Proses Kesampaian Menjadi Pelahu Kami
探検家の関野吉晴さんが美大に職を得たときには新鮮な感じがしたが、その学生たちに呼びかけて「グレートジャーニー」の続きを一緒にやろうとしていると聞いたときには驚いた。
「グレートジャーニー」は南米からアフリカ、タンザニアまでの人類の足跡を逆にたどる旅で、関野さんは1993年にその旅を始めたときに、エンジンなど動力には頼らず、自分の人力だけで行くことを自らに課した。アラスカからシベリアへアリューシャン列島を渡るときも、カヌーを使って海を渡った。
日本列島にわたってきた日本人の祖先たちの道程をたどる旅のうち、海のルートではインドネシアからフィリピン、台湾、沖縄と、島伝いにカヌーを操ることになる。日本人の祖先はどんなカヌーを使ってやってきたのか、そのカヌーはどうやって作ったのか、船上では何を食べていたのか、こうしたことを学生たちの協力を得て、解き明かしていこうというのだ。
2008年5月、そうしてまず九十九里海岸で砂鉄を集めるところから始まる。カヌーを作るには木がいる。木を伐るには斧がいる。斧を作るには鍛冶の技術と鉄が要って、鉄を作るにはたたらで砂鉄を溶かさなくてはならないのだ。
もちろん科学的実験ではないので、歴史的考察がしっかりしているとは言いがたいが、目的を達成するためのこの連鎖を見いだし、ものを作ることによって実現していく過程は、大学院生が作った映画『僕らのカヌーができるまで』にきちんと描かれている。"proses kesampaian menjadi pelahu kami" とは、そのタイトルのインドネシア語表記。
たたらで製鉄されたケラを、奈良県東吉野村の刀匠、河内國平さんに習って、関野さんとカヌーメンバーの前田次郎さん、佐藤洋平さんが斧に仕立てようと苦戦する。
河内さんはカメラのインタビューに答えて言う。向い鎚をやっている鍛冶はおそらくここだけだろう。向い鎚ではなく、ベルトハンマーでも足りる。むしろベルトハンマーのほうがいいぐらいかもしれない。しかし機械ではなく、人がやるから意味がある。「人間育てるとか、物つくるとか、そんなんちゃうやん」。
単なる教育論として見るにはあまりにももったいない。自分を育てるための孤独な旅の経験が、人と人とをつなげ、他人をも大きく動かしていく奇跡があることを、このフィルムは饒舌に伝えてくれる。
ポレポレ東中野でのレイトショーは明日30日まで。でもきっと今後もどこかで上映が行われるので、要注意だ。
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