2008/03/10
Let China Awake
Peace March for Tibet
by
Days
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posted at
2008-03-10 00:10
last modified
2008-07-31 14:38
エリトリアに気を取られていて、チベット・ピースマーチのことをすっかり忘れていた。
1959年3月10日は、次第に影響力を強める中国政府と軍隊に対し、ラサの市民が蜂起した日だ。この日を境に、中国側は市民に対する弾圧を強め、ダライ・ラマ14世もラサからの退去を余儀なくされて今日に至る。世界中に散らばった亡命チベット人コミュニティとその支援者は、FREE TIBETを合い言葉に毎年3月10日にデモやアピールを行っている。ロンドン、オタワ、ニューヨーク、デリー、台北、そして東京。日本では、TSNJが中心になって、毎年デモと交流会を行っている。
今年は北京でオリンピックが開催される。中国に注目が集まるこの機会を使わない手はないと、在日チベット人は中国大使館前での抗議行動も企画した。ニューヨークに本部があるSTUDENTS FOR TIBETの「日本支部」Students for a Free TIBET Japanをツェリン・ドルジェが作り、彼が麻布警察署から許可を取ってきた。これだけでも恐るべき行動力だ。
中国大使館前での抗議行動には支援者を含め約20名が参加。新宿三丁目から甲州街道を経て新宿中央公園までのデモには80人も集まっただろうか。警察の警備に護られてのこと、それぞれ参加者の半数ぐらいの警察官がついてくれたが、それに加えて写真を撮ったり、メモを取ったり、参加者の身元を確認する公安と思われる私服の警官も例年より多かったように思う。まさかとは思うが、多勢に無勢のこの行動が洞爺湖サミットに波及することを恐れているのだろうか。
現在、チベットは中国の支配下にある。昨年、ラサには中国本土から鉄道も開通し、ますます一体化が進んでいる。1959年3月10日に世界が戻れるわけではないことは、チベット人もよくわかっている。コソボのように独立ができればよいが、そう簡単な話ではない。
いちばん大きな問題は「人種的、文化的抹殺」だ。1959年以来中国政府はチベット人とチベット文化に対して過酷な政策を取ってきた。異議を申し立てた僧侶は逮捕され、政治犯として刑務所に収容され、残虐な「再教育」を受けさせられた。1989年のパンチェン・ラマ10世の死後、1995年に転生としてダライ・ラマに承認された11世ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年は、その直後から行方不明になり、中国政府に連行されたと言われている。その家族とも現在も消息不明のままだ。チベットに住むチベット人には自由がない。これがオリンピックが開催される国で、いまも起きている現実だ。
日本政府は亡命者の受け入れに積極的ではないし、排他的な島国だから、好んで日本に住むチベット人は少ない。けれど、その現実を知ってしまうと、彼らに同情を禁じ得ない。チベットに自由を、宗教の自由を、教育の自由を。パンチェン・ラマを返せ、多くの収容者を返せ。
いつまでも強圧的な手法でチベットを扱っていては、決して先進国の仲間入りはできない。中国政府はそのことに気付き、変わってほしいと思う。
1959年3月10日は、次第に影響力を強める中国政府と軍隊に対し、ラサの市民が蜂起した日だ。この日を境に、中国側は市民に対する弾圧を強め、ダライ・ラマ14世もラサからの退去を余儀なくされて今日に至る。世界中に散らばった亡命チベット人コミュニティとその支援者は、FREE TIBETを合い言葉に毎年3月10日にデモやアピールを行っている。ロンドン、オタワ、ニューヨーク、デリー、台北、そして東京。日本では、TSNJが中心になって、毎年デモと交流会を行っている。
今年は北京でオリンピックが開催される。中国に注目が集まるこの機会を使わない手はないと、在日チベット人は中国大使館前での抗議行動も企画した。ニューヨークに本部があるSTUDENTS FOR TIBETの「日本支部」Students for a Free TIBET Japanをツェリン・ドルジェが作り、彼が麻布警察署から許可を取ってきた。これだけでも恐るべき行動力だ。
中国大使館前での抗議行動には支援者を含め約20名が参加。新宿三丁目から甲州街道を経て新宿中央公園までのデモには80人も集まっただろうか。警察の警備に護られてのこと、それぞれ参加者の半数ぐらいの警察官がついてくれたが、それに加えて写真を撮ったり、メモを取ったり、参加者の身元を確認する公安と思われる私服の警官も例年より多かったように思う。まさかとは思うが、多勢に無勢のこの行動が洞爺湖サミットに波及することを恐れているのだろうか。
現在、チベットは中国の支配下にある。昨年、ラサには中国本土から鉄道も開通し、ますます一体化が進んでいる。1959年3月10日に世界が戻れるわけではないことは、チベット人もよくわかっている。コソボのように独立ができればよいが、そう簡単な話ではない。
いちばん大きな問題は「人種的、文化的抹殺」だ。1959年以来中国政府はチベット人とチベット文化に対して過酷な政策を取ってきた。異議を申し立てた僧侶は逮捕され、政治犯として刑務所に収容され、残虐な「再教育」を受けさせられた。1989年のパンチェン・ラマ10世の死後、1995年に転生としてダライ・ラマに承認された11世ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年は、その直後から行方不明になり、中国政府に連行されたと言われている。その家族とも現在も消息不明のままだ。チベットに住むチベット人には自由がない。これがオリンピックが開催される国で、いまも起きている現実だ。
日本政府は亡命者の受け入れに積極的ではないし、排他的な島国だから、好んで日本に住むチベット人は少ない。けれど、その現実を知ってしまうと、彼らに同情を禁じ得ない。チベットに自由を、宗教の自由を、教育の自由を。パンチェン・ラマを返せ、多くの収容者を返せ。
いつまでも強圧的な手法でチベットを扱っていては、決して先進国の仲間入りはできない。中国政府はそのことに気付き、変わってほしいと思う。
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コメントスパムはほとんどこのエントリーを狙い撃ちしているようだったので、しばらく放置していたのですが、さすがに目障り。
なぜこのエントリーにだけアタックされているのか、あまり考えてみたくはないのですが。
もうこれ以上は受け付けません。