ときどき旅
Up one levelWatanoha
夏休みというわけではないけれど、1日だけ休みをもらって、宮城の石巻へ行ってきた。日本沿岸自転車の旅、今回目指すは石巻から福島県の広野まで。
JR石巻線が最も石巻湾に近づく渡波(わたのは)駅から走り始める。万石浦に架かる橋を渡れば牡鹿半島だ。いつかはこの半島も1週しないとならない。
小さな駅舎の前、「吸い殻入れは撤去しました」と書いてあるところからすると、かつて喫煙スペースだったところで自転車を組み立て。電車を降りた帰省の家族連れが、迎えに来たじいちゃんたちのクルマに乗り込んで行く。少しうらやましい。
駅前の道をまっすぐ、万石橋へ。牡蠣の養殖で有名な万石浦だが、地図を見なければ少し広い入り江といった感じ。橋の上まで行って、引き返した。
橋の脇の道を、祭りの衣装をまとった子供たちが行ったり来たりしている。「祭りのため、この先通行止め」との看板もある。気になってそのままその道を進むと、魚市場の前に屋台が並び、トラックを改造したステージで踊りが披露されていた。子供たちはちょうど踊りが終わって帰るところらしい。
自転車が人垣の邪魔にならないように押して通り抜け、長浜沿いの道に出る。わたのは保育園の前を通って、まっすぐ西へ。少し向かい風かも。あまりスピードが乗らない。海水浴場の手前ではサーフィンをしている人たちが。小休止して堤防の上に上がる。
石巻漁港の水産埠頭はがらんとしていた。亀のように小舟を載せた遠洋漁船が何隻もつながれている。並行する県道に移り、旧北上川の河口に架かる日和大橋へ。歩道は反対車線側にあるのだが、短区間だから大丈夫と車道をそのまま行ったのが、違った。橋の上は向かい風の強風。案外長い橋で、下り坂もスピードが上がらない。追い抜いて行く後続車を気にしながら、何とか渡り切ったときにはほっとした。
時間があれば石ノ森萬画館にも行きたかったのだけれど、河口は市街地から少し離れているので、また次の機会。
工業地帯は、歩道はぼこぼこしているし、車道は大型トレーラーが行き交うし、とても走りにくい。向かい風にハンドルを取られると命の危険を感じるほどだ。製紙工場の構内から頻繁に汽笛が聞こえ、専用鉄道で貨車の入れ替えをしているんだなと想像する。
ようやく工業地帯を抜けて、北上運河を渡るときには、少しほっとした。松島までのサイクリングロードが始まるのはこのあたりからだ。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/watanoha/tbping
Shionomisaki
日本沿岸自転車ツーリング、今回は三重から紀州、本州最南端潮岬まで。
途中、カヌーや観光を入れながらの旅でしたが、いちばんモトがしんどそうだったのが、尾鷲−熊野市の海岸と、この潮岬周遊道路。後者は全然予想していなかっただけに、長い坂道に思わずあぜん。
とりあえずまだ生きてますの旅の報告でした。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/shionomisaki/tbping
Azumino Yamabiko
保育園児と走る自転車の旅。今回は北アルプスを望む安曇野、その名も「あづみ野やまびこ自転車道」を小学6年のモトと3人で8月に走った。
行けるところまで行って、大糸線で戻って来ないとならないので、出発地点は松本駅の2つ先、島内駅。あいにくの曇り空で、アルプスの山々は雲に隠れている。旧国道に出て、奈良井川を目指す。道路狭くて歩道なく、交通量多く、年長さんのリヒトには少し厳しい道だが、短い距離なので、少しずつ進んだ。
奈良井川に架かる新橋の先、国道19号と川に挟まれて細い道が上流へ続いている。このあたりは特に自転車道というわけではないらしいが、国道から離れ、クルマがあまり走らないので助かる。川にはカモが泳いでいる。
途中、拾ヶ堰という用水を分けるための堰がある。じっかせぎ、と読むのだそうだ。あとでわかったことだけれど、安曇野やまびこ自転車道は、安曇野に奈良井川の水を供給するこの用水路沿いにずっと続いているのだ。拾ヶ堰はこの取水口から終点まで標高差たったの5メートルで、等高線に完全に沿って流れているのだそうだ。
国道19号が川に迫るあたりでは、細い道は路側の歩道になってしまい、先に行ったモトが邪魔なところで待っていて迷惑。意外と地元の人たちが自転車で行き来するのに使っているようで、ママチャリ何台もとすれ違った。もちろん土曜日なので、私たちのようなツーリストも多い。
平瀬橋は新旧2本あるが、とにかく梓川に架かる自転車専用橋(!)から自転車道に入ればいいやと思っていたので、新しい橋を渡って、すぐ右折。ゴミ処理場の廃熱を利用した温水プール「ラーラ松本」を目指して行く。橋は「ラーラ松本」を回り込んだところにある。並行して「アルプス大橋」という国道の車道橋もあるが、古い地図には載っていないので、「自転車橋」より後にできたものらしい。
自転車専用橋とは言え、特に特徴があるわけではない、細い橋だ。渡ったところに、場違いに巨大なシールドマシンの先頭部分が展示してあった。梓川の下に拾ヶ堰を交差させるため、10年ほど前に掘削した際のシールドマシン。交差部の逆サイホンが最初に完成したのは大正9年だという。ほとんど水平の水路と言い、川と交差する逆サイホンと言い、先人はとてつもないことを考えて実行したようだ。
迷路のようにアルプス大橋の国道の下をくぐり、その拾ヶ堰に沿って西へ走る。用水はほとんど満水だ。いまにも溢れそう。水路と道路が交差する箇所では、自転車道は道路の下をくぐるから、用水の水面よりも低いところを並んで走る。溢れたらどうするのだろうと不安になる。それよりもモトが怖いのは、道路橋から垂れ下がったクモの巣だ。
長野自動車道をくぐり、バイパスが北側に離れたあたりから、あたりはとたんにのどかな光景になり、山々の眺望が開けた。左手に豊科町の南部総合公園が見えて、ここで休憩。とにかく広いスポーツ公園で、子供たちも走り回っているが、付き合っている父母もスポーツウェア姿が多いのが印象的だった。トイレを探して公園を一周したからわかったことだけれど。
公園を後に県道を過ぎたところで、まだ青い実を落としている栗の木を発見。傍らの看板を見ると、目的地の道の駅まではまだまだだ。
国道をアンダーパスで越え(モトはクモの巣が怖くて先頭で行けず、リヒトは遅れてついてきた)、小さな木橋で拾ヶ堰を2回左右に渡ると、大糸線の線路が見えて来た。ちょうど2両編成の銀色の電車が走り去って行くところだった。
線路を過ぎてから、用水、農道、自転車道と並行するようになり、また雰囲気が変わる。「自転車道休憩所」と書かれた四阿が用水の対岸にあり、立ち寄るが、クモの巣だらけであわてて退散。遠く雲の切れ間に、常念岳の山頂だけがぽっかりと浮かんでいる。
火の見やぐらが立つ小さな集落で、用水の対岸に渡る。ここにも小さな公園があって、一休み。近所の子供たちが遊戯王カードをやっていた。モトは遠くからその会話に興味津々。水道で腕に水を浸すと、風がここちよく感じられる。
鎮守の森を過ぎ、道祖神にあいさつすると、なんだか山々が近くなってきたような気がしてきた。水辺の木々にはトンビ、カラス、スズメが大合唱。水面にはカモが泳いでいる。暑いのでうらやましい。
広域農道と交差する。その農道沿いに、目と鼻の先の距離で道の駅が見えているのだけれど、自転車道は律儀に用水沿いをたどっている。拾ヶ堰と一緒に急カーブした先が、堀金小学校の真新しい校舎。自転車道はその先で急に用水から離れてたんぼの中を左右に直角にぐねぐねと曲がる。リヒトが曲がり切れず、たんぼに突っ込むんじゃないかと不安で一杯だったが、無事?旧堀金村役場、いまのスポーツセンター、図書館、道の駅の一帯にたどりついた。
振り返ると夏の常念岳の輪郭がさっきよりはっきりと見えた。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/azumino-yamabiko/tbping
Nine Devils Road
伊良湖から伊勢湾を渡って、三重県に入り、今回は熊野路、尾鷲からの親子自転車旅。
今年できたばかりの紀勢自動車道の終点、大内山インターには9時に着いて、42号線を南下。霧雨の荷坂峠を越え、10時に着いた尾鷲はざんざん降りだった。考えてみれば、日本一降水量の多い大台ケ原の麓だ。火力発電所の煙突がけむっている。
雨が上がるのを待って、13時半に尾鷲駅前を出発した。港へ向かって、大通りではなく、商店街の中を走る。往々にしてこういう道が古来からの街道だったりするのだ。それにしても、開いている店の少ない寂しい商店街。
しかし突き当たってしまったので、駅前からの大通りに出た。しばらく走ると熊野古道の案内板があったので、それに沿って第三銀行の角を曲がり、古い道をたどる。道沿いには旧家や商家が並んでいて、いい雰囲気だ。
中川を渡る。そのまままっすぐ行くと八鬼山かと思ったら、紀勢本線のガードをくぐったところで熊野古道は左へ路地に入る。それについて左折したら、さらに細い路地に消えたので、しかたない、あとは県道へ出よう。
海岸沿いの県道の向こうは、三田火力発電所。パチスロ屋の前を過ぎて、矢ノ川を渡ると、とたんに道は市街を外れた。
大曽根浦駅の先から上り坂が始まる。海岸沿いの峠を越えて、行野浦に出るのだが、モトは早くも押しで前途多難だ。尾鷲湾の対岸が見える。路面が乾いて、ときどき薄日が射すのが救い。
行野浦を過ぎると、2車線路はセンターラインがなくなり、1車線の幅に狭まる。ガードレールに県道778号線「中井浦九鬼線」の六角形があるので、県道には違いないのだが、斜面から木々が迫り、「通行注意・落石」の標識とゲート。大型車通行不能だという。これでも1992年までは国道311号だったとは信じがたい。
急坂。ひたすら押しで登る。まったくクルマは走っていない。あとからついてくるモトが立ち止まっているので、何かと思ったら、路上でサワガニを見つけたのだった。
カーブまで先に行ってはモトを待ち、追いつかれてまた先へ進む。しびれを切らして、モトの自転車と2台を一緒に押して行くこともあった。ヘアピンカーブの連続で、はるか上方に白いガードレールが見える。モトはめざとくそれを見つけて、あそこまで登るの!えー!と大げさに喚く。あれはたぶん幻となだめるが、まあ登るのは間違いないだろう。
沢を渡る橋の名前は「無名橋3」「無名橋4」‥‥。順番かと思ったら、いきなり飛んで「無名橋9」。
あとで地形図で確認すると、250メートルまではヘアピンカーブで一気に高度を稼ぐが、そこからは300〜350メートルの等高線沿いの道。そこまで上がってしまうと、あとはペダルを漕いで走って行けるようになった。
道は樹々に覆われて薄暗い。県道のサインを頼りに、営林道に入らないように注意する。登山道ではないのだが(そう信じたい)、ときどき間伐材で作った「←おわせ・九鬼→」の立て札が立てられている。森の中でカラスが鳴いている。負けじとモトが「カー」と叫んで対抗する。ときどき眼下に熊野灘が見える。
「健康とゆとりの森」入口を過ぎ、どこが峠だかわからないうちに、いつのまにか下り坂が混じるようになって、そのうちペダルを漕がなくても前進するようになった。気分よく走って行くと、軽トラックとすれ違った。危ない、危ない。この道に入って初めての対向車だ。
ひょっこりといった感じで、国道311号線にT字でぶつかった。尾鷲から2時間弱。県道はここでおしまいだが、標高はまだ約200メートルある。後続車を気にしながら、2車線の舗装路を一気に下る。あまりスピードを出しすぎると、センターラインを越えてしまいそうだ。
国道を下って行くと、「九鬼漁港」の標識のある九鬼の集落と駅前に入る脇道を見過ごし、寂しい駅裏のバイパスに入ってしまった。国道は集落に入らず、山伝いに早田へ向かう。アップダウンが余計だが、しかたない。
九鬼駅のホーム脇で休憩していると、特急「南紀」が通過していった。きょうはあとどこまで行けるかだろうか、と地図を見ながら考えた。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/nine-devils-road/tbping
Nigishima, Coast of Fractale
最大の難所、九鬼への山越えを最初に突破したので、あとは岬ごとのアップダウンが続く道をたどるだけだ。国道とは言え、クルマは非常に少ない。半分以上はダンプカーで、おそらくこの先に大規模な造成現場があるのだろう。
早田トンネルの入口にガードマンがいて、そのダンプカーを誘導していた。トンネルに入らず、旧道のほうを出入りしているというのは、災害復旧工事だろうか。「何の工事?」と聞いたが、答えは「知らない」とのこと。
早田トンネルの中は下り坂だった。広い歩道が整備されていて助かる。連続する三木浦トンネルは途中がカーブしているので、出口がなかなか見えない。あまり気分のいいものではない。しかも2つのトンネルを通過するあいだ、クルマとはすれちがわなかった。
坂を下っていくと、「三木小学校」というバス停がぽつんと立っていた。見回すと斜面の下に校舎があった。小学校があること、そこにバス路線が通じていることに、驚いた。この「ふれあいバス」八鬼山線は、1日4本、尾鷲市内から九鬼、早田経由で三木里まで行くらしい。
三木浦入口を過ぎると、また国道は上り坂になる。賀田湾の対岸に、落石シェルターのある道が見える。あそこまで行くのか、と思う。
三木里で雨になった。ちょうど集落の中だったので、民宿のピロティで雨宿り。17時少し前。あとどこまで行けるだろうと、また地図に目を落とす。貨物列車が通り過ぎていく。三木里駅が近いが、尾鷲へ帰る列車の時間を考えると、もう少し先までいけそうだ。2つ先の二木島を目指すことにした。
モトがトイレに行きたいというので、探す。海水浴場の駐車場にあった。雨に降られて水着の一団がちょうど海から上がって来たところだった。
通行量の少ない国道に不釣り合いな緑色の有料道路案内。熊野尾鷲道路の三木里IC入口が近いらしいが、できたばかりと見えて、手持ちの地図には載っていない。みんなそっちへ行ってしまうから、国道にはあまりクルマが走っていないのだろうか。あとで調べたら、尾鷲から三木里までの短区間が供用されていて、まだ無料なのだそうだ。
養殖技術試験場のある小さな港町、古江町を過ぎて、賀田へ。三重交通色の「ふれあいバス」ハラソ線とすれちがった。ハラソとは何のことか?
賀田の小さな港は、川の水が豊富なのか恐ろしいぐらいに澄んでいた。フラクタル曲線のようにでこぼこになっている湾をぐるりと回る。この先には曽根トンネルと梶賀トンネルがあるのだが、賀田港と国道の分岐はなぜか国道のほうが狭い。しかも「甫母地内全長8メートルは通行不能」の案内に不安を覚える。
入り江のほとりに曽根トンネルがぱっくりと口を開けていた。いままでの峠道のトンネルパターンと違って、トンネル内がひたすら上り坂。緩いので、ペダルを漕いで行けるが、1300メートルもあるので、なかなか出口に着かない。照明は明るいし、広い歩道もあるし、できたばかりできれいなのだが、それにしても1300メートル。
トンネルを出たところは谷を渡るコンクリート橋の上で、その先は梶賀トンネルに吸い込まれていく。
国道311号の全通したのは2001年11月。それまでは、この橋の下の梶賀が北側の行き止まり、須野が南側の行き止まりだった。10年以上前の地図には梶賀湾を橋梁で渡り、トンネルをうがって、その先の断崖を海上橋で結ぶルートが点線で描かれていたのだが、途中で計画変更して結局1キロ以上ある長大トンネルを2つ掘り直すことになったようだ。トンネルだらけの日本国内では、この程度の掘り直しは無駄とは言わないのかもしれない。
梶賀トンネルは全長1376メートル。緩い上り坂はトンネルを出てもまだ続き、須野トンネルでようやく神須ノ鼻の峠を越えた。ここからが熊野市だ。
須野の入り江。対岸の断崖上に続く国道と青い案内標識が見える。頼むからあまり下らないで、そのまま断崖上をつないでほしいと願った。急いで入り江を回ると、さっきの標識のところに出た。「甫母地内全長8メートル以上通行不能」だ。ここまで書かれると甫母とはどんなところなのか興味が湧いてくる。
またもや峠道でその頂上、楯ヶ崎展望台でひと休憩。「『神の戦ひたる処』望むビューポイント」と書かれた案内板の写真は美しい夕日だが、きょうの天気は雨のち曇り。雨が降っていないだけましだ。眼下に、断崖に打ち付ける波を見る。
「甫母(ほぼ)とは含まれるを意味し、二木島湾の一小海湾をなしていることからその名がついたと伝えられています」と案内板に書かれているのは、入り組んだ図形を拡大するとさらに細かく入り組んだ図形が見えてくるフラクタル図形の説明ではないか。列車の時間を考えると、あと走れるのは15分か。あまり時間がない。
甫母の国道未改良区間はその先にあり、断崖を削った1車線の道にガードレール代わりの仮設ロープが張られているだけという坂だった。カーブの連続で見通しは効かず、もしクルマで走っていて、対向車が来たらと思うと恐ろしい。甫母の集落内は堤防と民家のあいだの狭い空間が国道として利用されていて、その先には直角のカーブ。これは確かに「大型車通行不能」にしておいたほうがよい。
岬への坂道を上がって行くと、ようやく未改良区間が終わり、センターラインありの2車線路に。しかし私たちは二木島駅へ行くので、国道を外れて港への道をたどった。これも甫母と同じような堤防と民家のあいだの狭い道だ。銀色のヘルメットをかぶって自転車で通り過ぎるモトを、老人たちが不思議そうに見ている。入り江の奥が小さな漁港で、短いコンクリート橋で川を渡る。近所の子供たちとすれ違う。もう遊びはおしまい。家に帰る時間だ。
駅の入口は、線路の鉄橋をくぐったところで、スロープを上がった先に駅舎があった。駅は集落の中に築かれた築堤の上にあって、ホームからは入り江が見渡せる。列車到着まであと5分。無人の駅舎の裏に2台の自転車を停めた。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/nigishima-coast-of-fractale/tbping
Miran
3月6日の次回「チベットの歴史と文化学習会」では、神戸市外国語大学の武内紹人さんがシルクロード沿いの遺跡から出土したチベット語文献について話されるという。
その中に懐かしい地名を見つけた。ミーラン(米蘭)。私は1990年にここを訪れている。いまは文物協会がしっかりと保護しているのだろうが、当時は近くの村から遺跡への道なき道の脇に「自治区一級文物保存区/米蘭古城跡」と石碑があるだけで、まったくほったらかしの状態だった。
沙漠の中に3週間もいて、ようやくミーランの遺跡、そして久々の文明社会に触れた当時の記録から。
まるで2年前に読んだヘディンの探検記の挿絵のような風景が私の目の前に広がっていた。昨日と同じ沙漠の中に忽然と石組みの遺構が現れ、私は戸惑い気味にうなずいた。そうか。確かにスウェン・ヘディンと同じものを目にしているわけだ。本を読むのと違うのは、砂だらけの砂利道に沿って相変わらず電線が走っていることと、私が確かになま暖かい風を感じていることだけだった。
岩を組んで造った数百もの遺構は何の跡なのだろうか。ラクダの上から眺めながら脇を通過していく私の目にはそれが音譜のように見えた。ついでに荘重な鎮魂歌を私は思い浮かべた。
アンテナを天に巡らせた放送局のような大きな建物が丘の向こうに見えてきた。米蘭の新市街は想像以上の都会なのだろうか。新市街の入口がきょうの目的地。
しばらく進むと泥の遺構が間近に迫ってきた。これが古代シルクロードの都市帝国、米蘭の跡なのだ。
ラクダを下りていったんは歩き始めたものの、あんまり砂に足がとられるので私はまたラクダの足に頼ることにした。木片が砂の上に散らばる。木造の建物があったのだろう。板を切り出せるほどの大木はここらにはないから、遠く通商路を介して運ばれてきたに違いない。私は勝手にそう結論した。千百年前の都を目の辺りにして──その都に出入りする人々や異国の街の様子を目頭に思い浮かべて──ようやく私は敦煌からここまでその古代の通商路を辿ってきたのだと実感できた。もう人間関係なんてどうでもいい。宗教やら政治やらをうっちゃって、私はただ古代を想像することに没入したい。
さらに進むと、さっき新市街の放送局に見えたのが、泥を固めたパゴダの跡にすぎないのがわかった。まだ遺跡の中なのだ。塔の内部から調査用の鉄塔を組み上げてあるので、それがアンテナに見えたわけだ。並走する電線がその泥の一部を削ってまでまっすぐに張られているのが痛々しい。これほど大きなものが数々の嵐(カラ・ブラン)によく耐えたもんだ。それも時間の問題だろう。楼蘭の遺跡もきっとこれと同じ環境に曝されているにちがいない。
時を同じくしてウイグル人が中国政府の抑圧に対して大規模な反対運動を展開していたことは当時日本では報道されなかったし、また社会生活から無縁の沙漠の中にいた私たちもそれを知らなかった。
「新市街」と書いたミーランの現村は実はオアシスの開拓村だったのだが、その村には滞在できなかった。それが騒乱の影響だったと知ったのはさらに1週間後、実は私たちがいた新疆南部には外国人の旅行規制が敷かれており、私たちも旅を中止せねばならないと知らさせたときのことだった。私たちは規制線の中にいたのだ。
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/miran/tbping
Powder Riding in Seki Onsen
3月の連休。渋滞をかきわけて、妙高高原へ行く。
土曜日は春スキーの陽気。妙高エリアでは最も高低差の大きい杉ノ原スキー場へ行ったが、シャリシャリの激重雪にエッジを取られ、とにかく疲れる。
日曜日は早朝から怪しい空模様。朝、関川駅まで買い物に行ったら、雨。500メートル上がった関温泉ではそれがみぞれになった。あまり滑る気がせず、宿の前の短い斜面でカナトにスノボを教える。バランスがいいのか、あっというまに滑れるようになって、ちょっと悔しい。
いつのまにか雪は本降りになって、クルマが雪に埋もれている。これはひょっとしてすごいことになっていないかと、歩いて関温泉スキー場まで行ってみる。
もう15時を過ぎていたが、リフト1本上がると、それはすごいことになっていた。谷沿いにはあまりの深雪に埋もれてもがいているスキーヤー多数。パウダー満喫。気分は空中遊泳。
リフトが停まるまでたった1時間ちょっとだったが、シーズンの締めくくりに十分すぎるほどのご褒美だった。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/powder-riding-in-seki-onsen/tbping
Margaret Line
2007年秋に中断した伊豆半島一周の続き。前回風が強くて途中で逃げ帰った子浦から。
バスの乗車券を売ってくれた牛乳屋のおじさんは、いま体調を崩して入院してしまい、出発地点のバス停留所は少し寂しい風景になっていた。人工地盤の上にグラウンドが造られた三浜小学校の下をくぐり、マーガレットラインに向かって急坂を押して行く。そこかしこで桜並木が出迎えてくれた。
続きはまた書きます。
- Category(s)
- ときどき旅
- The URL to Trackback this entry is:
- http://www.mobileplace.org/dias/blog/margaret-line/tbping