
キルティ・ゴンパの近くでデモを行っていたチベット人のうち、4人が射殺された。その直後、別の3人が銃弾に倒れた。いずれも少し離れたところから撃たれた。
撃たれる前、デモ隊は2ヵ所の警備隊詰所を襲撃していた。およそ5000〜6000人はいたようだ。
あとから殺された3人の名前は、ツェジンとノルブ、ロプサン・タシだ。(四川省阿覇のデモ参加者)
カンゼ県の道孚(タウ)では3月15日に抗議行動があった。突然10台のトラックに乗った公安がやってきて、カム・セルシュ寺(Kham Sershul monastery)は包囲されてしまった。彼らは通りを警備して、通行人の身元確認をしていた。非常に緊張していた。(四川省カンゼ県)
ラサの尼僧院の救護所で5人のチベット人が亡くなった。ツァングン尼僧院です。チベット人の2人は負傷していて、足が折れていると言っていた。少年の遺体が引き取られないまま放置されていた。他にも数人の遺体が運び込まれ、親類や知人ではないかと確認する人も多く訪れていた。(ラサ、アニ・ツァングンの関係者)
もう2日も家に帰っていない。部隊がいたるところにいて、出るに出られないんだ。外で何が起きているのか、さっぱりわからない。(ラサのチベット住民)
中国当局は民家を捜索してチベット人の逮捕を始めた。ダライ・ラマの写真を所持していたり、暴動に加わった者を捜索するとチベット人に対して当局から警告があった。逮捕や捜索を妨害したり、逮捕の際に集まってはいけないとも言われた。
自治区政府は中国の他の地域に勤務するチベット人公務員に対し、3日以内にラサへ報告書を提出するように求めた。報告書がない場合は、悪い「結果」をもたらすという。(ラサにて)
西北民族学院(蘭州)のチベット語学科の学生たちは、大学構内で平和的なデモを行った。1000人以上の学生が参加したが、学外から参加しようとした人々は合流を阻止された。抗議行動は平和的なもので、中国政府はラサなどで起きているチベット人への弾圧を中止せよと彼らは叫び、ラサやラプラン寺などでの抗議行動への連帯が示された。「民主主義の栄光と生命のため、われわれはチベット人と立ち上がる」との横断幕が彼らは掲げていた。(アムドにて)
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コメントスパム

Posted by days at 2008-04-09 01:57

けさから3/9とこの記事にだけ、コメントスパムが多数。とりあえず削除したけど、きっとまた付くんだろうな。しかもアクセス元を隠蔽して、いろんな国のIPアドレスから来ていたので、そこまでやるかと:)わらった。

Today is better, so I can go out

"What witnesses are saying" by Radio Free Asia

by Days posted at 2008-03-18 23:25 last modified 2008-05-13 19:00

きょうも引き続き、Radio Free Asia "What witnesses are saying"から。

きょうは少しは平穏になったので、外出できた。大勢の市民が食料を買いに町に出ていた。しかし通りには武警が警備していて、通行人の身分証明をチェックしていた。公安も多かった。市政府は外国人に対してラサから退去することを求めなかったが、もし脱出したければ外事課が手伝うと言っていた。(ラサにて、香港人OL)
北京の民族中央大学にはおよそ2000人のチベット語学科の学生たちがいるが、うち40名がチベットでの死傷者を悼んで静かな抗議を行った。公安が学内に入り、彼らを教室に軟禁している。(北京にて、チベット人の抗議参加者)
ラサの人民病院も被害を受けた。地元のチベット人たちは、負傷したチベット人が治療を受けられないように中国人が破壊したのだと疑っている。他の病院に行ったチベット人たちはみんな追い返されている。(名乗らなかったチベット人)
地元の寺院は武警によって破壊され、負傷者も出ている。(四川省阿覇のチベット住民)
暴動は町中と郊外とで突発的に起き、大勢の公安が通りに展開している。が、特に身の危険を感じることはない。(四川省阿覇の中国人住民)
旅行者は阿覇県から出て行くようになっている。外国人ツアー客が3組着いたが、すぐに出て行くように言われていた。(四川省阿覇の中国人ホテル従業員)
土曜日の午後、400〜500人の僧侶が通りに出てきた。彼らは店や家のガラスを割り、30分もしないうちに立ち去った。2000人もの兵士がその区域を警備していた。(甘粛・四川の省境に近い寺院のそばに住む中国人)
ほとんどの抗議行動は小規模だったが、まだ続いている。1000人ほどの武警がマチュやリチュといった各県に駐屯している。(3/14に始まった抗議行動の様子を語った中国人)
チベットでの暴動が原因で、地元の当局はここでも抗議行動が起きるのではないかと警戒している。200人ほどの武警がこの県にも駐屯している。(青海省トンレン県の中国人住民)
外国人の入域は禁止されている。(青海省トンレン県のホテル従業員)
甘粛省夏河では泊まるところが見つからなかった。それで夏河から出て行かざるを得なかった。再び夏河に入ろうとしたが、だめだった。チェックポイントで身分証明が入念にチェックされた。夏河に通じる唯一の道路に検問があった。すべての車両が停められ、乗客の身分証明とナンバープレートが控えられた。記者も潜入することはできなかった。甘粛省から出るときも、入る時と同じように慎重に調べられた。(英国人記者)
彼ら(公安)は、暴動が写っている写真をすべて消去した。証拠を持って行かせないようにするためだ。(甘粛省のツアーガイド)
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Virtual Terror in Lhasa

"What witnesses are saying" by Radio Free Asia

by Days posted at 2008-03-20 03:35 last modified 2008-05-13 19:01

引き続きRadio Free Asia "What witnesses are saying"から。忙しいので、とりわけ注意すべきものだけ。

阿覇の抗議行動での死者は18人になった。キルティ・ゴンパだけで15人が葬られた。郊外で3人の遺体が確認された。
けが人はあえて中国の病院へ行かず、自宅で手当を受けているようだ。(チベット人の情報源から)
ラサでは武警に護られた公安がチベット人の民家を捜索している。公安は居住許可証をチェックしていて、許可を持たない者を問答無用で拘引している。許可を得ていたとしても、何か疑いがあれば同じように連れて行かれてしまう。
例えば、3月15日午後10時すぎから始まった捜索では、カムのTsawa Pasho出身の家族が狙われた。彼の父、Kalsang Gyaltsenには、LochoeとJampaのふたりの息子と、もうひとり娘がいた。娘以外の3人は居住許可を申請中だったが、保留になっていた。公安は父親と息子2人を連行した。娘は何もなす術がなかった。公安は家宅捜索で10000元を見つけた。それは家族が小さな販売業で稼いだ金だったが、公安はそれも没収し、娘はたったひとり、しかも一文無しで家に残され、いまも家族がどこに勾留されているのかわからないままだ。
同じ一角に四川省カムのDegeから来た家族がいて、彼らも同じように逮捕されてしまった。家族6人とも抗議行動には参加しておらず、潔白だと主張している。基本的に中国政府は男女問わず若いチベット人を拘引しているようだ。彼らがどこに連行されたのか誰も知らず、家族の消息を探すこともできない。彼らが殺されても、捕まっても、殴られてもわからず、そもそも生きているのか亡くなっているのかも知る方法がないのだ。ラサは恐怖政治のただ中にある。(ラサの親族に電話したカナダ在住のJampelより)
3月18日の14時5分すぎ、四川省のKarzeで抗議行動が始まった。Pema Dechen と Ngogaの2人が先導し、僧侶と民衆が参加して、「ダライ・ラマに長寿を」「チベットに自由を」と叫びながら、ビラを配った。
数百名の武警が配置され、すぐに抗議行動を中止させた。Pema Dechen, Gonpo, Tseten Phuntsog, Lobsang, Zangpo, Palden, Gonpoなど10名が逮捕された。デモを先導していたNgogaは、撃たれて殺された。他の9人も連れて行かれて、おそらく拷問を受けたのではないか。
Karzeは中国人の公安と武警であふれていて、チベット人は町から出て行くことも、市街に入ることも禁じられている。(四川省Karzeより)
200人以上の僧侶たちがDargye僧院から抗議を始めた。すぐに中国人スパイが当局に通報したので、Karzeの市街へ向かって行進する途中で、公安によって停められた。僧侶たちは抵抗し、ひとりが銃撃されて殺された。(四川省Karzeより)
以前、射殺された男のことを伝えた者です。きのう彼の家族は、遺体を葬祭場に運ぶ予定でした。しかし公安が来て、遺体を持って行ってしまいました。検屍などの調査のために、すべての遺体を集めていると公安は家族に言いました。それらは検屍後に一緒に火葬され、家族は火葬の後に葬祭場に来ることができるのだそうです。遺体は強制的に持ち去られ、遺族はそれをどうすることもできないのです。(ラサより)
3月18日、リタンでは300人以上のチベット人が抗議を行った。デモの途中、Appa Bumoという若い女性がダライ・ラマの写真とカタ(礼節を表すスカーフのようなもの)を持っていたが、それで彼女は公安に逮捕されてしまった。
リタンでは軍隊の数が急に増えており、規制も厳しくなっている。報道管制が敷かれており、学校やオフィス、店舗はみな開けることができない。(リタンより)

「武力を用いていない」というのなら、こんな話はでてきようがない。まず心配なのは、きょう中国政府が発表した24人の逮捕者だけでなく、その他に拘引され、どこかに勾留されている無数の若者たちの安否だ。責任ある国際社会の一員として、私たちは中国政府の動きを監視し、不当に逮捕されているチベット人たちの解放を求めねばならないと思う。

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Long Live the Dalai Lama!

"What witnesses are saying" by Radio Free Asia

by Days posted at 2008-03-22 23:20 last modified 2008-05-13 19:01
雪山獅子旗

引き続きRadio Free Asia "What witnesses are saying"から。
RFAの記事は、他メディアのと合わせてちべ者さんもまとめています。こちらも要チェック。

私たちはいま、Tsolho地域で抗議行動をしています。要求は、チベット問題の平和的解決について、ダライ・ラマ法王と中国指導部とが対話を行うことです。法王のチベット訪問も望んでいます。私たちの活動は平和的で、Tsolho(中国語名でHainan)県にあるSerlho寺の10〜15人の僧侶と一緒です。
ちょうど私たちはShangへデモを続けており、Shangでは県政府へ向かうつもりです。遊牧民を中心に数百名のチベット人が加わっています。もうSerlho寺を出て4、5マイル歩いていますが、公安がShangや県政府へ行かせないようにするのではないかと恐れています。
私たちの行進は、ラサやその他のチベットの地域で始まった平和的な抗議行動に連帯を示すものです。いま向こうから公安が来るのが見えます。ありがとう。そして、私たちがこうして行進していることを、ぜひ世界中にお伝えください。(抗議中の僧侶、デモ中から携帯電話より)

英語表記になっている地名は、あとでわかるかぎり(時間の限り)直しておきますが、お急ぎの方は「旅行人ノート チベット」を参照してください。座右に1冊あって、損ない情報源です。

3月18日、私たちAmdo Golog(中国語名でGuoluo)にあるPalyul Darthang寺の僧侶は、地元の政府へ向かってデモを行っていました。民衆も加わって、300名ほどでした。武警はおらず、40名ほどの地元の公安が見守るだけでした。
政府庁舎に着くと、私たちは中国旗を引きずり降ろし、チベット旗を掲げました。公安は少し離れてこちらを眺め、写真を撮るだけで、関わろうとしませんでした。それから学校や病院にも行き、中国旗をチベット旗と取り替えました。その後、拘置所に押し掛け、政治犯の釈放を要求しました。私たちはこれらを完全に平和的に、誰も傷つけず、破壊せずに行ったのです。
午後遅くになって、4台のトラックに分乗した武警が到着しました。彼らは5、6人か、もしかするともっと多くのチベット人を拘束しました。いまは残った僧侶たちも僧院にだけいるわけではなく、山に隠れたものも多いため数が分かりません。主導した僧侶が「主犯」として手配されています。中国は、自発的に投降した者は別として、その他の者は「深刻な事態」を招くだろうと警告しています。現在、僧院は武警に包囲されている状況です。私たちがどんな行動を起こしたか、いまどんな状況かを、ぜひ伝えてください。(Palyul Darthangの僧侶)
3月20日にSerthar(中国名Seda)郡のKikuに武警が配置された。1000人ぐらいはいるだろうか。彼らは手始めに17日の抗議行動で庁舎に掲げられたチベット旗を降ろそうとし、平和的に抵抗したチベット人に対して発砲した。Tseshul 村のKyari とTsedo、2人が殺された。Yeshe Dorje とTabkeを含む8人が重傷を負い、Serthar郡病院に運ばれた。
郡内ではSerthar Sera 寺の僧侶に率いられた1000人のチベット人が、2人のチベット人が命を落とした地点へ向かって50キロのデモを行った。彼らはチベット旗とダライ・ラマの写真を掲げ、「ダライ・ラマの長寿を!」「チベットに人権を!」「チベットに独立を!」と叫んだ。彼らは同時にチベット独立を求めるチラシも配布した。武警は「深刻な事態」を招くと脅したが、彼らはデモを続けた。しかし、それ以上の銃撃は起こらなかった。(Sertharより)

公安や武警の対応はどこでも同じというわけではないようだ。通信手段が少ないためか、それとも官僚的な組織に原因があるのか、上層部の指示が行き渡っているようには思えない。現段階では抗議行動に対する当局の対応に地域的な濃淡があるようだ。

ラサの兄の家に滞在しているが、外出ができない。武警がすべてをシャットアウトしているためだ。
居住許可証を持っていればまだしも、持っていなければ外を歩くことすらできない。15日、16日は、外を歩くチベット人すべてが拘引された。いまもまだ武警が私たちを閉じ込めている。
武警が撮った写真を元に、公安が民家を訪ね歩き、写真に写っているチベット人を知らないか、どこに行ったかと聞いて回っている。ついさっきも僧侶がひとり捕まったと聞いた。
RFAとVOAには妨害電波が流されており、ラサでは聞くことができない。(アメリカ国籍のチベット人)
きょう現在、公安が阿覇地域のチベット人民家をひとつずつ捜索している。ダライ・ラマの写真や関係する物品を所持していないかどうか探しているのだ。所持していた者は、すぐに拘引される。一度捕まれば、オリンピック開催まで勾留され、オリンピックが終わってから裁判が始まるのだとチベット人たちは噂している。(阿覇より)

チベット人が語る「裁判」とは、多数派が少数派を裁く、およそ公平とはほど遠いもののことである。中国の裁判は二審制であり、地方では一審のその日のうちに控訴審の判決が出ることもある。チベット人の抗議活動は「国家分裂を意図する活動」として死刑判決が出せる罪状が適用されることがほとんどだ。死刑は判決から数日で執行される。欧米諸国が非難する「人権状況」はそこに由来する。そして、オリンピックが終わってしまえば、欧米諸国もその劣悪な人権状況に目を向けなくなることをチベット人も恐れているのだ。

たくさんの人々が拘束された。私は家にいて、友人たちと連絡が取れない。携帯電話は電波が入らなくなっている。私に電話をかけてきた人がいたら、電源を切っているのではないかと思うだろう。だが、実際には私は一度も電源を切っていないのだ。(ラサ在住のチベット人)
ラサでは、身分証明を持っていないチベット人はみんな拘引された。抗議行動に参加したかしていないか関係なしに。周辺の遊牧民は身分証明なんか持っていない。ラサの刑務所は定員一杯だ。(亡命政府スポークスマン)
ラサではたくさんのチベット人が拘束されている。けさも私はTaring市場近くで3人のチベット人が拘束されるのを見た。彼らは激しく殴られ、目隠しをされて連行された。
中国本土とKongpo地域から、さらに多くの部隊がやってくると噂されている。町に出ているチベット人はみんな監視下に置かれている。特に男性と若者は目をつけられているが、婦人はそれほどでもない。ハンドバッグの中を調べられることはあるが、全身をチェックされることはない。どこの所属かわからないようにナンバープレートが隠された武警の車両がラサの街路を埋め尽くしている。(ラサより)
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Protest March in Tokyo

by Days posted at 2008-03-23 01:45 last modified 2008-05-13 19:18
2008-03-22三河台公園

22日午後、六本木でのデモは予想を上回る参加者数になった。まだラサの僧侶たちがデモを始める前--3月8日の新宿でのピースマーチの数倍の規模だ。
都合によりリヒトと一緒だったので、最初は彼が遊ぶのを見守りながら高見から群衆を眺めていたのだが、そこから見て何人ぐらいかと大車輪の幹事役に聞かれ、400人ぐらいかなと答えたのが甘かった。事務局はサバを読んで「500人」と報道関係者に伝えたのだが、警察発表はなんと900人だった。
在日チベット人たちを先頭に、三河台公園からの行進が始まると、あんな小さな公園にこんなにいたのかと思うぐらいの長蛇の列が六本木通りを横切り、渋滞を巻き起こし、遠くからクラクションが。あー、ごめんなさい。
そんな多くの参加者になったにも関わらず、極端に騒いだり、暴力沙汰になったりということがなかったのは幸いだった。在日チベット人たちの真剣さゆえかもしれない。
さらに言えば、ふだんはこうした表立った行動に出ない著名な研究者や登山家の姿があったのにも驚いた。とにかくひとりでも多く参加し、隣国の首都からも厳しく見張っているぞと示すことに意義があったのだ。少なくとも1800の眼で、本当に心配しているその数倍もの目と耳で。

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Western Reporters Back from Lhasa

by Days posted at 2008-03-28 01:28 last modified 2008-05-13 19:20

3月14日、ラサにはThe EconomistのJames Miles記者が滞在していて、西側メディアへリポートを続けていたが、19日にはチベットを離れてしまった。それ以来ややラサの状況がわかりにくくなっていたのだが、中国政府に選ばれた数人の報道陣がラサを訪れ、久々に状況を知ることができた。
日本からは共同通信が参加したので、日本の新聞、テレビは共同電しか報じないのではないかと思う。少しはバランスを取るために(中国政府に選ばれたメディア、って時点で無理があるけど)、各メディアのリポートをまとめたBBCの記事(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7316205.stm)を訳してみた。


USA Today北京支局長
CALLUM MACLEOD
(BBCラジオのインタビューに答えて)

一行がジョカンを出発しようとした時、意外なことが起きた。
30人ほどの若い僧侶が一行を取り囲み、「彼らはあなたたちを陥れようとしている。彼らは嘘つきだ、信じてはいけない」と叫び始めた。それで数人の報道陣は、ジョカンがまさに象徴的な場所だと知った。
戒厳令とは言わないまでも、相当な厳戒態勢が敷かれている。
チベット人が多く住む旧市街には、警棒と盾を持った武装警官が大勢いた。
一行から離れ、騒動を主導したとされる僧侶たちの寺院を訪れようとしたが、無理だった。僧侶たちはまだ拘束されていると思われる。

AP通信 北京支局長
CHARLES HAZLER
(BBCラジオのインタビューに答えて)

町は本当に分断されているようだった。近年建設された中国風のラサの一部は、まったくいつも通りに見える。
が、昔からのチベット人地区を歩くと、放火された建物の跡が目についた。確かに町は破壊されている。
水曜日の夜には旧市街の外出禁止令もやや緩くなり、チベット人も少しは町に出るようになった。
が、さすがに22時には通りには人気がなくなり、特にラサの旧市街ではヘルメットと盾を持った12人チームの警官のパトロールに出くわすことが多かった。

中国日報
WU JIAO
(中国日報インターネット版より)

ゴンガ空港から65キロのバスの旅。ラサは平穏だった。ラサ川(キチュ河?)は高速道路に沿って静かに流れており、野ガモが水浴していた。
一方で、世界の尾根に踏み入った私は、2週間ほど前に19人が亡くなった痕跡を生々しく感じないわけにはいかなかった。
焼け落ちた商店や建物は、悪夢を悼む静寂に包まれていた。
が、ラサの人々は通常の生活を取り戻している。ビジネスは活発だし、郊外では農夫が忙しく働いている。

フィナンシャルタイムズ
GEOFF DYER
(同誌Webサイトより)

暴動はチベット人居住区として知られる町の東側で起きた。近年、移民してきた漢人がたくさんの商店を開いているところだ。
中国国内のテレビは、そういった商店への放火で亡くなった漢人のことを繰り返し報道している。
襲われずに残った建物は、白い布がつけられている。これは建物がチベット人のもので、襲われないようにする目印だ。

ある通信社記者
(BBC Webサイトへの寄稿)

ジョカンにいたとき、若い僧侶たちの一団、だいたい30人が出てきた。
3月14日に起きたことは、ダライ・ラマとは無関係で、自分たちは自由を求めているのだと彼らは15-20分にわたって言っていた。
私は特に尾行もつかず、比較的自由に歩き回れた。
印象に残ったのは、破壊された商店街だった。そして水曜日には、その商店街に多数の武装警官が配置されており、神経を尖らさねばならなかった。


AP通信 CHARLES HAZLER記者の詳しいレポートは、APのWebサイトで読める。
時間があればこれも訳したいのだけれど。
http://ap.google.com/article/ALeqM5h5Z6bJwtN_roGSIUQiQnfbf2NkhgD8VLBR1G0

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The Monks Would Not Respond with Violence

by Days posted at 2008-03-30 07:05 last modified 2009-04-01 13:04

25日からのラサ行きプレスツアーは、北京政府によって選ばれたメディアだけが参加できた。AP、USAトゥデー、ウォールストリート・ジャーナル、FT、共同通信、韓国KBS、香港TVB、フェニックステレビ、アルジャジーラなどといった顔ぶれ。CNN、BBC、AFN、ワシントンポストなどは、14日以来ラサで撮影された映像の扱いなどが「偏向報道」と政府に批判され、参加が許可されなかった。RFAより、そのあたりの証言。

プレスがラサを訪問できると伝えられた直後から、我々は外務省と内務情報処からその情報を得ようと躍起になっていた。定員には限りがあるため、数人だけが参加できると言われた。メジャーなテレビ局はひとつも選ばれなかった。例外はAP通信のテレビクルーとアルジャジーラで、APはリポート抜きの素材として取材するからだと思う。アルジャジーラも英語版は選ばれなかった。
この選択には、政治的な判断が働いているのではないかと思う。きょうも抗議活動があった(彼らが訪問しているにも関わらずだ)。このようなプレスツアーが再度行われる可能性は低いだろう。(27日、西側テレビ局の北京事務所職員)

北京政府がアルジャジーラを好意的に扱う理由は、中国中央電視台が「(この一連の中国の対応について)国際的に多くの国々から支持を受けている」として伝えた国の名前を羅列するとよくわかる。ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、グルジア、パキスタン、北朝鮮、モンゴル、ネパール、ベトナム、フィジー、シリア、セルビア、ザンビア、ブルネイ、バングラディシュ、シエラレオネ、レソト、モーリタニア、コートジボワール、コンゴ‥‥。
中国は西側ではイスラム国家と国境を接し、それらの国々の民族意識が国内に飛び火することを恐れている。それらアルジャジーラがよく見られている国を除けば、いずれも多かれ少なかれ国内に民族紛争を抱えていて、武力でそれを抑えつけようとしている国ばかりだ。どちらが偏向しているというのか、まったくフェアではない。

その偏ったプレスによるツアーも、ジョカンで僧侶たちの決死のアピールに迎えられた。ラサだけでなく、アムドでもまだ抗議行動が続いている。いずれも驚くべきは、報道陣や外交官がいつ来るのか僧侶たちが知っていたこと(おそらく中国政府は極秘にしたかっただろう)、ラサで何か起きているのか数百キロ離れたアムドの僧侶たちも知っていて同時多発的に行動が起きていることだ。

25日、カンゼ自治州のテホル・ダンゴ寺では、僧侶たちが決起を企んでいたが、誰が先導するかが決まらなかった。カンゼ州で中国政府の鎮圧によって死亡した僧侶の死を悼む特別な祈祷が行われ、ようやく決起することが決まった。
300人ほどの僧侶たちが僧衣に身を包み、ダライ・ラマの肖像を掲げ、寺から近いダンゴ(炉霍県)の中心部へ向かって、平和的に行進を始めた。主にチベット人から成る警官の一団が、僧侶たちに行進の停止と寺への退却を命じたが、僧侶たちは異議を唱え、中国政府のために働いて恥ずかしくないのかと逆にたしなめた。チベット人警官たちは武器を持った中国人警官を抑え、銃を下げさせた。
チベット人警官は僧侶たちに根負けし、郡の中心部へ向かうことを許した。僧侶たちはダライ・ラマの長寿と、チベットへの帰国、パンチェン・ラマの解放、チベットでの宗教的自由と人権を求めるスローガンを叫んだ。町に着くと、他のチベット人もそれに合流した。武警が到着し、追い払おうとしたが、僧侶たちは互いに肩を組んで抵抗した。
僧侶たちは寺に戻ってからも抵抗を続けた。武警が発砲したこともあったが、僧侶たちは非暴力を唱えて、地面に伏せて逃れた。寺に戻る途中で政府の車輛によって何人かが負傷したにも関わらず、だ。現在、寺院は武警によって包囲されており、僧侶全員の退去が求められている。(26日、インドの情報筋より)
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New Protests Erupt in Lhasa

by Days posted at 2008-03-30 07:46 last modified 2008-05-13 19:25

RFAによると、きのうまたラサで大きなデモがあったようだ。記事の日本語訳。続報期待。

ラサの目撃者によると、土曜日の午後、公安と武警の厳重な警戒にも関わらず、新たな大規模な抗議活動がラサで勃発している。
数百人のチベット人が3月29日14時頃、北京中路近くに集まった。バルコルとカマ・クンサン、ラモチェ、ジョカン周辺を武警が包囲するとともに、青年路の郵便局周辺の店舗は休業している。

「大勢があちこちから走ってきた。大規模な行動で、みんな叫んでいた」と目撃者は話した。抗議行動は数時間続いたが、詳しいことはまだわかっていない。
「地方政府は、携帯電話会社を通じて、事態は完全に掌握されていると流し続けている。人々が勝手に分析したうわさ話を打ち消すために」と別の情報源は伝えている。

29日の抗議行動は、外国外交官のラサ招聘と同時に発生した。外国報道陣による詳しい報道が今後期待される。

ダラムサラの亡命政府も同様のニュースを伝えている。
Lhasa - Massive protests erupt again after many days of suppression.

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What's on Uygur

by Days posted at 2008-04-01 00:45 last modified 2008-05-13 19:26

土曜日に起きたらしいラサでのデモは、なかなか続報を目にすることができず、やきもきしている。
そんなところに、チベットの北西に広がる新彊ウイグル自治区でもウイグル人によるデモが起きたそうだ。原文はRFA Uygurらしいが、RFA Englishにはまだアップされておらず、私はウイグル語が読めない。世界ウイグル会議のニュースにはこんな記事が。どこまで意訳が入っているかはわかりません。

ホータンでデモ、600人拘束

RFA 2008年3月29日一部抜粋
 ウイグル領土からRFAに寄せられた情報によると、3月23日と24日の二日間連続で、ホータン市でウイグル人女性らを中心とするデモが行われた。

 情報によると、今回の事件は、ホータン市で影響力の高い玉商人ムタリップ・ハジムが拘束中に残虐な拷問を受けて死亡したこと、ホータン市で警察当局がウイグル人の若者たちを対象に大規模な拘束を行ったことに対して抗議するために発生したものだという。デモには多数のウイグル人女性が参加しており、デモ隊は『監獄の残虐な拷問をやめろ』『政治的、宗教的な理由で投獄されている子供たちを釈放しろ』『ウイグル人の民族風習を尊重しろ』などのスローガンを叫んだという。
 RFAの取材では、ホータンの警察当局は事件を全面的に否定したが、 取材に応じた複数のホータン在住の住民は事件が起きたとしている。そして、ホータン市にあるYIYANホテルの従業員(漢人)が事件について比較的詳しく触れた。この従業員は事件が発生したのは事実であるとした上で、次のように話した:『デモ隊のほとんどが女性でした。デモの最初の日は400人ほど、次の日は200人ほどが拘束された。拘束された者のうちには男性もいるが、多くが女性です。警察がホテルに来て一つの名簿を渡して、もし名簿に載っている人たちがホテルに来たら直ちに警察に通報するようにと伝えた。』 この従業員によると、警察当局はホテルに対して、今回の事件はチベットで起きている事件の扇動によるものだと説明していたという。

 また、ホータン在住の一部の市民は、何がを起きたかは分からないが、日曜日(23日)から数日間警察が主な道路を封鎖して、市民の外出が禁止される事態になったという。

ホータン・カラカシ県でも衝突、警察当局が認める

RFA 2008年3月30日

 RFAでは、中国当局が一週間にわたって隠してきた、ホータン市で3月23日に起きたデモについて昨日報道したが、本日電子メールでRFAに寄せられた情報によると、23日の同じ時間帯にホータン地区カラカシ県でも同様の事件が発生している。

 RFAでは、カラカシ県警察当局のチニワグ出張所に電話して確認したところ、警察側が事件発生を認めた。しかし、警察側が事件の詳細について触れることを避けた。

 カラカシ県で起きた事件についてRFAに寄せられた電子メールの情報によると、当日はカラカシ県でも人々がデモに集まったが、警察がいきなり拘束に乗り出したため衝突が起きたという。警察側が事件そのものを認めたが、衝突やその他の詳細な情報は未だよく分かっていない。

ホータン(和田)はタクラマカン砂漠の南縁に位置するオアシス都市。チベットとは地理的には近いものの、物理的な行き来はほとんどないと思われる。ラサでのできごとに触発され、胎動していた中国国内での民族運動が表に出てきているということだろう。
イスラム教徒のウイグル人は、アルカイダとの関係を疑われ、あからさまにテロリスト呼ばわりされることが多いように思う。ラサでチベット人が立ち上がる直前の3/10には、ウルムチでオリンピックを標的にテロを計画していたとして「武装組織のアジト」に公安の手入れが入り、2人が射殺、15人が逮捕されている。
一方で亡命ウイグル人たちは、各国でのチベット支援デモに協力、積極的に参加しているようだ。ウイグルも、置かれている立場はチベットと同じだが、焦点がぼやけるような要求はあまり得策ではない。まずはチベットから風穴を開けよう。

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Support Tibetans Movement

by Days posted at 2008-04-04 22:55 last modified 2008-05-13 19:02
ダラムサラにて

TSNJのブログによると、東京を始め日本各地で行われるチベット支援イベントのカレンダーができた。今夜は川崎で "Free Tibet Dining"。明日は映画「チベットチベット」の上映があるらしい。この他、3月22日の六本木デモの終着点となった港区の笄公園では、あの日以来毎日夕方にキャンドル・ライティングをやっているというから、この運動の広がりには本当に驚かされる。

一方で、中国国内での情報統制のために、チベット地域で起きている抵抗と鎮圧についてはカトマンズやダラムサラまで情報が伝わることがますます少なくなっているようだ。
インドやネパールで拘束されたデモ参加者は、まだ解放されていない。カトマンズではデモ参加者が警察官に激しく殴打されたりしている。私たちは、こうした「中国化」されていく隣国の民主化の状況にも目を向けねばならない。インドには開発を、ネパールには食糧を、多額のODAとして日本は援助し続けてきている。だからこそ、民主化に逆行する動きに対して私たちは抗議の声を上げねばならない。
TSNJのWebサイトには、東京にあるインド大使館やネパール大使館へ抗議文を送付するためのテンプレートが用意されている。ネパール大使への抗議文は、カトマンズに住むばなな猫さんが作ってくれた。個人的には怒りを込めた手紙を郵送したいところだが、先方の紙が切れないかぎりはFAXでもよいだろう。ぜひ送ろう。

その間にも北京五輪へ向けてアテネで採火された聖火が、世界中を回り始めていて、その先々に現れるチベットサポーターも注目の的になっている。聖火はいずれ日本にも来る。私たちもできることから、正しいと思う方向に、行動に移していこう。
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Uyghurs Protest Report

In Xinjiang Region

by Days posted at 2008-04-05 09:05 last modified 2008-05-13 19:03

RFAに掲載された4/1の"Uyghurs Protest in China's Remote Xinjiang Region"から(一部)。世界ウイグル会議のウイグル語からの翻訳とは微妙に違う。

【イスタンブール4月1日】情勢が悪化している中国の新疆ウイグル自治区で、慈善家として知られる著名なウイグル人実業家の不審死を悼んで、数百人のウイグル人が抗議を行った。
目撃者によると、抗議行動は3月23日から24日にかけて、ホータン県の2カ所(ホータン市、カラカシ)で起きた。複数の情報源によると、数百人が拘束され、治安が強化された。

デモは、ウイグル人の裕福な宝石商で慈善家でもあるMutallip Hajim (38) が拘束されて死んだことがきっかけで起きたと言われている。公安は2カ月の拘束の末、「病院で心臓発作のため」死亡した遺体を3月3日に遺族のもとに戻した。治安筋によると、公安は遺族にすぐに埋葬し、誰にも彼の死を知らせるなと指示したという。

ホータンでは、数百人の抗議参加者のほとんどが女性だったようだ。ホテル従業員によると、公安が参加者のリスト(ほとんどが女性の氏名だった)を持ってきて、このうちの誰かが宿泊しようとしたらすぐに通報するように指示されたという。

複数の情報源によると参加者は600人にもおよび、ロプバスターミナルへ向けてデモを始めた。市場繁華街まで2キロのところで男性も多く加わったが、市場近くで公安に包囲され、約400人が逮捕されたという。拘束がいつまでなのかはわかっていない。

死傷者が6人という説もあるが、確認されておらず詳細は不明。ホータン市の公安は、電話取材に対し、抗議行動が起きたことを否定した。
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Police Fired on Protesters in Kardze

by Days posted at 2008-04-06 01:34 last modified 2008-05-13 19:03

中国当局の弾圧は、チベット人の憎悪を煽り、悲劇の連鎖を生んでいる。RFAによると、四川省のカンゼでは今週の木曜日、武装警察(中国版機動隊)がデモ隊に発砲し、少なくとも15人が亡くなったという。
本当にどうなってしまうのだろうか。不安でならない。

【カトマンズ】四川省で3日、機動隊がチベット人デモ隊に対して発砲し、死傷者が出たとRFAは伝えた。デモ隊は拘束された僧侶2人の釈放を要求していた。

4月3日20時頃、カンゼ(甘孜)にあるトンコーゴンパの僧侶数百人と住民数百人が集まっているところへ、武警が発砲したと目撃者は伝えている。証言によると、15人が亡くなり、数十人が負傷した。4月4日の証言なので、もっと増えている可能性がある。銃撃事件以降、周辺地域への電話は通じなくなったため、詳細はわからない。
中国国営新華社通信によると、3日の午後、甘孜チベット自治州の行政地区周辺で「暴動」が発生したと伝えているが、死者についての言及はなかった。「襲撃事件があり、重傷者が出ている」「武警が威嚇射撃し、鎮圧した」と新華社は伝えている。
一方、RFAの協力者によると、「僧がひとりとチベット人7人が殺された」という。「昨日の朝、公安がチベット人の家々を回り、以前の騒動に加担していないか、ダライ・ラマの肖像を貼っていないか確認していた。それから公安との衝突に発展した。殴打されたり、逮捕されたりした人も多かった」。

トンコーゴンパを巡っては、今週まで他のチベット地域で起きていたような不安定が影響していなかったと言われる。中国当局はチベット人のデモを抑止する目的で「愛国主義的教育」を開始しようとしていた。
4月2日、指導僧のロブサン・ジャムヤンは当局への協力を拒否した。「私たちはダライラマを批判することはできないが、抗議行動を起こそうとも思わない」と言ったという。
彼は僧院の約400人の僧たちと相談すると約束し、集会を開いた。「人生を賭けてもダライ・ラマを批判することはできない」と僧のひとりYeshe Nyimaは話し、他の僧侶たちも同意したという。
ロブサン・ジャムヤンがその返答を公安に伝えたところ、公安は彼にこう話した。「我々は一線を超えることができる。蜂起を計画しているものがいたら伝えるがよい。我々はそれを粉砕する、と」。
公安は僧院の捜索を行い、ダライ・ラマの写真を見つけると破き、前指導僧Tongkor Shabdrungの写真も壁からはがしたという。 Tsultrim Tenzinという僧侶 (74) と、Tsultrim Phuntsok (26) が逮捕された。
明くる日、僧侶約350名と住民約350人が2人の釈放を要求して集まった。当局は25分間にわたって騒ぎを収めようとし、釈放すると伝えたが、群衆は解散せず、20時過ぎにTongkor地区で公安が発砲したという。

トンコー(東谷)地区は甘孜チベット自治州の一部のカンゼ郡の管理下にある。銃撃によって死亡したのは以下のとおり。Samten (27), Lobsang Rinchen (20代), Phurbu Delek (30) の3人の僧侶、Sangmo (34), Tenlo (32) , Tsering Yangzom, Tseyang Kyi (23), Druklo Tso (34), Tsering Lhamoの6人の女性。その他の犠牲者はまだ身元がわかっていない。NyimaとThubten Gelekの2人の僧侶は重傷を負っているという。

新華社通信は先月、カンゼのデモ参加者がナイフと石で公安を襲撃し、事務員ひとりを殺したと伝えている。
3月14日のラサでの致命的な暴動を教訓に、中国当局は各地で締め付けを強め、愛国教育を加速させている。当局は22人が亡くなったと伝えるが、他の報道ではデモの鎮圧で亡くなったのは少なくとも140人を超えると見られる。
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Tibetans Wounded in Daofu

Breaking news from Radio Free Asia

by Days posted at 2008-04-07 03:06 last modified 2008-05-13 19:05
【カトマンズ】亡命チベット人と四川省の情報源によると、カンゼ地区の抗議行動で起きた騒動で、1000人以上の群衆に向かって公安が発砲し、4-5人の重傷者が出ているという。

カンゼ(甘孜)州、タウ(道孚)のチベット人目撃者は、4月5日の抗議行動の最中、15人が負傷し、そのうちの5人が危険な状況だと語った。目撃談では重傷の5人は拘束されている模様。
「タウ郡の指導僧は、拘束者が解放されるまで、例え彼らが殺されたとしても抗議行動をやめないとの声明を出した。その後、郡政府は負傷者と拘留者を釈放した。15人のチベット人のうち、5人が危険な状態だった」。
「我々が何をしているのか、中国人がどんな乱暴な弾圧を行っているか、世界中に伝えてほしい」。目撃者はそう話したが、回線は切れ、二度とつながることはなかった。
タウ郡公安は抗議行動があったことを認めたが、「すべては平穏で、管理されていた」と話したている。タウの親類と電話で話した亡命チベット人も同様のことを伝えている。

インドに拠点を置く情報筋によると、公安の警告にも関わらず、ミンツォ・ゴンパで以前の抗議行動で殺された人々を悼む特別な儀式が予定されていたと言う。
「住民がそれに加わり、群衆は約1000人に達した。彼らは平和的に行進していたが、交差点に差しかかったとき、数百人の武警が立ちはだかり、行進を妨げた。僧侶は通し、住民を遠ざけた。それで単に平和に単に祈りを唱えて行進するはずだったチベット人たちは、スローガンを叫び始めた。彼らは「ダライ・ラマ万歳!」とチベットのチベット人たちから剥奪された自由を取り戻すスローガンを叫んだ。そこで公安が群衆に向かって発砲し、5人のチベット人が重傷を負った」。
僧侶は負傷したチベット人を釈放するように要求し、公安はそれに応じたという。「彼らは地元の病院に搬送したが、治療を断られた」。

スイス在住の別の亡命チベット人は、電話回線が不通になる前に、14人が負傷、うち4人が重傷と聞いたそうだ。「10人は現地で安静にしている。4人の重傷者はミンツォ・ゴンパの車で中国国内の病院へ向かったようだ」と彼は語っている。

本日のRFAより。
カンゼのある四川省のチベット地区と、そこに隣接するチベット自治区は、伝統的にカム地域と呼ばれ、チベット人の中でもカムバ(カム人)は血気盛んなことで知られる。このところカムバによる抗議行動の記事ばかりなのは偶然だろうか。それとも自治区内ではよほど情報管制が徹底していて、こうしたニュースが出てこようがないからだろうか。

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元記事、削除された!?

Posted by days at 2008-04-09 02:03

いつものようにRFAのチベット面見てたら、訳した"Tibetans Wounded in Sichuan Protest"の原文が、"404 - Page Not Found" に。
ちゃんとウメ文字でも書いてあるのには驚いたが、しかしいったいなぜ?

Re:Tibetans Wounded in Daofu

Posted by ichhan at 2008-04-10 10:40

本当ですね。
でもキャッシュにはまだ残っていますね。
http://72.14.235.104/u/rfaenglish?q=cache:SNIVkhn64eIJ:www.rfa.org/english/news/breaking_news/2008/04/05/tibet_clash/+Tibetans+Wounded+in+Daofu&hl=ja&ct=clnk&cd=1&ie=UTF-8

見えなくなったのはどういう理由なんでしょうね。

No One Can Tell Protesters to "Shut Up"

His Holiness Dalai Lama stops at Narita

by Days posted at 2008-04-12 23:45 last modified 2008-05-19 13:01
マスコミ取材

タイトルは、CNNの記事から。ダライ・ラマ法王が10日、デリーからシアトルへ向かう途中で成田に降り立った。
その間の予定はごく一部の関係者にしか知らされておらず、朝7時の到着予定時間にはチベット国旗を掲げた多数のチベットサポーターが到着ロビーで待ち受けたが、法王は成田ヒルトンホテルにそのまま向かい、「午後にまたお会いしましょう」との言葉をテレビクルーに残して休養に入った。
ヒルトンのロビーは在日チベット人やその家族、チベットサポーターにインタビューする報道陣で一時騒然とした。法王に会えそうか、と質問するテレビクルーに対し、自分に会っていただくぐらいなら、その分十分お休みになってほしい、私たちチベット人は会えなくても出迎えに来るのが当然の礼儀だと思っているだけだ、との在日チベット人の返答を私は傍で聞き、私たちの理解不足を思い知らされた。

記者会見の前半は日本のメディアが報じている偏見を覆そうとするもの。「私たちは反中国ではない。北京オリンピックを中国国民が開催するのは当然の権利だし、私たちはそれを応援している」と、聖火への妨害行為と一線を画す一方で、チベット各地でのデモ、各国での抗議行動について「それぞれが思っていることをどのように表現するかは、それぞれの自由だ。誰にも黙れという権利はない。ダライ・ラマでさえも」と語った。
ダラムサラを始め、世界各国に亡命チベット人コミュニティがあり、それぞれにダライ・ラマやチベットへの思いを抱いているが、そこから発する行動はそれぞれが自分たちで実行していることで、ダライ・ラマはその自由を尊重している。ダライ・ラマは亡命政府の民主制を重んじ、自ら退位することさえ口にしているのだ。チベット人やチベットサポーターの行動が多かれ少なかれダライ・ラマの影響を受けているとは言え、彼らは誰しもダライ・ラマに命令されてそれを行っているわけではない。中国政府への反論でもあるが、日本でもダライ・ラマが民主主義を指向していることに触れた報道はまったくないと言っていい。
「問題は、チベットではその自由がないことだ。私たちは独立を望んでいるわけではない。自治を求めているだけだ。チベットの『自治』は名ばかりになっている。本当の自治は行われていない」。いつになく険しく、強い調子でダライ・ラマは語った。こんな猊下を見るのは初めてだった。

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訂正

Posted by days at 2008-04-20 01:47

シュプレヒコールに関する見解が正しくないとの指摘があり、一部削除しました。

Candle March in Shibuya

by Days posted at 2008-04-13 01:05 last modified 2008-05-13 19:08

明日の渋谷でのイベント。3/22の六本木デモの後から各地でキャンドルナイトが行われているが、そこから派生して「シュプレヒコールを上げない」デモをローソク持ってやるらしい。詳しくはTSNJのWebへ。

【日時】4/13(日) 

【集合時間】17:30 

【全終了時間】20:30ごろを予定 

【集合場所】渋谷宮下公園

【内容】 
(1)キャンドルマーチ 18:00〜18:30 
渋谷駅方面へ歩きます。解散場所は、集合場所と同じ宮下公園です。 
‘We shall overcome’という歌を歌いながらマーチしたいと思います。 

(2)キャンドル・ライティング 19:00〜20:30 
代々木公園の噴水前(水景施設)にて行います。

【持ち物】 
◎キャンドル 
(空き瓶、紙コップ、ペットボトルの下半分などの風よけが必要になります) 
◎その他、平和を求めるメッセージ、絵、花 など 
(このキャンドルマーチとキャンドルライティングは、 
 一人ひとりの気持ちが集まるものになればと思います。 
 ですので、それぞれの想いを形にしたものがあればご持参ください) 

【注意点】 
◎火は危険性のないように、注意を払ってください。 
(特に歩くときは火が広がらないようにペットボトルやビンに入れるなど
 工夫をしてください。 
 または、懐中電灯に布や薄紙を丸めて貼ったものや、
 電気キャンドルなどでも代用できます。) 

また、名古屋でも来週土曜日4/19にデモが予定されている。全国から関係者が集まる東京でのデモと違い、ネット掲示板から発生した経験のない有志が必死になって準備しているようだ。できたら、私も飛んでいきたいぐらい。
そしてその翌週4/26にはいよいよ北京五輪の聖火が日本にやってくる。長野での聖火リレー、スタート地点と予定されている善光寺の対応に注目。ネット掲示板では「同じ仏教徒として恥ずかしくないのか」とか、怒号が飛び交っているのだが。

2008-04-13渋谷駅前
2008-04-13代々木公園

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Re:Candle March in Shibuya

Posted by days at 2008-04-14 00:19

渋谷から帰った。雨が心配だったが、マーチの最中から代々木公園に移ってのキャンドルイベントまで、ぴたりと止んでくれた。
参加したチベット人はさすがに叫んでいたが、あとは予定通りギターの響きに合わせて唄うだけの素朴な行進。でも渋谷を行く人たちの視線を集めるには十分だった。この暖かい雰囲気、幹事の高橋さん、本丸さん、他のみなさんに感謝。

ニュースレター

Posted by days at 2008-04-20 02:10

このキャンドルナイトの写真をニュースレターに使いたいと、大先輩からリクエスト。
この写真は、チベット国旗をここに置いた演出が素晴らしいのです。
それにしても、先輩、「ニュースレター」って何ですか? そんなの作ってたっけ?

Watch Your Step

by Days posted at 2008-04-15 01:55 last modified 2008-07-08 00:41

ウイルス踏んだ。チベットサポートのMLに、ネパールの国連難民高等弁務官事務所からのメッセージがなぜか混じっていて、「詳しくはPDFを」と書かれていたのでダウンロードしてみたのだが、見事に「釣り」だった。

X-Originating-Ip: [209.85.146.243]
X-Sender: mlogan@ohchr.org
From: "mlogan@ohchr.org" 


Dear all
  General Assembly resolutions on April 20, 2008 on human rights in Tibet 
held the meeting mainly on whether the Communist Party of China on Tibet 
monks slaughtered monks and assault incident, as detailed in the annex to 
the specific content of documents, internal reference.

Attached(Optional paper read English and Tibetan)

For further information, contact Marty Logan at mlogan@ohchr.org, 
Tel: (+977-1) 428 0164, Ext 321 or (+977) 98510 16922 (mobile), 
website: http://nepal.ohchr.org

PDFファイルが表示されないので、何かおかしいと気付き、whoisでアドレス逆引きして送信元が中国からとわかったときには既に遅し。きのう代々木公園で知り合った関係者が即座にメイルをくれて、"TROJ_PIDIEF.GD" という「トロイの木馬」だと教えてくれた。ありがとう。
Symantecは何も警告してくれなかったし、スキャンしてもひっかからなかったのが、トレンドマイクロで駆除できたみたいだ。テスト用途のマシンで、いざとなれば初期化しても問題なかったのが幸い。
あとで調べたら、こんな記事もあった。WIRED VISION「チベット:支援者を狙うPCウイルス スパイ目的か」。
この拙い日記にも、コメントスパムが大量に押し寄せている(しかも3/8の中国大使館への抗議行動の記事にだけ)。備えはしておこう。

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Monks Detained

News from TCHRD

by Days posted at 2008-04-15 02:27 last modified 2008-05-13 19:08
長田さんのblog「チベット式」に、「ラモチェ(小昭寺)の僧侶70人が拉致された」という記事。気になってTCHRDを見てみたら、今度はデプン寺でも僧侶が拘束されて行方不明になっているらしい。
デプン寺の僧侶が愛国教育キャンペーンで拘束された」。
TCHRDの信頼できる筋によると、12日より政府の愛国教育キャンペーンによって開始された「工作単位」にデプン寺の僧侶たちが反対する中、僧侶数人が公安に拘束された。

「遵法教育」の一環として組織された工作単位は、12日にデプン寺にやってきて、意義を疑問視する僧侶たちに対して愛国教育キャンペーンを始めた。工作単位は僧侶たちを制圧しようと、武警を呼び入れ、数人の僧侶がその場で拘束され、キャンペーンへの妨害を停めるためにどこかへ連れ去られた。拘束された僧侶がその後どうなったのかは不明。
"Work Team"は「工作単位」でいいと思うのだが、日本語にすると違和感がある。
とにかく世界中が聖火や法王訪米や胡錦濤来日でピリピリしている中、チベットでは民衆や僧侶に対する迫害が続いている。先々週からカムやアムドの寺や大学で「愛国教育キャンペーン」とそれに抵抗する僧侶たちとの小競り合い(カンゼでは死傷者も出てしまった)が報じられていたが、いよいよその動きはラサにも及び、実力行使で僧侶を押さえつける段階に至ってしまった。
何度も言うけれど、本当にこんな国でオリンピックを開催してよいのだろうか。

ダラムサラの緊急委員会は11日付けでプレスリリースを発表。その末尾に6項目の要求がある。
  1. 早急にチベットに独立した事実調査団を派遣すべきこと。
  2. 早急にチベット全土で自由な取材が許可されるべきこと。
  3. 早急に中国政府はチベット全土でチベット人に対する弾圧と残忍な殺戮を中止すべきこと。
  4. 早急にすべての拘束、逮捕者を解放すべきこと。
  5. 負傷しているチベット人が適切な手当を受けられること。
  6. チベット人の移動と、生活必需品へのアクセスが許されること。
胡錦濤は「内政問題」だと繰り返しているが、これを国際社会は無視できようか。

*"Work Team"を当初「労働班」と訳していたのを「工作単位」に訂正。

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Snow Lion Means

by Days posted at 2008-04-19 23:50 last modified 2008-05-13 19:13
携帯ストラップ

13日の渋谷のキャンドルマーチで、MiKKOさんからチベット国旗柄の携帯ストラップをいただいた。ありがとう。

国旗デザインの意味
  • 中央の白い三角は雪山(チベット)
  • 6つの赤い光線は民族起源の6氏族
  • 赤と濃い青の光線はネチュン守護神とシュリ・デビ守護神の加護
  • 太陽はチベットの民の平等・自由の享受と繁栄
  • スノーライオンは方策の勝利
  • ライオンの支える宝石は精神的なよりどころの三宝に対する尊敬の念
  • ライオンが持つ物は十善業法と十六浄人法による自律
  • 黄色の縁は仏教の繁栄
「スノーライオンは方策の勝利」の説明だけ、妙に頭に残る。「方策」というのはつまり手段とか対策とかのことだが、何事もいきあたりばったりではなく、ちゃんと手段を考えてから行え、ということなのだろうか。
方策は常に頭の中にある。

ちなみにこのストラップはカワチェンで買えます。

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China Steps Up Crackdown in Tibet

News from RFA

by Days posted at 2008-04-20 02:50 last modified 2008-05-13 19:15

4/17付けのRFA「中国はチベットへの弾圧を強めている」より。
I Love Tibetによると、ジャムヤン・キは90年代にヒット曲で一世を風靡したチベット人歌手だそうだ。
チャムドの細かい地名が、どこのことかわからず‥‥。

過去50年間最大の抗議行動を受けて、中国はチベットへの弾圧を日々強めている。中国やインドの情報源によると、その一方でチベット僧たちは寺院の屋根に中国国旗を掲げることを拒否し続けているようだ。

加えて今週青海省から伝えられた情報によると、チベット人女性活動家で作曲家として知られるジャムヤン・キ(加羊吉)が逮捕された他、チベット人コミュニティのリーダー5人が同様に投獄されたという。彼らは全員ゴロク(果洛)県マチェン(瑪泌)郡の出身で、現在は省都の西寧で勾留されているという。
5人は、舞踊団のリーダーで有名なタレント、歌手で民族音楽会社の創立者、遊牧民の寄付によって設立された学校の校長と副校長と教師。 ゴロク県公安局は3月31日に5人を検挙して、西寧へ移送したという。関係者は誰も面会できないと青海省の情報筋は伝えている。
ゴロク県公安局はこれについてコメントを断っている。

TCHRDによると、同じ青海省ではレコン(同仁)郡でRong Gonchen寺の僧侶を含む100人が逮捕されたという。
当地のホテル従業員は、Rong Gonchen寺への観光客の立ち入りはまだ禁止されているとRFAに語った。武警も見たと、地元の宗教関係者は話している。
「武警はそれほど多くなかったが、公安は多かった。他の寺は問題ないのに、その寺にはまだ入れない」。郡関係者と公安はコメントを断った。

四川省での捜査

青海省と並びチベット人が多く住む四川省では、カンゼ(甘孜)県のパユル僧院で反中国活動に関する捜査が行われている。
「チベット人を含む公安の一団がやってきて、あちこちを捜しまわった。ダライ・ラマの写真が見つかって、押収された」と目撃者は4月16日に語った。「中国当局は本山の屋根に中国国旗を掲げさせたいのだが、僧院がそれを拒否しているのだ」。
チベットでは伝統的に寺院に掲揚されるのは仏旗だけである。

カンゼと同様、4月12日にはダルツェンド(康定)でも当局が僧侶を集め、カンゼ県のすべての寺院では中国国旗を掲げるようになったと伝えた。これはその場にいた僧侶がインドのデプン寺の走路、ロプサン・ギャルツェンに伝えた話だ。
「すべてのチベット人僧侶と尼僧が運動に参加するように言われた。亡命政府、ダライ・ラマやラサでの抗議運動を批判する文書にサインするように命令された。中国の五星紅旗を各寺院に掲げ、僧侶や尼僧はその下で中国を称えることや、チベットの他の地域での騒乱は亡命政府とダライ・ラマに責任があること、ダライ・ラマを分裂主義者と認めることがその内容だ」。多くの僧侶はサインを拒否したという。

チベット自治区

チャムド(昌都)県Jomda (Jiangda)にある62の寺院のうち、3寺院で はダライ・ラマを非難する「再教育運動」が始まったという。
4月11日、チャムドのDzigar寺に関係者と公安がやってきたという。Wara寺、Sungda寺の僧侶は参加を拒否したが、その後彼らがどうなったのか情報はない。

この他、RFAには関連記事として、米国のデューク大学での抗議行動でチベット人に同調した中国人女子留学生が大変な目に遭ったというインタビューが掲載されている。青島に住む両親の家は放火され、潜伏生活を余儀なくされており、父親名での偽謝罪文が出回ったという。

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Olympic Rally Planned in Lhasa

by Days posted at 2008-04-24 02:39 last modified 2008-05-13 19:16
のどかだったポタラ

23日付けのRFAの記事「チベットで予定されているオリンピック歓迎式典」より。逐語訳するのもむなしいので、概要だけ。

  • 中国当局は、チベットの象徴であるポタラ宮に聖火が到着するのを祝い、漢民族による歓迎式典を行おうとしている
  • チベット仏教の聖地で、愛国精神に則って聖火を歓迎するよう、共産党青年団から市内の旅行代理店に通達があった
  • 旅行代理店職員によると、2万人は確実に参加するだろう、とのこと。そのうち数千人は旅行代理店が手配する旅行者。漢族は参加できるが、チベット人は歓迎されていない
  • 毎日という訳ではなく、状況にもよるが、こんなことは日常茶飯事、とその職員は語る

ポタラ前の広場で、漢族だけ2万人の歓迎式典?
これを占領と言わずして、何を占領という。日本では長野で盛り上がっているが、エベレストやポタラを「聖火」に蹂躙されるチベット人の思いはいかほどだろう。
聖火への抗議運動のひとつの目標は、エベレストを「聖火」から救えるか、だと思う。

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Nagano

by Days posted at 2008-04-26 22:00 last modified 2008-05-13 19:16
聖火はどこ?

共同通信などによると、中国政府はダライ・ラマ14世関係者との会談を準備しているようだ。対話再開はダライ・ラマも歓迎しており、実現すれば欧米諸国の北京五輪開催に対する見方も変わってくるだろう。
一方、同じく共同電によると、26日の人民日報は「民族問題ではなく、中国の分裂にかかわる問題だ」とする評論を掲載し、チベット自治区が成立した1965年以降のチベットに対する投資政策を強調、チベット問題で中国政府が従来の原則的立場を崩す考えはないことを示している。
外には譲歩姿勢を示し、中には強攻策をアピールして支持を求める。13億の国民をなだめ、世界に窓を開くのは、よほどの政治力がなければ無理だろう。中国政府は綱渡りの対応を迫られている。ちなみにチベット人の人口は約600万人だから、チベットが独立したとしても13億に変わりはない。
一方で、チベットにも同じような状況が起きているのではないだろうか。ダライ・ラマは一貫して五輪開催には反対しないこと、独立を目指してはいないこと、暴力を否定することを世界に対して訴えている。チベット人はもちろんダライ・ラマに帰依し、それを頭で納得しているのだが、それでも中国人に理不尽な扱いを受けると、つい体が動いてしまう。青年会議は亡命政府のあるインド・ダラムサラからチベットへの「帰郷行進」を始めとして逮捕も辞さないアピールを展開し、SFTは世界各国を巡る五輪聖火リレーへの抗議を呼びかけている。
ダライ・ラマは二枚舌だ、言っていることとやっていることが違う、「嘘つき」だと新華社はさんざん批判しているが、その非はダライ・ラマにではなく、チベット人の義侠心の厚さに起因しているのではないだろうか。そして、その義侠心を呼び起こしているのはチベット人を差別し、貶めている中国人そのものなのだ。

1998年の冬季五輪開催地、長野にも北京五輪の聖火リレーがやってきた。当初出発式を予定していた善光寺は、抗議を受けて開催地を返上。代わりに出発式と同じ時間に、チベットでの一連の抗議行動で亡くなったチベット人と中国人あわせて36人の追悼法要が行われた。
聖火リレーは90人の警官に護られて、バスで長野入りした中国人留学生が五星紅旗を振り、声援を送る中、ほぼ順調に予定のコースを回り、予定より若干遅れてゴール地点の若里公園に到着した。
その間、市内各所でチベット旗を持った支援者と、中国人との間で睨み合いや小競り合いが続き、旗の奪い合いや暴行事件などが起きてしまった。まるで長野が北京になってしまったかのようだった。市民を守るはずの警察官は、聖火や中国大使ら関係者の警備に無我夢中で、聖火が通り過ぎた後のコースで起きたそれらの事件にはまったく手が回わっていなかった。
この異様な雰囲気の中で行われた聖火リレーが、長野市民の目にはどのように映ったのだろうか。また彼らは北京五輪をどのような目で観るだろうか。
作り笑顔の「嘘つき」はどちらなのか、長野市民に聞いてみたらいい、と思う。

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The Olympic torch is at Chinese Base camp

by Days posted at 2008-04-28 23:45 last modified 2008-05-13 19:17

EverestNews.comより、エベレスト登頂を目指す聖火の行方。4/28は、天気さえ順調なら第一次隊が8300メートルの最終キャンプから頂上を目指す予定だった。

聖火は中国側ベースキャンプに到着。が、28日の頂上アタックは行われないだろう。ネパール側に好天が伝えられる一方、中国側は天気の悪さを気にし続けている。引き続き見守ろう。

(前報)予定されていた8300メートルからの頂上アタックは、4月28日には行われない見込みだ。中国当局がそれをどの程度延期するかは、国家機密になっているようだ。5月に入るまでは無理だろう。
登頂が遅れれば遅れるほど、南側の商業登山隊はやきもきすることになる。

聖火登山隊は3次まで予定されているという。中国政府はチベット側(中国側)BCへの立ち入りを5月10日まで規制しており、ネパール側からの登頂規制もそれに合わせているようだ。報道陣がBCに入れるのは1日1回かぎり、携帯電話の通話も制限されているらしい。
読売新聞によると、ネパール側ではC2に25人の特別治安部隊が配置され、必要に応じて発砲まで許可されているらしい(これはあくまで中国へのポーズで、絶対に発砲なんかはしないだろう、とシェルパ族に詳しい知人は語る)。

既に昨年5月には聖火のためのテスト登頂が行われている。万が一今回登頂できなくても、昨年の映像で誤摩化すのではないかという意地悪な声も聞かれる。
そんなに天気の悪化を心配するのなら、さっさと撤退したらいいのに。むしろ今年無理して登るよりはそっちのほうが断然マシだ。時間を気にした無理なアタックが遭難につながれば、聖火リレーどころじゃなくなるだろう。

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Kicked Off Mt Everest

by Days posted at 2008-04-29 23:28 last modified 2008-08-25 23:36

きのうに引き続き、EverestNews.comより。ちょっと放っておけないニュースだったので。

William Brant Hollandに、2年間の入山禁止が言い渡され、ネパールから強制送還された。
Hollandは、チベット問題を訴える横断幕を所持していたことで、エベレストBCからカトマンズに追放されていた。彼はカトマンズの会社に正式なヒマラヤ・ガイドとして在籍していた。
この一件は他の登山者にも波紋を投げ掛けるだろう。

多くのチベット難民を抱えるネパールは、同時に中国からの経済援助に依存している国でもある。カトマンズでは国連事務所の前に集まったチベット人たちに対し、警察官が暴行し、逮捕する事件も起きていて、、ネパール大使へ抗議文を送る行動も呼びかけられている。

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Two Nuns Detained

by Days posted at 2008-04-30 00:12 last modified 2008-05-13 19:09

カンゼで尼僧2人が抗議を決行、逮捕されたらしい。RFAより。

拘束された2人は、四川省カンゼ県Drakar尼僧院のBumo Lhaga (32) とSonam Dekyi (30) 。4月23日13時頃、2人はカンゼの中心部でダライ・ラマのチベット回帰などを訴えながら、チラシを配ったという。
「2人は、ダライ・ラマをチベットに戻してほしい、チベットは独立国だという趣旨の手書きのチラシを配っていました。中国公安の担当者たちがこのチラシを見つけて回収し、誰がこれを配ったのか捜査をしていました。
2人の尼僧は通りの角でダライ・ラマの回帰を求めて、『チベットに自由を』と叫んでいたところを見つかりました。彼女らはすぐに逮捕され、公安の車両で連行されました。逮捕されてからでさえ、彼女たちは叫ぶことをやめませんでした」。
Sonam Dekyiの母親は26日、電話インタビューに答え、抗議行動を行うことによる危険を娘は十分に認識していた、と語った。
「私の娘Sonam Dekyiは、充実した人生だったと思います。彼女は直面することになる危険とリスクを知った上で、それでも抗議をすると決心しました。私はまったく恐れていません。彼女がもし中国当局の拷問に耐えられず、帰ってこなかったとしても、何も後悔しないでしょう。法王が願うとおり、彼女は平和的に抗議し、暴力には訴えなかったのですから」。

2人は地元のカンゼ収容所に連行されたと見られる。彼女たちが作成したチラシには、彼女たちの行動とDrakar尼僧院とは関係ないと書かれていたという。

アムドやカムでさえ、これほどチベット人たちは追いつめられているのだ。西側メディアがラサに入った3月下旬からこの1ヵ月というもの、チベット自治区で何が起きているのかまったく伝わってこないのがもどかしい。
一方、長野ではいま、26日の聖火リレーに抗議して警備陣に体当たりしたタシ・ツェリンが勾留されている。タシ・ラはチベット青年会議台湾支部の副支部長で、聖火リレーに合わせて来日していた。何かせねばならないという焦燥感が痛いほど伝わってくる。

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Re:Two Nuns Detained

Posted by にだて at 2008-04-30 09:50

>長野ではいま、26日の聖火リレーに抗議して警備陣に体当たりしたタシ・ツェリン
>が勾留されている。タシ・ラはチベット青年会議台湾支部の副支部長で、聖火リレー
>に合わせて来日していた。
抗議があったことは報道されても、その人が何者だったのか今はじめて知りました。
日本においてすらそんなおかしな報道の配慮がなされているんですね。

Chinese climbers on the move on Everest

by Days posted at 2008-05-02 01:50 last modified 2008-05-13 19:10

EverestNews.comによると、中国隊は聖火トーチを16個もベースキャンプから持っていくようだ。断片的な記事をたどって要約すると下記のとおり。

  • 中国隊は8300メートル地点に到達した。これからそのまま登頂するつもりなのかどうかはわからない。中国隊は「波状攻撃」を得意としているからだ。ACEによる気象予測では、5月3日か6日が登頂に最適なようだ(中国隊がこの情報を得ているかどうかは不明)。
  • 中国隊はBCから16個の聖火トーチを持って動き出した。
  • エベレスト上空を、きょう中国空軍の戦闘機が飛んでいた。エベレストの北側は、まだ混乱の最中にあるようだ。
  • 香港からの報道陣2人が高度障害にかかり、テングリの病院に搬送された。うち1人は夜間の搬送中に事故に遭い、けがを負っているが、大丈夫なようだ。
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Re:Chinese climbers on the move on Everest

Posted by ディディ at 2008-05-02 09:39

中華系以外にこの行動を心から喜んでいる人は、果たしているのでしょうか?
もともと、中国のものでないヒマラヤがこういう形で利用される現実。
とても心が痛みます。

A Tibetan Died of Torture

News from TCHRD

by Days posted at 2008-05-04 22:30 last modified 2008-12-11 22:21

TCHRDより、5/2のニュース。ラサでの蜂起のあと、数千人の若者たちが連れ去られたという報道があり、その後が気になっていた。新華社などでは、うち数十人が起訴され、判決が出たと報じられているが、まだ大勢が投獄されているはずだ。気になっていたのが余計に心配になる情報。

チベット人権民主化センター(TCHRD)が得た信頼できる情報によれば、刑務所の看守による過酷な拷問によって4月1日、ひとりのチベット人農民が死亡した。亡くなったのはラサ近郊のペンポ・ルンドゥプ(澎波林周)県ジョンカ地区のダロン(達龍)郷に住むダワという31歳の農民で、3月15日にルンドゥプ県で行われた抗議活動に参加して逮捕されていた。
複数の情報源によると、彼は刑務所に収容されていた約2週間、中国人看守による拷問に遭っていた。ついにはそれが重体に到ると、中国当局は彼を3月27日に治療のために釈放した。その時点で既に彼の容態は危機的状況にあった。4日間入院したが、4月1日に彼は亡くなった。
刑務所での暴行に加えて、中国当局は遺族に対して公共財破壊と経済的損失を理由に1000元(125ドル)の罰金を課したという。

情報筋はさらに、3月15日のルンドゥプ県での蜂起で多数のチベット人が殺されたと伝えている。例えば、ジンパという23歳の農民は公安に射たれて亡くなった。彼もジョンカ地区の出身で、3月15日の抗議行動中に受けた銃創によって亡くなった。

4月28日、中国の司法当局は30人のチベット人に判決を下した。中でも2つの「罪状」で起訴されたペンポ・ルンドゥプ県出身の35歳のチベット人、ユェシェに対しては12年に懲役が言い渡された。

チベットでの中国当局による拷問については、その被害者がアムネスティ日本の招きで2000年に来日して各地で証言ツアーを行った。
同じような拷問が、いまなお中国当局によって行われているのは、とても見過ごすことができない。

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Hu Jintao Comes to Tokyo

by Days posted at 2008-05-06 23:55 last modified 2008-05-13 19:11
5/6青山デモ

Tibet.netによると、29日、カンゼ(甘孜)州、タウ(道孚)では、1989年の抗議行動で最初に蜂起して逮捕、投獄されたナツォ・ゴンパの元僧侶のNyima Drakpa(41)が、警告や令状もなしに公安にまた逮捕されたという。

広東省深センでは、国際世論に促されて、北京政府とチベット代表とが対話を再開。ロディ・ギャリ、ケルサング・ギャルツェンの2人の特使が共産党統一戦線工作部代表と4日に会談を行った。ダラムサラへの帰路、ロディ・ギャリ氏は「よい一歩を踏み出した」と語り、対話継続への希望を示したが、次回会談は未定。4日の会談の詳細は7日に明らかになる見込み

米国の駐ネパール大使、ナンシー・パウエルは1日、ネパールのコイララ暫定首相と会談し、カトマンズで行われているチベット人の抗議活動への過度な取り締まりを抑制するように申し入れた。コイララ首相は、ネパールは「ひとつの中国」という中国政府に異議を唱えることができず、いかなる反中国的活動もネパール国内では容認できないという従来からの方針を繰り返すだけだったという。

そして東京には、1989年に戒厳令下でチベット人に徹底的な弾圧を指示した当時の西蔵自治区共産党書記、胡錦濤中国共産党総書記が来日した。
昨年から予定されていたこととは言え、4月26日に大混乱の中長野市で聖火リレーが行われ、6月に洞爺湖サミット、8月にオリンピックを控えたこの時期というのは、非常に因縁めいた組み合わせだ。折しも上野動物園ではパンダのリンリンが亡くなった直後。代わりのパンダを手みやげに市民外交を仕掛けてくるあたり、なかなか日本の世論を研究していると思われる。が、そもそもパンダが住んでいるのはチベットで、中国ではないのだ。
胡錦濤来日に合わせて、東京・外苑では「チベットを救え!大集会&デモ行進」が行われ、パンダの着ぐるみも「チベットのパンダを盗んで、日本の子供をだますな」と訴えた。日本青年館には開会の1時間前から500人以上が列を作って並び、会場は満席に。隣接する明治公園に集合した参加者と合わせ、主催者発表で4200人が青山、表参道を経てシュプレヒコールを上げながら約1時間にわたってデモ行進した。
到着地点となった代々木公園では、チベット旗以外にも青い東トルキスタン旗、緑の台湾旗も掲げられ、チベット人の蜂起に連帯した内モンゴル、ウイグル、台湾、ミャンマー、ベトナム、北朝鮮、そして中国の民主活動家がそれぞれに思いを語り、胡錦濤政権への抗議を示した。
一部の参加者は、福田首相の招きで夕食会が行われる日比谷公園へ、さらに抗議活動を激化させていった。

エベレスト登頂を目指す聖火登山隊は、降雪により停滞を余儀なくされている。予定されていた3回のアタックの日程は使い果たしてしまい、登頂はさらに延期されるようだ。

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Re:Hu Jintao Comes to Tokyo

Posted by にだて at 2008-05-08 12:35

パンダはチベットの動物、って言われてみるまで気づかなかった。確かにその通りだわ。

Sherpas’ Declaration for Tibetan Refugees

by Days posted at 2008-05-08 03:12 last modified 2008-05-13 19:12

チベット難民が集まるカトマンズでも連日のように抗議行動が起き、難民に政治活動を許可しないネパール政府はそれを厳しく取り締まっている。抗議、逮捕、勾留、釈放、抗議の連鎖が続いていて、カトマンズのチベット人は勾留されてもいいように弁当・水筒持参で抗議に参加しているそうだ。
カトマンズ在住の米国人作家、Mikel Dunhamによると、政府から弾圧を受けるチベット難民に対し、思わぬところから連帯の声が上がっているという。
ヒマラヤの民として知られ、エベレスト登山にはなくてはならない存在、シェルパ族の人々だ。彼らからの声明の英訳が掲載されている。

ネパールにおけるチベット難民をサポートするシェルパの声明

  • 私たちネパールのヒマラヤ・シェルパは、ネパールにおけるチベット難民の平和的デモに対するネパール政府の残忍で抑圧的な行動に関して深刻な憂慮を表明します。政府の行動とは、3月10日以来、デモの「コントロール」という名目で行われていることを指します。これらの行動は冷酷で、抑圧的で、チベット人の基本的人権を侵害しています。
  • 私たちは平和的なデモやその後の拘束において負傷者が出ていることを大変心配しています。この権力の乱用は、すべての人々の基本的人権を尊重するというネパール暫定憲法にも反しています。
    私たちは政府がチベット難民に対する残忍で抑圧的な行動をやめるよう強く非難するとともに、要求します。
  • 私たちはチベット人と同じ宗教や文化、言語、伝統を共有しており、私たちが敬意を表する僧侶たちが殴打されるのを見るたびに痛みを感じます。私たちはチベット人とブータン人に対するダブルスタンダードをやめるよう、ネパール政府に求めます。
  • 私たちは、政府がチベット難民を抑圧しているために国際社会がネパール人民をネガティブなイメージで見ることを深く憂慮します。私たちは政府が国際的な世論に耳を傾けることを求めます。チベットの歴史において非常に重要な時期に、私たちはチベット難民と連帯することを表明します。私たちはすべてのネパール国内の政党や市民社会、人権擁護機関に対して、政府が抑圧をやめるのを助けることを求めます。

この声が、8000メートルの峰々から世界へ、そしてネパール政府や中国政府を動かすことを望んで止まない。

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Re:Sherpas’ Declaration for Tibetan Refugees

Posted by Anonymous User at 2008-05-08 09:45

我家も、チベット人と同じ文化・宗教を持つ家族として、同じ気持ちです。
今回の選挙で、毛沢東主義者の圧勝により、事態は悪化しているのだと思います。
彼らの唯一の逃げ道だった、ヒマラヤ国境を開放して、難民を受け入れ、今までのように共存していけるネパールになることを強く望んでいます。

Chinese Summit Mt Everest

by Days posted at 2008-05-08 10:34 last modified 2008-05-13 19:12

CCTVによると、けさ9時10分に中国隊はエベレストに登頂。聖火の点灯にも成功したらしい。
なんてことだ!とても信じがたい。

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Global Vigil

by Days posted at 2008-05-10 02:03 last modified 2008-05-13 18:56
2008-05-05安房小湊

残念なことに、中国の聖火リレーチームはエベレスト登頂を本当にやってのけたようだ。CCTVが中継した映像について、ネパール側でも天候の確認が取れたらしい。

STUDENTS FOR A FREE TIBET国際本部の中心的メンバー、ラドンとテンドルは、聖火のエベレスト登頂に合わせて、世界中でキャンドルライティングを行うことを呼びかけている(日本語訳)。テンドルは昨年エベレストBCで「チベットの聖火」を点火したことでも知られる。
呼びかけでは、登頂の動きが見えたらすぐに準備してほしい、とのことだったが、残念ながら既にエベレストは「征服」されてしまった。それでも、いまから3月10日の蜂起以来、チベットで亡くなった人たちを悼み、これ以上チベットに災厄がふりかからないようヒマラヤの神々に祈るのは無駄なことではない。
東京では西麻布の笄公園、新宿中央公園、護国寺の3ヵ所で毎晩キャンドルライティングが行われている。明日は神谷町の光明寺でも「キャンドルナイト@TERRA」が開催される。
「キャンドルマッピング」によると、この他にもさまざまな場所(公園や自宅)で火が点されているようだ。小さなキャンドルと、落ち着いた暗闇さえ確保できれば、ひとりで炎を見つめるのも悪くはない。

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Life Slowly Returns to Lhasa

by Days posted at 2008-05-12 19:00 last modified 2008-05-13 18:55

5/8付けのRFAより。久々にラサの模様が伝えられた。

当局の努力にも関わらずラサ市街の商店はまだ少ししか開いていないが、中国各地からの観光客が少しずつ戻り始めている。電話網が復旧し、そしてチベット人学生は当局主催の「研修」に連れ出されている。
3月中旬に起きた反中国蜂起とデモの軍事的鎮圧の後、ラサは世界と隔絶していたが、次第に息吹を取り戻しているようだ。

ある市民によると、中国人やムスリムに混じって、外国人旅行者の姿が見られるようになったという。が、反中国感情から蜂起し、数千人の治安部隊によって鎮圧されたチベット人の移動は抗議活動の懸念からまだ厳しく制限されている。
「カムやアムドからのチベット人は、ラサ行きの乗車券を購入できません。ほとんどの人たちは居住許可証を持っているのに、ラサの居住許可証がないと購入できないのです。北京の中央政府からの指示だと言っていました。漢族や回族はチベットへ行けるのに」とその女性は語る。

学生たちの「研修」

チベット人をターゲットとした「再教育」がまだ進行中だという。「ラサのチベット人学生は、博物館へ連れて行かれ、伝統的なチベット社会の『負』の面を教えられます」。
この見かけ上の融和は、ダライ・ラマの代理者と中国当局との対話再開に続くものだ。
情報筋によると、通信サービスも改善され、電話がつながらないことが少なくなったという。「電話は何日もつながりませんでした。かけることも受けることもできませんでした。きのうになって、急につながるようになりました」とあるラサの女性は語る。
ラサ市街ではお年寄りが自由に散歩をし始めたものの、バルコルやジョカン周辺の店舗や露天にはまだ営業許可が降りていないようだ。ラモチェ修道院の近くでは一部が営業を再開している。

寺院が再開

デプンとセラを含む主要なラサの寺院は先週から再開した。あるラサの市民によると、数人の僧侶が戻ったが、市民はまだ面会していない。

ラサが戒厳令のような状態にある中、宗教の自由、チベットの独立、ダライ・ラマ支持を求めるチベット人の抗議行動は中国西部の各地で表面化している。
チベット亡命政府の発表によると、四川省Dakgo県Simo村近くのWadha寺の300人以上の尼僧は「宗教の自由を、チベットの独立を」と書かれた横断幕を掲げた。
Dakgo宗教担当部は、この寺が省公安によって捜査を受けていると答えている。「この件についてはあまり話せない。私たちは国家分裂と破壊活動を煽動する活動家を調べているところだ」と電話で語った。

チベット亡命政府によると、木曜日、チベットのほとんどの主要な寺院で法要が行われたという。法要は世界平和と北京オリンピックを目的とし、中国政府の情報ではデプン寺で400人、セラ寺で350人の僧侶が参加した。両寺院にはそれぞれ1万人、7000人の僧侶がかつて在籍していた。
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Earthquake Hits Wenchuan

by Days posted at 2008-05-12 20:47 last modified 2008-05-31 14:55

本日14時28分頃、四川省汶川県で、M7.8の地震が起きた。成都での水道管破裂や、北京での避難の様子ばかりが報じられていて、現地の被害は入ってこない。汶川は阿壩(アバ)チベット族チャン族自治州にあり、チベットで言うとカムの最も東に位置する。州名のとおり、人口の大半はチベット人が占める。パンダ保護区もある。

新華社の続報(20時現在)では、重慶で小学校が崩壊し児童5人が死亡した他、成都市内で45人、カンゼ自治州で4人、中江県で5人が死亡したという。汶川への交通は遮断されており、被害状況はわかっていない。

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Re:Earthquake Hits Wenchuan

Posted by days at 2008-05-13 02:28

http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-05/12/content_8155015.htm
22時現在で、7651人の死亡を確認。但し、未集計の地区が残っている。震源地の汶川一帯とは通信が途絶しており、通信会社があらゆる手段を使って復旧させようとしている。

新華網5/12 21:29

Posted by days at 2008-05-13 19:33

【新華社成都5月12日】(肖林記者)汶川地震の後、四川阿壩州の馬爾康、
金川、九寨溝、壌塘、松潘などの県で、家屋の損壊や山崩れなどが見られた。
松潘では山崩れが起きている。安県安昌鎮で1人が下敷きになって死亡、綿陽市の
江油でも家屋が倒壊する事故が発生した。
 17時10分現在、康定県防震減災局は甘孜州で4人が死亡、康定県のダム建設現場
では鉄七局の2人が死亡、1人重傷。康定県四季郷の児童2人が死亡。これらはみな
山崩れによるもの。
 17時53分現在、什放市の多くの学校は崩れてぺしゃんこになっている。現地の
川心雲峰会社の工場の建物、寮が建物が崩壊して、数百人が埋められている。
現地の通信、電力は停まっている。

新華網5/13 7:04

Posted by days at 2008-05-13 19:36

【新華社成都5月13日】(肖林記者)阿覇州政府はポータルサイトを通して、
被災地ではテント、食品、薬品を至急必要だと発表した。
汶川県書記の王斌によると、汶川県威州、綿虎地区の家屋は大部分が
倒壊、汶川県市街では一部家屋が倒壊し、大部分に家屋が危険な状態。市街地
に住む約3万人が自宅から避難しているようだ。震源の映秀、遊口、臥竜地区とは、
依然として通信、交通が遮断され、状況がわからない。
王斌は、テントと食品、薬品、衛星通信装備を汶川に空輸すると語っている。
医療スタッフも空輸し、現地の負傷者にできるだけ早く措置をしたいという。
13日1時30分現在で、阿覇州政府緊急委員会が把握している情報では、理県、茂県、
松潘、黒水は汶川とのあいだで道路交通と通信がすべて不通。それらの地域
内でも同様で、短期に回復する見込みはない。

Re:Earthquake Hits Wenchuan

Posted by Days at 2008-05-23 23:16

阿壩、カムじゃなくてアムドでした。
http://www.sftj.org/index_j.htm 見て、あれ?と思い、確認したらこっちが間違ってた。いまごろ気づいて訂正します。

Banboo Crisis with Giant Panda

by Days posted at 2008-05-14 01:20 last modified 2008-05-14 02:55

ビルマのサイクロン、四川(カム)を震源とする地震で大変なときに、新華網でこんなワイドショー的記事が混じっているのを見つけた。パンダはチベットに住んでいるのだが、昨年中国政府が完成させた最大のパンダ研究施設、臥竜ジャイアントパンダ保護研究センターが今回の震災で音信不通になっており、被災状況もまだわからないようだ。

一方、成都郊外にある成都大熊猫繁育研究基地は特に被害もなく、60頭余りのパンダも無事で、きょうも通常通り観光客が訪れていたようだが、新華網によると別の問題が生じているらしい。

「現在最も恐れるのは、地震の影響でパンダの食糧となる竹の葉が十分に調達できないことだ」と大熊猫基地の責任者は取材に答えた。
基地には46頭の成体のパンダがいて、1頭あたりパンダは25キロ以上の竹の葉を主食とするため、基地全体では1トン以上の竹の葉が必要になる計算になる。竹の葉の産地は主に汶川、崇州、彭州などで、これらはいずれも地震の被災地である。
「新鮮な竹の葉がちゃんと調達できれば、パンダがひもじい思いをすることもないのですが」と責任者は語った。
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臥竜のパンダ、86頭は無事

Posted by days at 2008-05-14 03:35

13日21:50の新華網によると、四川省林業庁が衛星電話で臥竜と連絡をつけ、86頭の無事を
確認したとのこと。子パンダは危険のない場所に避難させている。
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-05/13/content_8163568.htm

14 Tibetan Nuns Jailed, Detained

News from RFA

by Days posted at 2008-05-14 03:22 last modified 2008-05-14 03:22
2008-05-10光明寺

四川省での地震の発生直前、その四川省で続くデモ取り締まりを伝える記事がRFAから配信されている。

【カトマンズ】チベット情報筋によると、四川省当局は、公安の抑圧に抗議した14人の尼僧を逮捕し、3月のデモに参加した7人に刑期を言い渡した。

14人はカンゼ(甘孜)にある尼僧院の出身で、3月11日から12日にかけてカンゼの中心部、地元テレビ局の近くでデモを行ったという。
彼女たちはDrakar尼僧院のBumo Lhaga (32) とSonam Dekyi (30) がダライ・ラマのチベット回帰を求めてデモを行い、4月23日に逮捕されたのに抗議していた。
14人の名前は、Sey Lhamo (36)、Thubten Drolma (40)、Ani Taga (36)、Lhawang Chokyi (41)、Yangkyi (28)、Gyayul Seyan、Gyayul Thinley、Gyayul Shachotso Bodze、Tamdin Tseky、 Seshuktin Tamdin Tsekyi、Seshuktin Dekyi (29)、Bendetsang Yangchen、そして氏名不詳の2名。

「彼女らは、4月23日に抗議を行い、逮捕された2人の尼僧のサポートを呼びかけました。彼女たちは、チベットの独立と、ダライ・ラマ万歳、ダライ・ラマ回帰を叫んでいました」とある情報筋は伝える。
「中国側の武警が彼女たちを取り囲み、殴り始めました。尼僧のひとり、Tagaは頭を歩道に打ち付けられ、暴力的な扱いを受けました。出血が激しく、現場の舗道には血痕が残りました」。
14人は全員、カンゼ刑務所に収容されていると見られる。

新華網を見ていると、中国各地からの被災地への応援が猛々しく伝えられる一方、震源の汶川や周辺の阿覇州の状況はまださっぱりつかめない。気になるのは武警が増派されているという見出しで、これが決死の覚悟で自由を求めるチベット人の弾圧強化につながらなければよいがと案じている。

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Re:14 Tibetan Nuns Jailed, Detained

Posted by ディディ at 2008-05-14 06:33

今回の地震で、刑務所へ収容されてしまった方々はどうなっているのかとても心配しています。
何か情報が入りましたら、是非ご報告お願い致します。

Situation Extremely Tense

by Days posted at 2008-05-16 02:24 last modified 2008-05-16 02:25
マルカムのWoeser寺

12日に発生した地震の震源地、阿覇(アバ)チベット族チャン族自治州のことをカム東部と書いたが、チベットの人たちは汶川一帯を「ギャロン」(中国の谷)と呼ぶようだ。地震発生から2日以上経って、人民解放軍の先遣隊がきのうようやく汶川に入り、音信不通だった人口3万人の町が予想以上の被害を受けていることがわかった。
汶川ですらそんな様子なので、それよりもっと西のチベット人が多く住む馬尓康、紅原、阿覇など自治州の各地がどうなっているのかはまったくニュースが入ってこない。新華網は被災地の悲惨な状況と、中国各地からの支援、勇ましい救援ボランティアの記事を交互に流している。まるでチベットでは何も起きていないかのように。そう、チベットでは何も起きていないことを私は期待している。

現実はたぶんそうではない。阿覇のキルティゴンパ(同じ州だが震源から300キロ以上離れている)ではラサでのデモ鎮圧の直後から抗議行動が始まって僧侶が治安部隊に撃たれて殺され、また多数の逮捕者と抗議の焼死者が出ている。地震の被害もあったと伝えられる甘粛省南部の夏河にある名刹ラプラン寺では、数千人の治安部隊が寺を完全包囲して緊張が高まっているようだ。
チベット自治区東部のマルカムでは地震発生の12日にも僧侶が逮捕されている。こうした場所の最新の情報がどうしても気になる。以下、TCHRDから。

サンチュ(夏河)郡のラブラン寺の状況は緊迫している。数千人の武警と公安当局がラプラン寺を完全に包囲し、数百人の僧侶が逮捕されたことがTCHRDによって確認された。

5月7日、武警と公安当局(5000人と推定される)がラブラン寺を包囲、突然の一斉検挙を始めた。約140人の僧侶が逮捕され、収容所に連行された模様。その翌日、多数の僧侶による逮捕に対する抗議が起きた。当局はこの抗議行動がエスカレートすることを避けるために、連行された僧侶のうち一部を釈放。その後も抗議行動が続いた結果、11人が釈放された。
武警はその後追加部隊を投入して警戒に当たっているが、残る7人の僧侶の解放を求めて、まだ多数の僧侶が抗議行動を続けている。当局は7人の解放を完全に拒否し、抗議行動に対して警告を発している。

勇気ある僧の蒸発

4月7日、サンチュ(夏河)郡を訪れた外国人記者団に対して勇気ある告発を行った僧侶2人、ThabkheyとTsundueの行方が判らなくなっている。彼らの挑戦的な行動が政府をおとしめることになったため、秘密裏に連行されたのではないかと、地元のチベット人たちは不安を隠し切れない。家族らが地元公安局に届け出たが、当局では2人を関知していないと伝え、依然として消息がわかっていない。(5月9日
4月以来、中国当局による「愛国再教育」運動がチベット自治区マルカム(芒康)県Garthog郷のWoeser寺院とKhenpa Lungpa寺院で実施されていた。
情報筋によると、4月10日、中国の工作単位が寺院に入り込み、激しく厳しい「愛国再教育」運動を開始し、僧侶たちと中国当局とが神経をすり減らして対立することになった。当局の圧力にも関わらず、僧侶たちは書類に署名をしなかったし、ダライ・ラマを批判する論文も書かなかった。

僧の断固とした拒絶に対し、中国政府は逮捕を始めた。5月12日に、Khenpa Lungpa Monasteryの10人の僧侶たちが逮捕された。 また、同様に、2008年5月13日に、Woeser Monasteryの6人の僧が逮捕された。 ほかチベット人2人も5月14日逮捕された。

TCHRDはチベット人に対する不当逮捕を深刻に憂慮する。中国当局はすぐに「愛国再教育」運動をやめ、チベットに住むチベットの人々の文化と宗教的感情を尊重するように求める。

18人の逮捕者の氏名は以下のとおり。
  1. Ngawang Tenzin, age 40, Woeser Monastery
  2. Tenphel, age 19, Woeser Monastery
  3. Rigyang , age 21, Woeser Monastery
  4. Choegyal , age 23, Woeser Monastery
  5. Lobsang Gyatso, age 19, Woeser Monastery
  6. Tsangpa , age 17, Woeser Monastery
  7. Lodoe , age 15, Khenpa Lungpa Monastery
  8. Namgyal , age 18, Khenpa Lungpa Monastery
  9. Butuk , age 13, Khenpa Lungpa Monastery
  10. Jamyang Lodoe , age 15, Khenpa Lungpa Monastery
  11. Tsepak Namgyal, age 15, Khenpa Lungpa Monastery
  12. Kalsang Tashi, age 17, Khenpa Lungpa Monastery
  13. Jandup , age 21, Khenpa Lungpa Monastery
  14. Wangchuk , age 22, Khenpa Lungpa Monastery
  15. Tenpa Gyaltsen, age 26, Khenpa Lungpa Monastery
  16. Passang Tashi , age 3o, Khenpa Lungpa Monastery
  17. Dhargye Garwatsang, age 19(一般人)
  18. Kunchok Tenzin, age 21(一般人)
5月15日

逮捕された僧侶たちの年齢を見てほしい。

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A Letter from Lhasa

by Days posted at 2008-05-16 13:07 last modified 2008-05-18 02:26

ジャムヤン・ノルブのBlogに、ラサからのリポートが掲載された。Tibetan Uprisingにも転載されている。TSNJを精力的な翻訳で支援されている小川さんがさっそく全訳された。署名の代わりに、「4月27日ラサより」と添えられており、2週間ほど前のラサの緊張感が伝わってくる。

昨日は割と暖かく、ガソリンスタンドを警備する兵士たちは日よけの傘をさしていた。
今日はその反対で寒く、曇っており、暴風雨が山々や、時には谷間をさまよい、
雪もちらついている。天気と同じように、ラサの規則も変わりやすい。
ほとんどどこへでも行ける日の翌日に、軍の検問所が通行を禁じたりする。
先週の始めのうちは、日常がほとんど戻ってきたように見えた。
検問所の警備はリラックスしており、もう深刻そうには見えなかったし、
さらに通りの軍隊も少なくなっていた。しかし、軍の厳しい規制は突然戻ってきた。
数日前の夕方、私は北京路を歩いていた。たくさんの軍用トラックが通り過ぎ、
町中をパトロールしていた。一般車両はごく僅かで、通りにはほとんど一般市民がいなかった。
緊張感が漂い、普段は童顔の兵士たちが、突然恐ろしく見えた。

最近のラサの状況を述べるのは、包括的なことが分からないので難しい。
町を見回してみると、ポタラ宮殿の東のチベット旧市街以外は普通に見えるかもしれない。
旧市街では、軍が各交差点を押さえており、各通りの両側に立ち、身分証を厳しく
チェックしている。小さな路地にさえ、少なくとも4人の兵士がおり、その内の
少なくとも一人は銃剣を持ち、全員が盾と警棒、ヘルメットを装備している。
大きな交差点には警備の兵士も多く、通行人はチェックのために並ばなければならない。
漢民族はチベット人よりも簡単に通過できる。Tromsikhang地区*Barkhor地区*に住む
チベット人は、自宅周囲への外出の許可を得るのに、警察の発行した特別許可証が必要となる。

ジョカン寺前の広場は、普段は五体投地をしたり、(宗教的な儀式として)
歩き回ったり、憩いにくる人たちで溢れているのだが、今は全く誰もいない。
広場の前では2人の青い制服の兵士が誰も広場に入らないよう見張っている。
どちらかが休む場合は緑の制服の兵士が突然現れ、普段は憩いの場であるこの広場に
人が入らないよう監視に当たる。ジョカン寺の周りの通りも空っぽだ。
通行できるのは近辺の住民のみだが、ジョカン寺を回るコラス(宗教的なもの)*
は全面的に禁止されている。いつもなら活気のある商店やコラスは影を潜め、
軍隊の警備のそばでサッカーなどをして遊んでいる小さな子供たちがいるぐらいだ。

政府は北京路とセラ路の工事を始めた。所々掘り返され、3月14日の抗議で
車が焼かれた際に残った跡を消している。抗議者が商店の窓を割るのに使った
北京路の敷石も、元通りに敷き直されている。ラサを歩いていると、まだ
焼かれたり壊されたりした商店が目につく。北京路だけでも焼かれたものが
約16軒あり、それには中国銀行と宝石店が含まれる。

道路や商店のみならず、いくつかの伝統的な古いチベットの家も再建されている。

ぱっと見には、厳格な軍の存在が見えないかもしれないが、ホテルや中庭、
塀の中にトラックやテント、訓練中の兵士などがいる。外から見えない全て
のスペースに、軍が存在している。空きビルや、建物の影、時にはラザ市立人民
病院の中庭に隠れている。

ラサの通りを歩くと、大きな茶店はたいがい閑散として、商店も閉まっており、
人々がどれほど恐れているかを感じることが出来る。
集まりには疑いがもたれるため、通りで友達に話しかける人もほとんどいない。

それほど恐れていない人に会って話ができることもある。決まっていつも同じ、
劇的で腹の立つ恐ろしい、悪夢のような話を聞く。しかしながら、それらを
裏付ける証拠もないため、メディアに情報を提供するのは難しい。3月14日以降、
ラサ市は戒厳下にあるが、軍のカメラに監視されているため、人々はジョカン寺
の前の戦車などの写真を撮ることを恐れている。通りの死体は軍によってすぐ
に運ばれ、実家などに安置してあった遺体も夜間の軍の捜索中、軍が引き取って
いった。兄弟や親戚、友達の死を証明する手だてが無い。彼らが行方不明に
なったことを確認することしかできない。犠牲者数や逮捕者数に関する噂
だけが飛び交っている。人々に不安が伝染している。

きのう、私はあるチベット人の男性と話をした。彼は自分と友人たちについて話し、
ラサで何が起こっているのかを世界中に知ってほしがっている。彼の持つ情報が
海外メディアに伝われば、ここの人々を助けてくれ、みんなもう怖がらなくても
良くなるので、私に情報を広めて欲しいと頼んできた。私と話すことによって彼は
逮捕や拷問を受けるリスクを冒しているのだが、そんなことも気にならないほど
必死な様子だった。彼や彼の家族、友人、そして私自身を守るため、彼と会った
場所や彼の年齢や職業の詳細には触れない。以下が彼が私に語った内容である。

「3月14日の午後に、私たちはラモチェ寺の前でデモが起きていることを聞いた。
その後、私たちはジョカン寺の前で射殺死体を運んでいる4人組を見て、非常に
恐ろしくなった。普通は政府は抗議者にはガスや水を使用するべきなのに、
ここでは抗議者は射殺される。そこで私たちは急いで帰宅した。
夕方6時頃、妻が子供を学校まで迎えにいった。その時には、軍は既に学校
のある通りに来ていた。軍は子供を迎えにきた人々に発砲していた。
足を撃たれた女性と、頭か首を撃たれて死んだ男性がいる。後で彼の兄弟が病院
に遺体を引き取りにきたが、病院は拒絶した。最終的に彼は病院に、遺体を
渡さないのなら自分自身と病院を燃やすと脅迫した。
そこで病院は遺体引き取りを許可したが、数時間後に軍が来て遺体を持っていった。

3月14日以降、遺体を鳥葬場に運ぶために3枚の書類が必要になった。
もしこの3枚を揃えていない場合には、軍によって強制的に遺体とともに自宅に
戻される。これは、チベット文化では不吉なことである。3枚の書類とは、
地方警察によるもの、病院によるもの、弁護士によるものである。
これを実行することで、政府は異常な状況のもとで亡くなった人たちを発見し、
家族から遺体を取り上げることが出来る。そのため、遺体の写真を撮ってチベット
の外の記者に見せることが出来ない。問題は、事務所がここ何日も閉鎖しているため、
家族の遺体をチベットの占星術に従った日に鳥葬場に運ぶことが出来ないことである。

5月14日から16日の間*、軍が私たちの地区に深夜の家宅捜索にやってきて、
ダライラマの写真を持っていないかチェックし、身分証を持たない者を連行
していった。軍は抗議に参加した者の写真も持っており、その写真に写った
人々を捜していた。約50人の銃を持った兵士が私たちの家にやってきて、
徹底的に家宅捜索をした。3日間トイレに行く以外家から出られず、サンパ*以外
に食べる物もなく、ガスの切れた家では湯を沸かすことも出来なかった。
私の住む長屋の門は閉ざされ、その前に兵士が立っていた。外に出ると彼らに
殴られた。3日後、政府のために働いている者たちに電話があり、彼らはみな
仕事に戻った。そうじゃない者たちはみな引き続き外出を禁じられた。
この就労許可を持たずに外出した少なくとも7人の人々が逮捕され、一人が射殺された。

3月27日から29日だったと思うが、外国人記者がラサに来たとき、
軍が急に通りから消えた。制服ではなく交通警官や門衛、私服などを着て、
彼らは外国人記者から見えないところに隠れていた。私たちにも急に外出許可が出た。
この3日間は検問所もなかった。外国人記者が自由に歩き回ることを許可された際には、
平服又は民族衣装を身に着けた職員が記者に同行し、彼らの質問に答え、メディアと
話した人々の写真を撮った。私はメディアに、やらせの影で何がここで本当に
起こっているのか伝えたかった。しかしながら、それを実行していれば後日
罰を受けることになるのでできなかった。ジョカンの僧たちがそれを伝えたことを
聞いたとき、私たちはとてもうれしかった。

ジョカン寺の中にいた巡礼者たちは、その3日間サクラを命じられていた
政府関係者たちだった。普段は彼らは宗教活動に携わることを許可されていないが、
その3日間はそうせねばならなかった。その他の政府関係者たちも、
ラサに自由があるように見せるために、家族を連れてバルコー*やポタラに
行くよう休暇が出されていた。

外国人記者が去ったと同時に、軍は再び取り締まりを強化した。
外国人記者に訴えたジョカンの僧たちは、2日後に逮捕されたらしい。

4月17日から20日の間、セラ寺のほとんどの僧侶がどこかへ連れて行かれた。
セラ寺には普段300人の僧侶がいるが、今残っているのは礼拝堂の世話をする
ほんの数人である。15日から20日の深夜、軍のトラックが来て、
僧侶を拘束した。私たちはこの情報を寺の内部と寺の近所の人々から聞いた。
ラサ近郊の大僧院であるドレプンとガルデン*で何が起こっているのか知らないが、
僧侶たちは逮捕され、ラサからどこかへ連行されたと聞いている。

ラサ近郊の僧院から多くの僧侶と尼僧が連行され、残った者も軟禁されている。
オリンピックの聖火がラサを通過する際、再び抗議の起こることを政府は恐れて
いるのだろう。だから彼らを拘束するのだ。政府は抗議に参加したか否かを問わず、
僧侶を全て連行していった。僧院に残るのを許されたのは、礼拝堂の管理人、
運転手とわずかの僧院の労働者たちである。

最近、通りでほとんど僧侶を見かけない。チベットのテレビ局では、
怪しい者を見かけて通報した者には礼金が払われると宣伝しているので、
僧侶が通りを歩くのは危険である。礼金はわずかだが、それでも僧侶や尼僧を
見かけると通報する者もいる。先週以来、政府の学校の学生と教師以外でラサ出身
ではないチベット人は、故郷に帰るように命じられている。現在、警察が戸別訪問し、
ラサ出身ではない者は立ち退きを命じられる。聖火リレーの際には、地元民と
漢民族だけが許可される。
数年前のチベット解放50年記念の際に同じようなことがあった。

刑務所は今大きな問題を抱えている。食糧、水、毛布が不足している。
囚人は地べたに寝ねばならず、一杯の水しか与えられない日もある。
そのため健康を害し、体が弱くなり、刑務所内あるいは釈放後に死ぬ場合もある。
囚人たちは強く殴られる。特に腎臓、肝臓、胆のうなどを強打され、内部損傷により死に至る。
これは釈放された3人の友人たちから聞いた話だ。

私たちは獄中にいる家族や友人の身を案じている。助けなければならないのに、
どうすればよいのか分からない。だから外国人にこれを知り、助けて欲しい。
ラサには厳しいコントロールが敷かれている。身分証なしで外出できず、
地区によっては特別な書類も必要となる。集まったり議論していたりすると、逮捕される。

学校や職場では、人々は3月14日の出来事についての報告を書くよう強制され、
ダライラマ法王の悪口を言わねばならない。「ダライラマ」ではなく「ダライ」
と書かなくてはならない。そうしないと書き直しさせられる。
私の子供はこのような報告をもう3回も書かされている。

囚人の身を案じ、心配している。デモの後、イラク戦争のニュースで見たような
軍の乗り物を私たちの町の中で見かけた。こういった乗り物は、二国間の戦争のみに
使用されるものだと思っていた。チベットのTV局は、「戦争の疑似体験ができたの
は軍にとって訓練の良い機会であり、軍は人を撃って殺す訓練ができ良かった。
彼らはよくやった」と言っていた。

聖火リレーを迎える準備が始まった。彼らはポタラとジョカン広場を飾り付け
している。五輪の巨大ロゴがジョカンの前に掲げられたが、昨日の晩また取り外された。」

この男性の語ったストーリーは、私もまた別の人たちから聞いていた。

中国政府は、これから数ヶ月は外国人旅行者のチベット入りを許可しないだろう。
チベット人たちは、外国人にこの話のできるチャンスを望んでいる。
何が起こったのか知らせたがっている。
彼らは外国の助けが必要だと考えており、それゆえに、中国政府は外国人観光客
を禁じることで、ここの状況を統制し、検閲し、抑圧する考えなのだ。ラサで起
こったこと、現在も起こっていることは、非常に恐ろしくて悲しいことだ。
僧侶が中国の拷問手段や今回の弾圧に使用した銃のタイプについて話すのを
今まで聞いたことがなかった。そして、チベット人たちが怒りと絶望に
つき動かされ、殺されたり、長期投獄されるかも知れないようなことをするのを
今まで見たこともなかった。

勤労感謝の日(?)*と5月の聖火リレーを控え、ラサには不安が高まり、
自宅軟禁によって食糧の蓄えが底をつく恐れがある。

検問所で兵士と議論する人々を毎日見かける。検問所を通ろうとする父娘に対し、
兵士は父親の方には通過を許可していたが、身分証を持つ年齢に達していない娘は
許可されなかった。

しかしながら、このような困難な時期にも、勇敢で善良な行動を見かける
ことが出来る。きのう、私は1、2歳の男の子を見た。この子は
「チベット人の精神」の良い見本を示していた。歩き始めたばかりのような子で、
おばあちゃんと犬の散歩をしていた。彼らは、青服の警官の監視するジョカン広場の
前に立っていた。おばあちゃんが体が弱って五体投地ができないため祈りを捧げて
いる間に、男の子は3歩広場に踏み入り、ジョカンに向かって五体投地をした。
その後で、男の子は兵士とおばあちゃんを見上げ、寺に向かって近づいていった。
警備の兵士は男の子を見ていたが、どうすればよいのか戸惑っていた。
10メートルほど先で男の子は立ち止まり、再び五体投地をした。
そして振り返り、警備の方へ歩いていき、彼の手を取り「さようなら」と言った。
これをみて、私は全てのチベット人の望むのは信教の自由と、文化を守る権利であるのだと思った。

人々はダライラマを非難する文章を書くことや、愛国再教育、生活を難儀にする規則
や決まりにうんざりしている。

2008年4月28日、ラサにて。

HさんとFさんによる訳注。

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Re:A Letter from Lhasa

Posted by Anonymous User at 2008-05-17 16:53

「5月14日から16日の間、軍が私たちの地区に深夜の家宅捜索にやってきて、・・・」
という件がありますが、3月の誤訳のようですね。

Re:A Letter from Lhasa

Posted by days at 2008-05-18 02:28

ご指摘ありがとうございます。
他の注釈を含め、アップデートしました。
元記事も誤認していたのですが、ジャムヤン・ノルブとわかったので、それも直しました。

Now Let Us Return To Tibet

A Prayer Song for the March to Tibet

by Days posted at 2008-05-18 03:15 last modified 2008-05-18 03:17

私たちをチベットに戻せ(「チベットへの帰還マーチ」への祈りの歌)

ラクラ・ツプテン・チュダル・リンポチェ キ・キ・ソ・ソ・ラ・ギャロ! チベットの神々に勝利を! ああ、チベットの兄弟姉妹よ、長い間会えないまま時間が経ってしまった 私たちは帰るよ 遠く放浪していた国々から ああ、Sipaの神よ、私たちを護ってください たくさんの峠を越え、谷を渡るのに、私たちは頼れる道案内が必要なのです ああ、Sipaの女神たちよ、私たちを惑わせないでください 偉大な雪の山々に道を切り拓いてください 13番目のGurの歌の女神たちよ、私たちに歌ってください そうすれば、たくさんの峠を越え、谷を渡る旅がより短くなるでしょう 12番目のTerma(宝物)の女神たちよ、一緒に合わせて歌ってください 私たちの魂を呼び覚まし、荒野を行く行進が楽しくなるように 引き返すような考えは、私たちの後ろに捨てて行こう 私たちの足がチベットへの行進に駆り立てる ラサ 神々の住まい 私たちの仲間が集まる場所 人生より尊い、チベット人みんなの首都 友よ、歓迎のChangはまだ供さないでください 再会を祝い、飲み、喜ぶ時間はきっとたっぷりあるでしょう まずはジョカン寺の仏尊Jowoを参拝しよう

同じくジャムヤン・ノルブのBlogより 「チベット帰還への祈り」。ラクラ・ツプテン・チュダル・リンポチェが「チベットへの帰還マーチ」の仲間に送ったのを、ジャムヤン・ノルブが英訳したものを日本語にしてみた。
「チベットへの帰還マーチ」は3月10日にダラムサラを出発し、ラサを目指す行進のことだ。インド国内で警察に阻止され、中断の後に再開したが、ちべログ@うらるんたによると、インド・中国国境まであと200キロの地点まで来ているという。
現在の政情では合法的に国境を越えてチベットに「戻る」ことができるとは思えないから、国境越えを強行すれば迫害を受けることは免れないだろう。それを覚悟してまでラサを目指す心情は、どうやって理解したらよいのか。
行進に参加しているテンジン・ツォンドゥの "Betrayal" という詩を若松さんが訳してくれた。

裏切り

テンジン・ツォンドゥ 父は、家族を守るために死んだ。 自分たちの村、 自分たちの国。 自分だって戦いたい。 が、私たちは仏教徒で、 人々は私たちが平和で、非暴力を貫くべきだという。 だから、自分は敵を許そうと思う。 でも、時折、 父を裏切っている気がする。

この詩が、亡命チベット人たちの心情の複雑さを象徴しているように思う。

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While the “Catastrophic Earthquake”

by Days posted at 2008-05-20 23:50 last modified 2008-05-21 00:56
2008-05-18千倉海岸

18日のちべ者管理人さんの記事によると、「ラサでは今回の地震は感じられなかった」ようだ。ただ、抗議行動が活発なアバ県で逮捕されたチベット人の多くが汶川、茂県、都江堰の監獄に送られ、拘留されていたとののことで、安否がわからなくなっている。
加えて、THCRD(チベット人権民主化センター)のWebサイトには、3月の蜂起で勾留されたチベット人たちの悲惨な扱いを伝える証言が掲載された。既にダラムサラの中原さんが「ラサの監獄の地獄絵を伝える貴重な証言」として日本語訳されている。「私は自分が今21世紀に生きていることが信じられなかった」という言葉を自分に重ねてみると、いてもたってもいられなくなる。

RFAがカトマンズから15日付けで伝えたところによると(抄訳)、

  • カンゼ(甘孜)の公安担当者は「多数の分裂主義者を中国の法に基づき逮捕した」とインタビューに答えた。
  • 5/13の9時半から10時頃、カンゼで3人の僧侶がチラシを配り、ダライ・ラマ万歳とアピールした。
  • 3人の僧侶のうち、ひとりが同郷の5人のチベット人が勾留されたままになっている。
  • 3人は町に駐留する武警を恐れずにチラシを配り、逮捕されたが、暴力を受けたという報告はない。
  • カンゼには、数百人の非常役兵士が労働者として働いている。武警が威圧しているので、地元のチベット人たちは身動きが取れないでいる。4/23以来、当局の鎮圧のために、大規模な蜂起は起きていない。
地震報道に紛れて、まるでチベット全体が巨大な監獄になってしまうのではないかと恐れている。

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Two Critical Petitions

by Days posted at 2008-05-22 02:08 last modified 2008-05-22 02:28

ワシントンに本部があるロビー団体、The International Campaign for Tibetから緊急アクションの依頼。ひとつは各国首脳が北京オリンピック開会式をボイコットすることを呼びかける署名、もうひとつは聖火リレーがチベットで行われないようにIOCに圧力をかける署名だ。オリンピック開催まであと80日を切った。

チベットサポーターのみなさんへ

中国政府には、2008年夏季オリンピックとして自国がいかにふさわしいか、世界に誇示するチャンスがあります。しかし8月が近づくにつれて、チベットでは弾圧が行われています。チベットでの中国の失政に対する今年春のデモに対して、僧侶や尼僧を含む数千人のチベット人たちが勾留されてしまいました。また伝えられるところによれば、100人以上が殺されました。

チベット人は、彼らのメッセージを外の世界に伝えるために命をかけています。3月27日、政府によって選ばれた報道陣がラサを訪れた際、ジョカン寺の僧たちは報道陣のカメラと警備スタッフの前で自然発生的に抗議を行いました。また3月29日にも外国外交官たちの厳しく制限された訪問に対して抗議活動を行いました。

中国政府は冷たい対応をとっています。THCRD(チベット人権民主化センター)によって確認された情報によると、中国人の看守によって刑務所で冷酷な拷問を受けたアバ郡のチベット人女性が5月5日に亡くなりました。5月7日には数千人の武装警察官がラプラン寺を制圧し、140人の僧侶を逮捕しました。これらは3月以来チベットで起きている事件の氷山の一角でしかありません。

オリンピック開催まであと80日を切りました。チベットはあなたの助けを必要としています。

いますぐ行動を!

1) 各国首脳に、2008年北京オリンピックの開会式に出席しないよう、陳情してください

インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベットは、各国のリーダーたちが2008年北京オリンピックの開会式に出席しないように求める世界的な努力に協力しています。各国首脳は、チベットの人権と人々を支持することで、政治的に重要なメッセージを示すことができます。
オリンピックは国際的なスポーツイベントであるものの、中国政府による「開会式狂想曲」とそれに引き続く競技とのあいだに明らかな差があります。各国のリーダーたちが開会式に出席しないことで、中国が前向きな方向に変わるように政治的な影響力を及ぼすことができるよう、私たちは求めます。ぜひクリックして、オンライン署名にサインをしてください。
→いま行動を起こす

2) チベットで聖火リレーが行われることを国際オリンピック委員会が承認しないよう、陳情してください

緊迫するチベット情勢を完全に無視して、中国政府は聖火リレーをチベットで行うことを計画しています。この動きは新たなデモ行進を引き起こし、弾圧を一層激化させることになりそうです。これ以上のチベット人が投獄されたり、殺されたりすることは望みません。
オリンピックは国際的なスポーツイベントです。聖火は平和の象徴です。競技開催は北京で行われますが、聖火リレーはチベット人を含む世界中の市民のために行われるのです。彼らの名において、IOCが聖火リレーのルートを見直し、チベットでのさらなる弾圧を避けるように、私たちは求めます。この署名にもぜひクリックしてサインをしてください。
→いま行動を起こす

長田さんの「チベット式」にはAmnesty International Franceが制作した秀逸なCMが紹介されているが、これを見るとたかが署名と侮っていた自分が情けなくなる。
チベットに自由を求める叫びは、毎晩行われているキャンドルナイトや、新宿、六本木、渋谷、大阪、名古屋、長野といった身近なところだけで聞こえるのではない。その動きは、世界的な潮流の中にある。

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Prayer Gatherings for Quake Victims

by Days posted at 2008-05-24 23:00 last modified 2008-05-25 11:44
2008-05-24護国寺

Phayulによれば、ラサのデプン寺、クムブムのロンウ寺などチベットの多くの寺院で四川省大地震の犠牲者を追悼する法要が行われているという。つい最近再開したラサのジョカン寺でも法要と募金とが行われた。
犠牲者追悼の動きは世界中のチベット人に広がっており、東京の護国寺でも24日午後、チベット人が主催して追悼法要が行われた。
この大災害に前にして、3月以来の衝突と弾圧に対する抗議を棚上げにして、チベット人は祈ることで死者、行方不明者、被災者を助けようとしている。「怒れるチベット人」の本当の姿を世界中に見てほしいと思う。

一方、21日のRFAの記事"Tibetan Nuns Play Key Role"によれば、地震以後もカンゼでは公安当局の捜査の手が緩んでいないようだ。

【カトマンズ21日】四川省カンゼ(甘孜)のブルナ尼僧院を中国公安部隊が包囲、52人の尼僧が連行されたという。公安は尼僧院を支配下に置き、残った21人の尼僧を軟禁した。
「彼女たちは手を縛られ、丸一日拘束されました。解放されてからも、尼僧院の外出が許されていません」と情報筋は伝えている。「寺は包囲され、公安職員が中に入って制圧しています」。
ブルナ寺は1959年の暴動で破壊されたが、1983年に再建された。カンゼ近くの丘の上に位置していて、2000年に拡張されている。ゲルク派に属し、ブルナ・リンポチェとして知られるトゥルク・ブルブ・ツェリンが通常は89人の尼僧を率いている。
別の情報筋によると、尼僧たちは「ダライ・ラマ法王とカンゼ全域で敬愛されているリンポチェの批判をさせられた。カンゼの2つの尼僧院、ブルナ寺とラツェ寺は両方ともリンポチェが設立したものだ」という。

ブルナ・リンポチェは、中国の「愛国的教育」キャンペーンを拒絶した後、5月18日16時に連行されたと伝えられている。
「中国当局は尼僧院にやってきて、私たちがダライ・ラマ法王とブルナ・リンポチェを批判して、署名するようにさせようとしました」と5月20日、尼僧のひとりは言った。「私たちはそれを拒否して、二手に分かれてカンゼの町中に行き、ギャワ・テンジン・ギャツオ(ダライ・ラマ)万歳とアピールしました。彼女たちは抗議文を配布し、抗議しました。その52人が連行されたそうです」。
「きょう現在、カンゼの町には誰もいてはならないそうです。商店は休業を命じられています。町中に武警が溢れています」。

電話インタビューに応じた地元公安担当者によれば、「分離主義者」を逮捕しただけだという。「法律に基づき、数人の分裂主義者を逮捕しました。それだけは話すことができます」。
チベットの情報筋によれば、カンゼ刑務所の収容者の数が多すぎ、多数の収容者が他に移動されたという。しかし、収容者がどこに送られているのかはわからない。

心配なのは、前にも触れたとおり、地震の被災地にあった刑務所にも多くのチベット人が収容されていて、その安否がまったく伝わってこないことだ。

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Nameless Tibetan@Karze

by Days posted at 2008-05-26 13:35 last modified 2008-05-27 13:44
2008-05-25麻布笄公園

レコードチャイナによると、四川省大地震で壊滅的な被害を受けた北川県での生存者捜索活動が23日終了し、「県両端の山を爆破し、平地にすることを決めた」という。これがYahoo! Newsに配信されたことで、「北川県が地図から消える!16万の犠牲者を見殺しにしていいのか!」という声が日本のSNSや大規模掲示板などであがっている。北川県の人口の半分はチャン族、チベット族など少数民族であり、伝染病予防を理由に被災地を埋めてしまうのは、被災地再建に名を借りた「民族虐殺」ではないか、というのだ。
私自身、この報道の出所がわからないので、そんなことが本当にあるのかどうか完全否定はできないのだけれど、少なくとも山2つを崩すぐらいで16万人が住む県全体を埋めてしまうなんてことはできないように思う。記事が転電される過程のどこかで誤解があったのではないだろうか。北川県の中心部(「県城」)を20キロ離れた安県安昌鎮に再建する方針は新華網も伝えているし、疑いないのだけれど‥‥。
チベット各地で起きている抗議活動と鎮圧事件にしても、地震の被災地の状況にしても、報道の少なさ、偏りゆえに、正確な情況を把握するのは簡単なことではない。だから余計に、報道の正確性を逐一疑わなければならないし、まずは冷静に記事の行間を読み取る努力が必要になってくる。インターネットによって、かつてない速さで情報が伝わるようになったのがよいことだが、その速度に煽られないようにしないといけないと思う。

89年のチベット各地での蜂起と比較して、大きく違うのがインターネットや携帯電話、デジタルカメラの普及だ。3月14日のラサでのデモは、携帯電話によってチベット人コミュニティに広く伝えられ、行政府も沈静化のために携帯電話のメッセージング機能を活用したという。デモが引き金になって商店が焼き討ちされ、クルマが通りに横倒しになる様子は中国メディアがWebを使って繰り返し報道したし、居合わせた旅行者がデジタルカメラで撮影した写真はすぐに世界中に伝わった。
チベット亡命政府があるインド・ダラムサラからは、ルンタプロジェクトの中原一博さんが、亡命政府スタッフや亡命してきたばかりのチベット人に取材して、チベット人社会の動きや雰囲気を伝えている(「チベットNOW@ルンタ」)。ダラムサラに溶け込んで仕事をしている中原さんの目と耳を通して、本土を離れたチベット人が何を考えているのか、次にどんなことを意図しているのか、逐一読むことができるのはとてもありがたい。
中国のコミュニティサイト「百度」への投稿を翻訳して伝えている「大陸浪人のススメ」によれば、カンゼ(甘孜)のチベット人が始めたスレッドが「百度」にあり、漢族ユーザとの興味深いやりとりがあったそうだ。カンゼはRFAでも多く報道されているように、比較的情報規制が緩いようだが、それにしても中国在住のチベット人が衆人環視の掲示板でここまで本音を語っているのには驚かされる。

日本でも報道メディアや既存のチベット支援団体だけでなく、SNSや大規模掲示板をきっかけとしたチベット支援の動きが目立っている。
とりわけ先週末は面白かった。「俺25日の日曜日にフリチベTシャツ着て渋谷をウロウロしようと思ってんだよね。絶対に真似すんなよっていろんなところに書いといてくれよ」という大規模掲示板への投稿をきっかけにして、SNSやBlogにも「渋谷に行くのは真似しないようにしよう」という書き込みが広がったのだ。午前中雨だったにも関わらず日曜日、ハチ公前やセンター街ではFree Tibetを訴えるTシャツを着たり、雪山白獅子旗を広げる「けしからぬ連中」があちこちで見られたという。ほぼ毎晩行われている笄公園(麻布)でのキャンドルライティングには、100人を超すチベット支援者が「自然発生的に」集まった。
ネットによって、私たちは恐ろしい力を持ってしまった。

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北川県城の移転

Posted by days at 2008-05-27 13:43

地図、写真入りのサイト(「中国汽車網」=運輸業界ポータル?)を発見。
http://info.china.alibaba.com/news/detail/v5003463-d1002071489.html

Tibetan Detained for Media Contact

by Days posted at 2008-05-28 23:46 last modified 2008-05-28 23:51

きのうのRFAより。タウでの抗議はカムパらしく、気骨の入っているのがわかる。
それにしても最近RFAで伝えられるのもカムの状況ばかり。ラサはどうなっているのか気がかりだ。

【カトマンズ27日】チベットの情報筋によると、今年初めからの大規模な抗議行動の広がりについて外国メディアに話したとされる四川省在住のチベット人を中国当局が逮捕した。
信頼できる情報筋によると、4月19日、四川省タウ(道孚)県でニマ・ダクパが逮捕された。「武警は3台の車輛で中国からやってきました。彼らは地元警察ではありませんでした。後から彼の親類は、彼がダルツェドで拘束されたことを知ったのですが、面会は許されませんでした」。ダルツェドとは、カンディン(康定)という町のチベット名だ。

「抗議活動の写真と情報を、香港の記者に渡したと言われています。彼は非常に賢い人で、たくさんのコネクションを持っていました。彼はダラムサラの知人から連絡先を入手し、香港の記者に広東語で『チベット人は中国の民衆に抗議しているわけではなく、北京オリンピックにも反対していない』と連絡したそうです。その他にもチベット人には人権がなく、宗教的指導者はチベットに戻れないことを話し、重ねて中国の民衆とオリンピックには抗議していないと強調したそうです」。
4月5日、タウから数カ国に接触があったことがわかり、ニマ・ダクパに容疑がかけられた、と別の情報筋は伝える。彼は自宅軟禁になったという。
「逮捕された日、彼は友人とともに姉妹の家を訪ねる予定でした。彼はその途中、地元警察ではなく、公安省の職員によって拘束されたのです」。
ニマ・ダクパは過去にもダライ・ラマの声明をコピーしたために当局と対立し、15日間投獄されていたという。また、チベットの独立を訴えるビラを貼ったときにも逮捕されたが、そのときは別の男性が謝罪して彼は釈放された。

地元情報筋によれば、タウのチベット人は約500台のトラックを所有しており、中国人のトラックの通行を妨害するためにそのうち200台がタウの町中に停められているという。はっきりとはしないが、中国のやりかたに対する抗議の一種なのかもしれない。
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Tibetan Monks Linked to Blasts

by Days posted at 2008-06-01 15:08 last modified 2008-07-13 01:50

29日付けのRFA、「チベット人僧侶が爆発事件に関与か」という記事。多数の若い僧侶の名前が挙げられている。

【カトマンズ】今年初めのチベットでの中国に対する抗議活動の中で起きた一連の爆破事件に関連して、中国当局が5人の僧侶を拘束したとチベットの情報筋が伝えている。
5人は5月24日、いくつかの爆破事件に関わったとされている。事件は4月6日から7日にかけて発生したと言われるが、死傷者はいなかったようだ。
「マルカムでの爆発は4回起きたが、誰が起こしたのか誰も知りません。3月中旬から始まった反中国抗議行動の拡大に対して始まった愛国者キャンペーンが爆発に関係していると当局は考えているようです」。

より詳しい情報筋によると、5/24にチベット自治区チャムド県マルカムのGonsar修道院で拘束された僧侶の名前は下記のとおり。
  • ゴンポ(20)
  • シェーラプ(25)
  • パルデン(30)
  • ガワン・プンツォク(17)
  • クンガ(20)
マルカム公安局はこの件について詳しいコメントを拒否した。公安は「本件はまだ捜査中であり、何も決定が出ていないため、何もコメントすることができない」と話した。

5月14日の事件

抗議の動きは、5月14日に逮捕されたマルカムのウーセル寺とケンルン寺の僧侶と、市民2人とを巻き込むことになった。
ウーセル寺の僧侶は、テンペル(19)とリヤン(21)、チョーギャル(23)、ロプサン(19)、テンジン・ツァンパ(19)。僧院長のガワン・テンジンも一時拘束されたが、その後解放された。
ケンルンの僧侶は、ラプトラ(15)とナムギャル(18)、ブトラ(13)、ジャムヤン・ロトロ(15)、ツェパク・ナムギャル(15)、ケルサン・タシ(17)、ジャンドラプ(21)、ワンチュク(22)、ペンパ・ギャルツェン(26)、パサン・タシ(30)、ラモ・ツァン。
その他、デルゲ・ガワツァン(19)、コンチョク・テンジン(21)の市民2人も拘束されている。

3月中旬にラサで始まり、各地に広がった抗議行動と暴動を起こしたチベット人に対して、中国政府は逮捕を繰り返し、「愛国教育」を押し進めようとしている。
北京では22人が暴動で殺されたと言う。チベット側では、中国の武装警察と公安が群衆に発砲したために、数十人が殺害されたと言われている。
亡命チベット人の指導者であるダライ・ラマがチベットを分裂させる独立運動を煽動しているとして、中国政府は彼を非難している。ダライ・ラマは単に自治と人権とを望んでいるのだとして、その非難を拒絶している。
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Second Reporters Visits Lhasa

by Days posted at 2008-06-04 23:55 last modified 2008-07-08 00:40

新華網によると、ラサを訪問中の香港・マカオ・台湾からの報道陣に対し、チベット自治区のペマ・トリンレ副主席が記者会見を行い、「チベットではまだ独立ゲリラが新たな事件を起こす恐れがある」と述べた。これはラサ市内をまだ武警が警備している理由について、記者が質問したことの返答。
「3月14日の事件については次第に社会秩序を取り戻しつつあるが、北京五輪の聖火がラサを通過するのに万全を期さねばならないし、6月4日からサガダワが始まるためこの機に乗じた混乱を防止しなければならない。最近のダライ・ラマの発言を分析するに、独立ゲリラが新たな事件を起こす可能性がまだある」と話したという。

今回ラサに入った報道陣は香港15社、マカオ1社、台湾2社の合計33名。4月上旬に共同通信などが入って以来で、3日から3日間、ラサの他にロカを訪れる予定。

4日のニューヨークタイムズは、3/14の事件に関係してラサで逮捕された30人のチベット人を弁護しようとした中国人の人権派弁護士2人について、政府が弁護士免許を停止したと報じている。
また、中原さんのblogによれば、四川大地震報道では共同通信が現地で丁々発止の活躍をしているようだ。きのうラサに入った33人の記者たちにも、ぜひいま起きていることを素直な目で確かめてきてほしい。

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Tibetan flag on top of Mount Everest

by Days posted at 2008-06-05 00:37 last modified 2008-06-05 02:16
Mostafa Salameh

久々に嬉しいニュースをPhayulが報じている。5月25日にエベレストにネパール側から登頂したヨルダン人クライマー、Mostafa Salamehさん(37)が頂上で雪山獅子旗を掲げてくれたのだそうだ。旗が見つかれば即刻国外退去という今年のベースキャンプの厳戒下で、登頂のチャンスを失う危険を冒してのこと。
25日と言えば、三浦雄一郎さんが登頂を果たす前日、77歳のネパール人が三浦さんの最高齢記録を幻にしてしまった日のこと。同じ日にこんなドラマもあったのだ。Everestnews.comには、ヨルダン人の目を通したエベレスト山麓の風景が掲載されている。

一方でPhayulはカトマンズで久々に行われたチベット人の抗議デモのことも触れている。尼僧を含む女性を中心に30人以上が参加したものの、15分ほどで警官隊に鎮圧され、32人が逮捕されたという。本当にどうにかならないものか。
在日ネパール大使に抗議の手紙を。

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Re:Tibetan flag on top of Mount Everest

Posted by Anonymous User at 2008-06-05 06:17

素晴らしい!
是非、私の方でも紹介したいです!
彼はその後、大丈夫だったのでしょうか?

Re:Tibetan flag on top of Mount Everest

Posted by kit at 2008-06-05 12:31

こちらの記事を紹介させて頂きました。
ありがとうございます。

Re:Tibetan flag on top of Mount Everest

Posted by mog at 2008-06-05 22:10

誰しも考えることですが、そうそうできることではないですし、やってくれてありがとう!という気分です。

これはネパールを出国した後に発表されたのでしょうか??Mostafaさんの身の安全も気にかかります。

本来、チョモランマはチベットの国内なのに、チベット旗を掲揚するのにこんなにも警戒しなければならないなんて!

Don't Let Them Stop Walking

by Days posted at 2008-06-08 23:35 last modified 2008-06-08 23:58
帰還マーチ

「誰にも彼らに『黙れ』という権利はない。ダライ・ラマでさえも」と法王は語っている。黙らないチベット人たちは、インドで、ネパールで、そしてアテネでそれぞれに抗議を行い、そして各国の警察に拘束されている。しかし彼らが本当に黙ることはないだろう。

カトマンズでのデモは5日、参加者が250人以上に増えた。彼らは中国当局がチベットで行っている逮捕や拷問といった抑圧に抗議し、Free TibetやSave Tibetと書かれたTシャツを着て、横断幕を掲げ、スローガンを叫びながら中国大使館へ向けて行進を行ったという。
対する警察は蹴ったり殴ったりという暴行でそれを迎え、デモ参加者によると6人が病院で手当を受け、カトマンズ各地で187人のチベット人が逮捕された。
逮捕者は夜には釈放されたという(追記:AP通信によれば、7日土曜日の大規模なデモでは警察発表で450人の逮捕者が出たそうだ)。

TPUMのWebサイトによると、亡命政府のあるヒマーチャルプラデシュ州のダラムサラからラサへの帰還を目指して行進を続けていた265人のチベット人一行は、4日、再びインド警察に全員逮捕されてしまった。
5月27日には、「帰還マーチ」を率いる5つのNGO団体のリーダーたち、ツェワン・リジンとB ツェリン、ガワン・ウォバル、チメ・ユンドゥン、ロプサン・ユェシが、インド当局者と交渉を行っていたところを警察に逮捕され、サポート車輛を押収されていたが、残る参加者は前進への希望を捨てず、インド−中国国境まであと180キロの地点、ウッタルプラデシュ州のベリナクで留まっていたようだ。
地元警察によれば、5人のリーダーたちはインド刑法151条の「5人以上の団体は、法に基づいて解散するよう命令されたにもかかわらず、公共の安全を脅かしてはならない」という項目に違反した容疑で逮捕されたという。265人に対する容疑は不明だが、事情聴取を受けた後、6日夜にはリーダー5人を含め全員が釈放され、ヒマーチャルプラデシュ州に連れ戻された。

アテネで行われたIOC理事会でも、5日、TYCの欧州メンバーを中心にヨーロッパ各国に滞在しているチベット人が集まり、理事会会場のホテル前で「ダイ・イン」を行い、「チベットに聖火はいらない!チベットにメディアを入れろ」との抗議文を読み上げたという。
Phayulによれば、スイスからの5人、米国からの2人、カナダからの1人がギリシャ警察に逮捕され、警察署へ連行された。

生き残るためのアピール、権利獲得のためのアピール、希望のためのアピール、目的はそれぞれだが、いまはあまり分けて分析しているときではない。
彼らのアピールを受けて、世界も動き始めている。米国上院のゴードン・スミス、ジョン・ケリー、ラッセル・ファインゴールドの3人の議員は、ライス国務長官宛に、ジャムヤン・キの突然の逮捕と現在の軟禁状態を取り上げ、チベット人デモ参加者の解放を中国に求める親書を送った。
ノーベル平和賞の国、ノルウェー外務省はダライ・ラマの実兄ギャロ・トンドゥプと接触する一方、在北京の大使館を通して中国当局と交渉を始めており、中国とチベットとの橋渡しを任じているようだ。
EUは6日、チベット域内の人権侵害を憂慮し、国連人権高等弁務官を含む国際機関の訪問受け入れと、逮捕者に対する不当な取り扱いをやめるよう求める声明を発表した。

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With the Himalayas in Sight

by Days posted at 2008-06-13 23:36 last modified 2008-06-13 23:38

265人が全員逮捕されてもはやこれまでと思われていたチベットへの「帰還マーチ」が、しぶとく、しかも素早く再開されている。TPUMによると、9日月曜日の14:30頃、ベリナクから約50人で行進を始めたという。
12日にはヒマラヤに抱かれた人口5000人弱の町、Digihatに到着した。

参加者はけさ7時に野営地を出発し、18キロ歩いてDigihatに13:30に着いた。1959年の蜂起でチベットを脱出した数百人のチベット人が一時滞在したまさにその場所で一夜を過ごすのだ。
多くの脱出者は、他のチベット人たちとともにダラムサラに定住するまでの約5年間この地に留まり、道路工事などに従事していた。当時チベット人と交流があったことから、地元のインド人はチベット語が少しわかるようだ。
ヒマラヤの山々を望み、歴史に思いを馳せると、参加者はみな故郷に近づいていることを実感する。Students for a Free Tibet インド支部の事務局長、テンジン・チョーインはこう語る。「中国人たちからの迫害を逃れて、歩き続けたチベットの兄弟たちとまさに同じ道を歩いています。我々がチベットに戻ろうとしているのは、そこから素晴らしいからではなく、私たちの手によって中国による占領を終わらせるのに力を貸す必要があるからなのです」。
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June 18th Global Day of Action

by Days posted at 2008-06-14 01:57 last modified 2008-06-14 02:14

SFT本部からの(いつもながら急な)お知らせ。

6月18日、世界中のチベット人とサポーターは、五輪聖火がチベットに入ることに抗議するとともに、中国の弾圧に対し声を上げ、報道関係者が自由にチベットに入れるようになることを求めるGlobal Day of Actionに参加します。ぜひ皆さんもご協力ください。

チベットに聖火はいらない!弾圧をやめろ!チベットの真実を伝えて!

ここ数年来、国際オリンピック委員会(IOC)が正しい判断をし、聖火リレーのチベット通過を停めるよう、チベット人とサポーターは何度も要求してきました。しかしIOCは、北京五輪開催候補選定の際に中国が「報道の自由」を公約にしたにも関わらず、私たちの要求を頑なに拒否し続けています。

中国政府が、弾圧下にあるチベットで聖火リレーを行い、挑発的にパレードを行うことを私たちは停めようがありませんが、弾圧を悪化させるだけの聖火リレーを非難し、チベットのチベット人たちに連帯を示すことはできるでしょう。

中国政府はチベットの都、ラサに6月18日ないし19日に聖火が到着すると発表しました。中国当局は、聖火リレーへの抗議行動を防ぐために、ラサとその周辺での抑圧を次第に強め、行動の制限を厳しくしています。聖火リレーへの抗議に加えて、ラサで何が起きているか正しく伝えるために海外メディアがチベットに入ることができるよう要求し続けなければなりません。

Global Day of Actionのために:
私たちはチベットで起きていること、聖火リレーのために起こりうることを、視覚的にわかりやすく伝わるよう抗議行動が行われることをおすすめします。血だらけの遺体の上を、横たわって抗議する人の上を、むち打たれる人の上を、鎖につながれた僧侶と尼僧の上を、政府部隊と警察の上を、そして手錠に模した五輪や監獄の檻の前を、聖火ランナーが走り抜けるといったようなメッセージ性を持った劇を上演することを活動家は考えています。そのような劇を上演するためのヒントはこちらにあります。

Day of Actionのポスターダウンロード報道メディア向けプレスリリースのひながた

ニューヨーク在住のチベット人高校生と大学生は、チベットでの弾圧に耐えている僧侶たちへの連帯を示すため、ニューヨークの中国大使館前で頭を丸坊主にする企画を立てています。他にも頭を剃ることを宣言しているグループがあります。チベットでの抗議行動への強い連帯を示すため、先月行われた剃髪イベントのビデオはこちら

何が行われるのか、どんなことができるのか、詳しくは6月18日の Day of Action サイトを見てください。

聖火がラサに到着する際、無視することができないほど強く、はっきりとしたメッセージを出せるようにしておきたいと思います。中国政府は、聖火リレーに抗議の声をあげるチベット人に容赦ない弾圧を加えるでしょう。私たちはより大きな声で抗議の声をあげなければなりません。

Global Day of Actionに参加するには、Day of Action サイトの末尾に書かれた主催者に連絡するか、「6月18日について」と題名に書いたメイルをStudents for a Free Tibetに送ってください。もし地元でグループが結成されていなければ、地元の友人・知人を誘ってください。詳細と行動のヒントはサイトをご覧いただくか、SFTにご連絡ください。

In solidarity with all those who risk everything to speak up for freedom,
Kate, Lhadon, Kala, Mel, Heather, Sam, Han, and all of us at SFT Headquarters

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Mystery Tour of Torch

by Days posted at 2008-06-18 09:05 last modified 2008-07-07 01:21

聖火は新彊のウルムチに到着。きょうはラサにはまだ来ないようだ。
ラサへの聖火到着は21日を予定していると、BOCOGはきのうになってようやく発表した。
四川省大地震の影響でスケジュールを見直したため、と説明されているが、火曜日に日程延期を発表して、土曜日に実施するなんて、まったくどうかしている。
BOCOGは少なくとも聖火リレーをラサ市民のものとは思っていないだろう。だったら無理してやることもないだろうに。

SFTのGlobal Day of Actionは聖火の日程変更に関わらず、本日実行されるようだ。 また、SFT日本は、21日土曜日にも全国各地でキャンドルライトを灯し、聖火のために抑圧されているラサの市民に連帯を示すことを呼びかけている。

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SFT Launches New Olympics Website & Video

by Days posted at 2008-06-19 23:21 last modified 2008-06-20 03:01

SFTからのお知らせ。新しいポータルサイトができたのと、寄付金の募集です。

みなさんへ

北京オリンピック開会式まであと49日。SFT本部は「オリンピックキャンペーン」に力を入れています。創造的で、戦略的で効果的なさまざまな方法でこのキャンペーンに参加してもらえるよう、SFTは「オリンピックキャンペーン」のWebサイトを立ち上げました。www.FreeTibet2008.org.

www.FreeTibet2008.org にアクセスして、新しいSFT「オリンピックキャンペーン」映像を観てください。チベットが置かれている現状と、チベットの歴史に名前を残すほどの私たちの(チベット人の、サポーターの)持つ力のことを。

私たちはSFTの歴史、チベットをめぐる活動の中でも重要な局面にあり、あなたの力が必要なのです。

SFT「オリンピックキャンペーン」映像を観た後、ダウンロードして、友人や家族にも広めてください。Facebookの日記にも書き込んで、アドレス帳のみんなにメイルして、あなたが今年(五輪開催の年に)、SFTに貢献していることを知らせてください.

あなたの力で、チベットの歴史に名を残すオリンピックの一生に一度の絶好の機会をつかむための活動資金が調達できるようになるでしょう。

寄付金を募集しています www.FreeTibet2008.org/donate

中国政府が一面的なプロパガンダを繰り返すあいだ、チベットの人たちの自由への叫びに関心をひきつけ続けることができるようSFTの全員は努力してきました。チベット人は恐ろしい危険にも関わらず叫び続けています。だからこそあなたの力が必要なのです。

SFTの「オリンピックアクション基金」にぜひ寄付をお寄せください

ゴールに向かって(チベットの人々と人権と自由のゴールです)物理的な活動を拡大し、資金を充実させるためにも、いまがSFTがサポートを必要とする最も重要な時と言えるでしょう。

いまこのときに、あなたの力で、チベットに自由を。

ラドン・テトン

P.S. www.FreeTibet2008.orgにぜひアクセスしてみてください。プレスリリース、フォト&ビデオ・ギャラリー、行動のために役立つ素材集、時系列の情報と分析資料など、SFTの「オリンピックキャンペーン」に関するすべての情報がワンストップで得られるようにできています。


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Tight Curbs for Torch Relay

by Days posted at 2008-06-21 23:55 last modified 2008-06-22 15:54

ついに聖火リレーがラサで行われてしまった。リレー報道のために外国人報道陣がラサに入れたので、日本でも新聞やテレビで報道されているが、直前のラサがどんな状況だったのかをRFA, AFP, Reutersから拾い読み。まずはAFP via Phayulの記事 "Olympic torch in Tibetan capital amid tight security"

中国政府の方針に抗議し死傷者を出した暴動から3ヵ月、人権団体の抗議にも関わらず、チベットの首都では厳戒態勢の中でオリンピック聖火リレーが行われようとしている。
ダライ・ラマの夏の宮殿、ノルブリンカの前からスタートした聖火リレーの走者がラサの市内を走るのを、厳選された「観衆」が励ます。
特別な許可証を持ちリレーに参加する人を除き、一帯からすべての人たちがシャットアウトされるのを、武警が市街や沿道の建物の屋上から監視しているという。
地元の人たちは自宅待機を命令され、遠いヒマラヤの街のリレー沿道の商店は閉店されている。
「私たちはリレーを観るためにホテルを出てはいけないと言われているので、中にいます」とチベット国際ホテルの従業員はAFPに話した。

続いてReuters、" Tibet capital under tight guard for Olympic torch"

外国リレー報道陣のひとりとしてラサを訪れた記者が見たのは、警官が200メートルおきに立って警備し、部隊を満載したトラックと武警の姿だった。
五輪歓迎と、聖火リレーで混乱を起こさないように求めるスローガンが町中に掲げられているのが目についた。

RFAも厳戒態勢をチベット人のインタビューとして伝えている。

「五輪聖火リレーの参加者たちは、全員ホテルに集められている。そのうちチベット人は指導的立場に選ばれた人たちだ。当局は抗議行動を非常に恐れている」とラサの情報源は話し、ラサのチベット人に対する制限が厳しくなっていることを付け加えた。
「サカダワの期間中、ラサ周辺のチベット人は寺院や聖地の参拝に精を出し、寄進するものだが、今年はみんな家から外で出られず、それどころではない」。

聖火リレー期間中に少しでも変わったそぶりをするだけで、チベット人は仕事だけではなく、年金受給権を失うと警告されている。
数千人の武警がラサの市街をパトロールしており、職場や学校単位での聖火見学ツアーが組まれているとラサの旅行代理店は伝える。

「当局はリレーの詳しい経路を口外しないように沿道の住民に要望している。交通整理もあるだろう」とラサの市民は話す。ポタラ宮への道は通行禁止になるようだ。「ポタラ広場に聖火が到着する際には、戒厳令のようになるだろう。すべての商店は閉店し、ポタラ宮への主な道路は通行止めになる。ラサに聖火が来たら、当局はあらかじめ決められた場所でしか観られないように制限するだろう。しかも誰もが観られるわけではない」。
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Zhang's Rhetoric

by Days posted at 2008-06-22 23:27 last modified 2008-06-22 23:27

英Times紙は、「チベット人が『避けた』首都での五輪聖火」という記事で聖火リレー式典での張慶黎共産党書記の発言に着目し、オリンピックと政治との関係を皮肉っている。

オリンピック聖火はきのう、チベットの首都の町中を運ばれ、中国人住民の群衆と公安と武警の警備に迎えられた。
ラサのほとんどの商店と事務所は閉じられ、リレー沿道に地元のチベット人住民の姿はほとんどなかった、と目撃者は伝えている。

亡命したチベットの精神的指導者、ダライ・ラマの伝統的な居城、ポタラ宮の前で行われた式典で挨拶した張慶黎チベット自治区共産党書記の宣伝の勝利だったと言えよう。
張書記は3月14日にラサで起きた暴動以来続いた抗議活動鎮圧の責任者。その混乱は1950年以来中国が占領しているチベットの他の地域への波及している。 「本日の聖火リレーはみなさんの熱意の賜物です」と張書記は宣言した。張書記は彼が呼ぶところの「ダライ・ラマ一派」を「完全につぶす」という。
オリンピックを政治化するべきでないという中央政府の主張と、張書記の修辞学がどこまで一致しているのかは明らかでない。

中国当局によると、156人のリレー走者(うち半数はチベット人)が聖火を運んだ。新華社によれば、2万8000人のチベット人が聖火リレーを楽しみにしていたという。
チベットの聖火リレーを拡大する計画は、中国政府の方針に対する各国からの抗議を受けて縮小され、結果的に中国政府が抱える不安を際立たせることになった。
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Re:Zhang's Rhetoric

Posted by days at 2008-06-30 02:04

張慶黎の「聖火リレーの成功で、ダライラマ一派を完全につぶす」発言は、やはり外務省が火消しに回る結果となったようです。ロイターが26日に報じています。

"China says anti-Dalai Lama rant not politicising Games".
http://www.reuters.com/article/idUKPEK28419520080626

Thinking of Lhasa

by Days posted at 2008-06-22 23:59 last modified 2008-06-30 02:08
2008-06-21 20:40

2008-06-21 20:45

21日、東京・谷中ではソナム・ツェリンさんを中心とした在日チベット人の主催で「Compassion in Exile
ドキュメンタリー『慈悲を生きる』上映会&トーク」が行われた。こうした在日チベット人が中心になって開催されたイベントは、ロサや法要以外では初めてではないだろうか。
用意した席をはるかに超える人たちが集まり、カプセ(揚げ菓子)とチャイを手にした人たちで会場は埋まった。映画の後、チベットハウスのツェワン・ギャルポ・アリヤさんがチベットの歴史とチベット問題の解決に関する講演を行い、「チベット問題とは人権の問題、平和の問題、正義の問題だ」と強調した。質疑応答を含め、講演は2時間近くにも及んだ。また主催のソナムさんは挨拶の中で、いまは帰る場所のないチベット人の立場を説明して、支援を訴えた。

いま、ダラムサラのあるインドをはじめ、ネパール、米国、日本には15万人のチベット人が亡命者として暮らしている。彼らが帰りたいと願う故郷、チベットの首都ラサでは、その日、北京五輪の聖火リレーが行われた。なぜ彼らが迫害を逃れて亡命してきたのかを考えれば、占領者の茶番劇はむしろ挑発と見られるべきである。
しかし、聖火リレーは戒厳令とも思える厳戒な警備の下で行われており、ラサの人たちには家の中で不満を募らせることしかできない。この日が新たな弾圧の初日ではあっても、決して解決へ踏み出す日ではないからだ。
平和を取り戻すためには、国外へ亡命したチベットの人たちとその支援者が動くしかない。

谷中でのイベントの後、ソナムさんの呼びかけで参加者は護国寺へ移動し、聖火のために閉じ込められたラサの人たちを思ってキャンドル法要が行われた。
宇都宮でも映画上映会の後、キャンドルナイトが行われた。

あいにくの雨のため、中国大使館近くの麻布笄公園でのキャンドルナイトは短時間で中止になってしまったが、芝公園で行われた「100万人のキャンドルナイト」ではライトダウンした東京タワーを背景に、チベットの犠牲者を悼む炎がたくさんの人たちの注目を集めた。
そして、たくさんのチベット支援者が、世界中でラサの人たちへの連帯を示すためにキャンドルを灯していることだろう。
SFT日本では国内でのアピールやキャンドルイベントを呼びかけ、その写真やビデオを送付してもらうよう頼んでいる。宛先は、studentsforafreetibet.japan@gmail.com

Re:Thinking of Lhasa

Posted by ディディ at 2008-06-23 06:02

お疲れ様でした!
私は何よりも、ソナムさんの涙に心打たれました。
草の根的に大きく広がってきているこの状況。
ひとつひとつの行動が実を結ぶよう、願っています。

Re:Thinking of Lhasa

Posted by days at 2008-06-24 02:02

ディディさんのほうがお疲れだったのでは?
あれだけの人数分、チャイを用意するのは大変だったでしょう。バター払底のきょうこの頃、ディディさんのチャイに救われた思いです。

Not Welcomed to Jokhang

by Days posted at 2008-06-23 01:48 last modified 2008-06-23 01:51

Yahoo! ASIA NEWS経由で、AFP「神経質な寺院取材が中止に」という記事。
そもそもこの状況下でジョカン(大昭寺)が訪問先予定地に入っていたこと自体が驚きなのだが。

中国当局は日曜日、外国メディアによる3月の反中国暴動の中心地だったラサの寺院訪問を急遽中止した。

厳しい統制下で土曜日に行われたオリンピック聖火リレーを取材するため、緊張するラサへの訪問を許可された外国メディア一行は、日曜日に政府主催のツアーでジョカン寺を訪れる予定だった。しかし、ジョカン寺は説明なく、急遽予定から外された。
チベットの人権団体によると、3月上旬からの抗議活動でジョカン寺の僧侶は中心的な役割を果たし、それが反中国暴動につながった。
暴力はチベット高原に広がり、中国政府による大規模な弾圧を招くことになった。 3月27日、同様に訪問した外国メディアに対してジョカンの僧侶はダライ・ラマ支持と中国糾弾を訴え、ツアーを中止させたことがあった。

外国メディアは代わりにセラ寺へ案内されたが、そこでは警官たちが僧侶の動きに目を光らせているのを見ることになった。
僧院にいたチベット仏教のあるラマないし聖人は、亡命したダライ・ラマが戻ってきてほしいかどうか、外国メディアからインタビューを受けた。
「私は位の低いラマなので、何も言うことはありません。そうした判断は政府次第でしょう」。

中国政府は暴動以来、外国人旅行者とメディアに対し、チベットを閉ざしている。
リレー開催のため、土曜日は町中が厳戒下に置かれた。が、町は特別な警備のない普通の日曜日に戻っているように見える。
その後、外国メディア一行はダライ・ラマの居城で、権力を象徴する有名なポタラ宮に案内された。ポタラ宮は一般の旅行者の拝観はまだできず、記者たちも勝手にグループから離れることは許されなかった。
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Monks All But Vanish

by Days posted at 2008-06-24 01:52 last modified 2008-06-24 02:22
ポタラ宮の巡礼者

ジョカン訪問の予定が急遽変更となり、セラ寺を訪れた外国メディアは何を見たのか。カナダのThe Globe and Mailが伝える「中国の弾圧下でラサの僧侶は消えた」。
この記者には、当局の取材制限がよっぽど腹に据えかねたと見える。日本から参加した共同通信にもこのぐらいのことを書いてほしい。

【ラサ23日】マニ車を回し、山頂のかつての宮殿に参拝する巡礼者がポタラ宮に戻ってきた。
この2日間、オリンピック聖火リレーのために仏教巡礼者たちは場所を譲らなければならなかった。数千人の巡礼者がラサを訪れる祭りの月にも関わらず、ポタラ宮は中国当局の重点的な警戒地点とされ、伝統的な巡礼路は儀式なしに閉鎖されていた。

巡礼者が戻っても、謎は残る。ラサの僧侶たちはどこへ行ったのか? チベット第二の僧院、セラ寺への昨日の訪問で見たのは、550人と言われる僧侶が姿を消した痕だった。僧院の多くの建物や庭は空っぽと言ってよく、全部で10人ほどの僧侶がいただけだった。
3月の蜂起以来初めて許可を得て訪れたカナダの記者としてラサを回った3日間で見たのは、チベット仏教で最も聖なる寺院、ジョカン周辺の歴史的な町並みを含め、まったく僧侶の姿がなくなってしまった町だった。

ラサに知人がいる亡命チベット人によれば、3月に発生した反政府抗議運動以後の3ヵ月で、いまが最も厳しい制約下に僧侶たちが置かれているという。
「ラサのいたるところに検問が設置され、無差別に身分証明証の確認が行われていた」。ブリティッシュコロンビア大学教授でチベット人作家のツェリン・サキャはこう話す。「僧院の出口には公安が常駐し、身分証を確認して、多くの僧侶を外出させずに留まらせている」。ラサ市民はセラ寺の僧たちと電話で連絡を取るのが非常に難しいという。サキャ氏は続ける。「安全対策です。僧侶は抗議活動の中で一番大きな声を上げていたために、今回のキャンペーンの標的になってしまっているのです。彼らは本当に慎重に監視されています」。

政府管理下にあるセラ寺の77歳の長老、ロブサン・チョーペルは、僧侶たちに対する制限を否定した。「みんな町に出て買い物はできるし、市場で野菜だって買えるのです」ときのう彼は話していた。しかし、町や僧院の中で僧侶の姿が少ない事については、彼は何も語らなかった。
外国人記者からの5つの短い質問の後、当局関係者にせき立てられて長老は退出し、それ以上の質問は許されなかった。関係者は政府後援のツアーの次の予定があるから、と弁解した。僧院の歴史的遺物へのガイド付きツアーを別にして、他に僧侶と接触することはできなかった。
3月10日に始まったラサでの抗議活動で先導的な役割を僧侶が担ったセラ寺は、その後厳しい管理下に置かれている。無線機を持ち、制服に身を固めた警官たちが、きのうは僧院の入り口に常駐していた。

中国政府はこの週末、2時間でオリンピック聖火が全速力で市内を回れるよう、大規模な警備陣をラサに配備した。
土曜日の朝、招待客は開会式と閉会式に参加できたが、チベットの首都を短縮ルートで回った聖火から普通のチベット人は遠ざけられた。
チベット分離独立派が妨害を企てているという政府報告にも関わらず、数千人の武警と通常の公安が厳しく目を光らせていたために、特に事件は起きなかった。
聖火リレーのルートから外れた大半の町中は、閑散としていた。住民たちは聖火応援の特別許可証がない限り、自宅から出ないように言われていたのだ。聖火リレーの経路にある数百の店舗は一日中シャッターが下ろされていた。外を冒険しようとしたチベット人は、路地の鉄条網より先に行けなかった。
リレー応援に招待された数人の外国人記者たちが見られたのはスタートとゴールだけで、あいだの9キロを見ることは許可されなかった。開会式の取材が許可されるまでのあいだ、彼らは有刺鉄線で覆われた検問と検問とのあいだを通り抜けなければなかった。
リレーのゴールで、聖火は数千人の児童と選ばれた観客たちによる振り付けされた民族舞踊とリズミカルな旗振りに出迎えられた。

中国当局は、オリンピックをチベットを不安に陥れるダライ・ラマに対する攻撃の機会と考えているようだ。
「我々はダライ・ラマ一派の分離独立計画を完全に潰すことができるでしょう」。チベット共産党の強硬派として知られる張慶黎は聖火リレーのゴール地点に集まった群衆にそう宣言した。彼はチベット語がうまく話せないため、通訳を介して話していた。
ダライ・ラマに対する彼の攻撃は、先月中国当局との予備的会談に代表者を送ったチベットの精神的指導者に対して北京政府が真剣に対話するつもりがまったくないというサインだった。第2回目の対談は、中国側の主張で延期されている。
中国当局の別の高官は、ダライ・ラマについてこう攻撃した。「彼は真実をチベットの人々から隠してきた」と、チベット自治区政府上級副主席のペマ・チリンはラサでの記者会見で語った。
「彼の本当の狙いは、チベットを封建的な農奴制社会に戻すことなのです。彼は過去、何の利益もチベット人にもたらしませんでしたし、これから将来もそうでしょう」。

中国当局はラサを事実上の戒厳令下に置いていると言う者もいる。「チベットの首都を軍事的に制圧したのと同じやりかたで、中国は戦車を先頭にした聖火リレーでラサを蹂躙したのです」と亡命者の活動グループ、Students for a Free Tibetのハン・シャンは言う。
人権団体もチベットの首都で聖火リレーが行われるという決定には批判的だった。「国際オリンピック委員会のお墨付きを得たこの挑発的な決定が、チベットとその一帯の問題を長い時間をかけて平和的に解決していこうというプロセスを破壊することを憂慮する」。「中国人権」のリーダー、シャロン・ホムは声明の中でそう書いている。「ラサでの聖火リレー実施に関する政府の主張は、ダライ・ラマとの本当の対話プロセスに必要な敬意と信用とを損ねただけに終わった」。
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Another Side of Lhasa

by Days posted at 2008-06-27 01:40 last modified 2008-06-27 01:43
ノルブリンカ

新華網によると、6月25日よりチベットへ外国からのツアー客受け入れが始まった。午後には第一陣、2人のスウェーデン人老夫婦がラサに到着したという。聖火取材の外国人記者が見たのとは、また別のラサの姿。スウェーデン人の名前がわからず、ご容赦を。

【新華網五輪チベット報道取材班26日】25日、チベットは正式に外国人旅行者に開放され、各ツアー会社は海外からの旅行客の受け入れを始めた。25日午後、開放後最初のツアー客がラサに到着した。
17時、ラサのションパラホテル(雄巴拉酒店)に到着した旅行者は、スウェーデンからの桑德斯特伦·埃娃(62)と佩尔松·库尔特(77)。ラサのガイドは、2人のためにカタを捧げて歓迎した。2人はまだラサの高度に順応していないが、調子がよく、興奮しているようだ。

部屋の窓からはポタラ宮が望め、桑德斯特伦·埃娃は指を指して「これが見たかったんだ」と歓声を上げていた。
佩尔松·库尔特は記者のインタビューに対し、「チベットを訪れることは長年の夢だった。いまラサにいるというのは信じられない思いだ」と語った。
空港からラサへは両方の団体とも約1時間バスに乗ったが、「空港から市内までのあいだ、沿道は非常に安全に見えた」と佩尔松·库尔特は話している。
桑德斯特伦·埃娃は、3月14日以来最初のツーリストであることについて、「チベット旅行の安全についてはまったく心配していませんでした。唯一気がかりだったのは旅行許可が取れるかどうかということでした」と話す。
佩尔松·库尔特は言う。「旅行前、私たちはチベットに関するたくさんの資料を読んだ。チベットの寺院、宗教、風物などにはとても惹き付けられる。ラサに着いたとたん、市民の情熱的な歓迎を受けていることを感じた。今回の旅がとても大きな収穫になることを願っている」。

ツアー会社のチベット・シガツェ国際旅行社によると、2人は26、27日にかけてポタラ宮とジョカン(大昭寺)、バルコル(八廓街)、ノルブリンカを訪れ、28、29日にシガツェ、ギャンツェへ行った後、30日の列車でチベットを離れるという。
29日には4人のシンガポール観光客がラサに到着する予定。
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Powers of Tibetan Youth

by Days posted at 2008-06-30 01:57 last modified 2008-06-30 02:18

「チベットへの帰還マーチ」は、ダラムサラを3月10日に出発し、聖火リレーがラサに入ったその週に不本意な旅の終わりを迎えた。詩人でもあるテンジン・ツォンドゥはその最終日、7月17日にこう書いている。

「TPUM(チベタン・アップライジング・ムーブメント)は、5つのNGOが1月に立ち上げた活動だ。彼らはボランティアを集め、非暴力と規律を守ることを求めた。ダライ・ラマは行進をやめてほしいと望んだ。けれど我々は、それが簡単なことではないと思っていたから、行進を実行することにした。参加者の多数派は僧侶や尼僧で、子供を置いてきた母親たちや、チベットを脱出してきた少年少女もいた。参加できない人はお金を出した。売れる物はすべて売って参加する友達もいた。
 きょう、国境の町、ダチュラにはチベットに入ろうとする2つのグループができそうだ。我々はその最初のグループになるだろう。もうひとつはサガダワの時期に巡礼するインド人グループだ。インド警察は私たちを停めるだろう。もう一方のグループは中国の解放軍に歓迎を受けながらチベットへの国境を越えるに違いない。だけど、それは我々の戦いの終わりではない。私たちは自分たちの国の運命を左右するもうひとつの方法を示したのだから。」

そして、17日朝9:30、ダチュラに到着した50人のチベット人はインド警察に逮捕された。200人の警官が動員され、バス2台が用意されていたという。
その逮捕された参加者たちはきのう釈放され、きょう29日に終了式が行われた。
「チベットへの帰還マーチが終わっても、TPUMは終了というわけではありません。2008年夏のオリンピック開催国である中国に抗議するため、また多数を集めて再結成するでしょう」(グチュスム代表のガワァン・ウォーバル)。
「我々はオリンピック期間中の抗議のために、世界中のチベット人を動員せねばなりません。我々はチベットにいるきょうだいのために、決してあきらめないでしょう」(チベット国民民主党代表のチメ・ユンドゥン)。
日本を含め、世界各地に亡命しているチベット人たちは、この言葉に励まされ、新たな動きを生んで行くだろう。

一方でPhayulにはもっと若い力が紹介されていた。「TCVの生徒が国際ユースサッカートーナメントに参加」という記事。

TCV(チベット子供村)の生徒14人が、スウェーデンで行われる「ゴシアカップ」に出場することになった。7月13日から19日まで、グーテンブルグのウレヴィ・スタジアムで年一回行われるユースサッカートーナメントのB18カテゴリーに、15〜18歳の男子が参加する。スウェーデン団体の協力で、子供たちの夢が叶うことになった。
ゴシアカップは世界で最も権威があり、有名なユースサッカートーナメント。1975年に275のチームが参加して始まった。世界中のユースチームが参加し、1週間にわたる熱闘と興奮を繰り広げる。
ゴシアカップの主催者、デニス・アンダーソンは微妙なチベットの話題に対して、「私たちは政治的な問題にはしたくない。けれど同時に、国を追われた地域の少年たちを排除したくもない。子供たちには国境はないし、またそれを作ってもいけない」と語っている。

そうだ。子供たちだけでなく、これからの担い手である青年にも、国境はないものにしてほしい。

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Tibetan Forum for Summit in Tokyo, July 2

by Days posted at 2008-06-30 11:43 last modified 2008-07-08 00:39

サミットに向けて7月2日、セーブ・チベット・ネットワークが公開フォーラムの準備をしている。チベット亡命政府の外務大臣、ケサン・ヤンキ・タクラさんが来日し、基調講演を行う予定。
ケサンさんは、インドで大学を卒業後、亡命政府の職員を勤め、ロンドンと台湾のダライ・ラマ法王事務所代表を歴任した。2001年に職員を退職していたが、2006年の選挙で内閣入りし、外務大臣に就任した。チベット問題について亡命政府がどう取り組んでいるのか、その動きの中心的人物から直接話が聞ける機会だ。

地球への思いやり ~COMPASSION FOR THE PLANET~
「チベットを救え!アジア・パシフィック公開フォーラム」

チベット亡命政府外務大臣を始め、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、日本など、
チベットを支援する議員、学者、チベット支援者が集い、チベットの現状や展望について
講演し、話し合います。
さらに、公開フォーラムで出された意見を、チベット問題解決に向けての意見書をまとめ、
洞爺湖サミットで来日するG8各国首脳へ提出します。
チベットの現状を知り、海外での取り組みや意見を知ることができる、貴重な公開フォー
ラムへ、ぜひ、お越しください。

基調講演(10:15〜):チベット亡命政府外務大臣ケサン・ヤンキ・タクラ氏
特別講演(15:45〜):石濱裕美子氏(早稲田大学教育学部教授、チベット史・チベット仏教学者)
◎質疑応答あり

日程:7月2日(水) *7月3日のフォーラムは非公開
時間:10:00~17:00(12:00〜13:00昼休)
場所:学士会館(東京都千代田区神田錦町3-26)
料金:無料(参加申し込みが必要)

参加申し込みなど、詳しくはセーブ・チベット・ネットワークか、チベットハウスのWebサイトへ。

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Burning Chinese Products

by Days posted at 2008-07-01 02:40 last modified 2008-12-09 10:35
北京東路1990

3月14日にラサで何が起きていたのか、ジャムヤン・ノルブは自身のBlogの中で、唯一の外国人ジャーナリストとして暴動を目撃した The Economist の記者、ジェイムズ・マイルズへのCNNのインタビューに着目する。
新華社は、この暴動でチベット人暴徒が商店を略奪し、火を点け、従業員が焼死したと非難している。マイルズによればこうだ。「(チベット人経営ではない)ほとんどの商店は燃やされているか、略奪されたか、破壊されている。商店に陳列されていた商品は通りに投げ出され、積み上げられ、火が点けられ‥‥」。

 そこで起きていたことで興味深いのは、全体的に言って、窃盗や泥棒がなかったことだ。抗議に参加したチベット人たちは、中国人の店から何も盗まなかった。彼らはただ商品を通りに積み上げ、火を放った。もちろん例外はあるだろう。玩具店が襲撃された後、おもちゃを両手一杯に抱えた子供たちが逃げて行ったのが見られたというし。

ジャムヤン・ノルブは1987年、89年のラサでの暴動と今回の暴動、それから1965年に米国で起きたワッツ暴動、1992年のロス暴動とを比較して、広範囲な火事場泥棒が横行した米国での暴動に比べ、チベットでの暴動では商品の略奪が異なる意味を持つと指摘する。

 ラサの抗議参加者がそれぞれの行動の中に明らかに政治的なメッセージを持っていることは疑いようがない。中国製品を盗むのではなく、燃やすことで彼らは訴えているのだ。「中国製品はいらない。チベットに中国人もいらない」と。それはスワデシ運動の中で、インド人ナショナリストが英国の衣類や製品を燃やしたことから端を発しているのかもしれない。
 間違いようのないメッセージをラサの人々が発信したにもかかわらず、西側メディアは暴動の背景に経済格差があると誤解した。鉄道の延伸により、たくさんの中国人移民がチベットに押し寄せた結果、チベット人が経済的活動に参加する機会が失われてしまったのだ、と。(中略)
 果たして経済格差が動機だったのか? それに私は異議を唱えない。ワシントンポスト紙のエイブラハム・ルストガルテンや他の記者が書いたことに異議を唱えない。が、ただそれだけではない。人権侵害、宗教的自由の否定、チベット語への圧力、文化的破壊、などなど動機はいくらでもある。
 ルストガルテンが経済的事情を言うのならば、なぜ抗議参加者はそれを口に出さなかったのだろうか? なぜ彼らは「経済的活動に参加させよ」と叫んだり、単純にどさくさに紛れて中国人の店から商品を盗んだりしなかったのだろうか。(中略)
 チベットについて書いたり、論じたりするときに、いまのチベットの経済的事情が、食べるのが精一杯だった70年代や80年代初頭のそれからは進歩的な発展を遂げていることを念頭におくべきだ。一方で政治的な独立なくして、そうした経済的発展がチベット人の生活に意味をなさないことは明白だ。

たかが盗ったか盗られたかという問題ではない。中国人商店からの略奪は、Made in Chinaに対する形を変えたボイコット運動だったのだ。

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Re:Burning Chinese Products

Posted by jiro.siwaku at 2008-07-05 19:38

とても貴重な情報ありがとうございます。
このような情報は,チベット支援を行っていく上で,とても重要だと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

Re:Burning Chinese Products

Posted by days at 2008-07-06 02:41

siwakuさん
コメント、ありがとうございます。
ジャミヤン・ノルブは自身が3/14にラサにいたわけではないので、James Milesの目を借りて、考察しています。暴動をめぐって、別の視点もあるということを紹介させていただきました。
お役に立てれば幸いです。

Rain Disaster

by Days posted at 2008-07-04 20:16 last modified 2008-07-08 00:39

新華網より、「チベットでの大雨で洪水災害」。世界の尾根であるチベットでの異常気象は、もっと注目されていいと思う。

【ラサ7月3日】チベット自治区気象台によると、6月来、チベットには強い雨が降り、洪水と冠水など局地的な災害の発生を招いている。土石流など地形的な災害も起きている。これらの災害により概算では数百万元の損害が出ているが、死傷者は確認されていない。

 気象台によれば、6月中旬以来、日喀則(シガツェ)地区昂仁(ガムリン)県多白、ラサ市曲水(チュシュル)県才納、日喀則地区昂仁県上下嗄鎮、日喀則地区聶拉木(ニュラム)県樟木(ジャンムー)、林芝地区八一鎮で相次いで洪水災害が発生している。統計ではそれらの災害で65.43ヘクタールの耕地が被災、1ヵ所で鋼製橋が流出、樟木の古い水力発電所施設が全壊し、直接の経済損失は約200万元に及ぶ。

 チベット自治区水害防災指揮事務所の子小杰主任によれば、地球温暖化の影響を受けて極端な天気になる頻度が高くなってきており、いままでと比較してチベットでは増水期が早まっており、降水量が極めて多くなっている。チベットでは春から夏にかけて旱魃が起きることが多いが、今年はそれだけでなく局地的な洪水も発生している。

 大雨による局地的な洪水と土石流の災害に対して、防災工事に着手したり、治水工事に対して3000万元以上の予算を投じるなど、チベット自治区は近く一連の対策を行う予定。

最近の中国語の記事では、「ダライ・ラマのインド流『文化自治』」に興味が。
乱暴に言えば、亡命政府には外交や警察、裁判などをインド政府に依存していて、過去50年、文化の継承や医療ぐらいしか経験がない、ダライ・ラマがチベットに戻ったとしても国家としてやっていけるわけがないので、中国と協力すべきだ、というお話。中国人の筆者が「ダライ・ラマがチベットに戻ったとしても」という仮定をしているのに刮目した。

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Demonstrations in Kardze County

by Days posted at 2008-07-06 02:36 last modified 2008-07-06 02:36

カンゼでのデモ、「チベットNOW@ルンタ」で連帯委員会のリリースから既報だが、TCHRDがようやく確認した模様。
中国政府が亡命政府との交渉で時間稼ぎしている間にも、チベットでは不当な逮捕劇が続いている。

TCHRDが確認した情報によると、四川省カンゼ自治県のカンゼで地元チベット人グループが、中国当局によって激しく殴られた上に逮捕される事件が起きている。

6月21日、カンゼ自治県カンゼのダド郷カシュル村のダグというチベット人青年が、カンゼの市場に入ったところを武警に拘束された。地元の武警7人が取り押さえるまで、彼はチベットの自由を求め続けたという。頭には「ブー・ランゼン(チベットに自由を)」と書かれた鉢巻きを巻き、両頬にチベット国旗を描いていた。

6月22日、11時(北京時間)すぎ、カンマル僧院の24歳の僧侶、ツェリン・プンツォクと36歳の老僧、タシ・シェーラブはカンゼにて平和的なデモを行った。

同じ日の午後の13時すぎには、やはりカンマル僧院の37歳の老僧、セルガと27歳の僧侶、イェシ・ダルグェがチベットの自由を求めるパンフレットを配りながら、ダライ・ラマの長寿とチベットへの帰還を祈った。

同じ日の14〜15時にはシリダ村の男が率いて、10人以上の地元チベット人が同じ場所でデモを行った。

これら平和的な抗議を行った人々は、めった打ちにされた上で中国武警により逮捕された。
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Love from Around the World

by Days posted at 2008-07-06 23:55 last modified 2008-07-07 01:18

Phayul経由のAP通信によれば、北京オリンピックの聖火リレーに対抗して3月10日にギリシャを出発した「自由の聖火リレー」が、21人のスタッフによって台湾の最高峰、玉山(3,950メートル)への登頂を果たした。
きょうはダライ・ラマ法王の誕生日。例年と違って今年は静かな催しが多いが、その中でもこの登頂は花を添えた。
台北にもダライ・ラマ法王事務所があり、日本と同様、チベット支援のNGOが活動しているようだ。それを紹介した記事「難民生活で海外からの援助が大きな役割」が英字紙のTaipei Timesに掲載された。

難民として生きることには困難が伴う。が、世界中からの「愛」がチベット人難民の暮らしを救っている。この半世紀近く、医療から農業支援、子供の保護にいたるまで、チベット難民の暮らしには外国からの援助が大きな役割を果たしている。台湾もその援助国に他ならない。

インド・バイラクッペのチベット人地区にあるツォ・ジェ・カンサル病院に足を踏み入れると、「愛情とケアの台湾委員会より、チベット中央政府健康保健省によって」と書かれた救急車が停まっていた。
唯一の常勤医師であるパクモ・ツォは、台湾チベット交流協会の代表団を出迎え、カタを奉じて敬意を表した。代表団は、使い捨ての医療用品が入った箱を手渡した。
「いままでに何度かここを訪ね、そのたびにこうして医療用品を渡しています」と協会事務総長の翁仕杰は話す。前回、昨年の訪問で、翁は医療用品よりも大きなものを手みやげにした。交流協会と台湾国際協力開発機構により寄付された病院の新館が竣工したのだ。
「台湾からの『愛』:入院患者棟と眼科手術室、講義室、医局は台湾国際協力開発機構と台湾チベット交流協会の寄付で作られた」という石のプレートが新館の玄関壁に埋め込まれている。「什器と設備は、ラファエラ・フランス・チオーナ医師とイタリアの友人たちによって寄贈された」。
「チベット難民に対する医療援助、農業支援を2004年から行っています」と翁は話す。「最初の2年間では、南インドのカルナタカ州で、外科医に歯科と小児科のトレーニングを行いました」。翁によると、カルナタカ州を選んだのは、バイラクッペを含む5つのチベット人地区があり、チベット難民の約40%がそこに住んでいるからだという。

バイラクッペから離れ、ダラムサラの2000人以上の子供たちも世界中からの援助で暮らしている。「いまは2069人がここで暮らしています。チベット子ども村(TCV)のディレクター、プンツォク・ナムギャルは話す。「ほとんどの子供たちがチベットから脱出してきた子です。ごくわずかですが、チベット難民コミュニティの中で何らかの事情で親が養育できなくなった子供たちもいます」。
TCVは、1959年に中国政府に対する大規模な蜂起が起き、難民の子供たちを保護する必要が生じたことから、その翌年に設立された。いまでは、事情で中国を離れられない両親が、自由な環境で子供たちに成長してほしいと、ヒマラヤを越えて送るほどになっている。
ダラムサラのTCVに加え、インド全土で他に4ヵ所のTCVと、いくつもの支所が開設されている。全寮制学校が7ヵ所と通学形の学校が6ヵ所、保育園9ヵ所、音楽学校が4ヵ所、ユースホステル3ヵ所、老人ホーム3ヵ所である。TCVは大学を設立する計画も立てている。
これらの運営について、ナムギャル氏は海外の援助団体や寄付をしている個人に感謝している。「子供をひとり受け入れる際、私たちは里親を捜します。建物はすべて海外の団体の寄付によるものです。図書館は台湾の寄付で作られました」と彼は、運動場の向こうの黄色い建物を指差した。「図書館の建設にあたり、10万ドルの寄付を台湾からいただきました」と彼は言うが、それらの寄付が台北のダライ・ラマ法王事務所を経由してきたために、個々の人々の名前はわからない、と付け加えた。

チベットを脱出する子供たちと言えば映画「ヒマラヤを越える子供たち」によく描かれており、その上映会もあちこちで行われている。きょうも大田区大森の「エセナおおた」で小さな上映会が開かれた。こうした活動を通じて、台湾だけでなく、世界中からたくさんの「愛」が届いているはずだ。

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Re:Love from Around the World

Posted by ディディ at 2008-07-08 01:41

最後には、“チベット人心の中にある愛”そしてそれに共感した“世界中からの愛”によって自由と平和を取り戻せる!いうことを願っています。

Palden Gyatso

by Days posted at 2008-07-08 01:15 last modified 2008-07-27 00:23
パルデン・ギャツォ講演会

アムネスティ・インターナショナル日本によると、アムネスティが報告書を発表した翌日の6月20日、チベットでの3月の抗議活動に参加して拘束された1157人の釈放が中国メディアによって伝えられたという。しかし、目撃者の証言によれば、解放された人々の中には廃人同様になってしまった人たちがいたそうだ。
5/4に書いたように、悲しいことに拘束された人たちには、拷問の末、致命傷を負ったり、精神に異常をきたしたりすると釈放されることがあるようだ。そんな状態で解放されても家族はなす術もない。北京五輪の聖火は本当に血塗られている。

28歳で投獄され、33年間も獄中でその拷問に耐え、脱出して亡命したパルデン・ギャツォさんが日本に来日する。
決して目を背けてはいけない現実を、パルデンさんは語ってくれるはずだ。

■□■チベット僧元「良心の囚人」パルデン・ギャツォ講演会■□■
 ■□■□ ドキュメンタリー映画「雪の下の炎」抜粋試写 ■□■□

チベット僧パルデン・ギャツォは28歳のときに中国共産党軍のチベット侵略を
抗議した「罪」で逮捕され、その後33年間、数々の牢獄や強制労働所で過ごしました。
肉体的、精神的拷問、飢餓のなか、激しい労働をしながら自分の国家や文化が破壊され、
家族や友人が次々と行方不明になり、同胞たちが無実の罪で逮捕され、次々と処刑
されていくのを見てきました。想像を絶する苦境を生き延びながらも、彼はいまでも
不屈の精神と魂の炎を絶やしません。
今年の3月のチベット騒乱を受けて、今数千人のチベット人たちが拘束されました。
そんななか、北京オリンピック開催を目前に、パルデン・ギャツォ氏が日本に来日することに
なりました。彼の牢獄での体験を聞くことは、現在拘束されている数千人がどのような
悲惨な状況にあるかを知ることです。
また、NY在住のドキュメンタリー作家、楽真琴(ささ・まこと)の監督した、パルデン・
ギャツォの人生を描いた最新のドキュメンタリー映画「雪の下の炎」からの抜粋を、
日本語字幕つきでご覧いただきます。33年もの拷問に耐えたパルデンの強靭な精神力と
深い信仰心にふれることで、貴方の魂に新たな氣つきが生まれ、世界平和への
勇気が溢れ出ることをお祈りします。 ---------- 感謝合掌 龍村和子

【日時】 7月21日(月・祝/海の日)開場13:30 開演 14:00〜16:00

【会場】 四谷区民ホール 
     新宿区内藤町87番地 四谷区民センター9F TEL:03-3351-2118

【参加申込方法】 ※全席指定席となります。
    メールまたはFAXにて「パルデン・ギャツオ講演イベント実行委員会
     事務局」までお申し込みの上、下記の振込口座にお振込みをお願いいたします。
    Eメールアドレスは、このイベント専用となります。
     メールでお申し込みの際は、件名欄には申込者のお名前のみご記入ください。
       *ご入金を確認後、メールまたはFAXにて、指定席番号をお知らせいたします。

     当日は、事務局からお送りしたメールまたはFAXを必ずご持参ください。
     受付にて確認させていただきます。

     (前売) 2,000円
     (当日) 2,700円(お席が残った場合のみ当日券を販売いたします)

    (振込先) 郵便振替:口座番号:00150-2-569721 
          口座名:ガイアシンフォニー
          *通信欄に「パルデン講演会参加希望」とご記入ください。

     (前売振込締切日) 7月17日

    ■7月16日以降にお振込される方へのお願い■
    事前の入金確認が間に合わない場合がありますので、恐れ入りますが、
    振り込みの控えを申込者のご連絡先を添えて、FAXにて
    事務局にお送りください。指定席番号をお知らせいたします。

【主催】 NPO法人ガイアホリスティック
【申込・問合せ】 パルデン・ギャツォ講演イベント会実行委員会事務局
        
        ■メール:yukinoshita@live.jp
        ■ファックス:03-5368-5737
       ■電話:03-6677-1137(平日10:00〜18:00)

*この講演会は、チベット支援有志のボランティアにて運営されています。
*お問い合わせはなるべくメールかFAXにてお願いいたします。
*未就学児のご入場はご遠慮ください。
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Festival Banned, Troops Muster

by Days posted at 2008-07-12 23:45 last modified 2008-08-04 22:27

久々にRFA英語版より。「競馬フェスティバルが中止に。部隊が招集される」という記事。

【インド・ダラムサラ】四川省のチベット自治県当局は、保安部隊を強化し、昨年の抗議行動の原因になったとされる毎年恒例の競馬フェスティバルを中止した。地元民と当地の亡命チベット人が伝えた。

「リタンには大きな部隊が駐屯しています。彼らは派手な射爆訓練と軍事演習とで地元のチベット人を威圧します」と地元のチベット人は伝える。
「リタンでは、弾薬の爆発や発射の音がやかましく聞こえます」。彼はそう言い、騒音で鳥が近寄らなくなったため、「鳥葬」が行えなくなったと付け加えた。
「射爆訓練と爆発音が相当激しくて、この近辺ではまったく鳥を見かけることがありません。」

リタン(理塘)出身の複数の亡命チベット人も、町や寺院の周辺で部隊が強化していることを確認している。
いまはインドに住むリタン出身のAmdruk Tsetenは、「故郷にはほんの数回しか連絡を取っていない。きょう連絡が取れたけれど、7月5日から中国の武警は他のところにも配備されるらしい」と話す。
「この3日間、誰もリタンの町や寺院に言ってはいけないと警告されたらしい。地元当局は、それに従わない者を武警が射殺してよいと許可を出していると警告している」。ニャクチュカ(雅江)を含む近隣の地域に住むチベット人についても、リタンに行くのが禁止されているという。
「今年の『リタン国際競馬フェスティバル』も開催が禁止されてしまった。その地域に派遣部隊が追加され、それを隠すために多くの中国人兵士がチベットの民族衣装を着ている」。

リタンはチベット人、とりわけ遊牧民にとって注目を集める町である。昨年の8月中旬に行われた競馬フェスティバルでは大きな抗議行動が起き、中国統治下の歴史でいつもこの町は政府を苛立たせている。
昨年の8月1日、Yonruの遊牧民、Ronggyal Adrakがダライ・ラマへの支持を群衆に呼びかけたために逮捕された後から、にらみ合いは始まった。 後に「国家反逆罪」で起訴されたRonggyal Adrakの釈放と、ダライ・ラマの法話を受けることを含んだ宗教的自由、尊敬されるチベット僧侶、テンジン・デレク・リンポチェの解放と、遊牧民は3つの要求を出した。
当局のチベット人官僚がその要求に応じる構えを見せたため、要求が叶えられないならばいつでも抗議を再開すると誓って、彼らは抗議活動を中止したが、当局は即座に「愛国的再教育」キャンペーンを再開し、要求に応じたチベット人官僚をこの地方から左遷した。

いまは南インドのデプン寺にいるリタン出身の僧侶、テンジン・ドルジェは、昨年と同様の事件が今年も起きることを恐れて、そのような禁止措置がとられたのではないかという。
「今年、中国当局は、競馬フェスティバルを主催しないように地元民に求めました。リタンのチベット人は中国部隊が強化されているのを見ています。 部隊はリタンの異なる地域に配備されています。ニャクチュカのテンジン・デレク・リンポチェの修道院の近くには、600人以上の中国人兵士からなる派遣隊が配備されています。修道院から駐屯地まで2マイルも離れていません」。
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The Fear in Lhasa

by Days posted at 2008-07-18 21:08 last modified 2008-12-09 10:34

北京在住とされるチベット人ライター、ツェリン・ウーセルが「北京で感じるラサの恐怖」と題して、ジャムヤン・ノルブのBlogに寄稿している。3月14日の騒乱にラサで遭遇し、迫害を恐れて逃げてきた "DZ" と呼ばれるチベット人のストーリーだ。
きょうは時間の都合で一部だけ。来週時間があれば、続きを日本語訳します。

チベット語の分かる人間は、他にはカフェの中にはいないようだったが、私はDZにラサで起きたことを聞くのをためらった。DZは上流階級の生まれのようだった。「あなたは私たちよりチベット人らしく見える。チベットの服を着ると、チーツォク・ニーンパ(古めかしい社会)のチベット人のようになるだろう」と言っていたからだ。笑い声の中に、JMは彼が色のついた薄い光明の中で、確実に群衆の中に溶け込むことができると言った。
それで、DZは突然「銃を構えた兵士がラサ中にいる夢を見るんだ。北京を歩いていて、武警や公安を見ると、怒りと恐怖を感じるんだ。理由はわからないけれど」と話し始めた。DZが窓から外を見て、語調を落としてそれを話したので、ようやく彼がその気になったのだと知った。

「3月14日、ダムからギャンツェへ外国人ツアー客を連れて行ったときだった。途中で電話がかかってきて、ラサで事件が起きていて、ラモチェあたりのチベット人が気勢を上げていると聞いた。最初はラサに戻って来ないほうがよいという指示だったのでギャンツェで待っていたが、急いで戻ってこいという電話が今度はかかってきた。ラサに着くとすぐ、ツアー客をホテルに送り届けた。
午後だった。東側にあった店舗や車は壊されたり燃やされたりしていた。路上で大勢がチベット人の動向を見守っている郵電局の近くに私も走って行った。チベットは本当に独立しようとしている。そう言ってもよかったぐらいだ。2、3時間のうちは。
まもなく装甲車が数台やってきて、ズンズンズンという音とともに催涙弾を撃ち始めた。群衆は散って行った。やられた奴は店に入っていって、目を洗っていた。自分も喉が痛くなって、涙が止まらなくなった‥‥」

「群衆が撃たれたのは見た?」
「いや、なかったが、友達が死人を見たと言っていた。ラサ中等学校の近くで、チベット人だったらしい」
DZは頭を撃たれる真似をして、話を続けた。

「すぐ自分のところに戻った。疲れていたし、怖かったんだ。だから横になるとすぐ寝てしまった。だけど翌日には例のツアー客のところに行かなきゃならなかった。家を出るとすぐ、ぶっ倒れるかと思った。警棒や銃を手に持った兵士が目の前にうじゃうじゃいた。戻ろうかと思ったが、兵士が『こっちへ来い!』と叫ぶのが聞こえた。行かざるを得なかった。バンザイしたみたいに両手を上げさせられて、2人の兵士がボディーチェックを始めた。本当に怖かった。ジャケットのポケットにお守りが入っていた」 DZはお守りを取り出して、ちらっと見せてくれた。テンスン(お守り)にスンドゥ(聖なる紐)がついているのに私は気づいた。スンドゥはダライ・ラマによってとりわけ加持される神聖なもので、無病息災の象徴だ。チベット人にとっては本当に大切なものだ。
「そのときはクンドゥン(ダライ・ラマの称号のひとつ)のバッジも持っていた。それが兵士に見つかったら一巻の終わりだと思った。静かにクンドゥンに祈った。クンドゥンは本当に自分を護ってくれた。兵士は何度もポケットを探ったと思うのだけれど、見つからずに済んで、彼は「ひっぱたけ!」と舌打ちした」
DZは彼のセンスで自分の幸運を表現した。それはダライ・ラマへの彼の感謝の気持ちでもあった。彼は祈り、祈られたほうは答えた。
「兵士たちはチベット人の首をチェックしていたと聞いたんだけど、クンドゥンのバッジがかかったスンドゥを首から下げていたら、きっと彼らはそれをちぎり切って、地面に投げつけたでしょう。そうでしょう?」私はそう尋ねた。
「そうだね。地面に投げつけてから、チベット人にそれを踏むようにさせるだろうね。踏みつけるのを拒否したら、きっと逮捕されて連行されるだろう。手首に数珠をした若者たちは、兵士にそれを見つかって、連れて行かれたよ」
DZは左腕の数珠を見やった。

「両手を腕に上げてバンザイさせられたのは男性だけ?」
DZは私の目を覗き込むと、ゆっくり言った。「いや、男だけじゃない。男か女か、老人か、自分みたいな若者かに関わらず、チベット人だったら誰でもバンザイさせられて、ボディチェックされただろう。そんな侮辱を受けたことはなかったね。銃で武装した兵士たちに、チベット人みんなが手を上げさせられて、降伏したようにさせられているんだ。老人、女の子たちも例外じゃない。前に観た映画を思い出したよ。「日本鬼」が中国を侵略したり、国民党が共産主義者をいじめたりするのと同じ光景が目の前にあるわけだ」
DZの目は、屈辱に燃えているように見えた。

「自分はもうラサにはいられないと思った。逃げなければ、いつか捕まえる。捕まったツアーガイドのことを知っていた。それも5人以上も。ホテルにいた中国中央放送の記者たちと知り合いで、ラサを出るときに一緒に行こうと、彼らは誘ってくれた。兵士たちに警備されたチェックポイントがいくつもあって、この容貌でそれを越えるのは難しそうだったが、彼らは自分のことを映像チームのスタッフのひとりだと言ってくれた。そうやって彼らと一緒に鉄道駅に行った。駅では、短い髪の若者が捕まっているのを見た。たぶん僧侶だと思う。
ツォツォ川を渡る橋の上で列車は少し停まった。窓の外にはたくさんの兵士と軍用トラックが見えた。中央放送の記者たちは、それを格好のネタと思ったのだろう。ビデオを回し始めた。結果、兵士たちにビデオカメラの中のすべてを消去させられただけでなく、始末書を書かされることになった。もし同じようにチベット人が撮影していたら、すぐに逮捕、連行だろう。
西寧に着いたとき、ホテルはチベット人の宿泊を断った。中国中央放送の記者たちに感謝を告げ、他の2人の老女と一緒に私は別の宿を探した。

北京での最初の数日間、通りを歩いていて通行人にどこから来たのか聞かれるたびに、チベットから、と正直に答えていた。みんなすぐにうろたえていた。まるで自分がテロリストと見られているようだった。一度は武警の職務質問を受けて、詳しく調べれた。それ以来、特に用事のない限り、外出することがなくなったが、非常に退屈だった。
だからテレビを見る。テレビをつけると、番組ではチベット人が殴ったり、破壊したり、盗ったり、燃やしたりしていると言う。ラサとその他のチベットの地域がいかに兵士の支配下にあるかということを伝える番組を見ることはなかった。何人のチベット人が殺されたか、逮捕されたか、番組では決して触れられなかった。公式発表は嘘ばかりで、展開した部隊は民衆に決して発砲しなかっただの、部隊は街路を清掃しに来たのだの。確かに彼らは町を清掃しに来て、彼らの目にはゴミと映るチベット人を『掃除』して行ったんだ。」
DZは微笑んだ。私はその微笑みの中に、怒りと絶望とを見てとった。

続きは私よりも先に長田さんが訳されているので、「チベット式」をご覧ください。

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Lodi Gyari Says

by Days posted at 2008-07-23 23:50 last modified 2008-07-24 08:09

ワシントンの公共放送、NPRがロディ・ギャリ氏のインタビューを流している。しかし、Phayulはいろんなメディアからチベット関連のニュースを拾ってくるものだ。NPRのWeb版から抄訳。

ロディ・ギャリは、チベットから亡命した精神的指導者、ダライ・ラマの特使である。春のチベットでの騒乱の拡大以来、その交渉責任者として、共産党の担当者と北京で2回会談を行った。チベット人の抗議は、オリンピックの聖火リレーを背景として、世界中に知られることとなった。
それについてギャリはこう語る。「中国はときどき『チベットには何も問題ない。万事大丈夫。チベット人はチベットの繁栄にとても感謝している。それ以上でもそれ以下でもない』という態度を取る」
そのくせ、集会やデモには神経質で、共産主義政権はそれらを法と秩序を脅かすものとしてたびたび抑圧している、とギャリは話す。
先月の会談で、ギャリは中国当局にこう述べたという。「これでは問題は解決しないでしょう。あなたがたが抑圧を強めれば、それは怒りを買うだけだ」。
代わりに、ダライ・ラマが提案する中国指導者との連携案を受け入れるように促したという。
「合法的な提案です。ただもし、もし、チベット人に尊厳ある生き方ができるのなら。」

ギャリはチベット生まれで、ダライ・ラマが亡命したのと同じ年、1959年に中国政府による占領を逃れた。
「私は、1足の靴だけでインドまで歩いたのを覚えています。道中、あまりに疲れていて、片足が泥にはまり、足を抜いたときには靴がどこかへ行ってしまったのです」。

チベットの独立は求めないとダライ・ラマは言っている。しかし、多くの抗議行動の発生に中国政府は不安に陥り、ダライ・ラマが北京五輪を妨害しようとしているとして、彼らのどの要求をも拒否することになった。
ダライ・ラマは五輪妨害を望まないという。ギャリは言う。「オリンピックは、人々みんなにとって重要なイベントだからです」。
「五輪は、中国が自分たちの国を見つめなおすのに絶好の機会です。見つめなおすには、1.決して国際世論に敏感になるのではなく、国民自身がやらねばならなりません。2.これはとりわけ重要なことなのですが、彼らは何もオリンピックのためだけに会談を行ったわけではないということです」。

ギャリは、ダライ・ラマと胡錦涛中国国家主席が調停案を真剣に検討するタイミングについて言及した。
「私は、10月の会談が非常に重要であると思います」と、彼は述べた。
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A Political Prisoner

by Days posted at 2008-07-24 23:45 last modified 2008-07-25 01:52
雪の下の炎

1959年3月10日、デプン寺からラサ市内に産物を取りにいく用事があり、その途中、ノルブリンカで群衆が集まっているのに出くわしました。どうしてこんなことになっているのか聞くと、ダライ・ラマ法王が中国から映画を観るのを招待されていて、それは法王を連れ去るための陰謀のようなので、それを阻止するために集まっているという。それは危ないと自分も思ったので、私も群衆に加わりました。そこではみんなが法王に行かないでくれと言い、チベットはチベット人のもの、中国人は出て行けと叫んでいました。
そのデモに加わったという理由で私は逮捕されて監獄に入りました。28歳のときでした。それから何度も逮捕され、合わせて33年間を刑務所で過ごしました。1992年にダプチ刑務所から釈放されました。そのとき、61歳でした。解放されたのもアムネスティ・インターナショナルが1982年から運動してくれて、みんなが手紙を送ってくれたおかげ。

監獄の中での食事は、日に一度だけツァンパが少し。塩もなく、野菜もなかった。家族からの差し入れは禁止されていました。いろんな労働をさせられた。畑を耕すのに、牛の代わりにさせられたこともあった。食事をとっていなかったので、すぐ倒れてしまう状態でした。
その頃、監獄にいた70%は餓死で亡くなった。目につく木の葉などは全部食べていました。中国の監獄に連れて行かれた1500人は、戻って来たときには300人になっていました。外に出ることができるのは、食べ物を得るチャンスがあるからまだいいほうで、外にも出られないことがありました。そういうときには靴の皮をかじって、それでもそれがあるだけまだいいほうでした。
中国人から水を運ぶ仕事を与えられていたとき、背中に水を背負って運ぶのですが、食べていないので力が出ない。列のいちばん後ろにいたときに、命令した中国人が新聞紙の塊のようなものを落としてそれを拾えといった。中には食べ残しが入っていた。中国人のすべてが悪い訳ではなく、そうやって食べ物を与えてくれる中国人もいたのです。
監獄の仲間の話では、すぐ横にいた仲間がある日、水を恵んでくれと言いました。自分も喉が渇いてしかたない状態でした。頼むから水をくれ、水をくれを言われるので、自分の唾液を集めて、それを口移しで与えた。その人はすごく喜んで感謝してくれた。もしおまえが自由になったら仕事をしてくれ、この状況を知らせるような仕事をと言って、それからすぐに亡くなってしまいました。
そういう話を思い出しながら話すのはすごくつらいことで、そういう話は本にも書いたので、できればそれを読んでほしいのです。

尋問のときなど、床にガラスの破片や石等が敷いてあり、そこにそのまま膝をついて尋問を受けなければならないことがありました。腕は後ろ手に縛られており、手で支えるわけにもいかない。当然怪我をしました。尋問というよりは、チベットは中国の一部だと、認めさせるための拷問でした。私はチベットは独立国だと思っていたので、ずっと知らない知らないと繰り返した。中国は、チベットが中国の一部だと言わせたいわけです。
知らない知らないというと相手は怒り、両方の手と足を縛られて、天井の棒に紐をかけられ、吊り下げられる。ぶら下げたまま殴られる。殴られると怪我をする。怪我をしたところにとんがらしを塗られます。すごく痛む。吊り下げられた下で火を焚かれ、湯を沸かす。その湯をかけられる。
要するに遊び気分でやられている。中には年寄りの囚人もいて、吊り下げられたまま死んだ者もいます。怪我をするとひどい状態になりますが、治療を受けられるわけではなく、次の仕事に向かわなければいけないのです。
いちばんひどくて覚えているのは、1990年9月13日、ダプチで電気棒を口に突っ込まれ、歯がすべてなくなってしまったことです。おまえは独立がほしいのか、ほしいならこれをやると、電気棒を突っ込まれた。いまでも舌がひどく傷ついている。私だけではなく、本当にたくさんの人々がそういう目に遭った。いま世界でまだそういうことをしているのは中国ぐらいでしょう。

いまは少しずつ監獄の状況がよくなり、家族からの差し入れを受け入れるようになりました。だから、監獄で餓死するということはありません。
けれど、私が受けたような拷問は昔話ではありません。3月の騒乱以降、たくさんのチベット人が捕まっていますが、電気棒を使うような拷問はまだ行われているでしょう。中には何もされなかったという人もいるかもしれない。中国人の言う通りに白状したり、従ったりすれば何もされないでしょう。ですが、それに背けば、ひどいことをされるでしょう。

チベット人は平和を愛します。第二次大戦中も中立を守りました。広島に原爆が投下されたときには、たくさんの市民が犠牲になったと聞いて、みんなで祈りました。
そのチベットのために、いまはみなさんに協力してほしいのです。

先日、四谷で行われた映画『雪の下の炎』上映会と講演会に続き、今夜も東中野のポレポレ座でパルデン・ギャツォさんの講演があった。パルデンさんは、ときに悲しい目で、ときに冗談を交えながら、33年間の獄中生活と、子供の頃のチベットの話から世界情勢までを真剣に語ってくれた。
その中から一部を書き出してみたが、やはりこれは彼の著書『雪の下の炎』を読んでみなければ、始まらないように思う。が、98年に新潮社から出た単行本は既に絶版で、書店では手に入らない。「復刊ドットコム」でリクエスト投票が始まっているので、ぜひこれに投票をお願いしたいと思う。
そして大事なのは、パルデンさんが繰り返していたこと、彼の経験は決して特殊なことではなく、いまチベットに住むチベット人には誰にも起こりうることだということだ。この状況は見過ごすわけにはいかない。引き続き声をあげていかねばならない。

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Re:A Political Prisoner

Posted by ディディ at 2008-07-25 07:57

どの体験談も涙なしでは聞くことができないですね。
大切な人生の殆どを苦しみに費やすことになってしまったにもかかわらず、素敵な笑顔を持ち続け、中国人へ対しても慈悲の想いを持っていることは並大抵のことではないですね。
そんなパルデンさんが今ここにいらっしゃるということに感謝です!

Athlete Wanted

by Days posted at 2008-07-25 15:25 last modified 2008-08-01 02:13

SFT本部からのお知らせ。みんなでNTタイムズに広告を掲載しましょう。

あと少しです!

「アスリート・ウォンテッド」広告キャンペーンへの寄付が、みなさんのおかげで$40,264になりました!

ニューヨークタイムズでの歴史的な広告掲載まで、あと$10,736です!

寄付はこちらから

いままでのどのオリンピックにも, 勇気と明るさで世界中の注目を集める選手が参加していました。 北京オリンピックでは、選手は適切な見識と高い運動能力を持つだけではなく、人権とチベットの自由について、何が正しいのか声をあげられることも重要だと私たちは考えます。

選手を募集しています!

「アスリート・ウォンテッド」キャンペーンは、インターナショナル・チベット・サポート・ネットワーク(ISTN)の一員であるStundents for a Free Tibet(SFT)が主催しています。

チベット人とサポーターが北京オリンピックの期間中、各国のオリンピック選手に対して、チベットへの連帯のために立ち上がってもらうようアピールすること。これが「アスリート・ウォンテッド」です。

重要で、歴史的な広告掲載のために寄付をお願いします。

「アスリート・ウォンテッド」について、詳しくはオリンピック・キャンペーンのWebサイトもぜひご覧ください。www.FreeTibet2008.org

既に参加されているみなさんには、厚くお礼申し上げます。

ラドン・テトン
エクゼクティブ・ディレクター

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We Did it for the Athlete Wanted ad

by Days posted at 2008-07-26 11:50 last modified 2008-07-26 11:50

みなさまのご協力とご賛同のおかげで、「アスリート・ウォンテッド」に5万1000ドルが集まりました!

世界数百万人が目にするニューヨークタイムズの全面広告が来週掲載されます。この歴史的な瞬間に、五輪選手、政治的指導者への貴重なメッセージを示すことができ、大変感謝しています。
チベットに自由を。

ラドン、ケイト、テンドル、カラ、ハン、ヘザー、そしてその他のSFT本部スタッフより
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China Leans on Nepal

by Days posted at 2008-07-27 00:29 last modified 2008-07-27 00:29

ニューヨークに本部を置く人権団体「ヒューマンライツ・ウォッチ」は24日、ネパールにおけるチベット人への人権侵害と中国政府の圧力に関するリポートを発表した。
リポートによれば、ネパール政府は、中国政府の圧力により、2008年3月以来デモへの取り締まりを強め、チベット人数百人を逮捕して彼らの権利を制限しているとしており、とりわけカトマンズでのデモ参加者に対する警察の過度な武力行使、独断的な逮捕、逮捕した女性に対する性的嫌がらせ、予防拘禁、拘束中の殴打などを伝えている。
ネパール政府は3月10日から7月18日までの間、延べ8,350人を逮捕した。デモは現在も散発的に続いており、多くの逮捕者は複数回逮捕されているという。
「ヒューマンライツ・ウォッチ」のプレスリリースは、抗議参加者のインタビューを載せている。

警官に頭を殴られ、地面に倒れるまで、私は平和的にデモを行っていました。3人の警官が警棒で足を殴り、逃げていきました。その後私は通行人に助けられました。私の両足とも骨折していました。左足は二度と元通りにはならないと、医師に言われました。(25歳のチベット人、カトマンズにて3月19日)

私たちの祖国について本当のことを知ってほしい、国連と人権委員会に正義を求めて、私たちは抗議を行っているのです。私たちはチベットの現状について他の国々の人たちに知ってほしい。それが狙いです。(スワヤンプの尼僧、カトマンズにて3月29日)

警察が私の友人を連行しようとしたので、それを停めようとしました。警官が私を警棒で殴ろうとして、私は腕でそれを防ぎました。それで腕を怪我しました。地面に倒れたところを、さらに殴られました。背中に大きなあざが残りました。歩けなかったので、私の友人が起こしてくれました。それで友人も私もバンに乗せられて連行されました。(25歳のデモ参加者)

総選挙後の主導権争いを経て、来週からは組閣が始まるだろう。ネパール国籍を取り、その選挙に「ネパール国土開発党」を率いて名乗りを上げた宮原巍(たかし)さんによれば、ネパールの政治は政党間の足の引っ張り合いが続いており、1990年の最初の選挙以来、悪くなる一方だという。
インド国境の平原地帯ではマデシが高度な自治権を要求しており、これにはインドの圧力が働いていると言われる。このままでは国自体がバラバラになりかねない、と宮原さんは強い危機感を持っている。その内政の混乱を、北と南の2つの大国が虎視眈々と狙っているようだ。

政治的解決にはまだ時間がかかりそうだ。日本に住むチベット人にも、ネパールのチベットコミュニティ出身者が多い。いまはとにかく、直接的な暴力を止めるよう、在日ネパール大使に手紙を書こう

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Athlete Wanted Ad Runs in New York Times!

by Days posted at 2008-07-30 10:50 last modified 2008-07-30 10:50

たくさんのみなさんのおかげで、見逃せない広告が掲載されました

ニューヨークタイムズ紙の全面広告が本日掲載されました。ページはA9、ちょうど北京五輪の準備が最終段階に入っていることを伝える記事の反対側で、五輪選手にチベットのために立ち上がってもらうことをアピールする「アスリート・ウォンテッド」の広告が掲載されています。
詳しくはSFTのプレスリリースをご覧ください。

みなさまのご協力ありがとうございました。
ラドン、ケイト、テンドル、ヘザー、カラ、ハン、エイミー、そしてその他のSFT本部スタッフより

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Security is Tighter in Lhasa than Beijing

by Days posted at 2008-08-01 02:01 last modified 2008-08-01 02:08

オリンピックの開会式を来週に控えた北京市内の狂信的な警備が日本にも報じられているが、ラサの現実はもっと厳しいようだ。
Phayul経由のAFP「騒乱後、入域再開したものの少ない外国人」という記事より。

「商売は上々。お客さんはたくさん来ている」と騒乱の起きたラサ市街のドゥセンゲ路にある旅社の従業員は言う。「でもだいたいは中国人で、外国人はそれほど多くない」。
一方で外国人特派員はチベットへの入域許可が下りるまで長く待たされることに不満をこぼしている。
西蔵外事処のZhang氏は、AFPの問い合わせに対し「確かに申請は受けているが、大量の報道陣の申請を処理せねばならない。すぐに全員をというのは無理。後からでも申請できる。五輪開催後なら、それほど多くの申請が来ないだろう」と返答した。

北京を拠点とする米国人のフリー記者、キャサリン・マクローリンは入域再開後のチベットに入った数少ない報道陣のひとりだ。
事務所を共同で開設しているスペイン人記者と共に申請したマクローリンに、当局は日本の取材陣とイタリアの記者も6月末からそう長くない先に許可が下りると話したという。
「航空便もホテルも自分たちで手配しましたが、外事処の案内役をつけなければなりませんでした。私たちが行きたい場所には、先に案内役を行かせ、それで予定が決まります。しまいには予定などどうでもよくなってしまいましたが」。
ラサの雰囲気はまだ緊張に満ちており、たくさんの公安が見張りにつき、夜間は装甲車が町をパトロールしている。人々が気軽におしゃべりを楽しめる雰囲気ではない、と彼女は言う。
「みんな楽観的に捉えていましたが、それでも今年は少し厳しいと口を揃えて言いました。散歩に出ると、物売りがまとわりついて来ます。ほとんどの人たちが昨年の蓄えで何とかしのいでいると言います」。
西蔵観光局のZhang Wenming氏によれば、7月に35万人の観光客が訪れるだろうという。正確な数字は8月上旬になる。
「約35万人のうち、外国人は3000人ぐらいだ」。

そのキャサリン・マクローリンは、ラサを訪れたときの詳細なリポートを31日のFar Eastern Economic Reviewに載せている。
写真も興味深い。

ラサに数時間いただけで、これだけははっきりとわかった。4ヵ月で騒乱と鎮圧から平静を取り戻しているが、中国公安と兵士によって町中が厳しく制限されているからだ、と。

五輪開催を2週間後に控えた北京市内は厳戒態勢だった。だが、いまはこう言う。北京よりもラサのほうが厳しい。市民の数に対して、見える範囲の警官を数えただけでもわかる。

ラサに着いたときには、これから何を見られるのか、どれだけ市民の本音が聞き出せるのか、まったくわからなかった。デプン寺に行きたいという私たちのリクエストは却下された。僧侶の監獄と化していると言われる僧院は、まだ外国人には閉ざされているようだ。

旅行禁止と不況がチベットと中国にどんな影響を与えたのかは一目瞭然だ。昨年までチベット経済は右肩上がりだった。今年はまだ公式な統計はないが、何も売っていないお土産店が通りに並んでいるのを見るかぎり、商売上がったりといったところだ。
中国の商業も痛手を受けている。みんなラサに観光客が戻って来ることを期待している。チベット人商人はある外国人旅行者にこう話したという。 「観光のことだけじゃないよ。チベット人のことも考えてくれよ」。

夕暮れ時にジョカンの周りを歩いていると、バイクに乗った若いチベット人の男が近づいてきた。礼儀正しい英語で挨拶すると、そこから来たのか、いつまでいるのかと聞いてきた。彼はラサで英語を学んでおり、会話の練習をするために外国人にこうして話しかけているのだという。英語の勉強を始めたとき、ラサを訪れる外国人は年々倍増していて、会話相手に困らなかった。3月14日の騒乱以後、誰とも話す機会がなくなってしまったのだと、彼は笑った。
電話番号を教えてもらって、あとでまた英語で話したい、と彼は切望した。 少し心が痛んだ。十数人の兵士が目の前を通り過ぎ、2人の制服の公安が私たちを訝しげに見ている。よっぽどその場から走って逃げるか、その彼に注意すべきだった。その代わりに私は微笑んで、その場を歩き去った。なぜ立ち去ったのか、彼は心配しているに違いないと思った。
ラサがどれだけ緊張感に包まれていて、誤解を招かないように、トラブルの種にならないように外国人記者としてチベット人に接するのがどれだけ気をつかうことなのか、例を挙げるために紹介した。少しでもチベット人と信頼を築こうと接触することは、彼らにとって永遠の命取りになりかねないのだ。

テント張りの市場では、調理油の値段が昨年比で15〜18%上がっているのに対して、卵は昨年よりも20〜25%上がったという。ヤク肉の値段は2007年以来35%の上昇だそうだ。ラサの物価は中国全土のインフレの縮図だ。ラサのヤク肉は、いまや北京の豚肉より高い。
ラサのインフレパターンは中国全土平均をほぼなぞっている。だがインフレは都市部よりも農村部を直撃する。公式な資料はないにせよ、チベットで起きているインフレは、首都北京の問題よりもひどいように思えた。
ラサでは話すのに神経をつかう話題があり、物価の上昇もそのひとつだ。3月の騒乱で人々の怒りを買ったことを連想させるのか、インフレのことをあまり声高に話す人はいない。

デプン寺が社会と隔絶していることは、信心深いチベットの人々とそうではない中国人とのあいだに深い断絶があることを象徴しているようだ。最大の問題が何かと言えば、中国人が宗教的な信条や教義、絶対的な価値観といったものに理解を示さないことにある。
中国政府はチベットには宗教的自由があると言うが、宗教的指導者、いまで言えばダライ・ラマの肖像を掲げることは許されていないし、それを否定することを強要されてすらいる。信心深い人々にとって、経済的な財産だけでは満たされないこともあるのだ。

ラサの日暮れとともに、バリケードや装甲車が出現して、ものものしい雰囲気になる。入域再開によって観光客が戻ってきたとは言え、ホテルは空室ばかりだし、商店は商売上がったりだという。感情的にも経済的にも、元通りになる道のりは遠く、不確かだ。騒乱につながりかねない種はすぐに摘み取られてしまう。

難しいことだとは知っていたが、それでも本当のことを知りたいと思って私はチベットに来た。しかし軽い話題でもそれが政治的なことを話しているかのように、人々は会話を恐れている。4ヵ月前の真実は、ほとんど掘り出すのが不可能なほど、人々の不安の底に深く埋められてしまっている。

かいつまんで日本語訳してみたが、できたら日記調の彼女の記事本文もぜひ見てほしい。

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Pro-Tibet campaigners to be in Beijing

by Days posted at 2008-08-02 01:17 last modified 2008-08-04 22:28

またPhayul経由のAFP記事「チベット支援者、北京に現れる」。SFT本部のラドンがインタビューに応じている。

オリンピック開催を控えた厳戒態勢にも関わらず、チベット支援団体は北京を訪れて平和的なアピールを行う予定のようだ。
ニューヨークに本部を置くStudent for a Free Tibetのエクゼクティブ・ディレクター、ラドン・テトンは「北京へ旅立った有志がおり、平和的なスピーチを行うだろう。アピールの時間と場所は、警備の状況により変わる」と話している。

チベットの自由を平和を求める支援団体であるSFTによると、五輪期間中にチベットへの関心を表明する五輪参加選手もいるという。
「そんな関心を集めるとは思ってもいなかった。心ある人々が、才気にあふれた選手を動かしたのだと思う」とテトンは語る。SFTは五輪に参加する選手にチベットへのサポートを表明してもらうキャンペーンを行っており、それにはメダルを取った選手が表彰台から抗議することも含まれているという。
「ただ現時点ではそれが誰かとか、何をするのかしないのかなど、まだ話すことはできない」と彼女は言う。

「アスリート・ウォンテッド」の成果は意外なところで発揮されるのかも、五輪期間中は、ふつうとは少し違った視点でテレビ中継に釘付けになりそうだ。

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The Passion and Pray

by Days posted at 2008-08-04 22:24 last modified 2008-08-04 22:24
ジャンパ・プンツォク師

この夏、ポレポレ坐のスペース&カフェで開催されている 『受難と祈りー、チベットを知るための夏』に合わせて、『受難と祈りー、チベット証言集』が限定刊行されている。幼少の頃のダライ・ラマ14世の遊び相手を務め、中国で26年間に渡る迫害を受けて亡命したジャンパ・プンツォク・ゲンラを始め、高橋明美さんが1996年から2003年にかけて5人の亡命チベット人から聞き書きをした証言集である。
人間の手と足は自由になるためにあり、そして人間の目と耳はこうした「一仕事」を成し遂げるためにあるのだと実感する。
ポレポレ坐の実行委員、南椌椌さんからの案内。

パルデン・ギャツォ師の『雪の下の炎』とは少し趣きの異なるジャンパ・プンツォク
師の100ページにも及ぶ証言は胸打たれます。あまり語られるこのない侵略中国軍との
熾烈なゲリラ戦の様相と、20数年に及ぶ投獄生活の詳細な証言はまさに貴重な現代史
の一断面を教えてくれます。

当イベントでは、会期中、さまざまな映画上映イベントなどもあります。東中野のポ
レポレ坐までいらしていただき直接お求めいただけると嬉しいですが、遠方の方やど
うしてもお時間のない方にはメールにてご注文いただければこちらから発送いたしま
す。
A5版165ページ、定価1500円.
送料込みで1700円でお送りさせていただきます。
お申し込みは info@tibet-free-tibet.com までどうぞ。
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Bomb Attack on Kashgar

by Days posted at 2008-08-05 18:37 last modified 2008-08-06 18:19

日本でもきのうの夕刊各紙一面で報じられている新疆ウイグル自治区、カシュガルでの公安襲撃事件。新華網の一報は、「カシュガルで襲撃事件、16人死亡」として、8月4日午前8時頃、公安辺防支隊(国境警備分遣隊)が朝の体操をしているところを襲撃され、16人が死亡、16人が負傷したと伝えている。
RFAも新華社電を分析している。

中国中央テレビによれば、カシュガル市政府近くの怡金賓館ホテルの前を武警の一団がジョギングしていたところを、ダンプカーが突っ込み、乗っていた2人の男が爆発物を投げつけたという。
新華社によると、ダンプカーが電柱に衝突した直後に2人の男が降り、爆薬に点火して、「ナイフで警官たちを襲った」という。また男たちはトラック爆弾を使ったとの情報もある。
カシュガル第一病院の医師は電話でのインタビューに対し「17人の負傷者を受け入れた」とだけ話した。
ホテルの近くにいた会社員によれば、現場はすぐに封鎖解除され、現在は元通りになっているという。
新華社通信は、2人の襲撃者は逮捕されたが黙秘していると伝えている。

これが五輪を狙ったテロなのかどうかはわからないが、日本を含め各国の報道が大きく扱う中で、新華社は意外なほど情報を伝えていない。五輪一辺倒の報道に埋もれ、むしろ、トルファンで気温47.8度を観測し、38年ぶりに最高気温を更新したという記事のほうが目立つぐらいだ。

治安部隊による一斉捜査と容疑者の逮捕、地下モスクの破壊、それに対抗したウイグル人の警察や行政組織への襲撃と、新疆では報復の連鎖が各地で繰り返されている。
今回襲撃を受けたのは市政府や公安局といった中枢ではなく、辺境警備に当たる部隊だった。想像するに訓練中に襲撃に遭ったのは、こんな西の端まで連れてこられ、次の休暇で郷里に帰れるのをただ楽しみにしている若い人たちがほとんどだったろうと思う。
爆弾とナイフを使った残忍な手口に比較して、襲撃対象はあまりにも威圧効果が薄い。襲撃した2人の意図や背景は、考えれば考えるほどわからなくなる。それを短絡的にテロだとか、五輪警備に対する挑発だとか、そんなふうに決めつけて、警備強化の名目で予防逮捕を行ったり、報道規制をしたりすることのほうがよほど怖い。

(追記1)
13:21の新華網より。

逮捕されたのはカシュガル在住のタクシー運転手(28)、青果商(33)。公安は爆発物9個と銃を押収した。これらの押収物が、2007年1月に「東トルキスタンのテロ組織」を摘発したとき発見されたものと似ており、「聖戦」を宣伝するチラシも見つかった。

(追記2)
取材で現地入りしていた東京新聞と日本テレビの記者ら4人が4日夜、武警に拘束され、暴行を受けたという。心配したとおりのことが起きているようだ。
東京新聞のWebには「本紙写真記者ら拘束 中国当局 暴行、カメラ壊す」という記事が。新華網では「福田首相、靖国神社には参拝せず」は載っているが、もちろんこうした事件は報道されていない。

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新華網で続報

Posted by days at 2008-08-06 18:14

カシュガル爆発事件の真相を容疑者が供述
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-08/06/content_8984043.htm

国外で訓練を受けたテロリスト18人を逮捕
http://news.xinhuanet.com/legal/2008-08/06/content_8989993.htm

官製報道だということを忘れないようにしないといけない。
日本テレビは同日のNEWS23で暴行事件について詳しく伝えた上で、「中国に報道の自由はない」とコメントしている。

Let's Walk

by Days posted at 2008-08-06 00:00 last modified 2008-08-05 19:13

過密なスケジュールを日本で過ごされたパルデン・ギャツォ師は、7月27日に成田を発ち、シカゴへ向かった。ウィスコンシン州マジソンで25日に始まった "March for Tibet's Independence"(チベット独立のための行進)またの名を「ランゼン・ウォーク」に、途中から参加するためである。
この行進、チベット人10人を含む12人の参加者で、オリンピック開会式に合わせて8月8日にシカゴ到着を目指しているそうだ。最年長はもちろん77歳のパルデン師。参加早々、一行を先導して歩いていたそうだ。この情熱は、そのままチベットの自由と独立のための情熱に他ならない。
インディアナ州に本部を置き、この行進を主催するInternatonal Tibet Independence Movement(ITIM)は、1995年以来米国内で数々の徒歩やバイクによるイベントを行っており、延べ340日に渡って、3440マイル(約5500キロ)を歩いたり、走ったりしているという。

インド・ダラムサラを拠点とするTYCやSFT、グチュスムなど5団体が3月10日にラサを目指して始めた行進は、90日間で1300キロ以上を歩き、中国の国境警備隊が待機するチベットの入口まであと10キロというところで終了を余儀なくされた。
チベット人は、どんな遠くからでも祈りながら巡礼の旅をする。いま彼らが行進しているのは、チベットを中国から取り戻すために祈る必要があるからだ。

日本でも行進が行われている。8月3日には、SFT日本が主催して、神奈川県の鎌倉市、藤沢市で"WALK for a FREE TIBET"が行われた。ベビーカーに乗った2歳から、健脚の60代まで、約40人のチベット支援者が参加、鶴岡八幡宮や長谷寺といった名刹を巡りながら、北鎌倉駅から湘南海岸公園までの11キロを歩き、観光客や海水浴客にもチベット問題をアピールした。
9日には名古屋で、24日は長野県松本市の上高地で同様のウォークイベントが行われる。

北京五輪がスタートする8月9日と、閉会式の24日には、在日チベット人コミュニティが中心となって東京で行進が行われる。9日(日)は、16時に港区六本木の三河台公園で集会が行われ、16時半に出発、六本木通り、西麻布交差点を経て麻布の笄(こうがい)公園まで約1.8キロのコースでデモが行われる予定。
アジアの東端に位置する日本からチベットへ向け歩いて行くにはとても時間が足りないが、この夏の1日を、同じようにみんなで歩くことで世界中のチベットの兄弟のひとりとして、チベットに住む姉妹たちに連帯を示そう。五輪を楽しみにしている中国や世界中の人たちに、チベットで起きていることを知ってもらおう。
さあ歩こう。チベットの自由のために。

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Bird’s Nest Banner Action

by Days posted at 2008-08-06 18:10 last modified 2008-08-09 02:14
イアンの横断幕
フィルの横断幕

けさ早朝、Students for a Free Tibetのサポーターが北京国家体育場(「鳥の巣」)近くで横断幕を街路灯柱に掲げ、4人が当局に拘束された。
AP, AFPなど各通信社が伝え、日本の主なメディアも速報している。

SFT本部のニュースリリースによれば、横断幕は長さ20メートルほどの大きさで、ひとつは英語で "One World, One Dream: Free Tibet"、もうひとつは "Tibet Will Be Free" と中国語で「西蔵自由」と書かれていたという。アクションは早朝、天安門広場に聖火が到着する1時間前を狙って起こされた。4人は1時間後に拘束され、現在連絡がつかないという。

30メートルの高さの街路灯によじ登り、"One World, One Dream: Free Tibet"と書かれた横断幕を掲げたのは、SFT英国のメンバーであり、環境問題活動家のイアン・トム(24)。もうひとつは、ニュージャージー州ブジッリウォーター出身で現在はコロラド州ボウルダーに住むフィル・バテル(34)が掲げた。
他にブリストル大学を卒業したばかりでロンドンに住むSFTメンバーのルーシー・マリオン(23)、オレゴン州ポートランド出身の建設会社勤務、タイリアン・ミンク(32)の計4人が連行された。

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Beijing, Hear Their Voice

by Days posted at 2008-08-08 23:55 last modified 2008-08-09 11:05

引き続き、世界中の注目を集める北京。ついにオリンピック開会式の夜になった。
Students for a Free Tibetのニュースリリースによれば、その開会式の1時間前に、オリンピックパークと国家体育場(「鳥の巣」スタジアム)の入り口で3人のチベットサポーターがアピールを行ったという。3人は"Team Tibet 08"と書かれたTシャツを着て、チベットの「雪山獅子旗」を掲げたが、多くの人が見守る中、40秒後に公安に取り押さえられた。
3人は米国人のジョナサン・ストリブリング・アス(27)、カラヤーン・メンドーサ(29)とアルゼンチン出身のセザル・パブロ・マキシ(32)。

この他にも、8/6には25歳のミネソタ州在住の亡命チベット人女性、チメ・ドルカルが北京国際空港に到着直後、12時間に渡り拘束され、強制送還された。北京の空港で彼女は "Tibet will be free" と叫んだという。
「チベット人に対してこの数十年で最も厳しい弾圧を行いながら、中国政府はオリンピックのホスト国になった。私はチベットの人々を代弁するために北京に行かなければならないと感じたのです」とニューヨークのJFK国際空港を出発する際、彼女は話していた。

また、街路灯柱に登り、横断幕を掲げて拘束されていた4人のSFTメンバーは、国外退去となり、きのう無事にサンフランシスコ国際空港とフランクフルト国際空港に着いた。
「チベットで中国政府が行っている軍事的弾圧や、人権抑圧をオリンピック開催によって覆い隠そうとする意図にスポットライトを当てるために、私たちはきのう北京でこの平和的アクションを起こしました。自由と人権を求めて闘うチベット人を、世界中の良心的な人々が支持するかぎり、中国に対する問題解決の圧力は弱まらないでしょう」。コロラド州ボウルダーのフィル・バテルはそう話している。
エジンバラ出身のイアン・トムは、「チベット人はリスクを冒して人権と自由について訴え、中国政府によって暴力的な鎮圧を受けています。良心を持った人々が不正に立ち向かうとき、きっと変化が起きるでしょう。この微妙な時期に中国政府はチベット人を黙らせるために全力を尽くしています。世界中の市民が声を上げねばなりません」と語った。

今夜、オリンピックの開会式が行われた北京時間午後8時8分に合わせ、キャンドルイベントが世界中で行われた。東京でも新宿の常圓寺や文京区の護国寺でキャンドルに火が灯され、多くの参加者が幻想的な灯火を眺めながら、開会式の時間を迎えた。
また、インドやネパールでは中国大使館に対する大規模な抗議デモが行われた。デモに対する過度な取り締まりが問題になっているネパールのカトマンズでは、2000人以上の逮捕者が出たという。

五輪参加選手は、いつまで黙っていられるだろうか?

2008-08-08護国寺

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Beijing, We Are Ready

by Days posted at 2008-08-09 23:55 last modified 2008-08-10 00:58

Stundents for a Free Tibet(SFT)は「北京、待ってろよ」と挑発的なアピールをWeb上でも展開している。ニューヨークにある本部のラドン・テトンは「何をするのかしないのかなど、まだ話すことはできない」と『予言』していたが、そのとおり、3度目のアクションが天安門広場で行われた。
freetibet2008.orgによれば、きょう午後早く、中国のチベット占領を終わらせることを要求して、天安門広場で抗議が行われた。毛沢東の肖像画の前で、4人のチベットサポーターがチベット国旗を体に巻き付けて横たわり、5人目はその抗議の意味を説明したという。

もちろん五輪開会式に合わせて起こされたチベット人のアクションは北京だけでなく、世界中に広がっている。Phayulから各地での動きを拾ってみた。

シカゴトリビューンによれば、シカゴ市内のウォータータワープレイスから中国領事館へ、500人以上の参加者がデモ行進を行い、「中国は恥を知れ」と叫んだ。ダライ・ラマの甥に当たるジグメ・ノルブは「このままでは2020年には中国はアメリカをしのぐ超大国になる」と語り、中国製品、特に危険が指摘されている玩具や薬を買わないように呼びかけた。
ジグメ・ノルブをはじめ、15人はウィスコンシン州マディソンから続く行進の参加者。ミネソタ州の学生、ペマ・チニャム(16)は「チベットでは無垢の人々が投獄されたり殺されたりされているだけでなく、私たちの文化が消されようとされているのです」と話した。
33年間を中国の刑務所で過ごした僧侶のパルデン・ギャツォ(77)は集まった群衆に語りかけた。「ダライ・ラマが提案するチベットの自治は、中国政府にとってもよいことだ。猊下に耳を傾け、状況を打開するときが来た。我々は軍隊を持たないが、力は持っている。それは静かに広がって行っている」。

カナダのトロントでもチベット人とビルマ人を中心とした200人のグループがオンタリオ州議会から中国領事館へ行進を行った。
「この行動を通して、多くの人々にチベット、中国そしてビルマで起きていることを知ってもらいたい。開会式は盛大なものになるだろうが、それが中国にとって勝利を意味するものではない。チベットでは別のことが起きている」とSFTカナダのジゲル・ドルジェは話した。

香港大学の学生、クリスチャーナ・チャンは香港沙田で行われる馬術競技会場で、カナダ国旗を掲げようとして会場警備員に停められ、かけつけた警官に拘束された。カナダ国旗は「おとり」で、それがうまくいけばチベットの雪山白獅子旗と横断幕を掲げるつもりだったという。

ニューデリーでは、チベット青年会議(TYC)のメンバーら120人の僧侶が在インド中国大使館前に集まり、僧衣に身を包んだ若者たちがアピールを繰り広げた。警官隊ともみ合いになり、全員が拘束されたようだ。TYCは中国政府から名指しでテロリスト扱いされている。

ブリュッセルでは、EU本部前でTYCベルギーを中心とする約100人の参加者が「平和を愛する中国市民にとって、五輪開催は悪夢だ」と旗や横断幕を掲げて抗議を行った。

ニューヨークではチベット人4人が中国大使館を囲む鉄柵に鎖をつなぎ、6人が大使館前に座り込んで抗議を行った。鎖は30分後に警官によって切断され、退去させられた。

そして、長崎の原爆記念日を迎えたきょう、東京では在日チベット人コミュニティが初めて主催するデモが行われた。
「広島、長崎への原爆投下でたくさんの市民が亡くなったことを知って、ダライ・ラマはチベット中の僧院に祈りを捧げるよう頼んだ」というパルデン・ギャツォのメッセージが読まれ、原爆投下の犠牲者を悼む黙祷が捧げられてから行進開始。600人以上の参加者がチベット、ウイグルなどの旗を振って六本木通りを歩き、「チベットには時間がない。オリンピックの影で、中国からの迫害はいまも続いている。もっとチベットのことを知ってほしい」と沿道に訴えた。
この訴えは世界中に呼応し、こだましているかのようだ。

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