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Soya Misaki

by Days posted at 2010-11-25 22:30 last modified 2010-11-26 02:58
2010-11-03声問

2010-11-03宗谷海峡

2010-11-03富磯

2010-11-03宗谷岬牧場

2010-11-03宗谷岬

2010-11-03知来別漁港

稚内行きのプロペラ機はバスゲート。バス1台分、数えられるぐらいしか乗客がいなかった。定刻より早く離陸。稚内にも5分早く着くという。地上は雨だが、雲上は晴れだった。利尻富士が見えず残念。稚内は雨上がりの曇り空。雨が降っていないだけいいが、風が強い。
市内行きのバスを断って、空港ビルの外で自転車を組み立てる。フロントのシャフトが曲がっているのを発見、どうやったら曲がるんだ、こんなもの。組んでみたら多少ブレーキが当たるものの調整の範囲。よかった。
組み立て、荷物積載に1時間。ついでなので空港レストランで腹ごしらえしていく。ほたてラーメンがおすすめだったが、おおなごの蒲焼き丼、750円。東京からのジェット機の出迎え客がちらほら。商用の人も多い。

走り始めると、いきなり風だ。海沿いの国道に出るまでが海からの北風に逆らって走ることになるので、ちっとも進まない。ようやく国道に出る。今度は左側から突風を受けながら走る。風の合間をついてスピードを上げようとがんばるが、それでも17キロがせいぜい。
途中、海に出られる通路があったので、自転車を停めて砂浜まで行ってみたら、あまりの強風に波の花が立っていた。
国道は意外とクルマが多くて油断できない。増幌川を過ぎると、宗谷岬に向かって道路は北向きになるので、北風にもろに逆らうことになる。こうなると、10キロがせいぜい。路肩もよくないので、歩道を走る。途中セイコーマートが1軒。おそらく日本最北のコンビニではないだろうか。宗谷岬がまったく近づかないうちに宗谷集落。宗谷小学校と中学校。
もともと2時間を見込んでいたから、そのとおりなのだけど、かなり風がつらくなってきた頃に、道道889号、宗谷丘陵への分岐。最初はゆるゆると登っていくが、丘陵にさえぎられて風の影響を受けない分こっちのほうが断然楽だ。氷河地形だという絶景の中を進む。これで晴れだったら最高だ。
坂は次第にきつくなってくるが、位置エネルギーを蓄えている分、風よりはましだ。そんなことを考えていたら、目の前の藪から鹿が飛び出してきた。最初は私に気づいていなかったが、近づくとさすがにわかったようで、後ずさりしながら熊笹の中を逃げていった。2頭いた。
展望台に到着。ウインドファームの丘や、宗谷牧場が一望に見渡せる。草原のテンテンは肉牛だ。走っていくと、その牛たちが一斉に近寄ってきた。好奇心が強い。大地を削るような強風の中にたたずんでいる牛を見ていると、ヤクのように見えてきた。
雨がぱらついてくる。丘を2つ越え、畜舎の前を過ぎると宗谷岬のトーチカが見えてくる。その先に灯台が。サハリンが見えるような見えないような。悪天候なのが悔しい。

営業終了した風車小屋、観光客相手の寿司屋、和洋両方の「平和の鐘」、大寒航空機撃墜事件の追悼碑、海軍見張り台。見るものはいろいろあるが、観光客はほとんどいない。
海辺の「日本最北端の地」碑。いわゆる崎ではないので、ここで地がつきる感じはしない。小雨もぱらついているし、早々に退散。天気が悪すぎる。
かと言ってこんな観光地に宿泊する気分ではなく、大岬へ向けて走る。おあつらえ向きの追い風で、スピードがどんどん出る。この風にのってきょう中に鬼志別まで走らない手はない。今回の旅では稚内市街に立ち寄らず、往年の稚泊航路のドームを見ることができなかったので、大岬の「てっぺんドーム」というのが気になるが、それを振り払う。
ほぼ海岸沿いの一本道。オホーツク海の波は、宗谷海峡に比べれば本土並みに穏やかだ。追い越し車線つきのオープンカットの峠がひとつ。約1キロの上り。
その後に山間にわけいって熊の出そうな峠。上り坂はそれほどでもないが、ここでとうとうざんざ降りの雨にやられた。フロントバッグだけ、レインカバーで覆う。

東浦から海沿いの道を走るうちに日が暮れた。ここまでは村営バスが来ているらしい。知来別で大岬から20キロぶりに飲料の自販機を発見。ミルク入りの缶コーヒーを飲む。そこから浜鬼志別までは完全に暗闇。灯台がまばゆい。
このあたりはソ連のスパイ船ラズエズノイ号が検挙されたり、戦前には1004人を乗せたインディギルカ号が沈没したりと、何かと物騒なロシア船との縁が深い沿岸である。ノモンハン事件が起きたのと同じ年、1939年のインディギルカ号沈没事故では、700人以上が死亡したという。村人総出で救出と漂着した遺体の収容作業が行われたが、当時のソ連は不可解にも遺骨の返還を断ったという。一説には極東開発のため政治犯とその家族が船で送り込まれた囚人船であったと言われ、犠牲者の無念を思うとやりきれなくなる。

再びセイコーマートが出現したのが、浜鬼志別。雨はやんだものの地面は水たまりだらけだし、もう暗いので、テント泊という選択肢はなかった。ツーリングマップルを引っ張り出してみると、この先にさるふつ温泉がある。温泉へ行けば近くに宿ぐらいありそうだと踏んで、残り2キロを急いだ。

Category(s):
ときどき旅
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Re:Soya Misaki

Posted by にだて at 2010-11-25 22:30

このへん、オートバイで走っても長く感じます。
先っちょである以外に本気で何も無い所ですよね。はたして日がくれてから宿を見つけられたのか、続きが気になります。:)

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