Puujee
山田和也監督の「プージェー」は映画としても変わっている。そもそも映画を撮るべきして撮られたわけではない(もともとテレビ向けだった)ドキュメンタリーだからだ。
一言で言ってしまえば、グレートジャーニーの旅人、関野吉晴さんがモンゴルで遊牧民の少女に出会い、その少女の成長に影響を与えていく、というストーリーなのだが、なぜモンゴルだったのか、なぜ遊牧民だったのか、なぜプージェーという女の子だったのかを考え詰めると、このストーリーが映画として成立した要素が見えてくる。関野さんがプージェーに目を留めなければ、その時にカメラが同行していなければ、プージェーの家族があんなに複雑な(しかもそれはポスト共産主義時代の遊牧民の生活を象徴した)背景を持っていなければ、おそらくこの映画は存在しなかったのだ。
東中野のポレポレ座での上映は、7/7が最終日だったのだが、その週、関野さんは毎日最終回の後にゲストと対談を行っていて(おつかれさま!)、その最後のゲストは元モンゴル大使の花田麿公さんだった。「なぜモンゴルだったのか」ということに関して、花田さんの役割は実は非常に大きいと思われるのだが、ここでは割愛。
モンゴルはソ連時代にはCOMECON各国へ食肉を輸出していのだが、ソ連崩壊以後、当然輸出が減ってしまった。家畜は牧民の私有となったものの、それは良いことばかりではない。大国流の「自由」と一緒に自己責任を押し付けられた牧民が、畜産の出荷先に困って、たちまち窮乏に陥ったことは映画にしっかりと描かれている。
これまた一言で言えば、モンゴルは牧民の国でありながら、政治はウランバートルの資本主義エリートが牛耳ってしまい、いまや遊牧が立ち行かなくなっているのだ。
花田さんは言う。牧民がインターネットを使い、情報を得たり、コミュニケーションができるかということをまず頭に思い描いてほしい。GPSや高度な医療、教育、市場システム、必要な資金を融資する銀行といった(日本ではあたりまえの)ものが彼らにあれば、モンゴルの牧民はこれからもやっていけるはずだ。
PHSや802.11bを使って、必要な情報が得られるようにならないだろうか。アプリケーションとしては、オーストラリアのAlicespringsへ行った時に目にした "School of the Air" が参考にならないだろうか。せめて井戸掘りぐらいでも協力できる機会があれば、ぜひしたいと思った。
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