Gyegu Quake Toll Rises
Article from Radio Free Asia
台湾の報道によれば、青海大地震の救助活動は大雪の中で断続的に行われ、19日22時までに2039人の死者を確認したという。今週に入って被災地はたびたび強い風雪に見舞われ、気温は急に下がり、周辺の交通に支障が出ている。幸いにしていまのところ伝染病などは確認されていないが、救援の遅れが深刻になっている。
この状況にも関わらず、当局は各地から駆けつけた救援隊の入域を制限し、現地のNGOだけに活動を限っているという。ニューヨークタイムズによれば、がれきの下から負傷者を救出しようとした僧侶たちを、中国部隊が追い払い、カメラの前で自分たちが救出したように装ったそうだ。記事からはチベット人に広がる救援隊への不信感が伝わってくる。
ウーセルのblogには、中国の救援隊が被災地からチベタン・マスチフの仔犬を連れ去る写真が掲載されている。チベタン・マスチフは熱狂的な愛犬家の間で高値で取引されているという。
被災地の学校は7割が地震で倒壊し、少なくとも百数十人の教師と生徒が亡くなっているが、教育部は先週金曜日、被災地の各学校に10日以内に授業を再開するように指示したという(この教育部担当者は早速「人肉捜索」で特定され、中国のネット上で非難のやり玉に挙げられている)。中国政府が早々と地震救援を幕引きしようとしているのは、開幕が迫る上海万博のためではないかと疑う向きもある。
支援の動きも本格化している。SSG(江源発展促進会)など現地を拠点に活動しているNGO5団体は、地震救援のためのサイト、Yushu Earthquake Responseを開設し、寄付金の募集を始めた。また青海省を拠点にするNGO、Plateau Perspectivesが立ち上げた "Yushu Earthquake Relief" の医療支援のために西寧入りしている日本人が日本語での発信を始めている。
少し前になるが、18日のRFA、カトマンズ発の記事を日本語訳。
地震による犠牲者は1400人に及び、僧侶と救援隊の活動は遺体の火葬に移ってきた。僧侶たちは周辺の僧院から続々とやってきて、「支援の手は僧院から差し伸べられている」と住民は例えている。
ジェクンド一帯の建物がことごとく倒壊するなど被害は甚大で、ディチュに架かる橋にも亀裂が発見された。現地の情報によれば、救援隊の被災地入りを管理するために橋で当局が検問を行っているという。親類を探すためにバイクでジェクンドにやってきた若者は、援助物資の配分が不公平だとこぼした。
「ある家族は凍えるような寒さの中、テントがないので野外で夜を明かしました。テントのない人たちの中には、寒さを防ぐために遺体の間で眠る人もいます。私の親類もまだ援助物資を受け取っていません。物資が町に届いているそうですが、配給に問題があります。要領のいい人たちがテントをたくさん持っていき、女性や子供など弱者は何ももらえないのに、公務員も独占しています。混乱状態です。物資は高値で転売されています。テントの多くは軍部隊と救援隊が使っていて、本当にテントや食糧が必要な被災者には届いていないのです」。
中国国営放送は全国のお茶の間に「救援物資が被災地に運ばれ、勇敢な救援隊と軍部隊が物資を被災者に手渡す映像」を繰り返し流している。現地の僧侶によれば、負傷者約300人が隣接する四川省の省都、成都で治療を受けているという。救護と翻訳を手伝っている成都出身のチベット人大学生によれば、負傷者は成都の3つの病院に搬送された。
「頭から血を流す人、手足の骨折、背中の傷など、子どもを含め様々な負傷者がいました。中国政府が彼らの治療費を負担しているように思いました」。
成都ではチベット人の大学生と教師たちが負傷者を助けているという。救助にあたっている僧侶によれば、カンゼ僧院からの救援隊が被災地に向けて出発したという。
「高僧は2万元を、カンゼ僧院は8万元を寄付し、他の僧院からは3万元が集まりました。地震発生以来、私たちの僧院では大勢が祈りを捧げています」。
匿名の別のチベット人によれば、チベット人たちは中国の救援活動への不信から、自分たちで(僧院からも)救援隊を組織したのだという。当局は別のことを心配し始めている。清潔な飲料水が確保できるか、廃棄物や危険物質は適正に処理されるかといったことだ。
「火葬されなかった遺体が、ディチュ川に流されている」とジェク在住者は話した。 「被災地入りした地震専門家やレスキュー犬は高度障害にかかっていて、それが救援活動の足かせになっている」。
北京での記者会見でも交通運輸部の高宏峰副部長は、救援部隊が高度障害や悪天候、劣悪な居住環境に悩まされていると話している。チベットの精神的指導者、ダライ・ラマが被災地への訪問を希望しているとチベット亡命政府は発表した。ダライ・ラマは1959年に中国支配に抵抗して起きた蜂起により、インドへ亡命した。チベットの地位に関する彼の代表団と中国当局との話し合いはあまり進展していない。
中国国営メディアによれば、チベットの第二の宗教的指導者で、北京公認のパンチェン・ラマは10万元を救援活動に寄付したという。北京政府は1995年、ダライ・ラマがパンチェン・ラマの生まれ変わりと認定した少年を拒否して、別の少年を仕立てていた。
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