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Pine Trees of Enshunada

by Days posted at 2007-10-07 16:00 last modified 2007-10-27 16:42
2007-10-07中田島砂丘

2007-10-07篠原町付近

2007-10-07舞阪波止場

2007-10-07白須賀宿

2007-10-07豊橋市城下

2007-10-07豊島駅

さすがの天竜川だ。無骨なトラス鉄橋の掛塚橋が、あまりの川幅の長さに頼りなく感じる。
渡ったところで、再び「太平洋岸自転車道」の案内板がお出迎え。有料道路の遠州大橋を除くと、掛塚橋が天竜川最下流の橋なのだが、実際の河口まではここから3キロある。
堤防上の道をのんびりと走る。きょうも釣り人が多く、彼らのクルマが飛ばして来るのに注意せねばならなかった。河川敷にモーターパラグライダーの短い滑空場。ワゴンが1台、風向きを思案している。やがて太平洋が見えて来た。きょうも波が高い。
堤防上の道は海にしばらく沿ったところで途切れ、サイクリングロードが松林の中に消えている。モトは頭上のクモの巣にばかり気を取られている。しばらく走ると道路に出た。消えかかった「自転車道迂回路」の地図入りの案内板があるのだが、いまひとつ要領を得ず。このあたりが江之島らしい。道路地図に従い、プールの先を曲がって、遠州灘大橋を渡る。浜松市内を流れる2つの川を渡る橋だが、掛塚橋に比べれば、どこが「大橋」と言いたくなる。川の向こうには浜松駅前のアクトシティが望める。
遠州灘海浜公園では、広い芝生の上でゲートボールのようなゴルフのような競技を大勢の人がやっている。ガーデンテニスというらしい。さすが日曜日の朝の公園、だんだん歩道上も人が増えて来た。観光バスまでやってきて、と驚いていたら、その先が浜松の観光名所、中田島砂丘の入口だった。

砂丘は浜岡でこりごりしていたので、入口のスロープを上がって、遠くの観光客を眺めるだけにする。と、後ろからママチャリに乗った婦人が走って来て、砂丘の手前の小径に消えて行った。ふむ、この道はなんだろう。しばらくは公園の中を走って、駐車場にでも続くのだろうか。
簡易舗装の道を追って行くと、砂利の車道に突き当たった。砂利道の向こうには公園やサッカーグラウンドも見える。道は海へまっすぐ向かっていて、さっきの婦人もそっちへ向かって行ったようだ。途中、砂丘が横から望め、観光客が蟻のように見えるのが不思議。
ママチャリ婦人は、海の突き当たりで太平洋を眺めていた。砂利道は直角に曲がって海沿いに西へ続いている。北海道のような荒涼とした浜辺の景色。海を眺めながら、どこまで行けるのだろうかと、この砂利道を走り始めた。

約50分後、私たちはまだその砂利道を走っていた。平均時速18キロ。行けども行けども海沿いの砂利道なのだ。いや、正確には草蒸した松林の中のシングルトラックあり、松の若木を植えている植林用の軽トラ道がありなのだが、それにしてもあまり変化のない、人気のない道。
ママチャリ婦人のいた砂利道の始まりを起点として、キロ程と町名の標識がところどころにあり、米津、新橋、小沢渡と、町名を手がかりにだいたいの位置はわかるのだが、これがどこまで続くのかはどこにも書かれていない。聞こうにも人がいない。
元より道路地図にない道。浜名バイパスが海岸に迫る篠原あたりか、最悪は浜名大橋の手前まで続くのだろうと覚悟する。MTB向けの道ではあるが、ハードテイルなので次第にお尻が痛くなってきた。いつのまにかバイパスと並走。ああ、篠原より先へまだまだ続くのだ。
堤防上に2台のおじさんサイクリストが停まっていて、そこで道を聞くことができた。この先、「サイクリングロード」は浜名バイパスを階段でくぐって、舞阪まで続くのだという。これがサイクリングロードだとは、10キロ走ってきて初めて知った。
高速道路並みのバイパスをくぐったところで、道路の案内板を振り返ってみたら、そこが坪井IC。今度はバイパスの金網と松林のあいだを走る。簡易舗装されているが、松の根っこがかなり張り出してアスファルトを押し上げていて、走りにくいことこの上ない。馬郡ICの入口で車道と交差しているのを境に、舞阪の町中を走ることにした。舗装路のなんと快適なことか。
小さな灯台を家並みの向こうに眺め過ぎ、突き当たりの記念橋からは小さな漁港が望める。浜名湖の湖口は、浜名大橋を渡れるつもりでいたのだが、これはどうもバイパスの自動車専用のようだ。橋のたもとまで行ってみたが、歩行者自転車が上がれるような階段などは見当たらず、すごすごと引き返す。
お昼まではまだ時間があるが、浜名湖と言えばうなぎだよな、とさっきのおじさんサイクリストが話していたのが頭に残って、どうしてもうなぎが食べたくなり、舞阪旧脇本陣の斜前にある食堂に入って「うなぎ丼」を頼んだ。

弁天島、西浜名橋を渡り、ようやく湖口の対岸、新居に入る。北側には東海道線と新幹線が並行していて、ときおり轟音を立てて「のぞみ」が突っ走って行く。東海道新幹線ならではの光景。そして南側には湖面の向こうに弁天の鳥居と、憎き浜名大橋。
新居町駅前で旧東海道と思われる裏道に入り、関所へ向かって走る。急に舟溜まりが現れたりして、宿場町のこの風情には感嘆する。関所は交通量の多い国道沿いにあって、江戸時代そのままの建物を残しているとはいうものの、少し居心地が悪そうだ。松に白州はどこかで見たような感じもする。
旅籠「紀伊国屋」の前を通って、湖西への国道が右に分かれる突き当たりを左へ。旧街道独特の幅を持った道は、一里塚や「棒鼻」跡を見ながら、やがて現在の国道1号線に突き当たるが、国道を100メートルほど西へ行くと、また旧街道が右へ分かれる。「浜名旧街道」と名付けられていた道は山裾を緩やかにアップダウンしながら続く。このあたりもまた祭礼の最中らしい。人気のない午後の神社の前に、派手な飾り付けがされた山車が停められていた。半纏を着た善男善女は、その先の公民館の座敷で酒盛りの最中。通りから丸見えだ。この開放感がいい。
海のほうを見れば、家々の向こうに畑を切り拓いて通したような現在の国道1号、さらにその向こうの高架の浜名バイパスが見える。年を経つにつれて生活圏が山裾から浜辺へ進出し、ついには海上に出てしまったようだ。

いつのまにか白須賀の宿場町に入っていて、案内板が目につくようになった。酒屋の手前を右に曲がる道があり、私たちを追い越したパトカーがそれを入って行ったので、角にある案内板に気がついた。ここは潮見坂下、左新道、右旧道。
果たして旧道の奥は信じがたいほどの急坂。道路地図を見れば国道1号もヘアピンカーブを描きながら登っているところなので、私たちもいちばん古い旧道の急坂を、押しを覚悟で登る。モト、結構調子よく途中まで漕いで上がって来た。坂の両側は暗い竹林。パトロール警戒中の立て看板があって、さっきパトカーがやってきた理由がわかった。
それにしてもまさかこんなところで急坂。以前のモトなら「もう無理!」を連発しているところだが、きょうはクルマが少なくていい、と着実に登ってくる。上がりきった中学校の前に石碑があり、そこはまさに海を望む展望台になっていた。いつのまにかこんな高さまで来たことに驚く。
白須賀の宿は、坂下の本宿がたびたび津波に襲われ、潮見坂上に移転したという。「旧東海道」の標識はあるが、本陣は空き地になってしまっている。神明宮の祭りの幟だけがすっくと立っていた。
14時すぎ。東海道はここでしばしお別れ。伊良湖へ向かう国道42号線に入る。

42号線は歩道が途切れ途切れにしかない、2車線の道。車道の右や左、とにかく安全なほうを選んで走る。おまけに細切れのアップダウン。ときおりローディーとすれ違うが、確かにトレーニングにはなるだろう。
道路標識にも「伊良湖岬」、「伊良湖フェリー出航」の看板を見て、今回の目的地が間近に見えてきたので嬉しくなる。国道1号バイパスとの交差点の先が、「ようこそ豊橋へ」の標識のある愛知県境。長かった静岡県が終わり(まだ伊豆西海岸が残ってはいるけれど)、思わずガッツポーズ。
さっきの白須賀宿でも休まず、舞阪からほとんど休憩を取らずに走って来たので、細谷東のサークルKでどっかり腰を下ろした。定番の1リットル紙パック麦茶を買い、水分補給。おまけにバナナで栄養補給。
コンビニには訪れる人が絶えず、いちばん傑作だったのは子犬を軽トラの助手席に載せたおじさん。その荷台には同じ斑の犬が3頭揃って、こちらを眺めている。

さて、コンビニは坂の下にあるので、スタートは上り坂。これが結構こたえるようになってきた。
海岸線から離れた国道を、ひたすら走る。西七根を過ぎたあたりから、海岸沿いに高塚緑地へ向かう自転車道があるが、地図を見る限り国道のほうが断然近道だったので、そのまま車道を走る。下り坂は結構スピードが出る。ヘルメット、持って来たほうがよかったかも。
きょうの目的地は、なんとか明日の行程に無理のない範囲で豊橋鉄道の駅まで行くことだったので、国道を外れて県道397号線がまっすぐ向かっている豊島駅を目指す。
またもや急な坂を押して上がると、海岸段丘の上は一円のキャベツ畑。遠くに風力発電の風車が見え、高原気分だ。田原市に入り、農道のようだった道はセンターライン、歩道ありの立派な2車線路に。快適な坂道を下って行く。田園風景の広がる長仙寺前の信号で少し足を休め、蜆川に沿って走ると、谷熊(やぐま)の集落。真新しい公園の中では、遊具の汽車の前で踏切が鳴っている。やけに本格的な汽笛が鳴ったかと思うと、それは県道の先の踏切を横切る本物の電車のものだった。やっと42号線を離れて、市街へ向かう電車に乗れるのだ。
喜び勇んで豊島駅に着いたものの、無人駅のホームには当然のごとく自転車置場が見当たらない。いやあるにはあるのだが、踏切を隔てた反対側の空き地に、数台のママチャリが停められている。一晩ここに置き去りにするにはかなり不安。
まだ16:30。夕暮れにはもう少し時間がある。天気予報では明日は天気が崩れるらしい。しかも「ガリガリ君」もまだだ。そんなこんなでもう3キロ、電車の終点である三河田原駅まで走ることにした。

国道のバイパスをくぐり、下り坂の途中にまたサークルKを見つけて、「ガリガリ君」タイム。サークルKでは「ガリガリ君リッチ」も売っているのだが、100円するのはガリガリ君とは違う、とモトはソーダ味にこだわる。
ちょうど17時のサイレンが鳴った。コンビニ裏は線路で、15分おきの電車が行き交う。1時間、2時間に1本のバスに慣れた身、こんなに頻繁に電車が走るのはちょっとした驚きだ。田原市を見くびっているわけではないが、バスさえも走らない42号線沿いとのこの交通格差は何なのだと思う。
急に開けた町中を走り、巨大な家電量販店にびっくりしながら、真新しいショッピング複合施設「セントファーレ」の前を曲がって、三河田原駅前へ。部活帰りの高校生タイム。迎えに来た自家用車と、客待ちのタクシーと、市内バスとが激しく広場を争っている。
三河田原は渥美線の終点。ホームから数十メートル先まで線路が延びていて、その先は道路に阻まれている。その電車の来ない線路脇が駐輪場。ようやくありがたく停めさせてもらった。

Iragosaki Iragosaki
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by Days last modified 2007-10-27 16:42
Mouth of Tenryu River Mouth of Tenryu River
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by Days last modified 2007-10-27 16:42
Category(s):
ときどき旅
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