Toward Afghani
2001/10/25の殴り書きを仕事場で見つけたので、消去前に転載
ご予約のお客様は、早めに手続きをお済ませください。
銃刀、危険物のお持ち込みは固くお断りします。
セキュリティチェックには時間がかかる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
また、当ツアーバスは、天候不順、政情不安、車輌の故障、その他の理由により、中止される場合がありますので、ご了承ください‥‥。
かつて、カブールが聖地だった時代があった。
ロンドンから月に1回、出発し、オリエント急行と同じ道をたどって、ボスフォラス海峡を渡り、退屈なトルコの田舎道をゴトゴト走って、テヘランでショールを被った女の子たちの歓迎を受け、アフガニスタンの山々を越えて聖地カブールを目指すツアーバスは、満員が続いた。
ヨーロッパ各地はもとより、遠く米国からこのバスに乗ってきた若者たちは、トルコでマッシュルームを卒業し、カブールで樹脂の味を覚えて、気がついた時にはインド亜大陸をうろうろしていた。
カブールのゲストハウスは、西洋からやってきた新参者と、東洋から逃げ出す憶病者とが擦れ違い、あてにならないうわさ話を交換するキャラバンサライだった。デリーでまともなシャワーのあるゲストハウスの探し方、ヴァラナシィーで犬を追い払うための薬、遠くダージリンやチベットへの潜行した達人たちの話‥‥。
それは、ホメイニによって外国人がテヘランから追い払われ、アフガニスタンの山々が共産主義者の手に落ちて、カブールがダイヤモンドの輝きを失うまで続いた。
フンザはパキスタンの最北にある小さな村だ。アリという男は、そのフンザからカラコルム山脈を越えて、中国政府の支配する最西端の町、カシュガルに商談のためにやってきていて、そこで中国政府と「東トルキスタン独立戦線」とのいざこざに巻き込まれて、帰り道を塞がれた。
「東トルキスタン独立戦線」は当時、タクラマカン砂漠の東側にあるいくつかの町で散発的に蜂起を繰り返しており、数日前にもカシュガルから数キロ離れた村で、武装ゲリラが警察署を襲撃する事件が起きていた。カシュガルでも大規模な襲撃があるという噂が流れ、イスラム教徒も、中国人も、私とアリも、町中がピリピリしていた。
カブールへたどりつけるかはともかく、とにかくカラコルム山脈を越える国境通過の許可が出るのが待ち遠しくて、私はアリと同じ招待所に泊まっていた。アリは山へ向かうバスやトラックがないか、町中をうろうろし、私は通行許可証を得るために、国境地方を管轄する警察署に日参する。
北京から約2000キロ離れたカシュガルで、北京時間を使うのにはかなり無理がある。朝9時の始業時間に警察署へ出かけようとするとまだ外は暗いし、逆に夕食をとりながらアリと国境を越える相談をしている時にはまだ日光が照りつけている。出歩く人の少なくなった(そしてライフルを持った警察官のパトロールが厳しくなった)23時になって、ようやく日が地平線に落ちる。
きょうは4時間待って、ようやくつながった。アリは電話局へ行って、フンザで待っている弟に電話をかけたことを話してくれた。弟の家族も元気なようだ。自分の妻や子供たちのことを考えると、涙が出てくる。
カシュガルから北京を経由して各国へ通じる電話回線は、たったの4本しかないらしい。しかも衛星ではなく、タクラマカン砂漠の北方のへりを、町や村伝いにつなぐ非常に頼りない電線だ。2000キロの長さのどこかで停電していただけで、声を交わすことはできなくなってしまう。
アリの電話の話しを聞いて、その翌日私も電話局へ行ってみた。9時に申し込んで待ち続け、昼頃に北京のオペレータと話すことができ、東京の家族の声を聞くことができたのは夕方になってからだった。そしてその翌日は、北京のオペレータ止まり。翌々日は北京とさえも、通じなくなってしまった。
3週間を過ぎて何もよい報せはなく、アリも飛行機代をどこからか調達して上海を経由して帰る、と言い出した。山を越えれば車で1日、200キロぐらいで済むのに、遠く数千キロを迂回する途方もない帰り道。
ある日の朝、警察署へ行く途中、モスクの前でばったり会ったのが、アリを見た最後になった。私が警察署からジープに乗せられて、そのまま近郊の町の土レンガ造りの招待所に連れて行かれてしまったからだ。
その夜、ヘリコプターが何機も飛来する音と、遠く爆音が、招待所のベッドまで聞こえてきた。
アリとカシュガルの町がどうなったかはわからない。
フンザに来たら、私の家に寄ってくれ。私がいなくても、きっと妻や弟たちが歓迎してくれるだろうから。
10年経った今でもときどき思う。アリはちゃんと家に帰れたのだろうか。
カシュガルからフンザへ200キロ、そしてフンザからハイバル峠を越えてカブールへ800キロほど。今年も自由に行き来することはできない。
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