Tibetan Protest Over Tenzin Delek Rinpoche
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7日のRFAによれば、カム一帯で、テンジン・デレク・リンポチェの拘束に抗議するデモが散発しているという。
亡命チベット人が現地から得た情報では、12月5日に正確ではないが、少なくとも150人以上が拘束されたと見られる。
「オトクの若者たち約60人がニャクチュカ(雅江)の郷中心部へ行き、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求めるアピールを行ったといいます。町の中心に着くやいなや公安が鎮圧を始め、全員が拘束されたようです。彼らが乗ってきたバイクは壊され、トラックで撤去されました。この事件が広まると同時に、ゴロクやオトクなど一帯から他にもチベット人が集まってきました」と複数の目撃証言を元に、亡命チベット人は伝えている。
「中国武警は道路を封鎖しましたが、多くのチベット人が山を越えて町に向かいました。男女合わせて500人近くいたそうです。このうち約160人が捕まったといいます」。リタン(理塘)周辺の情報によれば、ニャクチュカ郷公署から4マイル(6.5キロ)離れたところに新たに作られた留置施設に、60〜70人の抗議者が収容されたという。
ニャクチュカもリタンも、いまや武警で埋め尽くされているという。
毎年の競馬祭りで有名なリタンでは、2008年の騒乱を予期するかのように2007年に反中国デモが起きている。International Campaign for Tibet によれば、このときの抗議も、テンジン・デレク・リンポチェの解放を呼びかけるものだったという。2008年初めに中国に対する騒乱がチベット各地に広がって以来、海外からチベットの状況を窺うのは難しくなる一方だ。チベット人が直接海外メディアと接触すれば訴えられる恐れがあるため、チベットに関する情報は亡命チベット人を通した間接的な情報が増えている。
別の亡命チベット人情報筋が目撃者の情報として伝えたところでは、四川省の遊牧地帯、ゴロクとオトクのチベット人らがテンジン・デレク・リンポチェ釈放の請願をしに北京へ行ったが、逆に拘束されて殴打されたという。
「一行が帰ってきたとき、彼らがひどく殴られた痕を見て、地元のチベット人たちは彼らを助けようと集まりました。当局は武警を投入し、チベット人たちを鎮圧しました。町の中心に近いところとしか言えませんが、そこには血溜まりができていたそうです」。
「オトクの若者たちはバイクに乗って来ましたが、彼らも武警に襲われ、武警はそのバイクをトラック2台に載せて持ち去りました。一行のうち数人が逮捕され、車輛で連行されました」。
「運良く捕まらなかったものの、町の中心部からそう遠くないところで武警に包囲されている多くのチベット人が、私に情報を伝えてくれています」。
ウーセルの「看不見的西蔵」でも、テンジン・デレク・リンポチェの解放を求めるニャクチュカのチベット人の決死の声を伝えている。
テンジン・デレク・リンポチェについては死刑が無期に減刑されてからもSFTが署名アクションを続けているほか、最近はITSNが "FREE TIBETAN HEROES" というサイトで特集を組んで力を入れている。内外で強まるアピールは、2008年春を思わせる。
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