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We Dug Ourselves Out

Article from Radio Free Asia

by Days posted at 2010-04-15 23:27 last modified 2010-04-15 23:30
震源地の玉樹(ユシュ)=ジェクンド

RFAは早くも被災地の人々からの情報を伝えている。浮かび上がるのは、報道各紙が伝える深刻な被害、新華社が報じる勇ましい救援活動の成果の影に、耐震設計の不足や気象警報の不備、災害時にアテにならない軍の体質があることだ。
日本語訳には入れなかったが、中国国内のメディアでさえ、被災地から引き返すように当局から警告されるなど、報道も制限されているという。新華社を頼りにしている日本の報道がどこまで正しいかは推して知るべし。

「私たちは自分たちで掘り出しました」と震源地、青海省玉樹チベット自治州の孤児院担当者、張さんは話した。「私たちには避難所はなく、空き地の草の上にいるしかありません。食糧や水がまったくありません」。彼によれば、地元の学校の女子寮が倒壊し、入寮者が瓦礫に埋もれ、ほとんど生存の可能性がないという。「崩れた寮には多くの女子学生がいました。みんな亡くなってしまいました」。

地元の救助隊によれば、建物への被害は激しく、広範囲にわたっているという。
「救助はまだ続いています。多くの建物が倒壊しました。私にははっきりとした死傷者数はわかりません」と現地の消防士はインタビューに対し、携帯電話で答えた。「どの建物からも遺体が見つかります。建物という建物が被災しているのです」。
国営メディアも頭部から出血する負傷者や助けを求める人々の姿を伝えている。
四川省で2008年5月12日に起きた地震と同様、学校校舎の倒壊で生徒たちが生き埋めになったと彼は言う。
「崩れた職業学校のがれきの下に多くの生徒たちが埋もれています」と玉樹チベット族自治州職員は話した。「玉樹賓館の壁には大きな亀裂ができました。官庁の建物の一部も崩れました」。

現地からの情報によると、最初の揺れは現地時間14日の早朝にあったという。
「5時20分頃、揺れを感じましたが、小さな地震でした。そして8時に強烈な揺れが襲い、すべての建物が壊れました。5時の地震で屋外に避難した人たちもいましたが、それに気づかなかった人たちはまだ倒壊した建物の中にいました」。

被災者のひとり、周さんも早朝の揺れを感じた。
「私はわかりましたが、地元の地震観測所がキャッチしていたかどうかはわかりません。観測していたとしても、地震警報は出されませんでした」。

仲達郷の住民によれば、当地では多くの死傷者が出ている。
「ほとんどの建物が倒壊し、多くが亡くなりました。仲達の生産兵団にいますが、その中でも数十人の負傷者が出ています。避難所としてテントをいくつか立てようとしているところです」。

一方、近くの称多県(チベット語でティドゥ)ではそれほどの被害がなかったという。
当地の学校教師によれば、生徒たちは無事だった。
「幸運にも校舎は被災せず、生徒たちは無事でした。生徒たちを連れ帰るよう保護者には連絡がありましたが、いくつかの家屋は倒壊しています‥‥。数十の建物が崩れ落ち、残った建物の壁にも亀裂が入っているのを私は見ました。私たちはいまテントで暮らしています」。

県庁所在地のジェグの住民によれば、最初に揺れがあったとき、まだ就寝中だったが、過去に何度も地震があったので気にしなかったという。住民の中には寝直した人たちもいた。
「続いて激しい横揺れが起き、ほとんどの人たちが靴も履かずに逃げ出しました。服を着ていない人もいました。そこで目にしたのは、壊れた家々でした。全員、空き地や山の上に走って逃げました」。
「たくさんの人々が亡くなり、負傷しました。ここでは子供たちも死に、けがをしている人たちもいます。最悪なのは、テング(禅古)水力発電所のダムが被災したことです。決壊すれば町中が流されてしまうと噂になっています」。

中国国営の新華社通信は、多くの人たちが倒壊した建物のがれきの下にいるという地元当局者の話を伝えている。それによれば、14日には約400人の死亡が確認され、約1万人が負傷したという。
家屋や寺院は倒壊し、ガソリンスタンドや電柱も被害を受けている。道路も崩れたり、地滑りで寸断されたりしているという。
チベット人が多く住む、町から離れた地域では、最初の揺れで送電が停止し、電話も通じなくなったため、作業員が復旧に向かうところだったと地元当局者は話している。

玉樹県政府のZhuo Huaxiaは新華社に、「いまの最大の問題はテントの不足、医療機器、医薬品、医療従事者の不足です」と話した。彼によれば土と材木で造られたジェグの家屋の85%が倒壊したという。
現地に駐屯している数百人の人民解放軍が、家屋や学校、その他の建物のがれきを掘り起こし、生存者の発見に尽力していると新華社は伝えている。
だが、玉樹の住民への電話インタビューでは、救助はすぐには来なかったという。
「地震直後からがれきを掘り起こすことはできませんでした。私たちは駐屯地の隣に住んでいて、助けを求めましたが、彼らはすぐには来ませんでした。上層部の命令がないかぎり、救援活動を始めることができないと私たちは言われました。がれきの下から発見されたときにはもう手遅れでした」。

別のジェグからの情報によれば、当局から救援を待たされたという。
「政府は救援隊を送ったというが、緊急部隊がすぐに来なかったことに人々は怒っている。周辺にある僧院の300人ほどの僧侶はすぐに出てきてくれたのに」。

現地の気象予報では、この数日は強風とみぞれになり、懸命な救出作業に影響が出そうだ。

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