Nepal's Tibetans Squeezed as China Flexes Muscles
気になるネパールでのチベット人社会への抑圧について、AFPが7日の記事にうまくまとめている。
北京が共産建国60周年を迎える一方、ネパールの警察は中国を非難するデモを計画したとして数十人のチベット人を密かに拘束していた。カトマンズのいたるところで行われた早朝の捜索は、ネパール政府によるチベット人への強硬的アプローチを示している。
1959年にチベットから逃れたダライ・ラマを追って亡命し、ネパールに住みついたチベット人は2万人に及ぶ。1990年以前には在留許可を得てネパール人社会に溶け込み、カーペットや手工芸品を販売して成功したチベット人が多かったが、完全な市民権は与えられなかった。
彼らによればこの数ヶ月、「北京の圧力によって」活動が制限され、ネパールに住むのが難しくなっているという。
カトマンズ郊外のチベット人が多く集まる地区に住むチベット工芸品商のツェリン・トンドゥプ(45)によれば、かつては警官が来ることなどまれだったという。が、いまは違う。
「最近になって警官が大量に配置されています。彼らは定期的に巡回し、チベット人の尋問を行っています」と彼は言う。「友人のひとりは数ヶ月も繰り返し尋問を受けています。物騒な雰囲気で、この状況の変化はよくないと思います」。![]()
中国とインドに挟まれたネパールは、「チベットは不可分の領土」だとする北京政府の「中国統一」政策を是認し、反中国デモを厳しく取り締まっている。今年8月、ネパール政府は北側の隣人であり、主要な援助国である中国との友好関係を維持するため、「2国間の良好な関係を害する」活動を抑え込もうとした。
「中国とインドの好意にすがるしかネパールが生き延びる道はなく、中国を気にすればチベット人への制限を強めるしかないのです」と、あるチベット人社会のリーダーは匿名を前提に話した。
ここ数年のネパールでの毛派の台頭もあって、ネパールと中国の関係は緊密になってきている。毛派指導者のプラチャンダ元首相は、昨年の北京五輪出席のため、ニューデリーよりも北京を先に訪問し、ネパール首相外交の伝統を破った。
「毛派政府は、ネパールでのチベット問題について、中国外交団に特別な配慮を行い、裁判に介入できるようにした」と、ワシントンのInternational Campaign for Tibetの最近の報告書には記載されている。
「デモ警備や拘束を行う警官の背後で、中国の大使館員が視察と写真撮影を行っていた。ときにはネパールの警官に指示を出していた」。
今年5月に毛派政権が交替してからも、この状況は続いているという。
Free Tibetと書かれたTシャツを着たり、グループで通りを歩いたりするだけで、逮捕される危険がある、と難民2世のケルサン・トンドゥップ(37)は言う。
「昨年から(中国に対する)抗議デモが増え、警察はより強硬になってきている。いまや居場所を確認する電話が毎日警察からかかってくる状況だ。何もかも難しくなっている」。国連難民機関によれば、1989年からネパール政府は、チベット人の定住を排除し、第三国への出国を前提とした経由地を担う政策に転換した。
支援団体によると、2008年3月のラサでの騒乱以来、チベットからネパールに来るチベット人の数は激減しているという。以前は毎年2500人前後がダライ・ラマに会うためインドへ行くチベット人が危険を冒してヒマラヤを越えていた。今年は500人しかおらず、またネパール内務省は今週、国境警備を一層厳しくすると発表している。
カトマンズの外交官筋は、国際社会の「砂上の境界」がネパール国境まで逃れたチベット人を強制送還させているという。変化の兆しはないが、ネパールのチベット人社会はその前途がはっきりしないことに頭を抱えている。
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