Tso-ngon Monk Dies of Self-immolation
TCHRD(チベット人権民主センター)によれば、アムド北部、ツォゴンで僧侶が焼身自殺する事件が起きた。アバ、タウ、セルタと、いままで焼身抗議が起きていた地点(チベット地域全体からみれば南東部)からははるか離れた場所だ。
ツォヌプでは昨年12月、鉱山開発による環境破壊を告発した詩を書いた僧侶2人が拘束される事件が起きている。
現地時間17日朝6時すぎ、ツォヌプ(青海省海西チベット・モンゴル自治州)のテムチェン(天峻県)出身の僧侶、デムチョ・サンポが自らに火を点けた。情報によれば、彼はまもなく死亡した。
デムチョ・サンポ(年齢40歳前後)はバンタ寺(バンタ・エワン・タレ・シェドゥップ・リン寺)の僧侶。宗教儀礼への公安の介入や僧院からの退去要請を受けていた。彼はまた、今後発生する事態については中国政府が責任を負わねばならないと当局職員に警告していたという。
1月下旬の春節前後には、寺に対する警備が一層厳しくなり、その結果、寺での行事が規制された。モンラム(正月法要)に関しても中止の通達が出された。
現在、約80人の僧侶がいるバンタ寺は厳しい監視下に置かれている。一帯への通話も規制されている。
デムチョ・サンポはバンタ寺の指導僧で、戒律指導委員会に属していた。彼はタクハの10人兄弟の末子で、たったひとりの息子だった。
TCHRDは引き続き詳細を調査している。
RFAによれば、2009年2月にアバのキルティ寺で24歳のタペーが焼身自殺を試みて以来、中国の政策にチベット人が抗議した焼身事件はこれで22件目だという。
チベット亡命議会筋によれば、バンタ寺への警戒強化は、僧侶が採掘に抗議したことから始まったという。
「数年前、中国企業が銀の採掘調査を始めました。ケルサンという僧侶が掘られた穴を撮影して抗議しましたが、そのために彼は拘束され、1年半の判決を受けました。中国はその後一帯での軍備を強化したのです」。インド在住の僧侶、シンサによれば、デムチョ・サンポは「非常に責任感のある人物」で1991年に得度し、94年にはインドを訪れたという。
「(その3年後に)彼はチベットに戻り、指導僧に就任しました。死の直前まで、彼は仏典を僧侶たちに指導していたそうです」。
決して誰かが焼身自殺をそそのかしているわけではない。アバではキルティ寺に対する弾圧が、セルタではデモ抗議者の射殺がきっかけだった。ツォゴンでは採掘が、環境破壊に対する抗議を招いた。異なる原因に対し、画一的に僧侶の活動を封じ込めた中国当局のやり方が、焼身抗議という同じ結果を招いたとみるべきだろう。
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