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Security is Tighter in Lhasa than Beijing

by Days posted at 2008-08-01 02:01 last modified 2008-08-01 02:08

オリンピックの開会式を来週に控えた北京市内の狂信的な警備が日本にも報じられているが、ラサの現実はもっと厳しいようだ。
Phayul経由のAFP「騒乱後、入域再開したものの少ない外国人」という記事より。

「商売は上々。お客さんはたくさん来ている」と騒乱の起きたラサ市街のドゥセンゲ路にある旅社の従業員は言う。「でもだいたいは中国人で、外国人はそれほど多くない」。
一方で外国人特派員はチベットへの入域許可が下りるまで長く待たされることに不満をこぼしている。
西蔵外事処のZhang氏は、AFPの問い合わせに対し「確かに申請は受けているが、大量の報道陣の申請を処理せねばならない。すぐに全員をというのは無理。後からでも申請できる。五輪開催後なら、それほど多くの申請が来ないだろう」と返答した。

北京を拠点とする米国人のフリー記者、キャサリン・マクローリンは入域再開後のチベットに入った数少ない報道陣のひとりだ。
事務所を共同で開設しているスペイン人記者と共に申請したマクローリンに、当局は日本の取材陣とイタリアの記者も6月末からそう長くない先に許可が下りると話したという。
「航空便もホテルも自分たちで手配しましたが、外事処の案内役をつけなければなりませんでした。私たちが行きたい場所には、先に案内役を行かせ、それで予定が決まります。しまいには予定などどうでもよくなってしまいましたが」。
ラサの雰囲気はまだ緊張に満ちており、たくさんの公安が見張りにつき、夜間は装甲車が町をパトロールしている。人々が気軽におしゃべりを楽しめる雰囲気ではない、と彼女は言う。
「みんな楽観的に捉えていましたが、それでも今年は少し厳しいと口を揃えて言いました。散歩に出ると、物売りがまとわりついて来ます。ほとんどの人たちが昨年の蓄えで何とかしのいでいると言います」。
西蔵観光局のZhang Wenming氏によれば、7月に35万人の観光客が訪れるだろうという。正確な数字は8月上旬になる。
「約35万人のうち、外国人は3000人ぐらいだ」。

そのキャサリン・マクローリンは、ラサを訪れたときの詳細なリポートを31日のFar Eastern Economic Reviewに載せている。
写真も興味深い。

ラサに数時間いただけで、これだけははっきりとわかった。4ヵ月で騒乱と鎮圧から平静を取り戻しているが、中国公安と兵士によって町中が厳しく制限されているからだ、と。

五輪開催を2週間後に控えた北京市内は厳戒態勢だった。だが、いまはこう言う。北京よりもラサのほうが厳しい。市民の数に対して、見える範囲の警官を数えただけでもわかる。

ラサに着いたときには、これから何を見られるのか、どれだけ市民の本音が聞き出せるのか、まったくわからなかった。デプン寺に行きたいという私たちのリクエストは却下された。僧侶の監獄と化していると言われる僧院は、まだ外国人には閉ざされているようだ。

旅行禁止と不況がチベットと中国にどんな影響を与えたのかは一目瞭然だ。昨年までチベット経済は右肩上がりだった。今年はまだ公式な統計はないが、何も売っていないお土産店が通りに並んでいるのを見るかぎり、商売上がったりといったところだ。
中国の商業も痛手を受けている。みんなラサに観光客が戻って来ることを期待している。チベット人商人はある外国人旅行者にこう話したという。 「観光のことだけじゃないよ。チベット人のことも考えてくれよ」。

夕暮れ時にジョカンの周りを歩いていると、バイクに乗った若いチベット人の男が近づいてきた。礼儀正しい英語で挨拶すると、そこから来たのか、いつまでいるのかと聞いてきた。彼はラサで英語を学んでおり、会話の練習をするために外国人にこうして話しかけているのだという。英語の勉強を始めたとき、ラサを訪れる外国人は年々倍増していて、会話相手に困らなかった。3月14日の騒乱以後、誰とも話す機会がなくなってしまったのだと、彼は笑った。
電話番号を教えてもらって、あとでまた英語で話したい、と彼は切望した。 少し心が痛んだ。十数人の兵士が目の前を通り過ぎ、2人の制服の公安が私たちを訝しげに見ている。よっぽどその場から走って逃げるか、その彼に注意すべきだった。その代わりに私は微笑んで、その場を歩き去った。なぜ立ち去ったのか、彼は心配しているに違いないと思った。
ラサがどれだけ緊張感に包まれていて、誤解を招かないように、トラブルの種にならないように外国人記者としてチベット人に接するのがどれだけ気をつかうことなのか、例を挙げるために紹介した。少しでもチベット人と信頼を築こうと接触することは、彼らにとって永遠の命取りになりかねないのだ。

テント張りの市場では、調理油の値段が昨年比で15〜18%上がっているのに対して、卵は昨年よりも20〜25%上がったという。ヤク肉の値段は2007年以来35%の上昇だそうだ。ラサの物価は中国全土のインフレの縮図だ。ラサのヤク肉は、いまや北京の豚肉より高い。
ラサのインフレパターンは中国全土平均をほぼなぞっている。だがインフレは都市部よりも農村部を直撃する。公式な資料はないにせよ、チベットで起きているインフレは、首都北京の問題よりもひどいように思えた。
ラサでは話すのに神経をつかう話題があり、物価の上昇もそのひとつだ。3月の騒乱で人々の怒りを買ったことを連想させるのか、インフレのことをあまり声高に話す人はいない。

デプン寺が社会と隔絶していることは、信心深いチベットの人々とそうではない中国人とのあいだに深い断絶があることを象徴しているようだ。最大の問題が何かと言えば、中国人が宗教的な信条や教義、絶対的な価値観といったものに理解を示さないことにある。
中国政府はチベットには宗教的自由があると言うが、宗教的指導者、いまで言えばダライ・ラマの肖像を掲げることは許されていないし、それを否定することを強要されてすらいる。信心深い人々にとって、経済的な財産だけでは満たされないこともあるのだ。

ラサの日暮れとともに、バリケードや装甲車が出現して、ものものしい雰囲気になる。入域再開によって観光客が戻ってきたとは言え、ホテルは空室ばかりだし、商店は商売上がったりだという。感情的にも経済的にも、元通りになる道のりは遠く、不確かだ。騒乱につながりかねない種はすぐに摘み取られてしまう。

難しいことだとは知っていたが、それでも本当のことを知りたいと思って私はチベットに来た。しかし軽い話題でもそれが政治的なことを話しているかのように、人々は会話を恐れている。4ヵ月前の真実は、ほとんど掘り出すのが不可能なほど、人々の不安の底に深く埋められてしまっている。

かいつまんで日本語訳してみたが、できたら日記調の彼女の記事本文もぜひ見てほしい。

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