The Sea Ends, The Land Begin
終電で帰った翌日の朝5時。始発快速成田空港行きで成田まで行き、銚子行きに乗り換え。地元の少年野球チームがどっと乗り込んでくる。鹿島線は利根川と潮来の水郷地帯、北浦を次々と高架橋で渡る景色のよい電車。空は晴れて、水面は明るい。
駅前広場には東京行きの高速バスを待つ人の列ができていた。乗り換えが必要な電車よりも便利なのだろう。運んできたMTBを組み立て、鹿島神宮駅を8時ちょうどに出発。その神宮の参道まで坂を上がる。門前の店はまだ開いていない。すれ違う参拝客に、おはようございます、と声をかけられて私も返答する。
境内は車輛進入禁止と書かれているので、参道と並行して南側に延びる防火道路を行く。とは言え、こちらも境内の森の中の砂利道だ。フィトンチッドたっぷりのダートに嬉しくなる。走って行くとちょうど本堂の裏手に出たので、参拝する。装束に身を包んだ若い男女がほうきや雑巾を手に朝の掃除をしているところ。
国道を横切って下津海岸へ坂を下って行く。海岸の砂丘を越えると、太平洋に出た。サーファーが朝練中。シーズンへ向けて、海の家を造っているところ。堤防が南へ続いていたので、釣り人をよけながらそれに沿って走って行ったら行き止まりになってしまった。さっそくだが、ハマヒルガオの咲く砂浜を自転車を押して行く。こんなことで時間をロスしていては、と反省して、県道255号に戻った。
そのまままっすぐ行くと行き止まりになってしまうので、粟生の交差点で内陸へ直角に曲がる。角に大きな看板のある鹿島アントラーズの事務所。選手専用と書かれた駐車場が見える。
鹿島港はもともと海岸と原野だったのを巨大な掘割を掘って港にしたのではなかったっけ。臨港道路は平坦ではあるものの単調で、しゃかりきになってペダルを踏んでもあまり進んだように思えない。電気工事のために歩道が掘り返されて、ガードマンの誘導で迂回せねばならないのが、かえってその単調さを救ってくれる。
カンカン照りになってきた。鹿島神宮駅から銚子まで30キロ、2時間と踏んでいたが、既に20キロ以上走って、地図ではまだ半分も行っていない。もう10時になろうとするところ。残り距離はたぶんあと20キロ、お昼前には銚子に着くだろうか。
DNC、花王の工場の前を過ぎると、鹿島港の南埠頭が間近になった。ようやく港に横付けされた船が眺められる。埠頭には、エメラルドグリーンのきらきら光る小山がいくつも築かれていて、興味をそそる。
3度目の踏切でまた貨物線を横切り、まっすぐ海岸へ向かう県道に合流。このあたりはやはりガラス工場が多いようだ。
海岸の手前に運動公園と墓地があって、一休み。
海岸は高い堤防で仕切られ、その向こうには釣り人が竿を出している。まっすぐに南へ続く堤防。尽きるまで2キロ以上あるらしいのだが、堤防にペンキで描かれた絵を眺めながら走れるのは、案外楽しい。
堤防が尽きた先に、日川浜のビーチ。サーファーが波間に漂っているのが見える。日川浜からは防砂林に護られた、かろうじてセンターラインがある海岸沿いの舗装路をひた走る。
道路と海岸とのあいだに、風力発電の風車が点在する。ところどころわずかなカーブとアップダウンがあって、先を走る自転車の緑色のパーカーが見え隠れしている。ときどきクルマに追い抜かれる。暑いのにランニングをしている人がいる。オーストラリアの砂漠の中を走っている気分になる。
緑のパーカーを追うことだけを考えて、あまり周りを観察せずに、ひたすらペダルを漕ぐ。どうせ海岸は見えないのだ。地名表示はなく、また地図にも大ざっぱな地名しか載っていないので、ここがどこだかわからない。緑のパーカーが道を逸れたと思ったら、久々に商店と自販機があって、そこで飲み物を買っているらしかった。その間に追い抜いたが、「この先通行不能」の標識に考え込んでいるあいだに抜き返された。
「この先市道、民有地のため通行不能」これはいったいどういうことなのか。途中にあるラブホテルと、その先にあるらしいシーサイドキャンプ場へは通り抜けが可能、と書かれている。なぜ通行不能なのか気になって、直進してみる。
2キロも走ると、海際に展望デッキが見えてきた。デッキに上がって通行止め方面を眺めると、この先、幾重にもバリケードが続く異様な光景。まるで国境地帯のようだ。さすがに引き返すことにした。
海沿いの道をあきらめて、県道をたどる。工業地帯の県道とは全然違う、センターラインのない細い道。でも交通量は結構あるので、少し怖い。
舎利のあたりではお寺と幼稚園と、閉鎖された小さなガソリンスタンドと雑貨屋がいい雰囲気。
県道は利根川と鹿島灘に挟まれた半島を背骨のように貫いているが、やがて学校の近くで交差点に突き当たって終わった。11:30すぎ。橋を渡れば銚子市内だが、観光向けじゃない漁師料理が食べられるんじゃないかという期待で、波崎海水浴場、新港を回ってみるが、まったくごはんが食べられそうな店はひとつもなかった。岬の突端に近い公園(対岸に銚子の町が一望できる)で残っていた麦茶を飲み干し、町中を銚子大橋に戻った。
鹿島からここまでの村々に比べれば、銚子は大都会だ。コンビニ、ファーストフード、寿司、ラーメン。目移りしながら、東へ走る。町の中は迷う。ポートタワーに向かってまっすぐ走って行ったら、坂を上がり始めたので、これはいけないと路地に入ったら、迷った。こんな路地にも人々の生活が満ちているのに感動を覚えた。海の匂いを便りに利根川沿いの岸壁に走り出た。
川口を回ると、再びポートタワーが見えてきた。さすがにおなかがへったところに、「各種定食」の看板。ふらふらと入った食堂は、「ゆうなぎ」という船員組合食堂だった。刺身定食、まぐろ定食はあるが、看板はロースかつ定食らしい。船員は魚よりも肉がお好みのようだ。つみれ汁があるというので、それをつけてもらい、ロースかつを頬張った。スタートから55キロ。見積もりのほぼ2倍を走っている。
海鹿島を沖合に見て、美しい弓なりの君ヶ浜。この「大都会」のすぐ近くにこんなワイルドな自然が残っていることに、また感嘆する。
坂を上がり、犬吠崎。「ユーラシア大陸の東、銚子市と、はるか西方ポルトガル共和国シントラ市はほぼ同緯度に位置し、それぞれ、海終わり、陸始まる犬吠埼、陸終わり、海始まるロカ岬の記念碑があります」。ポルトガルのシントラ市との友好記念碑が立っていて、この東端からロカ岬までの距離を思ったら思わず涙が出てきた。
外川は初めて訪れるが、漁師町の丘の上の街角に現れた、トラムの終点みたいな駅だった。メルボルンのグレネルグを思い出した。駅の外では、カップルのサイクリストが高そうなロードバイクを輪行のために分解していた。
急坂を漁港近くまで降りて、県道を東へ。町中を過ぎるとだんだん寂しくなり、山の中に入って行くので不安になるが、そのまま行くと銚子道路に出ることができた。
いまは無料化されて、銚子道路とは言わないらしい。おかげで自転車でも走れる。高架橋で町の上をひとまたぎ。海岸沿いのほぼ直線路だが、山を切り開いているのでアップダウンが結構ある。おまけに気温はうなぎ上り(真夏だったら死んでしまう)。汗をかきながら坂を上っていると、後ろから暴走族が追い抜いていった。気を取られていたら、ヘビの死骸を轢きそうになって、あわててよけたら、なんとヘビがよけてくれた。死骸じゃなかった‥‥。小さいやつだったけど。
銚子市から飯岡に入るあたりは小さな峠を越える。道路は狭く、交通量が多いので、危険を覚える。坂を下って、豊岡小学校のある丘に上がると、その先にもうひとつ峠があった。知らなかった。
刑部岬入り口をスルーして、飯岡の町中へ。漁港では散歩の道順を訪ねている老夫婦。その先に見覚えのある波止場の公園。15時すぎ。ここからが九十九里海岸の始まりだ。天気が怪しくなってきたが、行けるところまでとにかく走ろう。
飯岡から八日市場の新川河口までは飯岡九十九里自転車道が続いている。海岸沿いにしては砂に埋もれていることも少ない、いままで一二を争う快適な自転車道だ。海辺にはパラグライダーが飛んでいて、ときどき走っている私と並んで飛んでくれる。
新川大橋からは県道をたどる。トリップメーターは朝から90キロ強。大布川を渡り、「成田山不動尊上陸記念碑」の近くから、県道より1本海寄りの道に入る。こちらは民家やコテージが並ぶ生活道路で、クルマが少ないので楽だが、子供たちがキャッチボールやっているのに気をつけねばならない。
日焼けしたのか腕がチクチクして、一瞬虫に刺されたような感覚になる。それが気になってしょうがない。気を取られた隙に、メーターが100キロを超えた。バンザイ!
川下、殿下、中下と蓮沼海浜公園の近くを過ぎ、木戸川を渡ってまた県道に並行する裏道に入る。本須賀海水浴場入り口の信号から、その海水浴場へ。どこもそうだったが、ここも海の家を設営しているところだった。夕方のビーチはあまり人気がない。「最近県外ナンバーのクルマが多い」と通りがかりの初老の男から声をかけられる。ナンバーはついていないが、私も県外からなので苦笑するしかない。
海岸から成東駅まではバス路線もあったが、次のバスまで1時間以上あったので走って行くことにした。9キロ近くあった。本日走行距離121キロ。ちょうどいい夕暮れになった。
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